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星神のアポロン  作者: 亜真 メト
第二章 試験編
9/10

第九話【期末試験開始】

【水の街】マーキュリーの民

・国の経済を担う

特徴:桃髪・金眼


【金の街】ビーナスの民

・国の医療を担う

特徴:紫髪・桃眼


【火の街】アースの民

・国の軍事を担う

〈家系〉

・フォボス家

・ダイモス家

特徴:黒髪・青眼


【木の街】ジュピターの民

・国の知識を担う

〈家系〉

・イオ

・エウロパ

・ガニメデ

・カリスト

特徴:白髪・翠眼・金眼


【土の民】サターンの民

・国の食を担う

〈家系〉

・ミマス

・エンケラドス

・ディオネ

・タイタン

特徴:金髪・水眼


【天の街】ウラヌスの民

・国の気象を担う

〈家系〉

・ミランダ


【海の街】ネプチューンの民

・国の海を担う

〈家系〉

・トリトン


【地の街】アースの民

特徴:茶髪・茶眼


【幻の街】ダイアナの民

特徴:多様


【死の街】プルートゥの民

特徴:青緑髪・赤眼・黒角



――七月某日。期末試験当日。

 筆記試験を終えた生徒らは、グラウンドに集められていた。


「……なにこれ」


 生徒の一人が唖然とした声を出した。他の生徒も同様に、この異様な光景に目を奪われている。

 生徒用昇降口のすぐ左手にあるグラウンドは、普段ネットによって三つに仕切られている。だがしかし、そこにあったのは巨大な建造物。土で作られた三十メートルほどの壁が、グラウンドの四方を囲んでいる。中の様子は見れないが、おそらくは期末試験で使うのだと考えられた。


「ここ、グラウンド……だよね」

「そうだね……それにしても、誰がいつの間に」


 リレールが首を傾げるのも当然だ。昨日の授業が終わり、寮に戻るまではいつもと何ら変わらないグラウンドだったのだから。


「――集まってんなァ、お前ら」

「あの、ガウフ先生……これは一体?」


 振り返った生徒らを代表するように、リレールが手を挙げた。

そんな彼らを見据えて、ガウフは口を開く。


「お前らも察しの通り、これは期末試験の会場だ。情報漏洩……その他諸々を防ぐために、昨日の夜メルディアン先生中心に先生方で作ってもらったもんだ。と、前置きが長くなったなァ。今から実技試験の内容を発表する」


 ソルは息を呑む。筆記試験とは違って、実技試験の内容は明かされていない。これは全学年共通だそうで、試験内容は毎年変わっている。


「試験は二班ごと一班から順で行う。それと――内容は班ごと違う」

「え……⁉︎」


 思わず声が漏れる。


――ってことは、終わった班から内容を聞いても意味がないのか……課外授業から約二ヶ月。先生たちからそれとなく課題を言われてはいたけど、試験に関する確かな情報はなかった。班ごととはいえ、実際はどうなんだろう? 課外授業の時みたいに先生を協力して倒す……のかな。


 ソルが疑問に思っていると、ガウフは淡々と説明を続ける。


「試験内容は違うが、時間に限りはある。つーことで、試験時間は一律で三十分だ。俺ら教師は他の場所でお前らの行動を採点する。他の班はここで待機だ。一班と二班はさっさと来い!」

「は、はい!」


 一班と二班の生徒はガウフの後に続いていく。その背の中にマルハールとラライアの姿も見える。

 取り残された他の生徒らは、数秒の間を挟んでそれぞれの班ごとでまとまり始めた。


「なんか課外授業の時と似てるね。ま、内容が分からない点は違うけど」

「んな呑気なこと言ってる暇じゃねえだろ。どうすんだ」

「あはは〜、ほんとどうしようか」

「笑ってる場合か!」


 ヴォルークの鋭いツッコミが冴える。とはいえ、リレールの言わんとすることも彼らには理解できた。対策の立てようがないのだ。これでは、期末試験に関しての情報が全く無かったのも頷ける。



 それから約十五分後。第四班と第三班はガウフに呼ばれた。呼ばれるまま、彼らは九時の方向へ土の壁の外側を回り込む。


「来たか。三班は右の入り口から、四班は左の入り口から入れ」


 言われるがままに、ソルたち第四班は左手を見る。そこには洞窟のように、人ひとりが通れる大きさの穴があった。

 その入り口に入ると、天井はなく、四方を土壁に囲まれた空間に出た。頭上には青く澄んだ空が見えている。


「今からお前らにルール説明をする」


 ソルたちが入ってきた入り口から、ガウフも入ってきた。五人が入口の方に向き直ると、ガウフは早速説明を始めた。


「まずお前らを三つのチームに分ける。Aチームはソルとアルナ。Bチームはヴォルークとスピネル。そして最後に残ったリレール、お前にはこの水晶玉を一つ所持してもらう」


 懐から、手のひらサイズの透明な水晶玉を取り出し、リレールに手渡す。

 チームごと、名前を呼ばれた二人は向き合う。どういう意図で組まれたのかは分からないが、珍しい組み合わせだ。


「この水晶玉は星神力の測定器だ。星神力が当たった瞬間に、誰の星神力か瞬時に測定する。AチームとBチームの四人は、この水晶玉を相手チームより先に、時間内に壊すことが課題だ。そしてリレール、お前はこの水晶玉を割られないように阻止しろ」

「僕一人で、ですか……⁉︎」


 リレールは困惑する。それもそうだろう、彼は四対一を強いられているのだ。

 しかし、それは他の面々も同じだった。ガウフが渡した水晶玉は一つのみ。ということは、相手のチームより早く壊さなければならない。彼らは息を呑んで、互いの敵となる者たちを見る。その場には、明らかな緊張が流れた。


「壊す方法も妨害する方法もそっちに任せる。ただ、命に関わる攻撃をしたと判断した時点で失格とするからなァ。とはいえ、両チームとも水晶が壊せなくとも、それまでの過程を評価する。多少の無茶はこっちも想定済みだ。手は抜くんじゃねェぞ」


 ガウフは語気を強くしてプレッシャーをかける。とはいえ、発破をかけるまでもなく、彼らの目には覚悟が乗っていた。その様子に、ガウフは誰にも分からないくらい小さく微笑む。


「さァて、説明も終わったしそっち入り口から試験会場に入れ。十分後に始める、ここで作戦を練るなり移動するなりするといい」


 ガウフが指を示す方向には、入り口と同じ形状の空洞が空いている。入り口と真反対の位置に。

 説明を終えたガウフが入り口から出て行こうとすると、リレールが待ったをかけた。


「あの先生、これって会場内の細工はアリなんですか?」

「妨害方法はそっちに任せると言ったはずだ。幸い、お前らが最後の組だ。派手にぶっ壊しても支障はねェ」

「分かりました……」


 ソルはリレールを見る。彼は浮かない表情をしていた。


――やっぱり、緊張してるのかな。いくらリレールがすごいって言っても、四対一は無茶なんじゃ……なんで先生はこんな試験にしたんだろう。


 ソルはガウフを見る。今は入り口付近でヴォルークを呼び、何かを話している。


「ソルくん、あたしたちもそろそろ行かない?」

「あっ、うん。そうだね」


 アルナに促されるまま、ソルは試験会場へ続く入り口へ向かう。この部屋の中に、リレールの姿は既になかった。ヴォルークを待つスピネルを横目に、ソルたちAチームも試験会場へと入って行った。



 入口から一歩踏み出すと、洞窟のように薄暗い一本道が広がっていた。


「とりあえず明かりをつけるね」

「うん、ありがと」


 二人の周囲に小さな光の玉を浮かび上がらせる。それらは地面や頭上などの周囲を照らす。


「それにしても……どうしよっか。相手、リレール君たちだもんね。ぶっちゃけ、あたしはどうすればいいのか全然分からなくて」

「あはは、実は僕もだよ。みんなと班を組むってなった時は、こんなに凄い人たちが味方なんだって思ってたけど、まさか敵になっちゃうなんて……」

「ほんとほんと! ここまでやるか、鬼教師! って感じ」


 アルナの冗談に、たまらずソルも笑い出す。とはいえ、二人の表情には少しの固さが残っている。

 そんな時、二人は足を止めた。目の前には、三つに枝分かれする道があった。どれも先は薄暗く、目視で先を見ることは出来ない。


「……どうしようか」

「とりあえず、リレールくんとは別の道を選んだ方がいいんじゃない? 道中に罠をしかけててもおかしくないし……何より、この道を抜けた途端に試験開始になっちゃったら、作戦も練られないまま鉢合わせになっちゃうかもだから……とは言っても、リレール君がどこを通ったかが分からなきゃ意味が無いんだけど……」


 言葉を濁すようにアルナは何かを言い淀む。ソルも何となくその意味が分かった。しかし、ソルが何かを言いかける前に、意を決したアルナが口を開く。


「一応、聞くんだけどさ……ソル君って探知とか得意?」

「いやあ、それが全然……アルナさんは?」

「実はあたしも……」

「あはは……」


 そこで二人は顔を見合わせる。そして二人はゆっくりと微笑みあった後、じわじわと手に汗を滲ませた。


「こっちとか、どうかな……?」 

「うん、いいと思うよ。後はバッタリ出会わないように祈るしかないね」


 ソルはおもむろに一番左側の通路を指差す。


――自信、なんてものは微塵もないけど……明確なのは、今の僕たちはこんな所で時間を潰してる場合じゃないってことだ。ま、まあ探知は要課題ってことかな。


 アルナも申し訳なさそうに共感しつつ、二人は通路の奥へ進んで行った。



✤✤



「さて、これからどうする? 試験開始まであと七分……できることは限られてくるが」


 ソルたちの後に迷路をぬけたヴォルークとスピネルは、一本の開けた広場に出ていた。

 ヴォルークの言葉に、スピネルも口を開く。


「この会場の大きさも仕様も分からない以上、細かい作戦は立てられない。だから、これからの行動だけでも話し合うべき」

「ああ、そうだな。とりあえずここまでの道中について整理しよう。まず三本の分かれ道とそれに続く迷路、それから俺らが今いるこの広間」


 ヴォルークはそこで言葉を切ると、目の前の分厚い壁を数度叩く。


「……目立った特徴はないが、二十メートル程度の高さに、分厚さもそこそこある。破壊するにしても、結構な星神力を使うことになりそうだな」

「とはいえ、少し先に抜け道となりそうな場所もある。そこからなら、他のエリアに移動ができるかも」


 スピネルが指を差す先の壁には、人ひとりが通れそうな大きさの穴が空いている。縦約二メートル、横幅約一メートルと言ったところだろうか。スピネルは加えて説明を続ける。


「あそこから先はまだしっかり見ていないけど、顔を覗かせた感じ、迷路ではなかった。五メートルほどの壁で区切られた細い路地のようだった」

「俺もさっきこの広間の先を見てきたんだが、突き当たりを左に曲がると、すぐに入口と似た場所があった。壁も天井もしっかりと作られてて、中の様子は暗くて見えなかったな」


 彼らがいる場所から、曲がり角までは約二、三十メートル。一直線で障害物もなく、まっすぐと前を見るとヴォルークの言っていた突き当りが見える。そこから右側に道はなく、高く分厚い壁のみがそびえ立っていた。

 ヴォルークはその壁を睨みつけるように見て言う。


「あの壁には、特に多くの星神力が込められてるように感じるが……」

「それは私も感じた。おそらくは、この試験会場を取り囲んでいる壁である可能性が高い」


 ヴォルークも頷く。とはいえ、証拠はそれだけではない。他の大きな壁は最大二十メートル程度だが、この壁はその倍はある。


「じゃあやっぱり、俺たちがいる地点が一番端……位置的には東側か?」


 土の地面に長方形を書く。先程の情報を合わせた簡易的な見取り図のようなものを描き、その一番右側に小さく丸を書いた。スピネルもその見取り図に手を伸ばす。


「とすると、おそらく試験会場の入口はこの辺り。迷路の出口からこの広間へは直接繋がっていた」


 丸が書かれた位置から、垂直に下へと指をずらす。そして長方形の右下の角の付近に〈入口〉と書き込む。


「入口の迷路……もしかしたら、複数の出口があるのかもな。俺たちは最初の分かれ道で一番右を選んで、結果的に東に着いた。とすると、中央は分からないが一番左の道は西側に繋がる場所に続いているのかもな」


 粗方の情報を整理し終えると、ヴォルークはよし、と言葉を置いた。


「提案なんだが、二手に分かれるのはどうだ? 一人がこの広間の突き当りを行って、もう一人がそこの抜け道を行く。誰に鉢合わせたとしても、結果的に会場の中央部分で落ち合えるように、北と南の両方から探る感じで」

「分かった。それで構わない。ところで、接敵した場合はどうする? その場で対処するか、中央まで引っ張って行くか」

「それは各自の判断でいいだろう。一人で応戦できなそうな状況だったら、合流地点まで逃げながら応戦すればいい」

「了解、それでいこう」


 スピネルとヴォルークは互いに顔を見合わせる。粗方の作戦が決まったBチームの二人は、静かに時を待った。



✤✤



 試験会場外の試験官小屋で、ガウフは会場に設置された水晶の映像を見る。四つある水晶は、四班が使用する試験会場各所に設置された中継映像を映し出している。


「試験開始から約三分……どいつもこいつも停滞ぎみだなァ」


 一つ目の水晶にはソルとアルナの姿があった。入口の迷路を抜けたすぐ左手にある一本道の広間を進んでいる。試験会場全体から見ると、南西部分に位置する。


「ソルとアルナ……こいつらの課題は、互いに互いのサポートができるかだったな」


 五枚の採点用用紙をなびかせながら、水晶を見る。その紙には、五人分の情報、課題などが載っていた。

 それを見ながら、再び水晶の映像を見る。


「二人で周囲の敵を目視等で確認しながら進んでる……ってとこか。これじゃあ後手は必死だな」


――星神術者を続けていくには、探知にしろ戦闘にしろ、創生術の使用が必須となってくる。それが他より遅れてるとなりゃァ、そら穴は突かれるだろうよ。


 今度は三つ目の水晶を見る。そこには、Aチームの位置へ着実と近づいているスピネルの姿があった。ヴォルークと作戦を練っていた東の広間から隣接する、入り組んだ細い路地のエリアを着実に進んでいる。


「ここから特定の場所に行くのは、少し面倒だが……まァこいつの探知性能なら何とかなるか。問題はその後だな」


 どうやら進んでいく経路を見るに、南の方から順に探索していくつもりのようだ。その証拠に、もう一方の経路から行ったヴォルークは北側から進んでいる。


――目立った活躍こそないが、創生術の具現化やそれに伴う探知は一通りできる、言わばバランス型の優等生。そこだけ見ればリレールといい勝負が出来るはずなんだが……性格の問題なのか、どうも積極性に欠ける。何より、こいつの行動の指針をアルナに合わせているように思えてならねェ。課外授業のときも、リレールの作戦の荒さには気づいていたはずだ。だがそれを指摘するどころか、自分から攻撃に行く態度すら見せなかったと言う話だ。他の生徒ら同様に、攻撃するという選択を知らなかったと言うには、どうも躊躇いが見られない。……こいつの本心は、一体何なんだ。


 ガウフは訝しげな表情で、スピネルの行動を注視した。


✤✤



 一方ヴォルークは、二手に分かれ北側を進んでいた。広間の突き当たりを左へと曲がると、目の前には巨大な壁がそびえ立っていた。その一部分にある、わざとくり抜かれたような入り口を抜け、中へと入る。天井は吹き抜け、目の前には薄い壁に仕切られた分かれ道がある。

 ヴォルークは警戒心を募らせながら、細い道を抜けていった。


「ここ、会場の入り口と似た外装してると思ったら……迷路だったのか。それにこの植物――‼︎」


 地面から一直線に向かってくる様々な植物をかわす。それらは、土の地面から不規則に攻撃してきていた。ヴォルークの背より少し大きい程度の大きさで、少し掠めただけで出血しそうなほど葉先が尖っている。まるで鋭利な刃物がそこかしこから飛び出してきているのようだ。


「ここのギミックかと思ったが……これ、リレールの仕業だな」


 試験開始前に、彼がガウフに会場内の細工の可否を聞いていたのを思い出す。そして何より、彼の得意な属性は【木】だ。植物を具現化することなど容易なのだろう。


「一つずつ壊していこうにも――っ‼︎」


 今度は右後方から植物が迫る。間一髪刃先を避け、左へ飛び退く。


「一体どれだけあるんだよ! 数が多すぎる‼︎」


――これをあの十分足らずで仕掛けたっていうのか? はは、ほんと天才ってのは恐ろしいな。まあ、数が多いってだけで一つ一つの強度はそこまでない。


 土壁の間にある通路を塞ぐように、地面や壁の側面から生える植物の一本を右手でもぎとる。先端にさえ注意していれば、あっさりと掴み、茎を折ることもできる。

 ヴォルークは、もぎ取った植物の葉先を凝視する。鋭利な刃物のように尖っているのもそうだが、何か違和感を覚える。


――あいつの性格を考えれば、これだけで済ませるとは思わない。例えばこの先端に、何か……


「――っ⁉︎」


 その時だ。右足首に痛みが走った。慌てて振り返ると、先ほど排除した場所から再び植物が生えている。その植物の葉先が赤く光る。


「一定時間で生成され直すのか……! 考え事の一つも出来ねぇな」


 痛みを堪え、左手で星神力で炎を具現化する。そしてそれを前方の通路へと一直線に放つ。


「もたもたしてられねえんだ」


 チリチリと炎に焼かれ炭になった植物の間を通り、足を進める。とはいえ、ここは迷路。目の前には分かれ道が並ぶ。


「右か左か……考えてる暇はねぇ。とりあえずさっさと進もう」


 足を止めている時間が勿体無いと、右側の通路を進む。その際、切られた足首がズキリと痛む。


――こんくらいの怪我、今更どうってことはねえ。それより周囲を警戒しねぇと……いつまた植物が襲って来るか。


 と、その時――ヴォルークの足が止まる。目の前にあるのは、突き当たりの壁。つまりは行き止まりだ。

だが彼が足を止めたのは、それが理由ではない。


「ここ、罠を張ってやがるな」


 行き止まりの壁から約五メートルの小さい範囲に、何かがあるという気配を感じられた。星神力の探知ではない、表現するなら野生の勘というのだろう。


――試してみるか。


 左手を地面に向け、少量の星神力を放つ。そして――トラップが作動したように、その場には大量の植物が地面から飛び出した。鋭い葉先が鈍く光る。


「なるほどな。行き止まりには罠が張ってあるってことか……ゆっくり攻略も出来なさそうだ。仕方ねえ――強行突破だ」


 植物はうねうねと幹を左右に揺らし、葉先を自身へと向ける。それらに標準を合わせるように、ヴォルークは左手を前方へ突き出した。星神力を手のひらに集中させる。


 そして――炎が、迷路を一直線に貫いた。

それは目の前に隔てられた一枚の壁だけではなく、奥に続く通路の地面や壁をも抉った。


「ふぅ……これであらかた片付いていればいいんだが」


 ――ぐらり。脳が揺れた。


「……うおっ」


 上半身の重みに釣られ、思わずその場に尻餅をつく。


「なんだ、急に……そこまで星神力を使った覚えはないんだが――まさか」


 咄嗟に右手に携えた植物を見る。よくよく見ると、その葉先が小さく光っている。


「植物の水分か何かかと思ったが……まさか、毒?」


 その可能性に息を呑む。ヒヤリとした感覚が背筋を伝う。


――いやいや、落ち着け。これはただの試験、毒性だとしても麻痺が妥当なところだろ。毒のタイミングを見るに、星神力を多く使うほど、毒の周りも早くなるか……これなら、かすり傷一つ負っていれば取り逃したとしてもジワジワと効いてくる。器用なことしやがって。


 悪態を吐きつつも、ヴォルークは面前を見据える。ぽっかりと穴が空いた空間は、数十メートル先まで続いている。ところどころ、植物が焼け焦げた跡がある。


「っく……植物が再生しちまう前に、迷路を抜けねぇと」


 両手を地面に付きながらなんとか立ち上がる。腕はプルプルと震え、足も少しおぼつかない。


――掠ったのが少量だったから、なんとかこれだけで済んでるのか。どうにかして対処法を見つけねえと。


「急げ、時間はねえんだ……‼︎」


 前のめりになって、前方へと倒れそうになる勢いを利用して足を動かす。とはいえやはり、全身が重い。


――どうする、このペースで進むくらいならいっそ“焔狼(ブレイズ・ロウ)”を使うか? ……いや、俺が副作用なしで戦えるのは約十分。この迷路を抜けたとしても、すぐにリレールと鉢合わせる可能性は低い。


 先の攻撃で、炎が通った周辺の植物は燃え、ヴォルークが無造作に焦げ跡を通っても、植物が襲いかかってくる気配はない。


――この約二ヶ月、勉強ばかりしてきたわけじゃない。課外授業で痛感した“焔狼(ブレイズ・ロウ)”の課題――体内を巡る星神力に【火】を付与し、徐々に心拍と体温を上昇させ、身体能力を向上させる。それに伴って、炎を具現化するのが“焔狼(ブレイズ・ロウ)”の特性だ。だが裏を返せば、これを解除しない限り心拍と体温は上がり続け、やがて動けないほどの高熱になる。

でも、それは俺が未熟だから。これを使いこなす狼人族は一定の体温の値で上昇を止めて“焔狼(ブレイズ・ロウ)”を使うとされる。俺もこの二ヶ月で、十分程度ならそれができるようになった。


 そして、試験前に言われたガウフの言葉を思い出す。


『どうするかはお前の自由だが、この映像を中継で見てるのは俺だけだ。術が解けても問題はねェ。思う存分やってみろ』


 頭部を見下ろしながら、ガウフはそう言った。


――作戦と言い張って、二手に分かれたのもそのためだ。万が一の可能性を、少しでも減らすため。


「迷ってる暇はねえ……か」


 脳に、身体中に、エネルギーが巡る。おもりを外されたかのように体が軽くなる。指先と頭頂部にじんわりとした温もりが宿る。

 霧が晴れるように、頭部から狼の耳が姿を表す。炎を宿し、ゴウゴウと燃え盛っている。


「――っし、行くか」


 拳を握り、地面を蹴る。瞬きの後には人の姿はなく、抉られた土後だけが残っていた。

 一直線に穴を駆ける。数秒とかからず、迷路の最端へと辿り着いた。

自分が先ほどまでいた位置を見ると、ざっとその距離は百メートルというくらいだ。


「やっぱり、持続時間だけじゃなくて性能も上がってるっぽいな」


 以前の自分では、この距離を駆け抜けるのに十秒はかかっていただろう。その確かな手応えに、ヴォルークはわずかに微笑む。


「っと、早くこっから抜けねえと」


 すぐ左横に見える縦穴へと駆ける。迷路から脱したヴォルークの視界には、再び土の地面が見えた。そして。


 

「――は? 何だ……これ」


 思わずその光景に目を疑った。土の台の上に置かれた水晶が、大量に設置されていた。そのどれも一つ一つが、入り口でガウフがリレールに手渡していたものと瓜二つだった。


「この中に一個、本物があるってことかよ……⁉︎」


 一定の距離で等間隔で置かれたそれらは、ざっと二十はあるだろう。

 大きく開かれた広場にそれらが並ぶ光景に面食らいつつも、ヴォルークはその一つに恐る恐る近づいた。


「目立った違いは、ねぇ……よな」


 数十センチの間隔で置かれた隣の台を見る。そこにもやはり、光を透過させる水晶が置かれていた。


――見た目はただのガラス玉。この距離まで近づいたが、周囲からもこの水晶からも、罠が作動する気配はない。後一つ、何かがあるとすれば。


 ヴォルークは水晶から距離を取る。周囲に壁がないことを確認すると、指先から炎を放出する。


 ――パリン!

 水晶は粉々に砕け散る。その瞬間――


「おわっ⁉︎」


 ヴォルークに水がかけられた。そこまで量はないものの、上半身がずぶ濡れになった。


「ったく、何かと思えば……ただの水か。さっきの迷宮よりマシだからいいが」


 顔についた水を拭いつつ、改めて周囲を警戒する。


――これ以外に罠はないっぽいな。さしずめ、偽物の水晶を壊すとさっきみたいな罠が作動するのか。一気に壊してもいいが……他にどんな罠があるか分からない限り、雑な一掃はこっちの首を絞める。さっきの罠で“焔狼”が消えることはなかったが……基本的に【火】と【水】の属性は向かい合っていて相性が悪い。他の属性を使えないこともないが……俺はあいつら二人みたいに器用じゃないからな。同時に使うと星神力を余計に消費しちまう。だったら、スピネルがくるのを待った方が堅実か?


 ジリジリと時間だけが減っていくような感覚に、ヴォルークは焦る。



✤✤


 二手に分かれたあと、スピネルは細道が密集するエリアを進んでいた。入り口や広間の壁とは違い、そこまで厚さが無く、高さ五メートル程度の壁が立ち並ぶ。何より、人一人がギリギリ通れる程度の横幅だ。


――ここ、道は狭いけど罠はない。罠を張ると、その人の星神力が探知できるはずだけど……彼のものは感じられない。あるのはメルディアン先生の星神力だけ。罠がないなら、壁を多少壊しても探知はされないはず。


 改めて周囲を確認するが、人や星神力の気配はないようだ。

 ――ドン! 一メートル程度の穴を壁に開ける。パラパラと土壁の破片が小石と共に落ちる。土煙が晴れると、慎重に穴の縁部分に触れる。


――再生しない。


 よかった、と小さく安堵すると、すぐさま穴の縁に足をかける。


「時間がない、急がないと」


 穴を抜けると、再び同じ壁があった。だが、間髪入れずに再び星神力で壁に穴を開ける。


――このまま一直線に壁を壊して、最短で南側へ向かう。


 穴をくぐり、壁を破壊する。これを何度も繰り返すうちに、やがて大きな壁に突き当たった。今までの壁よりも数倍分厚い。


――この壁……外壁と同じ。これを壊すには、倍以上の星神力がいる。どこか抜けられる場所は……


 周囲を見渡す。すると、十メートルほど右側に進んだ場所に出口と思しき穴がある。

駆け足でその場所に向かう。無理矢理破壊した断面と違って、縁は綺麗に整えられている。頭だけを出し、外に誰もいないことを確認する。


――まだ、誰もきていない。ここは会場のどこら辺なんだろう……未だ誰にも会っていないということは、まだ東側? いや、そんなことはどうだっていい。私は言われた通りの任務をこなすだけ。


 思考を単純化する。ただ言われたことをしていればいいのだと、自分に言い聞かせる。

 足を進めた先は、再び広間のような場所だった。壁で囲まれてはいるが、他に何もない。


――アルナ達もいない。そう遠くには行っていないはずだけど……ここらで一度索敵をしてみよう。


 と、地面に星神力を流した時だった。


「――‼︎」


 視界が暗くなった。何かの罠か、何らかの星神術か。様々な可能性を模索するが、すぐにハッとする。


――違う。これは……!


 スピネルは頭上を見上げる。そこには――先ほどまでなかったはずの天井が、生成されていた。


「誰の仕業であろうと、罠であることは確か」


 陽の光しか光源がないこの会場では、今のように上下左右を壁で覆われれば、先も見えなくなってしまう。

 スピネルは慌てる様子一つ見せず、左手で木の棒と炎を具現化する。簡易的な松明だ。


「入ってきた入り口も塞がれている……ということは、他の場所に繋がっているはずの入り口も同じ」


――それにしても一体いつの間に。ここに入ってほんの数秒だった。物音一つさせずに天井を生成するなんて……元々そういうギミックだったのか、誰かの罠か。とりあえず、この部屋の端を探そう。


 片手を伸ばしながらゆっくりと背後に後退する。すると、数歩進むと手のひらにひんやりとした感触があった。壁だ。


――よし、ここから真っ直ぐ南側へ向かおう。さっき見た限り、この部屋の壁は外壁と同じものだった。壁を壊すより、入り口を塞いでいる土を壊した方が早い。


 先ほど周囲を見た時、部屋の北側と南側に抜け口があったことを思い出す。

 壁に沿って暗闇の中を進む。手元に松明があるとはいえ、見据える先は闇だった。



――こうして、暗闇を進んでいるとあの時を思い出す。


 腕が痛かった。出血のせいで、貧血を起こしてフワフワとした感覚だった。それでも疲労のせいで、足もガクガクと震えて、今こうして走れているのが不思議なくらい。


『ハァ、ハァ……っ‼︎』


 息が荒い。月明かりだけが私の足元を照らしてくれる。

 木の影から、地面の中から、いつ襲われるか分からない。そんな恐怖を抱えて走る森の中は、どんなものより怖かった。


――早く、逃げないと。私一人でも……私、ひとりでも。


 その言葉を繰り返すたびに、死にたくなる。どうして私だけなのと、後悔と寂しさと憎しみで、どうにかなりそうだった。それでも私の足は止まらなかった。そのことさえも、憎い。


『うぅ……ぐっ、うぅ』


 下唇を噛んで、漏れる嗚咽を必死で抑える。涙が頬を伝う。空を切る風に流れて、後ろへと。



――後にも先にも、あんなに泣いたのはあの時だけかもしれない。


 意識がハッとする。気づけば足が止まっていて、松明だけが小さく揺れ動いている。


――どうして、今思い出したのだろう……今は一刻も早く、この場所から抜け出さなければならないのに。


 再び壁を伝って足を進める。その間、土に微量な星神力を流して一番厚みが薄い場所を探る。とはいえ、似たような手触りばかりで一向に検討がつかない。同じ景色、同じ暗闇の中を仄かな灯りを頼りに歩く感覚は、自分が今いる方向すら分からなくしてしまいそうだ。

 

――どれだけ歩いたんだろう。一度角を曲がったけど……それ以降、形跡が全くない。感知もしているのに、ところどころ彼の星神力が一定量流れていて、特定ができない。


 足を止め、まぶたを閉じる。星神力から伝わる情報を処理する。だが、いくら測定しなおしても情報に変わりはない。


――このまま、ここに閉じ込められたままなのだろうか。()()私にできることは、もう……


 諦めかけたその時、スピネルはとあることに気づいた。


――もしかすると、今なら()()が使えるかもしれない。


 スピネルは先ほどより少し多く星神力を壁と地面に流す。


――やっぱり、思った通りだ。だとすると、問題はこの壁の外……東の広場と同様に、迷路の出口と直接繋がっているなら。


 だんだんと可能性が見えてきた。自身の行動への根拠を一つ一つ見つけ、策を確かなものとする。

 できるだけ壁に近い位置で座り込んで、両手で地面に触れる。その頭上で壁に刺された松明の炎が、ゆらゆらと揺れる。


「……よし」


 確信を持ったような表情で、スピネルはつぶやいた。



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