第十七話・タジン平原の怪物を狩ろう
礼拝を終えた俺たちはミルクと一旦別れた。
明日タジンの町の正門で落ち合う事を約束し
宿で一泊して初陣の戦闘の疲労を取った。
そして翌朝、また再びタジンの町正門前に集まっていた。
「……これからの行動方針を決めるぞ」
ヴァイスがおもむろに口を開いた。
「今まで通り地上の怪物を狩っていくのか?」
ミルクも加入したし戦闘もまた変わるだろう。
「……暫くはそうなるだろう」
「ま、暫くはそうなるでしょうね。機を見て大冷孔にチャレンジしましょう」
「……その前に先ずは小冷孔の解放からだな」
「えー」
頬を膨らませてヴァイスの言動に軽く不満げな様子を見せるミルク。
「雪平にも冷孔の解放という物を見せて、冷孔の主である怪物が
どの程度の強さか知っておいてからでも遅くはあるまい。
いきなり大冷孔は無理だろう」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
ミルクは含む所がある様子だった。
そりゃ俺だってさっさと大冷孔にチャレンジしたいけど
物事には順序って物が有ると思う。
自分の強さを過信して突っ走れば待っているのは死だけだと思う。
まあでもバスターの先輩二人が話し合ってる時に俺が口を挟んでいいものか。
「まあいいわ、それじゃこの辺りの怪物を狩り尽くす勢いでいきましょう」
「……そうだな、この辺りの怪物を狩りつくせば暫くは街の人間も安心して暮らせるか」
「よっしゃー!修行だー!」
ようし、血が滾るぜ!
「張り切るのは良いが俺の言った事を覚えているか?
ブスマンとハマレイアには近づくな」
「確か空飛んでる奴と黒い奴だろ?」
この辺りで地上をうろつく怪物について
ヴァイスに一通り説明は受けているがまだ実物は見た事が無い。
「そうだ。遠距離攻撃の手段を持たない
現在のお前とは相性が致命的過ぎる」
「両方とも私にとってはカモなんだけどね」
「ミルクはマリウスを見かけたら一人で戦おうとするな。
魔法以外に攻撃手段を持っていないと厳しい」
「あー。確かにあいつは苦手だわ」
「では出発するぞ。お互いに着かず離れずの距離を維持して
絶えずお互いを確認して死角を消すように」
そのときの俺は、今日一日が昨日以上に
過酷で辛く、長く感じることになるなど知る由も無かった。
††††††††††††
正門を出た俺たちはタジン平原の周囲をうろつく怪物を見つけては狩って行った。
「あれがハマレイアだ」
ヴァイスが剣で指し示す先に
平原の空を我が物顔で鱗粉を撒き散らしながら
優雅に舞う巨大な蝶の怪物が居た。
金属のストローじみたグルグル巻きの口吻が禍々しい。
なるほど……確かに。
ヴァイスやミルクみたいに魔法持ってない
俺にとってはこいつは天敵だわ。
空飛ばれたら大剣が当たる気がしねえ。
「ま、わたしにとっては雑魚もいいところなんだけどねー。
疾き風よ、我が神の名の下に集いて敵を討つ槌となせ!風打!!」
ミルクの風の魔法が素早く練られ、
見えない槌に叩き潰されたように落下した。
「ハマレイア自体の耐久力は全怪物中最弱クラス。
当てさえ出来れば物理、魔法共に有効。
ただし絶対に風下に立つな。
鱗粉には催眠効果がある。
眠った挙句血を吸われて死にたく無ければな」
ヴァイスが説明してくれたのに対してミルクが補足する。
「付け加えるなら眠りが怖いだけで
意外と飛行速度は遅めだしね。
空のフィールドで鳥人族に勝てるわけ無いでしょうが」
二人とも頼もしいなあ……
††††††††††††
「げ、やな奴が……」
ミルクが心底嫌そうに呟き
「うわああああああいたよこれええええええ!!」
俺は思わず叫んでいた。
平原を徘徊しているそいつの姿を見つけたとき俺は一瞬で鳥肌が立った。
今まで見てきた怪物は全部虫系だったから絶対居るとは思ってたけど……
生理的嫌悪感を催さずには居られない姿。
人類絶滅後も生き残ると噂のあれ。
日本の台所や部屋に潜む魔王。
昆虫界の呂布。
出来れば絶対に見たくなかった。
長い二本の触角にぬらぬらと油で黒光りするおぞましい体形。
全長二メートルは有ろうかという巨大ゴキブリなんて……
「雪平、防御!……雷刃!」
ヴァイスの指示通り大剣を構えて防御の姿勢をとった瞬間
怪物目掛けて躊躇い無くヴァイスが魔法をぶっ放した。
雷が奴に直撃したかと思うと……怪物が、爆発した。
ドムッ、っという鈍い爆音と共に四散する。
「あれはブスマン。見ての通り、攻撃を受けた瞬間に自爆する。
体内に大量の油と可燃性物質を蓄えている所為だ。
至近距離で巻き込まれると手足を吹っ飛ばされるぞ」
アブねええええ!!
「しかもこいつら飛ぶのよ……短距離低空飛行だけど……
多分一番バスターに嫌われてる怪物じゃないかしら……」
「心の底から同意するぜ……」
げんなりしているミルクに同意の念を俺は示した。
「雷刃、雷刃、雷刃」
相変わらずヴァイスが顔色1つ変えずに魔法を連打すると
周囲の背の高い草に覆われた場所で次々に爆発が起こった。
「しかも、群れる」
「一匹見たら三十匹って言うけどマジ勘弁してくれよ……」
でもこいつに大剣を叩き込むことが無くて正直ほっとしている。
……それから俺たちは、ひたすらに怪物を見つけては狩って行った。