第十六話・信仰の殿堂
「ほら、教会の聖堂が見えてきたわ!」
ミルクの指差す先を見ると背の高い建物が見える。
「へぇ~。あれがそうなのか」
近づくにつれ詳細が明らかになってきた。
他の建物に比べて高さが違う。
丸い天蓋の付いた鐘楼はタジンの町での修行中にも
ちらほらとは見えていたが全体を見るのはこれが初めてだ。
大きな丸窓に嵌っているのは
七色の色ガラスで作られた美しいステンドグラス。
そこには七芒星の紋章が描かれている。
全体は大理石のような白い石で出来ており滑らかになるまで磨き上げられている
荘厳といっても差し支えない
行きかう人は皆居住まいを正しており厳粛な雰囲気も感じさせる。
「立派な建物だなあ……」
聖堂の門の前にはミルクと同じデザインの
七芒星の紋章の入った白くゆったりとしたローブと縦長の帽子を被った
人間族の中年女性が箱を提げていた。
「あら冒険者の方々ね。聖堂に入る前に銅貨七枚のご寄付をお願いしますわ」
金とんのかよ……入場料みたいなもんか。
「……連れの分もこれで足りるだろう?」
ヴァイスが大儀そうに物入れから金貨を一枚取り出して
募金箱に放り投げた。
神官のおばさんの顔が途端にニコニコ顔になる。
「あらあらまあまあまあ。若いのに信仰心がおありなのねえ。
その貴い喜捨の心はきっと七柱神も厚く貴方達を加護してくださるでしょう。
ささ、お連れの方もどうぞお通りくださいな」
入り口を通りすぎて聖堂の門が閉められたとき
ヴァイスが微妙に眉根を顰めていたのは気のせいだろうか?
「太っ腹なのねえ……お布施に金貨を投げ入れる人を初めて見たわよ」
聖堂の廊下を歩きながらミルクが感心したように呟いた。
「確か金貨一枚って割と大金だったよな……
おれこのパラダイムの通貨価値ってのがまだ良くわかんないんだけど
金貨は分かったけど銅貨や銀貨がいまいち……」
確か……概算で金貨一枚が十万円くらい?
「あんたそんな事も忘れちゃったの?
ヴァイスさんの方もそれくらいちゃんと教えてあげなさいよ」
「俺も金は便利だとは思っているが使えればそれでいいからな……
それに冷孔の開放を目指すならすぐに金貨くらい稼げるようになってもらわないと困る。
確か雪平に今まで立て替えた装備代と宿代は端数切捨てで金貨六枚くらいか」
「この人も何気に凄腕のバスター過ぎて金銭感覚がおかしい……」
平然と言い放つヴァイスにミルクが頭を抑えた。
「仕方ないわねえ……
ざっと説明すると銅貨10枚は銀貨1枚。
銀貨100枚は金貨1枚とそれぞれ同価値で交換が出来るわ。
さっき食堂で食べた一人分の代金が銅貨六枚
ランクにもよるけど宿代の相場が大体一泊銀貨五枚から六枚くらいかしら」
えーと……大体……
銅貨1枚=100円
銀貨1枚=1000円
金貨1枚=10万円
こっちで言うこのくらいの価値なのか?
飯が一食銅貨六枚くらいというと……
さっきヴァイスはお布施という名の入場料700円くらいの所を
十万円ポンと箱に放り入れたようなもんか。
そりゃさっきのおばさんがホクホク顔になるのも無理はない。
「大体分かったぜ」
「飲み込んでくれたようでなによりだわ、さ、着いたわよ」
俺達は聖堂の中心部に着いた。
聖堂は厳かな雰囲気に包まれており
七体の神像が配置されている。
あちこちで熱心に祈る人たちの姿が見える。
神官らしき人の説法を聞く人もいれば
中には大理石の床に這い蹲って礼拝する人の姿も見える。
「中央から順に説明するわね」
「よろしく頼むよ」
コホンと軽く咳払いしてからミルクが神像について説明し始めた。
「中央にある神像が光と幸福を司る神セイルミラシャ。
神族全体のまとめ役にして主神様ね。
信者が持つべき美徳は正義。
悪を憎み正義を実行する人を好むとされているわ。
招福祈願の祝福をあたえ、厄除祈念の厄払いをしてくれる神様。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
成長力以外の全ての基礎能力……
つまり筋力、丈夫さ、素早さ、魔法攻撃力と魔法防御力、知力
その全てをちょっとづつ高めてくれる神様でもあるわ」
光背を背負い厳しい髭面の
まるで王様や皇帝のような威厳を称えた壮年の男性の像だ。
ううん……
「一番左にある神像が火と勇気を司る神ファジーン。
人間族を守護する神様ね。
信者が持つべき美徳は努力で、
勇気あり弛まぬ歩みをする人を好むとされているわ。
商売繁盛の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
他の神様と違って祈ってすぐ眼に見える効果は無いけど
技の習熟が早くなったり修行の効率が高まる効果があるとされるわ」
炎を背景に背負った上半身裸で引き締まった筋肉を持つ
腕白そうなで元気一杯の俺と同い年くらいの少年の像がそれだろう。
努力するのを助けてくれる神様か……いいな。
「次にある神像が雷と喜びを司る神サドヴァル。
鬼人族を守護する神様ね。
信者が持つべき美徳は忠義で、
お祭り好きで明るく、与えられた恩を忘れない人を好むとされているわ。
五穀豊穣の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
すぐさま大きく筋力を高めてくれるわ」
雷を背景に背負っていて
額から二本の短い角を生やし
片手かつ笑顔で大きな岩を持ち上げる筋骨隆々の老人像がそれだろう。
筋力かあ……
「次にある神像が土と純粋無垢を司る神アステルトリィ。
獣人族を守護する神様ね。
信者が持つべき美徳は友情で、
純粋無垢で友情に厚い人を好むとされているわ。
子孫繁栄の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
すぐさま大きく体の強靭さ、丈夫さを高めてくれるわ」
しっかりと鋭い爪を立てて地を掴む
猫の耳と尻尾を持つ、中学生高校生くらいのしなやかで無邪気な少女の像だ。
丈夫さねえ……
「この神像はフィアルヴェトレ様。風と自由を司る神様。
私達鳥人族を守護してくれる神様ね。
信者が持つべき美徳は高潔さで、
自由な精神を持ち誇り高い人を好むとされているわ。
無病息災の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
すぐに風のように速く動けるようにしてくれるわ」
風と雲を纏った白い鳥の翼を持つ
美しいがプライドが高く性格のきつそうな成人女性の像だ。
素早さ……
でもどうもこういう大人の女性は苦手だ。
「次にある神像が木と慈愛を司る神リャプラフィロト。
妖精族を守護する神様ね。
信者が持つべき美徳は愛情で、
慈愛に溢れやさしい人を好むとされているわ。
恋愛成就の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
すぐさま自分の魔法の技や威力を高めて
反対に怪物の魔法からは護ってくれるわ」
木に寄りかかる小柄で透き通る羽を生やした
ちょっと耳の尖った優しげ、かつ神秘的な幼い少女の像がそれだろう。
魔力……よくわかんねえなあ。
「次にある神像が水と冷静さを司る神シェウォースタ。
竜人族を守護する神様ね。
信者が持つべき美徳は知恵で、
冷静沈着で賢く知性の有る人を好むとされているわ。
安寧長寿の祝福を与えてくれる神様でもあるわね。
怪物と相対するバスターが魔力を捧げて祈れば
その人の思考力や記憶力を高めてくれるわ」
波紋の波立つ水面に立った
爬虫類のような瞳、鹿のような角、首や手には鱗。
本を真剣に読む凛とした美形の青年像がそれだろう。
俺が知力を高めても焼け石に水のような気もするけど……
「なるほど……よし!決めた!!」
「どの神様を信仰するか決めたの?」
「俺はファジーンにするわ。人間族の神様だって言うし……それに」
「それに?」
「熱さに親近感が湧いたんだよ。
火に努力に勇気なんて俺にぴったりじゃねえか」
「あー、うん、雪平なら多分ファジーンにすると思ってたわ……」
「……まあ、妥当な所だろうな」
「それに、すぐになんかくれるってんじゃなくて……
頑張ったら助けてくれる、頑張る事自体を応援してくれるってのはいいね!
なんでも神様だより、ってんじゃなくて基本的に自分の力で成し遂げてこそと思うんだよ」
神は自ら助くる者を助く、っていうしな。
「それじゃ、神像の台座に手を触れて祈りを捧げて」
ミルクの言うとおり俺はファジーンの神像に片手を触れた。
だが祈りを捧げる……というのがよくわからないので
これからよろしくな、見たいな感じで心の中で語りかけた。
……ううん、確かに掌を介して体から何か抜け出ていくような感覚はあるが……
これが魔力って奴なのか?
良く分からないし頼ってもいないのでとんとピンとこないが……
そして、何が劇的に変わったというわけでもない。
こればかりは何か練習してみたり修行してみない事には分からないんだろうなあ。
その時、ふっと、熱さのない一瞬だけ幻の炎が俺の周りを包んだかと思うと
一瞬で再び消えた。
「……確かに、神像のほうに魔力は流れたようだな
今は気づかないだろうが成長率上昇の魔法は掛かっている」
ヴァイスが静かに呟いた。
「うん、ちゃんと加護はもらえているはず」
ミルクも賛同した。
「一度加護を貰ったら信仰してる像に魔力を捧げるたびに
加護は強くなるからねー。
こまめに祈りと魔力を捧げるのがいいよー」
あ、一回で終わりじゃないんだ。
「ちなみに……加護を全部取ろうと全部の神像に祈っても無駄だ。
加護は一番最後に祈った神像の物だけが残される」
ヴァイスが端的に説明した。
「どの善き神を祈ってもいいけれど
加護だけ全部貰おうってのは不信心が過ぎるでしょうよ。
あ、私もフィアルヴェトレ様に祈ってくるー」
ミルクがたたたっと自らの崇める神像に走っていった。
「……加護はそれ自体の強化は可能だが重複不可の神聖魔法だから当然だな……」
ヴァイスが静かに、だが他の誰にも聞かれまいと声を落としながら
何時ものように端的にそう言って俺の傍を通り過ぎた。
何かを知っている?
相変わらず、アニキは謎めいていて良く分からん。