第六話【姉と妹】
ソルたちは森の中で二手に分かれていた。索敵班のソルとリレールとスピネル。その後方では、ヴォルークとアルナ、マルハールと他の二班の生徒が捕縛班として待機している。
まず森を歩いて分かったのは、木々の高さ故に陽の光が届かず、暗いということ。視認できるのはせいぜい一、二メートルが限界だろう。
創生術を一通り使えるリレールとスピネルで【木】の属性を使い、周囲の索敵を行っていた。周囲に誰もいないことが分かると、ソルの星神力で足元と周囲を微量に照らしながら進む。
『狙うとしたら、あの女の人……は、どう?』
作戦を練っている途中、アルナが提案をしてきた。その視線はどこか気まずそうにしている。
『じ、実は⋯⋯エイナってあたしの姉なんだ』
その言葉にスピネル以外の一同は驚く。どうやら彼女だけは事情を知っていたらしい。
『だから、まあ⋯⋯少しはお姉ちゃんの手の内を知ってるから、役に立てると思う。とは言っても、お姉ちゃんはあたしのことなんて見てない思うけど』
彼女の表情は、誰から見ても無理をして笑っているようにしか見えなかった。おそらくはあまり良好な関係ではないのだろう。だからあの時ソルたちを睨むような眼光で、瞬きの隙見ていたのだ。
『それで、お姉ちゃん⋯⋯ と言うかあたしの家ね。武器屋をやってて、星神力で武器を作ったり修理したりしてるんだ。で、夜巡隊に入るって決まった時も、姉お姉ちゃんは刀を主体に訓練してた』
『もしそのスタイルを変えてたらどうする』
『多分その可能性は低いと思う。お姉ちゃんが夜巡隊に入ったのは一年ちょっと前だから』
『なら大丈夫そうだね。ありがとう、だいぶ作戦が立てやすくなったよ。他には何か知ってる?』
『えっと、他には――』
ソルは作戦の概要を思い出しながら、星神力で作り出した光の玉を前へ動かす。照らされた木々の幹はどれも大きく、一人なら容易に隠れられそうだ。
誰もが息を呑む。自分たちでさえ容易に隠れられるということは、それは相手も同じことだ。
星神力によって照らされた先に、誰もいないことが分かると、そっと胸を撫で下ろす。足を動かすたびに、何かをするたびに、緊張が走る。このままこれが続いていくのだと思うと、気がおかしくなりそうだった。
「……どう? リレール、スピネルさん」
進みながら、星神力を植物に付与し探知を行う二人の様子を伺う。その行為は、この緊張感も相まって、いつもよりずっと集中している。二人の額に汗が滲んでいた。二人の合図に合わせて、ソルも光の玉を動かす。すると、唐突に二人の足が止まる。
「……誰か、いる」
呟いたのはリレールの方だ。スピネルの同様に頷いた。
「おそらく夜巡隊の誰かだ」
もっと細かいことを探るため、リレールはさらに意識を研ぎ澄ませる。木の幹に隠れ、しゃがみ込む。右手に星神力を集中させ、一本のつる植物を具現化する。これには自身の星神力が込められているため、意識を集中させれば植物が感じた情報を得ることができる。それを自身の感覚へと落とし込み、星神力の有無などを感知する。具現化させたつる植物を細く長くし、草花の隙間に入り込ませる。
スルスルと伸びていくつる植物を、先ほど感知した場所まで伸ばす。
――どこだ。どこにいる?
こうして目を閉じている間にも、背後にいるかもしれない。そんな緊張感が身を襲う。
――いた!
感知と同時に目を開ける。
「ここから真っ直ぐ、二十メートルくらいの場所で立ってる。数は……おそらく一人。女性かどうかは分からないけど、比較的星神力は少ない」
咄嗟に出た声は思っていたよりも小さかった。だが、この森の静けさのおかげで、その声量でも十分だった。
「よし、ここからは作戦通りに動くぞ」
マルハールは後方にいる攻撃部隊の面々へと合図を送る。すると索敵班とは別方向に進み出す。リレールはその場をスピネルとソルに任せ、攻撃部隊へと合流した。
ソルとスピネルは慎重に歩みを進める。二十メートル、長いようで短い距離だ。バクバクと心臓が高鳴る。いつ視界の中にその姿を捉えてもいいように、身構えつつ移動する。
「作戦……うまくいくといいね」
ソルは小さく呟いた。だが彼女からの応答はなかった。小さすぎて聞こえなかったのかと、ソルはスピネルの方を見る。
すると、唐突にスピネルが足を止めた。ソルも反射的に足が止まる。
「いた」
彼女の視線の先に、その人はいた。まるでそこだけ木々が避けるように、直径十五メートルほどの円となって日が当たっている。相手は望んでいた通りの人物――エイナだった。
心臓が握りつぶされたかのような緊張が走る。これが実際の世界なのだと、今になって自覚する。彼女が纏うその圧倒的なまでの雰囲気に、気圧されていた。――だが、ここで怖気ついてはいられない。役割を果たさなければ、この課題はクリアできないのだから。
ソルは真っ直ぐ右腕を伸ばす。そして、ここに来るまでの道中で放出していた星神力を、色々な場所から彼女に向かって放つ。
「……来たか」
エイナは小さく呟くと、突然として目の前に現れた雪のような光の球体を、鞘で薙ぎ払った。その衝撃で周囲の木々が揺れる。木の葉が舞い、土埃がたつ。
「まさか、この程度?」
眉間に皺が寄る。自分の対策などいくらでもできただろうに。その結果がこれとは、全くの興醒めだ。
と――彼女がそう思っていたのも束の間、今度は先ほどより大きな光の球体が出現する。そしてその影に隠れて、幾つかの土人形が見える。
「この程度、いくらやっても同じこと」
刀身を抜くまでもない。風圧だけで消し飛んでしまう目眩しなど、何ら意味はない。土人形も同じだ。たった一回の風圧で壊れてしまうだなんて。
「あなたたち! もっと本気でかかってきなさい‼︎ この程度じゃ、いくらやろうが時間の無駄よ!」
応答はなくとも、生徒たちのいる位置が分かる。気配を殺しきれていないのだ。どこかで、気の緩み――綻びが見える。
――再び、光の目眩し。【火】属性の応用なのかは知らないが、こんな一辺倒な動きに何の意味があると言うのか。
エイナは解せない思いを抱えていた。今年は神童と呼ばれるジュピターの民の天才だけでない、それぞれが例年の平均以上の数値を叩き出した者が多いと聞いていたのに。
土を操ったり木の葉を操ったりと、意味のない目眩しばかりで全く攻撃の素振りがない。心の中で舌打ちをする。
「……舐められてるのかしら」
それならば、教えなければならない。世界の厳しさを、彼らの弱さと覚悟の無さを。
――片足を一歩後ろに引き、腰を落とす。今度は鞘と鍔に手を置いた。
「――ふっ‼︎」
抜刀。瞬きをする間もなく抜かれた刃は、数十メートルという範囲の木々を真っ二つにした。切り株のようになった木々の上部は、土煙とともに地面へと倒れた。抜刀の際に巻き起こった暴風で、生徒たちは木々に打ち付けられていた。
「……まったく。この程度で気絶するなんて」
とは言うものの、何人かの生徒は意識があるようで、その場でうずくまっている。
――何人か筋のいいやつはいるようね。
周囲を見渡す。この一年で鍛えられた動体視力は、その姿を捉えた。
木の幹に寄りかかるその人物の元へ、歩いていく。意識が混濁しているのか、ぼうっとした表情で近づくのを見ているようだった。
刀を向ける。だが、抵抗どころかピクリともしない様に、苛立った。
「……妹だからって、手加減するとでも思ってた? それとも、誰かにまた助けてもらうのを待っているのかしら」
とはいえ、攻撃する意志さえないような者たちなら、居てもいなくても意味はない。
――誰かを攻撃することでしか、身を守れないだなんて……でも、仕方ないじゃない。世界はこんなにも厳しいんだから。
きっと、忘れることなどできないのだろう。四番隊に就任後、初めての任務。現実は憧れていた姿とは程遠いものだった。
身がすくんだ。刀を持つ手も震えて、いつ死ぬのかとずっと怯えていた。何度も刀を振ったのに、何度も訓練をしてきたはずなのに。
誰かを助けようにも、まずは自分を守らなければならなかった。だから、人を刺した。切りつけた。輝いていたはずの刀身は、赤黒く染まっていた。
――これが現実、これが世界。本当に、私のしていることは正しいの?
答えは出なかった。代わりに、自分の脳は考えるのをやめた。それが当たり前なのだと分かったから。
――いつか、この子もこの光景を見る日が来るのだろうか。
学園に特別入学として入るのだと、嬉しそうに語っていた妹を見て思う。その先に、この子の笑顔はあるのだろうかと。そう思った途端、言葉が口を突いて出た。
『――向いてないわよ、あんたには』
自分がなにを言ったのか思い出したのは、翌朝だった。飛び起きて見に行った妹の表情は、変わっていなかった。変わらない笑顔で、母と談笑していた。その様を見て、ダメだと思った。自分がいくら言ったところで、この子は学園に入るのだと思った。
――だったら、私は。
息を吸った。心にもない言葉を吐き続けてきた。きっと、こうでもしなければ夢を諦めてはくれないのだと、直感したから。
「その体質のせいで、足手纏いにしかならないあなたは、どうせ誰かに守られていたんでしょう⁉︎ 守られているだけで、その恩返しすらできないあなたが、ここにいる価値はあるの? これで分かったでしょう‼︎ ――あなたはここに居るには相応しくないと‼︎」
その瞬間、何かが視界の端から飛んできた。
「――ッ⁉︎」
反射的に、鞘でその攻撃を受ける。だが、衝撃で地面に足をつけたまま体が押された。
焼け跡のように鞘には小さく焦げ目ができ、煙が立っている。胸元に向かって飛んできたそれは、間違いなく星神力だった。光のように、一直線に向かってきた。
「……どうやら、やる気のあるやつがいるようね」
体勢を立て直し、光が放出された方向を見る。そこには、瞳に覚悟を載せた――赤髪の少年が立っていた。
――全く、歯が立たなかった。
時間が短かったせいもあって、拙い策になってしまったとリレールは言っていたけれど。うまくいくと、心のどこかで楽観視していた。だが、現実は厳しかった。――いや、これが現実だったのだ。自分たちがいかに未熟だったのかを思い知らされた。
木の幹に打ち付けられた背中は、ピリピリと痛んだ。腕や足も鉛のように重く、うまく動かない。クラクラと視界が揺れ、うまく認識できない。
「うっ……」
何とか頭を動かして、周囲の様子を見る。ただでさえ暗くて視界が悪いというのに、視界が霞んでしまって、見ている景色が本当に現実なのかすら疑うものだった。周囲には土埃が舞い、パラパラと木屑が舞っている。そして大きく無数にそびえ立っていたはずの木々が、根本から十メートルほどの高さで切られている。ゴトリと切られた上の部分が地面に横たわっている。
その光景に、ソルは背筋が凍った。――あの時と同じだった。
――みんなは……⁉︎
嫌な汗が吹き出す。うるさいくらいに心臓が鼓動し、重かったはずの体がいとも簡単に立ち上がる。
「――スピネルさん!」
隣でスピネルが横たわっていた。どうやらかろうじて意識はあるようで、小さく呻き声をあげている。
「……よかった、生きてる」
大きく息を吐く。見たところ、小さな擦り傷はあれど血は出ていないようだ。ソル自身も、背中を打ちつけたことによる痛みはあるが、立ち上がれるのだから、大きな怪我はしていないようだと認識する。
――これが、夜巡隊の実力……!
ソルは息を呑んだ。こんな圧倒的な相手に、どう立ち向かえばいいのだろうかと。
そう思う束の間、今度はリレールやヴォルークたちの様子が気になった。ソルは痛む体を押して、足を動かす。
「……っ‼︎」
その際にも、ズキリと激痛が走る。
「はあ、はあ……」
息を荒げながらも、彼らがいた場所を見る。ぼやける視界で、何とか認識できたのは数名の横たわっている生徒たち。その中に、マルハールの姿も見える。どうやら意識はないようで、ぴくりともしない。
「みんな……! っ、ゲホ……」
声を出そうにも、喉で息が詰まって咳き込む。だが、こうしてはいられない。皆の無事を確認しなければ。ソルは起き上がった。
だが、足から骨が抜けてしまったかのように、重力に従って地面に倒れ込む。――その時だった。視界に、その光景が飛び込んできたのは。
木にもたれかかるアルナに向かって、エイナが刀を向けている。
「……なにを」
――これはただの授業、そんなことするわけがない。第一あの二人は姉妹だ。家族に、妹に……そんなことをするわけがない。
そう思っていても、心臓がうるさく鼓動した。そんな中、エイナの言葉が響く。
「……妹だからって、手加減するとでも思ってた? それとも、誰かにまた助けてもらうのを待っているのかしら」
以前にも感じた、不快感に襲われた。
――家族に、どうしてそんなこと……!
ソルは手を握る。その際、指を引きずった後として地面が抉れていた。怒りがソルの心を侵食する中、エイナは言葉を続けた。
「その体質のせいで、足手纏いにしかならないあなたは、どうせ誰かに守られていたんでしょう⁉︎ 守られているだけで、その恩返しすらできないあなたが、ここにいる価値はあるの? これで分かったでしょう‼︎ ――あなたはここに居るには相応しくないと‼︎」
限界だった。ソルは歯を食いしばった。
――立て! 立て! 立て‼︎
手足を引きずりながら、立ち上がる。ソルは知っていた。彼女が、この一週間どれほど努力していたのかを。
放課後は毎日、先生に協力してもらいながら星神力のコントロールができるように訓練していた。体調を崩すこともあったが、それでも彼女はめげなかった。休日はほぼ一日やっていたし、基礎運動術の授業にも度々参加するようにもなった。ある日、彼女に聞いたことがある。
『どうしてそこまで頑張るの?』
『んー、前までは、この体質を治したかったからだけど。今はちょっと違うかな』
彼女は照れくさそうに笑った。
『頑張ってるみんなの役に立ちたいの。それに……認めて欲しい人が、いるから』
そんな彼女の苦労を、努力を否定されることがソルには我慢ならなかった。なんとしてでもエイナを倒す。倒して、認めさせるのだ。彼女の思いを。
やっとの思いで立ち上がったソルは、木を支えにしながらも、エイナの元へ歩く。そして、十メートルほどの位置で立ち止まった。――片手を伸ばす。エイナに標準を合わせるように。
――撃つんだ! 彼女に向かって‼︎
指先に力を入れる。手のひらに、だんだんと熱が宿っていくのが分かる――だが。
――撃てない……‼︎
人に向かって放つ。その一つだけがどうしてもできなかった。
手に、汗が滲む。そして狼を殺した時の感触と、恐怖が湧き上がってきた。
――どうして、あの時は撃てたんだろう。
ジルバトが危機に陥っていたから? ――違う。もっと別の理由があったはずだ。
あの時、襲ってきたのが狼ではなく涜神者だったら、撃てただろうか。いや、おそらく撃てなかった。あの時撃てたのは――狼が人間ではなかったから。
――怖い。
手が震えた。呼吸も小刻みになった。
――落ち着け、大丈夫。大丈夫だから。
自分に言い聞かせる。だが、吹き出す汗が止まることはない。一歩間違えれば命を簡単に奪える力だ。それを、人に向かって撃とうとしている。誰も傷つけず、この力を使いこなすことなど、本当にできるのか? 自分は、本当に――。
その時、ソルの脳裏にはあの日の光景が過ぎった。あの時もそうだった、狼の胴を塵にした自分の力に恐怖した。だがそんな自分を見ても、ジルバトは抱きしめてくれた。
『――お前は優しいやつだ。だからきっと、その力を誰かを傷つけるものにはしないはずだ。大丈夫、お前はその力で俺の命を救ってくれた。それが何よりの証拠だ』
あの温もりが、今も体を包んでくれているようだ。気づけば、体の震えは消えていた。
――そうだ。僕は、この力で人を傷つけない。そう、決めたんだ。
だが、その誓いが足枷となってしまった。その結果がこれだった。
――だけど、やらなきゃいけない時もある。友達を、仲間を助けるために!
目の前で、刀を突きつけられているアルナの姿が鮮明に映る。きっと、今がその時なのだ。仲間を助けるために、人を撃つ覚悟。それを持つときが来たのだ。
深く息を吐く。しっかりと、地面に両足が着いている感覚がする。全身を巡るエネルギーを鮮明に感じる。
――あの時とは違う。殺しちゃいけない。威力を抑えなくちゃいけない。
再び、エイナに標準を合わせる。幸いにも、彼女はこちらに気づいていないようだった。
――できるかな。僕に。
土壇場での調整。果たして上手くできるのか。
――違う。できるかできないかじゃない、やるんだ‼︎ この力しか使えないからこそ、ここでみんなの助けにならないと‼︎
この数日間、いろいろな創生術を使おうとした。だが、具現化どころか、星神力の属性を変えることさえできなかった。唯一使えたのは、この星神力のみ。きっと自分には才能がないのだ。だが、それを言い訳に諦めたくはなかった。
指先に力が入る。そして手のひらの中心に熱がこもっていく。
――思い出せ、あの時の感覚を。
無我夢中で、衝動に身を任せていたあの時とは違う。今度は自分の意思で放つのだ。
前を見据えた。伸ばした右腕を、左手で支える。体内を巡る星神力が、手のひらに向かって流れていく。
――いける‼︎
瞬間。閃光のように放たれた星神力は、エイナの腹部めがけて一直線に飛んでいく。狼を貫いた時ほどの大きさは出ていない。
手のひらがピリピリと痛んだ。だが、狼を撃った時ほどの痛みではなかった。
「……どうやら、やる気のあるやつがいるようね」
彼女は鞘で防いだようで、鞘からは水蒸気のように煙が上がっている。
――成功だ。ひりつく手のひらを握った。先ほどまで見ていた景色が、いつもと違って見えた。
「ここからは、僕が相手だ……‼︎」
エイナは刀を降ろした。そして、今度はそれをソルに向ける。ソルも再び片手を構えた。とはいえ、不意の一撃すら防がれてしまった自分に勝ち目はあるのだろうか。
――とりあえず、考える時間を作らなきゃ!
エイナの周囲に光の玉を浮かび上がらせる。それらを旋回させ、彼女の視界を奪う。
「同じことを!」
だが、意図も簡単にそれらは薙ぎ払われてしまう。
――どうすれば……!
今度こそ攻撃を受ければ、気絶してしまう。ソルは、こうして立っているだけでも精一杯の状態だった。
――また、星神力を放つ? でも、こんな状況じゃどうせまた防がれる。
星神力を操りながらソルは必死に思考する。何か、打開策となり得るものはないかと。
自分ができるのは、一直線に星神力を放出することと、大小さまざまな光の玉を浮かび上がらせること。
――そうだ。一直線に放出する星神力を、光の玉に変えられたら。そして、星神力の放出範囲を広げる。うまくいけば、広範囲の乱れ撃ちができるかもしれない!
ソルは両手に力を集中させる。要領は同じだ、光の玉を作り放出する。
――イメージしろ。先生も言っていた。イメージが繊細なほど、星神力がより強力になるって。
「……っ‼︎」
手のひらから、比べ物にならないほど大きな熱が放出された。その熱は光の玉となって、エイナに襲いかかる。
「ぐうぅうっ‼︎」
足に力を入れる。星神力が放出される威力の反動で吹き飛ばされそうだ。そして何より、星神力の消耗が激しい。体から力が抜けていく。
踏ん張りながら、何とか目を開ける。幾度となく撃ち込まれる光の玉を、エイナは刀で捌いている。だがその所作には先ほどまでの余裕は感じられない。
――これなら‼︎
ソルが希望を見出したのも束の間、一つの不安が脳裏をよぎる。
――……まずい、これじゃあ僕の方が先に限界が来る!
無数の光の玉の一つ一つはソルの星神力で作られたものだ。玉の一つ一つの消耗は微々たるものだとしても、それが幾重にもなれば膨大な量の星神力を消耗することになる。自身の星神力が限界に達するのが早いか、エイナを押し切るのが早いか。ソルは歯を食いしばった。
――他に何か、策を考えなくちゃいけないのに……!
少しでも気が緩んだら、足が地面から離れてしまいそうだった。ソルが焦燥感を抱えていた、その時だった。
――二色の光が、エイナめがけて飛んできた。
「……えっ⁉︎」
ソルが思わずその方向を見たのと同時に、手のひらから放出されていた光の玉が消えてしまった。だが、それすらも意に介さないほどに、ソルは目を見開いてその二人を見た。
「――アルナさん! スピネルさん‼︎」
スピネルが支えるようにして、アルナが片腕を伸ばしていた。先ほどの攻撃は二人がやったのかと、ソルは思わず二人に駆け寄る。
「二人とも怪我は大丈夫なの⁉︎」
「大丈夫……ってわけでもないけど」
「でも、それはあなたも同じこと」
二人はソルを見て笑う。ソルは、自然と体が軽くなったような気がした。
「――抵抗する意思があったのね、アルナ」
ソルはハッとして土煙の向こうを見る。大きな怪我は負っていないものの、先ほどの攻撃が効いたのか、腹部を押さえている。
「そう簡単には、いかないよね」
そう言って息を呑むアルナの瞳は、金色に輝いていた。覚悟を持った眼をしていた。ソルは再びエイナに視線を移そうとした時、エイナが口を開いた。
「……二人とも、耳だけ貸して。作戦があるの」
その言葉に二人は頷く。
「今から、あたしの言う通りに動いて」
アルナが深く息を吐いたのが分かった。ソルもスピネルも目の前を見据えながら、その言葉に耳を貸した。
いつからだっただろう。お姉ちゃんがあたしにキツく当たるようになったのは。そうだ、確かお姉ちゃんが初任務から帰ってきた時だ。疲れているであろうお姉ちゃんの気も知らないで、あたしはフィックスト学園に特別入学として入ってみてはどうか、って言われたことを話したんだ。そしたら、一言。
『向いてないわよ、あんたには』
そう言われたんだ。――ショックだった。今までずっと優しくしてくれていたお姉ちゃんの姿も、まるで嘘だったように思えた。
――迷惑だったのかな、ずっと。あたしの看病も、世話も。お姉ちゃん、あたしのこと嫌いになっちゃた?
刀の刀身を辿って、姉の姿を見る。見慣れた白のスーツも、土埃で少し汚れている。お姉ちゃんが口を開いた。相変わらず、嫌悪を一心に込めたような言葉だ。
――そうだよね、ずっと迷惑しかかけてこなかったもんね。
姉の表情を見る。眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したように――苦しそうな表情をしていた。
――どうして、そんな顔をするの?
それじゃあまるで、こんなことしたく無いとでも言っているようだ。困惑する。この一年、以前からは想像のつかないほどに仲が悪くなってしまった。母や父だけじゃなく、近所の人たちにまで心配された。
――嫌いなんじゃ、なかったの。お姉ちゃん。
目は細く睨みつけるような眼光で、眉間に眉を寄せている。以前はまではこんな表情しなかった。
看病の度に、大丈夫だよ、何かあったら教えてねと、陽だまりのような笑顔で言ってくれた。ある日、熱があることを隠していたことがあった。これ以上迷惑を、苦労をかけたくなくて。幼心ながらに、取り繕った。だが、なぜか姉にはすぐにバレてしまって、ひどく怒られた。そしてその後、言ったのだ。
『だって、お姉ちゃんずっとあたしと一緒にいるから、お友達とも遊べないじゃん……あたしが元気だったら、そんなことなかったのに』
『そうだねえ。アルナが元気だったら、アルナと一緒に遊べたのにね』
泣きじゃくるあたしの頭を撫でて、朗らかに笑っていた。そして姉は続けた。
『それにね、迷惑だって思ったことは一回もないよ。だって、私はアルナのお姉ちゃんだもの。苦しいことからも、辛いことからも、私が守ってあげるからね』
きっと、それが姉の本音だったのだと直感した。人一倍優しいお姉ちゃん。頑張り屋で、真面目な人。父に似て、不器用なところがあると母は言っていた。
――どうして忘れてたんだろう。
ずっと、心の中にあった言葉のはずなのに。あの日の温かさを、温もりを。姉の、不器用さを。
――そっか、変わってなかったんだ。お姉ちゃんは。勝手に勘違いして、遠ざけて、変わっちゃったのは、あたしの方だったんだ。
でなければ、こんな苦しそうな表情をする意味がない。まるで自分の首を絞めているようだ。
――そっか、そうだったんだね。守ってくれようとしたんだね、お姉ちゃんは。
あの日、お姉ちゃんが見たものをあたしは知らない。もしかすると、今後見る時が来るのかも知れない。それでも、だからこそ。
目の前を見ると、向かい側にはいつの間にかソルが立っていて、星神力を放っている。
その姿を見て、思う。
――あたしのことを、迷惑じゃないって言ってくれる友達がいるの。当たり前のように受け入れてくれた人たちとも出会えた。だからね、お姉ちゃん。
痛む体に鞭を打ち、立ちあがろうとする。だが、その時ガクンと足の力が抜けた。――倒れる、そう思った時。
「……大丈夫」
目の前には、スピネルがいた。あたしの腕を掴んで立ち上がらせてくれた。
「スピネル、大丈夫なの……?」
「平気。それよりアルナ、やるんでしょ」
スピネルの瞳は、いつのも増して濃く色づいていた。その言葉に、アルナは頷く。
――そうだ。認めてもらうんだ、お姉ちゃんに。安心してって言えるように。
スピネルに支えてもらいながら、星神力を放つ。直前にスピネルが【水】と【金】の属性を付与してくれた。それはまっすぐにお姉ちゃんの元へと放たれたけど、やはり防がれてしまったようだ。土煙の向こうで声がする。
「……抵抗する意思があったのね、アルナ」
駆け寄って心配してくれたソル君と、スピネルに耳を貸すように伝える。すると二人は小さく頷いて、目の前を見据えていた。
「今から、あたしの言う通りに動いて」
この作戦で、本当にお姉ちゃんが倒せるのか分からないけど。協力してくれる二人のためにも、あたしを受け入れてくれたみんなのためにも――負けられない。
「さっきの攻撃で、あたしが満足に撃てるのはあと一発。でも、その一発さえ撃てれば、お姉ちゃんを倒せると思う。だからそのためにも二人には時間を稼いでほしいの。あたしが星神力を溜め切る時間を」
とはいえ、さっきの大規模な乱れ撃ちのせいでソルくんの星神力は限界に近い。スピネルも、まだ満足に戦えるコンディションじゃないだろうし。そう思っていると、ソルくんが言った。
「……足止めは、僕に任せてほしい」
その言葉は、いつものおっとりとした雰囲気は感じられなかった。
「いいけど……大丈夫? 星神力、残り少ないんじゃ」
「ちょっと思いついたことがあって」
なぜだか、その言葉に不安は感じられなかった。あたしとスピネルは分かったと返事をして、頷いた。
「じゃあそっちは任せるね。スピネルにはあたしを手伝ってほしいの」
「分かった」
食い気味にスピネルは返事をした。そして少しの間すらなく、ソル君はお姉ちゃんの元に向かって行った。
――根拠があったわけじゃない。なぜか、自分にはそれができると直感した。
指示のあと、ソルはアルナ達を巻き込まないように、九時の方向へ回り込んだ。
「あら、来たのはあんただけなのね」
エイナの言葉が右耳から左耳へと、脳を経由して流れる。
――どうしてだろう。とても体が軽いや。
ソルは両腕を広げた。自ずと、エイナも臨戦体制をとる。もう侮ることはない。
――リレールが言っていた。星神力は一からものを作るより、その場にあるものを操った方が消費が少ないって。
索敵の際に彼が星神力を植物に流し込んでいたことを思い出す。ソルは手のひらから星神力を体外へ放出した。
「何もないこの状況で、一体何をする気?」
エイナは眉を寄せた。大抵の星神術者が操るのは、地面の土や植物、あるいは石や水といったものだ。だが、この開けた場所ではそのほとんどがない。それどころか、彼は地面に手を置いてすらいない。空中で星神力を垂れ流したところで、無駄な浪費になる――はずだった。
「――よし」
ソルがつぶやいた途端、エイナの周囲には数えきれないほどの光の玉が出現した。それらは一斉に四方八方から迫ってくる。
「いつの間に――⁉︎」
抜刀と同時に光を斬る。だが、それらは斬った側から寄り集まって、再び形を成す。これではいくら斬ってもキリがない。
「……何なの一体‼︎」
前後左右から攻撃してくる光の玉を捌きながら、エイナは言葉を漏らす。そして、その言葉に応えるようにソルが言葉を発した。
「光だよ。ここら一帯にある太陽光を、星神力で凝縮させた」
「ただの、光ですって⁉︎ 馬鹿なことを……! 操れるのは、星神力が流せる物体だけ‼︎ 形も成していない光なんて操れるわけが――!」
だが実際に、無数に存在する光の玉からは微かに星神力を感じ取れる。先ほどの戦闘であれだけの光の玉を生み出した直後に、これほどのものを生み出せるわけがないのだ。
――だとすれば、彼の言うことは本当ってこと。聞いたことないわよ、光を操る星神術者なんて!
何より厄介なのは、数の多さではなく、その速さにあった。一発ごとの威力は小さいものの、向かってくるスピードが並のものではない。それが上下左右、四方八方から飛んでくるのだ。いくら星神力で身体強化をしていても、捌ききれるはずもなく。
「……ぐあァッ‼︎」
腹部に一撃が入る。その衝撃で、重心が崩れる。まるでそれを狙っていたかのように、光の玉が一斉に襲いかかってくる。それらは残像を残し、一筋の線となる。それはまるで――無数の光線のように。
「――ハァァア‼︎」
それでも、彼女も負けるわけにはいかなかった。刀の形状を変え、無数に襲いかかる光線を弾く。両端に刃が付いた刀を回転させ、弾き返す。だがそれでも、防御の隙間を縫うように光線が飛来する。
「……っ‼︎」
どれだけ素早く刀を振ろうが、その速さよりも素早く光線は飛んでくる。
――すごいなあ。さすがは夜巡隊、このままじゃ押し切られちゃうな。
幾らか攻撃は当てているはずなのに、攻撃をいなし続ける彼女にソルは感嘆する。だからと言って、彼も攻撃の手を緩めることはなかった。――だが。
「――舐めんじゃないわよ‼︎」
暴風。風圧によって、光線が全て薙ぎ払われた。荒い息を捲し立てながら、彼女はそこに立っていた。
「はっ、はァッ……! 何を考えているのか知らないけど、この程度で倒れる私じゃないの」
刀の形状を元に戻し、エイナは切先を突きつける。
「分かってますよ、そのくらい。だから、本命は僕じゃない」
「――なにっ⁉︎」
ソルが腕を伸ばすのと同時に、閃光が襲いかかる。そして右側から放たれた一筋の巨大な光が――それらを巻き込んだ。
――よかった……
全身の力が抜けるのと同時に、ソルの意識はそこで暗闇に呑まれた。
木の影から、お姉ちゃんを見据える。無数に襲いかかってくる光の筋を、紙一重でいなし続けていた。
ソル君がお姉ちゃんを妨害し続けてくれたおかげで、ここまで星神力を貯めることができた。――体の奥が熱い。手のひらが燃えそうなくらいに、エネルギーが集まっているのが分かる。これが、あたしの可能性。あたしの体内で抑えられていた星神力がこんな多かったなんて。
「あたし、お姉ちゃんに言わないといけないことがあるの。まだ、お姉ちゃんには言ってなかったら。あたしがこの学園に入った理由」
両腕を構える。深く息を吐いて、緊張を和らげる。
「伝わるかな、あたしの覚悟」
不安になって、スピネルの顔を見る。すると彼女はそっと笑った。大丈夫だと、そう言っているようだった。
そして再び前を見る。その時、不意に思ってしまった。
――きっと、これを撃ったら倒れちゃうんだろうなあ。
分かっていることだったが、どうしてもそれだけが気がかりだった。だが、そんなあたしの考えを読むかのようにスピネルが言った。
「任せて、アルナ」
スピネルが後ろであたしを支えてくている。その一言だけで、救われた気がした。
ソル君がこっちを見た。合図だ。
――ありがとう、お姉ちゃん。今まであたしを守ってくれて。でも、もう大丈夫。見てて、あたしの覚悟。
学園に入って、みんなと出会って、変われる気がする。
『――でもさあ。それって凄いことなんじゃないのぉ?』
その言葉の意味を、あたしはいまいち理解できていなかった。でも、やっと分かった。これがあたしの可能性。あたしはこの学園で、この膨大な星神力を使いこなせるようするんだ!
瞬きの間に、星神力が放出される。勢いよく放たれた星神力は、ここにあるどの木の幹よりも太く、力強かった。
お姉ちゃんは声をあげるまもなく、光に飲み込まれた。
「ハァ、ハァ……」
パラパラと、木の葉や木屑が舞う音がする。ミシッという木が軋む音も聞こえた。朦朧とする意識の中で、土煙が晴れていくのを見ていた。
「どう、なったの……?」
土煙が晴れていく。そしてそこには――木の幹にもたれかかり、項垂れているお姉ちゃんの姿があった。
「やった……!」
ヘロヘロと地面に座り込む。流石に限界のようだ。
「あっ、そうだ……ボール」
これが授業ということを忘れそうなくらいには、大変だった。スピネルは動けないあたしの代わりに、ボールを取りに行ってくれた。
✤✤
「……完敗よ、ほんと」
かろうじて、輪郭を捉えることができた。だが背中も腕も、全身がピリピリと痺れていた。
駆け足でやってきた紫髪の子は、転がっていたボールを手に取った。
「あなた、あの子の友達なんだってね」
応答はない。なにを考えているのか分からない表情通り、どうやら無口のようだ。
「助けてあげてね、アルナのこと」
「……あなたに言われるまでもない」
やっと口を開いたかと思えば、出てきた言葉は刺々しかった。
「年上に向かって、いい度胸ね」
「あなたがアルナをどう思っていようと、私はあなたの言葉を許さない」
なにも言えなかった。だって、事実だったから。底抜けに優しいあの子は、きっとこれからもあたしを姉と慕うのだろうけど、一度口から出した言葉を取り消すことはできない。
「あなたにどう思われようとも、私は今まで通りあの子を守るだけよ。それに、今回はお情けでもらった勝利だってことを頭に置いておくことね」
「……ボロボロのくせに」
――イラッ。
煽るような口調に、思わず彼女の顔を見る。すると案の定、済ました表情をしていた。だがその表情すら返って煽っているような気がする。
とはいえ、ここで声を荒げるのは大人気ない。そう思い直し、自身を落ち着かせる。だが。
「夜巡隊なのに、もう立てなくなってるんですか」
「うっさいわね! さっきから何なのあんた‼︎ これはわざと喰らってあげたのよ! 今のあんたたちの実力じゃ、掠り傷すら負わせられないでしょうから‼︎」
「冗談に本気になるんですか。大人気ないですね」
言葉の節々から挑発的な態度が見て取れる。しまいには、鼻で笑う始末。
――ここでぶちのめしてやろうかしら……‼︎
と、拳を握った時だった。――ドサッ。何かが倒れ込む音がした。嫌な予感を抱えたまま、その方向を見る。
「アルナ‼︎」
「……っ⁉︎」
倒れているアルナがいた。気がつけば紫の子は駆け出していて、体の重さや痛みすら忘れたように、私も立ち上がって走り出した。
横たわるアルナは、見るからに頬が赤くなっていた。
「アルナ‼︎ しっかりして!」
「まずいわね、だいぶ発熱してる……‼︎」
ゆっくりと抱えたアルナは、服越しでも分かるくらいに体温が高く、荒く吐かれる息が熱い。とりあえず自身のジャケットを枕代わりに、アルナの頭の下に轢く。持っていたハンカチを、星神力で具現化した水によって濡らし、額に乗せる。
「ちょっと、他の生徒も起こしてきて! 私はこの子を見てるから」
「――だったら、俺も手伝う」
「あなたは」
「悪い。途中から意識はあったんだが、俺が介入しない方がいいと思ってな。見てるだけになっちまった」
木の影から現れたのは、黒髪の少年だった。背中には、先ほど戦った赤髪の少年を背負っている。
彼はこちらを一瞥すると、何となく状況を察したのか、それ以上何かを言うことはなかった。
――確か、スタート地点でアルナと一緒にいた……同じ班の子かしら。
「とりあえず、こいつもここに寝かせといていいか?」
背負っていた赤髪の少年をアルナの隣に座らせ、木に頭をもたれ掛からせた。赤髪の少年はとても安心したような表情をしている。
「……それじゃあ、あなたたちに任せるわね」
そう言って、二人に声をかけた時だった。
「――じゃあ、俺も手伝おうかな〜」
似つかわしくない声だった。何の邪気もなく、純粋無垢……そんな言葉が思い浮かぶような、少年の声だった。
一人の少年を片手で担いで、こちらへと近づいてくる。桃髪を猫の髭のように跳ねさせた少年だった。見たことのない子だったが、単に自分が認識していなかったのかもしれないと思い直す。
「そう。じゃあ……」
任せるわ、そう言おうとした時だ。その少年を見つめている二人の様子がおかしい事に気づく。目を見開いて、信じられないものを見た表情をしている。
「誰だ、あいつ……知ってるか……?」
「……知らない。それになんで――ローブを着てないの」
その言葉でハッとする。確かに、見た目はアルナたちと大差のないように見えるが、その少年はローブを羽織っていなかった。それどころか、フィックスト学園の規定服であるはずの、黒のワイシャツと赤いネクタイ、白いズボンを着ていなかった。
額に汗が滲む。先ほど感じた嫌な予感よりも色濃く、ただならぬ空気が漂っていた。
「……あなた、一体何者なの」
言葉が口を突いて出た時、少年は口角を上げ――水色の瞳が光った。
※以前まで書いていた前書きを各章の始めの話数から載せようと思います。




