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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
101/162

第101話 乙女達の決意






 翌日の昼。ハイネスはテイタニアと共に、船着き場に立っていた。

 季節も秋めいてきた所為か、輝く太陽の熱もそれほど気にならない。

 大河から流れる清浄な風が、清々しい空気を送り込んでくれるが、出航を待つ船の前に佇むハイネスの表情は晴れなかった。


「アカシャ、来うへんのかな?」


 ハルバードを担いで横に立つテイタニアが、ポツリと呟いた。

 無言のまま何も答えず、ハイネスは悩ましげな表情で大通りの方を見上げる。

 喧嘩別れをした後、日も落ちたということもあり、テイタニアやギルドかたはねに協力して貰い、街中を探し回った。


 結局、アカシャを見つけることが出来なかったハイネスが、青い表情をしてギルドに戻ると、頭取からアカシャがかざはな亭にいることを教えられた。わざわざ、カトレアが来て伝えてくれたらしい。

 事情を知っている頭取からは、頭を冷やす為に、今夜一晩は離れていた方がいい。と言われ、結局あれから今まで顔を合わせていなかった。

 案内役として同行するテイタニアは、心配げな表情を向ける。


「迎えに行った方がええんとちゃう? もしくは、出発を延期するとか……」

「いいや、予定通り、時間になったら出発するわ」


 表情こそ晴れぬものの、言い切る口調は確りとしていた。

 それが余計に、テイタニアを困惑させる。

 長い期間を共にしたわけでは無いが、ハイネスとアカシャが互いを大切に思っているのは、近くにいて十分に理解出来た。互いを思いやるが故にすれ違ってしまった二人の官益が、テイタニアはとても歯痒く思えた。

 二人の光景が、かつて救えなかった友と重なり、思わずテイタニアは口を挟む。


「アカシャはまだ子供や。そないに何でも間でも背負わせてまうのは、可哀想すぎるやろ。今必要なのは、アンタが側で支えてやることとちゃうんの?」

「……そりゃ、あたしだってそうしてやりたいのは山々よ。でも……」


 ふと、包帯を巻き替えた傷口に右手を添える。


「今のあたしは、アカシャにとって後悔の、罪悪の対象でしかない。あたしが傷を直して、何の憂いも無く前に現れるその日まで、あの娘はきっと自分を責め続けるわ」


 せつなげな言葉に、テイタニアは言葉を飲む。

 やはり二人は、深い絆で結ばれている。だからこそ、テイタニアはとても胸の締め付けられた。


「……そか。そや、な。アカシャは、優しい娘、やもんな」

「ほんとよ。なぁんであんな娘が、こんな血生臭いことに巻き込まれなきゃならないんだか。嫌になっちゃうわね、全く」


 苦笑して、ハイネスは肩を竦める。

 釣られるようにテイタニアも、苦笑を漏らした。

 そしてハイネスは空を見上げ、眩しげに視線を細めた。


「きっとさ。あたしは、アカシャに頼りっきりだったのよ。期待されて、それに応えようと無理をして、潰れてしまった……だからさ、あの娘が罪だと思ってることは、全部あたしが招いたことだったの」

「ハイネス……ハイネスは自分を、責めとんのか?」

「違うわ。反省しているの」


 視線を心配げな眼差しのテイタニアに戻し、笑顔を見せた。

 その表情に、一片の曇りも無い。


「あたしにはあたしの戦う理由があるから、これからも戦い続ける。けど、アカシャが諦めるなら、あたしは引き止めるようなマネはしない……ならせめて、笑っていて欲しいじゃない」


 片目をパチッと瞑る。

 見せる笑顔は朗らかで、同性のテイタニアも、思わず見惚れるほどだ。


「怪我も直して、生き残った連中を助けて、アルフマンの野望をぶっ潰す。なぁに、親友一人笑わせるくらい、楽勝よ」

「……アンタ、おもろいなぁ」


 そう言ってテイタニアは、呆れ混じりの笑顔でハイネスの背中を叩く。


「前から気に入っとったけど、ますますアンタのこと気に入ったわ」

「そ。あたしも、アンタのその馬鹿みたいに明るいところ、嫌いじゃないわ」

「はっは~。うちより馬鹿のアンタに言われたないわ」


 互いに顔を見合わせて、二人は可笑しそうに笑う。

 青空の下、船着き場で腹を互いの背中を叩きながら、腹を抱えて笑う美女二人の姿に、周囲の人々が何事かと、驚いた視線を向ける。

 出発が迫っているからか、背後の船が汽笛を響かせた。

 笑いすぎて目元に浮かんだ涙を拭いつつ、ハイネスはもう一度大通りを見てから、船の方を振り返る。

 晴れやかな笑顔で、クイッと頬を吊り上げる。


「んじゃ、馬鹿二人で、ちょっくらガーデンってとこに行ってみましょうか」

「せやな」


 決意の籠った言葉に、テイタニアが頷く。

 まだ、少し時間は残っているが、乗船してしまおうと二人が一歩足を踏み出した時、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。


「その馬鹿に、あと二人ばかり追加して貰えるか」

「……えっ?」


 反射的に振り向くと、何時の間に現れたのか、大通りから船着き場に続く石段を降りて、アルトが眠そうな表情で欠伸を噛み殺し、挨拶するように軽く片手を上げて、二人がいる場所へと近づいた。

 横には傘を持った、ロザリンも歩いている。

 途端、ハイネスの顔がボッと赤くなり、あわあわと視線が泳ぎだす。


「あ、アル、ト? ……なな、何でぇ?」

「なんや、兄ちゃん。見送りに来てくれたんか?」


 言葉を詰まらせ、ハイネスはしどろもどろになって混乱する。

 驚きながらも、嬉しそうな表情でテイタニアが問うと、アルトは面倒臭そうな素振りで後頭部を掻いた。


「んにゃ。俺らも、ガーデンってところに行く羽目になってな」

「どういうことよ? ……う、嬉しいけど」


 ドギマギしながらハイネスが問うが、アルトはあ~と呻り、すぐに答えない。

 するとアルトは首を背後に回した後、手を伸ばして、背中に隠れていたらしい誰かを、無理やり前へと引っ張り出した。

 戸惑い気味に前に出た姿に、ハイネスは瞳を大きく見開いた。

 気まずそうな表情の上目遣いで、ハイネスをチラチラと見るアカシャだった。


「…………」

「…………」


 互いに見つめ合うが、昨日のこともあるからか、言葉が上手く出てこない。

 何度も視線を合わせたり外したりして、口もパクパクと開閉するも、結局は何も伝えられない。

 そして、諦めるよう、同時に俯いてしまう。

 俯く二人の背後で、呆れたようなため息が同時に聞こえる。


「……いい加減に」

「観念せいや」


 二人の態度に業を煮やしたアルトとテイタニアは、それぞれの背中を叩くように押して先を促す。

 ようやく先に口を開いたのは、忙しなく頭や首筋を掻き毟るハイネスだ。


「あの、その……昨夜は、悪かったわ。色々と言い過ぎた」

「い、いや!? そんなことは無い……元を辿れば私が悪いんだ。私が……」

「ストップ」

「むぐぅ」


 必死の形相で捲し立てようとするアカシャの口元に、人差し指を添えて黙らせる。

 戸惑うアカシャに、ハイネスなニコッと優しい笑顔を向けた。


「それ以上は水掛け論よ。今、あたし達に必要なのは、そんな言葉じゃないでしょ?」

「……そうだ、な。確かにそうだ」

「どうするか決めた?」


 問いかけに、アカシャはコクリと頷いた。

 そして、真っ直ぐとハイネスの顔を見上げる。


「私は……王都に残る」

「……そっか」


 笑顔に悲しげな色が差す。が、


「勘違いするな」


 と、アカシャはハイネスの悲しみを正す。


「私が王都に残るのは、戦うことを諦めたからじゃない」

「……どういうこと?」

「私は弱い。一人で何も出来ないどころか、立ち上がることすら出来ずこのザマだ。だから、私は自分を鍛えたい。心も身体も強くならねば、ツァーリの名折れ、いや、咢愚連隊の名折れだ。強く無ければ、望む未来は切り開けない」


 見つめる視線に、力強い光が宿る。


「そして私が今しなければならないのは、君と共に同じ道を歩むことでは無いと、私は考えたのだ」


 ハイネスは黙って、アカシャの言葉に耳を傾ける。

 彼女の眼差しは真剣だ。よく見れば、目の下あたりに薄らと隈が浮いている。恐らくは昨夜は眠らずに、先のことを考えて考えて、考え抜いた上での結論なのだろう。


「初めての出会いから今まで、私とハイネスの道は共にあった。何時しかそれが当然のこととなり、私はハイネスに頼り切りになっていた。そしてそれは、咢愚連隊も同じ。皆の力を、私の力と勘違いしていた……だから、私は自分の弱さを更に、知らなければならない。何が出来て、何が出来ないのか。それを知って初めて、前へ進めると思うから」


 ギュッと、自分の胸に添えた右手に力を込める。


「だから、ハイネス。暫しの別れだ……君はガーデンへと赴き、傷口の呪詛を完璧に取り払うのだ。私は王都に残り自らを鍛え、ミシェル・アルフマンを討つ方法を考える」

「……それは、お願い? それとも、命令?」

「無論、命令だ……全ては明日の勝利を得る為に、君の命を……私にくれ」


 迷いなく、淀みなく、真っ直ぐに言い切る。

 青臭く、未熟な部分は大いにあるだろう。決意と呼ぶには即興的で、頼りないかもしれない。けれど、不思議のアカシャの言葉は信じられた。この言葉では説明しきれない、妙な安心感こそが、王の器というモノなのだろう。


 ハイネスは安堵に胸を撫で下ろした。

 アカシャは潰れなかった。まだまだ頼りない決意表明だったとはいえ、彼女の心にある信念は、折れず、曲がらずにいてくれた。

 そして、アカシャの言葉は続く。


「傷を癒すのも大切だが、折角なのだから、キッチリ竜の称号も得てくるといい。けれど挑むのは神の試練。道中も、何が起こるかわからないからな……頼りない私に変わり、アルトにガーデンへの同行を頼んだ」

「――えっ!?」


 思わず、ハイネスの身体がぴょんと跳ね上がる。

 すげぇ嬉しい。そう思いつつも、大袈裟に喜ぶのは恥ずかしいと、湧き上がる笑顔を強引に噛み殺している所為で、若干、引き攣った表情になってしまう。


「んなわけで、俺も一緒に同行すっから、よろしくな」

「私も、行く」


 本当はアルト一人で行くつもりだったのだが、何処から話を聞き付けたのか、朝起きると既に旅支度を整えたロザリンが待ち構えていた。

 何でも世間から隔離された存在であるガーデンには、魔女以上に独自の進化を遂げた魔術式が存在するそうだ。それを知ったロザリンの好奇心に火が点き、このチャンスは逃せないと、密かに機会を伺っていた。


 それ以外にも理由があるのだが、ロザリンの乙女心ということで、察して頂こう。

 アルトも特に断る理由も無かったので、家のことはカトレアに任せて、二人でハイネスの旅に同行することにした。

 満面の笑顔で、テイタニアは頷く。


「二人やったら大歓迎や。な?」

「お、おう! この旅の間にキメてみせるわっ」

「いや、アンタ、試練受けに行くんやからね?」


 顔を真っ赤にしたハイネスが、何故か右手を硬く握りしめる。


「ま、行って帰って来るだけなら楽なもんさ。俺が試練を受けるわけじゃねぇしな……それに、成功報酬で何やら凄いモンくれるみたいだし。な?」

「あ、ああ……」


 問いかけると、アカシャは何故か頬をポッと染めて、視線を逸らす。


「楽しみに、しているといい」


 モジモジと恥ずかしがるような素振りに、ロザリンは眉根を顰めると、アルトのコートを引っ張り耳打ちをする。


「報酬って、何を、貰うの?」

「知らん。大切な物って言ってたから、皇族のお宝か何かじゃねぇの?」

「…………」


 ジト目になったロザリンは、無言で傘を振りかぶり、アルトの尻を叩いた。


「――痛ッ!?」


 全く心当たりの無い暴力を振るわれ、アルトなロザリンを睨み付けるが、彼女は拗ねるようにツーンとそっぽを向いてしまった。

 わけがわからん。と、アルトは叩かれた尻を撫でる。


 再び、船の汽笛が鳴った。

 もうそろそろ、乗り込まないと不味いだろう。

 気を利かせ、テイタニアがアルト達を指で招くと、こっそりと先に乗船する。

 ハイネスとアカシャは向かい合い、最後の別れを交わす。


「それじゃ、行ってくるわ」

「ああ。次に会う時は、胸を張れるよう頑張るから、ハイネスも頑張って」

「わかってるわよ……約束ね」


 二人はどちらからともなく小指を差し出し、絡めて約束を交わす。

 指が離れると、ハイネスも名残惜しそうな視線を残して、船へと乗り込んで行った。

 三度、長く汽笛が鳴り響く。

 スロープが外され、ゆっくりと船体が桟橋から離れて行く。

 船の縁に立って、四人は見送るアカシャに手を振る。

 アカシャも、大きく両手を振った。

 緩やかな大河の流れに導かれるよう、船はゆっくりと進んで行く。

 やがて、甲板に立つハイネス達の姿も米粒ほどの大きさになり、もうその表情すら確認出来なかった。

 けれど、アカシャは手を振り続けていた。

 一切の使命や負い目を忘れ、ただ年の離れた親友の、旅の無事を祈って。




 ★☆★☆★☆




 穏やかな流れの大河を、船は風に乗って進む。

 船着き場で見送ってくれたアカシャの姿が見えなくなり、ハイネスは振っていた手を下すと、長く息を吐き出した。


「……頑張れ、アカシャ」


 まだ残る、絡めた小指の感触を思い出して、ハイネスは小さく呟いた。

 船は王都の街並みを抜け、本格的な航路へと進み出る。

 やはり季節は秋へと向かっている為か、雲一つ無い陽気でも、走る船の上で浴びる風は肌寒い。ただ、エンフィール王国の水は祝福されているからか、白く波打つ飛沫や風はとても清々しく、昂った心を落ち着かせてくれた。

 遠ざかる王都の街を眺めていたハイネスは、横のテイタニアに声をかける。


「んで、テイタニア。これから、どこに向えばいいの?」

「とりあえずは、船でひたすら北上やな。アザム山脈の手前、国境付近まで行ったら、そこからは乗合の馬車がある筈やから、それで国境沿いをひたすら西へ……エンフィールは治安もいいさかい、一週間もあれば辿りつくんとちゃうん」

「……思ったより近いんだな」


 テイタニアを挟んで向こう側にいたアルトが、船縁に頬杖を付いてそう漏らす。

 ちなみにハルバードは、邪魔になるので足元に置いてある。


「俺ぁてっきり、国の一つ二つ通り抜けるモンだと思ってたぜ」

「灯台下暗しっちゅうやっちゃな。うちらのガーデンは、何を隠そう王国と共和国の国境沿いに存在するんや」

「……それって、本当に盲点よね。よく、戦時中に何の被害も無かったわね」


 思わぬ立地に、ハイネスは呆れ半分に言う。


「ガーデンは完全中立国やからな。人による統治では無く、国家神マドエル様の主導により、納められとる大陸でも類を見ない特殊な国家形態や。おまけに周辺は、頑丈な結界が何重にも張り巡らされとるから、足を踏み入れるどころか、探し出すのも不可能」

「なぁんか、聞けば聞くほど、胡散臭い場所だよなぁ、ガーデンってとこは……本当にそんな場所、存在するのかぁ?」


 アルトは疑わしげな視線を向ける。

 流石に、それにはムッときたのか、テイタニアは軽く頬を膨らませた。


「失敬やなぁ、兄ちゃん。うち、冗談は好きやけど、嘘は嫌いやねん」

「いや、知らねぇけどよ」


 グッと身体を寄せて、睨み付ける顔を近づけるテイタニアから逃れるように、アルトは身を仰け反らせた。

 反対側ではハイネスが「くっ、羨ましいっ」と、船縁にバリバリ爪を立てていた。


「ガーデンって、どんな、場所なの?」


 グリグリと身体を押し付けるテイタニアとアルトの間に、ロザリンが無理やり割って入り、引き剥がしながら問いかける。


「そうやねぇ……まぁ、変わった場所っちゅうのは間違いないかな」

「そりゃ、お前みたいな風来坊が所属してんだからな」

「ちゃうちゃう」


 アルトの軽口に対して、苦笑しながらテイタニアは手を横に振る。


「うちも変わり者っちゅう自負はあるけど、あっこの空気はダンチやで。いやぁ、長年世話になっといて言うのも何やけど、あの独特な雰囲気は、一生慣れる気がせぇへんわ」

「ちょっと。アンタにそんだけ言わせるって、どんなけヤバイ場所なのよ」


 嫌な想像でもしたのか、ハイネスはブルッと身体を震わせる。


「どんな、雰囲気?」

「ん~……なんと表現したら、いいんやろねぇ」


 両腕を組み、どう説明してようのやらと、首を左右に何度か傾け考え込む。

 そんなに悩むことなのか? と、アルトとロザリンは顔を見合わせた。


「言葉で表すなら……百合百合しいって感じやのかなぁ?」

「はぁ? なんだそりゃ。女やもめの修道院みたいなモンか」


 一般社会から隔絶され、場合によっては一生男性と触れ合う機会の無い修道院では、そういった百合と呼ばれる、女性同士の恋愛が秘めやかに行われるのは、そう珍しくも無い話らしい。

 王都にも、男女共に、同性が利用する娼館も存在する。

 しかし、悩み続けるテイタニアを見る限り、そんな単純なモノでも無いらしい。


「ちゃうねん。百合百合しいは、百合百合しいでも、そないな美しい感じでも無いんやけどなぁ……どちらかと言えば、血生臭い方面やし」

「なに? ……俺ら、今からどんな場所に連れて行かれんの?」


 唐突に流れ出した不穏な空気に、アルトの表情が引き攣る。

 てっきり、ハイネスの試練を見届けて、帰って来るだけの簡単なお仕事だと思っていたのに、何だかそれだけじゃ済まないような予感が、ビンビンと伝わってきた。

 ハイネスも同じ考えらしく、不安げな表情をしていた。

 そこで、気になることがあったらしく、ロザリンが手を上げつつ質問する。


「もしかして、ガーデンって、女系国家?」

「あれ、言わへんかったっけ」


 テイタニアは首を横に傾ける。


「ガーデンは乙女の園。乙女の、乙女による、乙女の為の国や。女系国家も何も、ガーデンに男は存在せぇへん」

「それって、俺が入れねぇってことじゃねぇの?」


 だったら完璧に無駄足では?

 そんな心配が過るが、テイタニアは首を左右に振って否定する。


「永住するんは無理やけど、一時的な滞在なら、序列百位以上の人間の推薦があれば可能やから平気やで」

「序列、って?」

「ガーデンは完全実力主義。女神マドエル様とその契約者様を頂点にして、序列による階級が存在するんや……ちなみにうちは、最近九十六位にまで序列が上がったんで、兄ちゃんも問題無くガーデンに入れるで」


 お気楽な口調でテイタニアは言うが、それは結構驚くべきことだ。

 テイタニア以上に強い人間が、九十五人は存在するなんて、考えただけでも恐ろしい。

 それが全て女性だと言うのだから、まさに信じられないという一言に尽きる。


「……いや。シリウスやハル、ハイネスの件もあるから、意外にそうじゃねぇのかもな」


 驚きかけるが、そう考えると納得してしまう。

 世界は男性より女性の方が、戦闘能力が高いのかもしれない。

 ガーデンの内情に、ハイネスも驚いた表情をしている。


「でも、アンタでまだそれくらいのランクって、上は一体どんだけ強いんだか」

「色々と入れ替わりは激しいんやけどね。中でも上位三人は女神の三柱と呼ばれる、ガーデンの柱や。正直、どんだけ修行しても勝てる気がせえへん……英雄シリウスクラスの化物や」

「え、英雄シリウス並の人間が、三人も」


 彼女の強さを肌で知っているハイネスは、ゴクリと喉を鳴らした。


「そして序列一位の御方は、竜の称号の持ち主……このお人の強さだけは、別次元や。竜姫さえおらへんかったら、この人が最強と呼ばれてたやろね」

「その人、何て人?」

「庭園の守護竜・クルルギ……ちなみに」


 チラリと、テイタニアはアルトを見る。


「あん? な、なんだよ」


 何だか嫌な予感がして、アルトは半歩後ろに下がる。


「クルルギは竜姫を特別ライバル視しとったから、アンタが関係者やと知れたら、多分エライことになるで」

「……は?」

「そしてガーデンの女達は総じて女尊男卑、男嫌いの傾向がある。特に序列三位の男嫌いは病的やでぇ……まぁ、死なんよう、気を付けてな」

「俺、お腹が痛くなってきたんだけど」


 胃の辺りを押さえつつ、アルトの表情が見る間に青ざめて行く。

 こんな依頼、受けなければよかったと、逃げ出したい気持ちで一杯になっても、ここは船の上。逃げ場所なんて何処にも無かった。


「ちーん」


 横ではロザリンが、アルトに向って合掌していた。


「止めろよ! 縁起でもないッ!」


 叫んでみても、不安は募るばかり。

 後悔先に立たず、船はゆっくりと北を目指していた。





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