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星神のアポロン  作者: 亜真 メト
第一章 学園入学編
5/10

第五話【課外授業】

【水の街】マーキュリーの民

・国の経済を担う

特徴:桃髪・金眼


【金の街】ビーナスの民

・国の医療を担う

特徴:紫髪・桃眼


【火の街】アースの民

・国の軍事を担う

〈家系〉

・フォボス家

・ダイモス家

特徴:黒髪・青眼


【木の街】ジュピターの民

・国の知識を担う

〈家系〉

・イオ

・エウロパ

・ガニメデ

・カリスト

特徴:白髪・翠眼・金眼


【土の民】サターンの民

・国の食を担う

〈家系〉

・ミマス

・エンケラドス

・ディオネ

・タイタン

特徴:金髪・水眼


【天の街】ウラヌスの民

・国の気象を担う

〈家系〉

・ミランダ


【海の街】ネプチューンの民

・国の海を担う

〈家系〉

・トリトン


【地の街】アースの民

特徴:茶髪・茶眼


【幻の街】ダイアナの民

特徴:多様


【死の街】プルートゥの民

特徴:青緑髪・赤眼・黒角



 ――【木の街】北部の森。

 鉄格子で囲まれたこの土地は、フィックスト学園の所有地の一つ。生徒たちはその前で、班ごと順に並んでいた。

 木々という木々がそびえ立ち、そのどれもが二、三十メートルはある巨木ばかりだ。

「――準備はいいかァ? ガキども」

 その一言から始まった本日の課外授業。一週間という時間で、クラスの三十名全員が班を作った。

「これからこの場所で課外授業を行う。その際、安全面の考慮という点で【夜巡(やじゅん)隊】に警備と試験官を務めてもらうことになった」

 生徒たちがざわついた。

 ――夜巡隊。それは星神術者とは違った、国のもう一つの防衛手段だ。元々、国の防衛力としてマーズの民が警備隊として尽力していたが、火神戦争の影響によりそれらの機能は失われた。結果、防衛力の低下に伴って作られた新設組織だ。最近となっては、星神術者以外の就職先としても注目されてきている。このフィックスト学園でも、一般職以外にも夜巡隊が挙げれるほどだ。この学園に入学した生徒な中には、夜巡隊に憧れて入学した者もいることだろう。

 彼らがその言葉に目を輝かせていると、生徒たちの背後から数人のスーツを着た男女がやってきた。

「――おっ、この子たちがフィックスト学園の生徒たちか? あ、俺怖がられないかな」

「――先輩、今日の内容少し大変そうですよ。どれくらいまでならいいのかしら」

「――学生相手とはいえ油断は禁物だ。夜巡隊の代表として粗相のないようにするぞ」

 三者三様に何かをいいながらやってきたその三人は、見たところ二十代前半と言ったところだ。

一番右にいるのは、横髪をピンで止め、前髪を眉のあたりで切り揃えた桃髪の女性だ。真ん中にいる男性は、頬から額にかけて縫い目のあるオールバックの黒髪。一番左にいるのも同じく男性で、右頬から右目の瞼にかけて大きな傷跡があり、白髪金眼だ。

彼らは一様に、黒いワイシャツ以外のネクタイやジャケット、ズボンを白に染めた服装だった。その統一感と共にその圧倒的な迫力から、彼らが夜巡隊であることは明白だった。

「今回お世話になる夜巡隊の三人だ。挨拶しろ」

「「よろしいお願いします」」

 生徒たちが声を揃えて挨拶をすると、真っ先に返事をしたのは、顔に縫い目のある黒髪の男性だった。

「こっちこそよろしくな。俺はバイギス・ダイモス。見てわかる通りマーズの民で、この隊の隊長をやってる」

 話し方も軽快で、親しみやすい兄貴分のような印象を受ける。

彼の発した「ダイモス」とは、フォボス家とは別のマーズの民の家系名だ。彼らには狼人族の耳は生えていない。

――ヴォルと同じ、マーズの民……

 ソルはそれとなく周囲の様子を伺うと、案の定と言うべきか、小さくヒソヒソと話す声が聞こえる。当の本人は、聞こえていないのか意にも介さない様子だ。それよりも気になったのは、ヴォルークの様子だった。彼にしては珍しく、眉根を寄せて男性を凝視している。

「私はエイナと言います。マーキュリーの民です。本日はよろしくお願いします」

 頃合いを見計らったように、右隣の女性が話す。彼女は丁寧にお辞儀をすると、顔を上げた一瞬だけ――彼らを睨んだような、そんな視線を向けた。

――この人……

 ソルはどことなく、その女性がアルナに似ているような気がした。

「私はジュピターの民のウリス・カリストと申します。よろしくお願いいたします」

 最後に口を開いた男性も、丁寧に会釈をした。カリスト家もイオ家と同じく、ジュピターの民の名家だ。名家どうしの邂逅というのもあって、本人たちに面識はあるのかと、リレールと男性を交互に見るが、特に表情を変える様子はなかった。

「今日の課題だが、夜巡隊の方々に二つボールを所持してもらう。それを時間内に奪って、この場所にいる俺にボールと班員を揃えて報告しに来い。基本的にボールを奪えれば何したっていい。ハンデありとはいえ、本気でやらないとお前らの実力じゃ到底奪えないからな」

 ガウフは説明を終えると、夜巡隊の三人に、手のひら程度の大きさのピンクボールを一人二つ渡していた。

 ここには六班しかいないため、うまくやれば全班がゴールできる仕組みだ。とはいえ、問題となるのは時間制限の方だろう。彼の言うハンデがどれほどのものかは知らないが、一筋縄で行くとは到底思えない。

「今から十分間、時間をやる。その間作戦を練るなり、準備をしておけ」

 その言葉の後、生徒たちは班ごと一斉に散らばった。他の班に作戦を聞かれないために。

 木陰に集まったソルたち第四班は、リレールを中心に話し合いをしていた。

「今回のルールは、夜巡隊の人からボールを奪って全員でこの場所に戻ってくること。全員でってことは、囮作戦を使うにしても後から合流しなくちゃいけない。でも夜巡隊の人が簡単に逃げさせてくれるとも思えない」

 リレールの説明を付け加えるように、ヴォルークが口を開く。

「それに、最悪他の班との三つ巴もあり得る。そうなった場合はどうする? 他の班に引いてもらうか、俺らが引くか」

「それだと、時間のロスになる。進む先に都合よく夜巡隊がいるとも思えない」

「だよな」

 スピネルの意見にヴォルークは同調する。

「せめて、どういう方針で来るのかだけでも教えてくれれば楽なんだけど……」

 ソルはそう言いながら、ガウフと話す夜巡隊の様子を見る。

 

「ほ、本日はよろしくお願いします……!」

 エイナはガウフにお辞儀をする。彼女にとって、フィックスト学園の課外授業に参加するのは初めてだ。そのため、いつも以上に体が強張る。

そんな中、同じく初めてだと言うのに全く動じていない二人の姿に、経験の差というのを改めて感じていた。

「我々への説明では、星神力を使ってもいいとお聞きしましたが、どのようなハンデを?」

 同じ隊に配属された同僚でありつつ、彼女の先輩でもあるウリスは、いつもの几帳面さからメモを取る。

「それは皆さんにお任せします。多少の手加減はしてもらうつもりですが、少し無茶をさせてやってください。あいつらには、()()()()()()ってやつを自覚してもらいたいんで」

「いい先生っすね。ガウフさんは」

「おいバイギス。口調には気をつけろとあれほど言っただろう」

「まあまあ先輩! 他の生徒もいますし、説教は後で……」

 部下であるウリスに説教をされるバイギスの姿など、夜巡隊の中では見慣れたものだ。だが、憧れを抱いている子供の前でそんなみっともない姿は見せられない。エイナ同様ウリスも同じ考えだったようで、渋々引き下がる。その横で、小さく胸を撫でるバイギスがいたのを、おそらくウリスも見逃してはいないだろう。

「夜巡隊の皆さん、そろそろ準備の方をお願いしてもいいですかね」

「おっと、もうそんな時間か」

 ガウフの言葉に、バイギスは腕時計を確認する。確かに、言われた開始時刻まであと五分ほどしかなかった。

「では、本日はよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

 ウリスが改めて頭を下げると、ガウフも朗らかに微笑んだ。

 そして夜巡隊の三人は森の中へ進んだ。薄暗い森の中は、土と木々の匂いが充満していた。

「あの、隊長」

「なんだ?」

「他の隊の方から聞いたんですけど、我々夜巡隊は毎年警備に呼ばれることはあっても、試験官のような形で実際に関わることはありませんでしたよね? どうして、今年になってこんな体制になったのか、知ってますか?」

 バイギスとウリスを先頭に三人は落ち葉や枝を踏み分けて歩いていく。

「さあな、俺も詳しくはなんともいえない。どうしたんだ、急にそんな話」

「いえ、少し気になっただけで……」

 エイナは視線を漂わせる。その表情をそれとなく見たバイギスは、口角を上げた。

「なるほどな。さては、心配なんだろ?」

「ちっ、違いますよ!」

 エイナは思わず声を荒げる。だが、すぐに冷静さを取り戻し、息を吐く。

「……揶揄わないでくださいよ、もう。本当に少し気になっただけですから」

「悪い悪い!」

 バイギスは口ではそう言うものの、屈託もなく笑っている。すると二人の様子をそれとなく見ていたウリスが口を開いた。

「向こうの目的が何であれ、夜巡隊と学園側は協働関係にある。その信頼を私たちが崩すわけにはいかない」

 釘を刺すように二人を見る。とはいえ、それは二人も承知の事実。

――言うまでもない、か。

 隊長として慕う男と、発展途上ではあるが確固たる意志を持った後輩なのだ。軽口は言い合えど、その瞳には一切の揺らぎはなかった。ウリスはそっと微笑んだ。


✤✤


 夜巡隊が森へ入る少し前。声を潜めるようにリレールが言った。

「やっぱりここは、他の班と協力すべきだと思うんだけど」

「確かに、それが一番合理的」

 真っ先に頷いたスピネル同様、他の三人も同じく頷いた。

「とはいえ、他の班が協力してくれるかが問題だけど……」

「それなら問題ないんじゃない? さっきからチラチラ見てるようだし」

 アルナが小さく指を示す方向には、彼らと目が合いそうになる度に、サッと視線を逸らす他の班たちの姿があった。おそらくはこちらに話しかける機会を伺っているのだ。

「じゃあちょっと待ってて。僕が行ってくるよ」

 立ち上がったリレールは、一番近い班のもとへ歩き出した。さすが主席というべきか、その一挙手一投足が注目されている。

「ねえ、ちょっといいかな」

「リレール君⁉︎ う、うん。どうしたの?」

「もしよかったら僕らの班と協力してほしいんだけど」

 話しかけられた女子生徒は、その朗らかな笑みに頬を赤らめる。

「きょ、協力? それって、どんな……」

「それを今から相談しようと思ってるんだ。君たち二班のみんなが嫌だっていうなら、それまでだけど」

「う、うーんと。ちょっと待っててね」

 木陰で様子を伺っていた四人の内心は、釈然としなかった。

 そんな時、アルナが小さく声を出した。

「ごめん、もしかしたらあたしのせいかも」

「え?」

 ソルは思わずアルナを見る。その顔には、木の葉の影がかかっていた。

「多分あの子たち、あたしが授業で倒れた時に近くにいた子だと思う」

 【基礎星神術】の授業を初めて受けた時のことだ。ソルとヴォルークの一件のすぐ後、授業が終わったと同時にアルナは保健室へと運ばれた。その手助けをしたのはスピネルだったが、何人かの生徒はその一部始終を見ていたのだ。

「ごめん、この際だからみんなに伝えとく。この前、あたしの星神力が安定しないって言ったじゃない?」

 ソルはその時の会話を思い出す。確かに、あの時も同じことを言っていた。

「今は先生に術をかけてもらってるから安定してるんだけど、何度か星神力を使うとそれが解けちゃうの。で、それが解けると制御が効かなくなっちゃって、星神力が溢れすぎちゃうんだ」

 星神力とは人の体内を巡るエネルギーであり、それは常に一定に流れている。だがアルナの場合、それは波のように緩急が訪れる。

「その状態で星神力を使うと、膨大な量の放出に慣れてないあたしの体は発熱を起こしちゃうんだ」

 老廃物を排斥する身体の機能と同じように、許容量を超える星神力を体外へ逃がそうとする働きがある。だが、老廃物の量が多いほど想定以上の量が放出されることがある。だがその場合、一度に膨大な量の星神力を放出することに慣れてない体は、変化に耐えきれずに発熱を起こす。

――そっか、だからあの時……

 アルナと初めて会った時だ、スピネルに質問したことを思い出していた。その際に、彼女はそれがアルナの体質だと答えていた。

「なるほどな、体が処理に追いついてないのか」

「そうそう、そんな感じ。戦えないことはないんだけど、でもせいぜい星神力を使えるのも二発が限界かも。ごめん、ほんと……」

 彼女は肩をすくめる。地面に置かれた指の先には土がついていた。この場の誰よりも、彼女が一番悔しいのだ。

 何もできないことへの悔しさなら、ソルも知っていた。今だに、自身の腕の中で温もりが失われていく感覚を思い出せる。だが、自分は彼女になんと声をかけられるだろう。あの時、自分は奇跡的に星神力に目覚めることができた。そんな人間が、真の意味で彼女の気持ちがわかるなど言えるのだろうか。

 

「――でもさあ。それって凄いことなんじゃないのぉ?」

 明るい声だった。純粋無垢という言葉が似合う、世界の残酷さも知らないような、甲高い少女の声。

 その場にいた誰もが、唐突に現れた少女の気配に気づかなかった。一斉に視線が注がれる。後髪をリボンのように結んだ桃髪の彼女は、アルナの隣でじっと見ていた。

「き、君は……」

「――おい! ラライア‼︎ 何してるんだ‼︎」

 ソルが口を開いた瞬間とほぼ同時に、また知らない声が聞こえた。だが、今度は少年の声だった。状況の整理もままならぬまま、今度は少年の声がする方を向く。黄土色を焦がしたような髪の少年が近づいてくる。だが、そんなことすらお構いなしに少女は口早に言う。

「ねえねえ! さっきの話ってほんと? 桃白ちゃん!」

「も、桃っ⁉︎」

 アルナのことを独特な名で呼んだ少女の髪は、インナーカラーのように金色が混じっていた。透き通るような水色の瞳は、後ろに立つ少年の存在に気づいていないようだ。

「ボクの名前はねえ、ラライアって言うの。そのままじゃ可愛くないから、ララちゃんって呼んでね?」

「え、ええっと……」

 思わずアルナは身を引いた。助けを求めるようにし視線を漂わせるが、誰もが目を点にしていた。と、その時だ。とうとう痺れを切らしたらしい少年が、彼女の首根っこを掴んだ。

「――ラライア! 俺の言うこと聞こえてんだろ‼︎」

「ちょっと〜、マルくん! 女の子に乱暴しちゃいけないって習わなかったのー! それに、ボクのことはララちゃんって呼んでって言ってるじゃない!」

「誰が呼ぶか! お前こそ、人に迷惑をかけるなって習わなかったのかよ」

 まるで親子のような会話だ。とはいえ、ソルたちも眼前で起きている光景にいつまでも呆けているわけにはいかなかった。

「僕らに何か用事なの? ……えっと、ラライアさん?」

 ソルは恐る恐る声を出す。すると言い合いをしていた二人は、ピタリを動きを止めた。

「――わあ! やっぱり君って変わった色をしてるんだねぇ。赤い髪って珍しいんじゃない? それに赤目も! でも赤目ってことはプルートゥの民なの? でもでもそしたら、髪色はエメラルドグリーンになるはずだよねぇ! じゃあ君もハーフなの⁉︎ そしたらその髪色は桃髪がちょっと変異したのかもね! どうどう? 私の推理当たってる⁉︎」

 怒涛。いつの間にか少年の拘束を抜けていた少女は、ソルの目の前にいた。口を挟む暇などないほどに、目を輝かせる。ソルを含めた一同が、再び固まっていると、今度は少年が声を荒げた。

「お前はちょっと黙ってろって! 悪いな。こいつは俺ら二班の班長、ラライアだ。で、俺がその班員のマルハール。サターンの民だ、よろしくな!」

 不服そうにする少女を抑え込みながら、マルハールと名乗った少年は端的に述べる。先ほどリレールが話かけに言っていた班の人らしい。

「……えっと、僕はソル。アースの民で、この髪も目も生まれた時からずっとそのままだよ」

 ソルは律儀に彼女の質問に答える。だが、彼女はマルハールに大人しくしているように釘を刺されたからか、不貞腐れてそっぽを向いている。それを見かねたマルハールは、ソルに対して小さく頭を下げた。その表情からは、彼女の代わりにすまねえな、と謝っているようだった。

 そして、ソルに続いて他の三人も自己紹介する。すると、二班の人たちを連れたリレールが戻ってきた。

「いたいた。君がこの班の班長のラライアさん?」

「そうだけど〜?」

 やっと大人しくなったラライアは、不服そうに答える。

「僕らの班と協力して欲しいんだけど、どうかな?」

「ボクは別にどっちでも〜。そう言うのはマルくんに聞いて」

 必要最低限というような答え方だ。先ほどの怒涛の勢いが、まるでどこ吹く風だ。

 リレールは言われるままにラライアの隣にいる少年へと視線を移す。

「ということらしいけど。どうかな、マルハールくん?」

「他のみんなが賛成なら、俺もそれでいいぜ」

 リレールの後ろで様子を伺っている他の二班の生徒たちを見る。多少の不安はあるようだが、一様に頷いている。

「でも、そっちは逆にいいのかよ? 俺らの班で。こっちはお前らみたいな凄い班と組ませてもらえるなんて、ありがたい話なんだけどさ」

「それは僕らも同じことだよ。他の班の人たちと組ませてもらえるだけでありがたいから」

 言いながら、二人は横並びに座る。

「さて、そうと決まれば作戦を練らないとね。とりあえず、みんなの星神力の属性を教えてくれるかな? 後、具現化とかできることがあれば教えて欲しい」

「じゃあ俺から。俺は【土】が第一属性で、具現化はできねえけど、地面の土に星神力を流して土人形が作れる。つっても、二、三発攻撃を受けたら壊れちまう程度だけど」

 彼が地面に手を置くと、付近の地面が段々と盛り上がり、小さな人形のような形になった。それは数秒間、形を保つと形を崩して土に戻った。その様子に、ソルは驚く。だが他の生徒たちの反応が薄いのを見るに、どうやらこれは当たり前のことのようだ。

 それを見届けたリレールが今度は口を開く。

「じゃあ、次は僕だね。僕は創生術なら全属性を扱えるし、一通り具現化もできるよ。星神術はまだ使えないけど、植物を操って星神力の感知だとか、時間はかかるけど二属性の付与ができる」

「薄々思ってたけど、学年首席ってスゲェな。レベルが違う⋯⋯」

 マルハールの呟きにソルを含めた数人が頷く。日頃から彼の凄さを間近で見ているせいもあって、その凄さを言語化されるとさらに目を見張るものがある。そんな驚きを他所に、今度はリレールの隣に座っていたスピネルが口を開く。

「なら次は私。星神術は使えないけど、創生術の具現化はできる。あと、単純な星神力になら二属性の付与ができる」

 リレールの凄さで霞みつつあるが、スピネルの実力も相当なものだ。本来、二つの属性を付与するのは難しい。易々とできるものではないのだ。

「今度はアタシだね。知っての通り、アタシは星神力の制御ができない。けどこの一週間でほんの数回なら安定して星神力を使えるようになったから、少しは役に立てるように頑張るよ!」

 そして次はとうとうソルの番がやってきた。自身のできることを一つづつ思い出し、言葉にしていく。

「僕の得意な属性っていうか、僕は【火】属性しか使えないんだ。と言っても具現化もできないし、マルハール君やリレールみたいに何かを操ることもできない。星神術も使えないし⋯⋯できることと言えば、目眩しみたいに星神力を拡散させたり、雪みたいなちっちゃい光を近くに複数出すことくらいかな。あんまり役に立たないけど」

 そう言って、ソルは周囲に雪のような小さな光を発光させる。それらは空中で留まっていて、人差し指を立てて動かすと、その方向に光が動き出した。目眩しや囮には使えそうだが、これが夜巡隊に通用するかと言われれば微妙なところだ。

「⋯⋯俺は【火】の属性が得意で、とりあえず創生術は一通り。あとは星神術、みたいなものが少し使える」

 ヴォルはそれだけ言うと、また顔を背けて口を真一文字に結んでしまった。なんともないように装ってはいるが、創生術の授業での騒動が尾を引いているのだろう。心なしか表情が暗い。他の生徒もソルやリレールたちには話しかけようとする様子を見せるが、ヴォルークに対してはあの時と同じ視線を送っている。リレールもソルも、気にしないようにしているがどうしても不快感は募る。

 だが、それが杞憂だとでも言うようにマルハールの明るい声が響いた。

「――えっ、お前星神術使えんの⁉︎ スッゲェな‼︎ ……ん? てことは、相当実力高いってことじゃねえか‼︎」

 ヴォルークだけじゃない。ソルやリレールさえもその言葉に目を見開いた。

 この一週間、彼らと生活を共にしていく中で分かった。マーズの民の扱いはだいぶ酷い。

 平等な評価のために授業内での先生たちの態度はだいぶいい。ただもっと惨いことに、それがマシだと思えるほど生徒らの態度は酷かった。彼に用がある時はソルやリレール、スピネルたちを介して要件を伝えるなんてザラ日常茶飯事で、酷いときには居ないもののように扱われる始末だ。悪口なんて嫌というほど耳にする、それが事実であるかどうかなどお構いなしに。だからこそ、ヴォルークが自分の関わることに対して否定的なのも、必要以上に関わろうとしないことも合点がいく。

 そんな中、こうして嫌悪感を出さず友好的に話しかけてくれる人は稀なのだ。言い方はあれど、その点においてはラライアも同じだった。ソルたちはこの二人とは仲良くできそうだと嬉しく思えた。

「なあ、ヴォルークだっけ? 順位いくつだ? 俺は十六位なんだけどさあ⋯⋯」

 彼の言う順位とは入学試験の際に決められた学年内での順位のことだ。マルハールは気恥ずかしそうに頬を掻く。その明るさに気圧されたようにヴォルークも口を開いた。その時、ソルにはほんの少しだけ口角が上がっているように見えた。

「⋯⋯最下位」

「はあ⁉︎ なんだそれ! 先生たち誤審でもしたのか?」

「いや、俺がわざと低い順位を取れるようにしたから⋯⋯」

「はあ! なんで⁉︎」

「⋯⋯色々あんだよ」

 珍しくヴォルークがソルたち以外の人と会話を続けている。ヴォルークが、こうして他の生徒と楽しそうに会話をしているのは、とても喜ばしい気持ちが湧いてくる。ソルとリレールは眼を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

 それから二人の会話が終わるのはすぐだった。そして最後に残ったラライアの順番が回ってきたのだが、彼女は一向に口を開こうとはしなかった。

「……おい。最後お前の番だぞ、早くしろ」

 マルハールは小声で促す。だが、相変わらず彼女は無関心で、背を向けている。

「おいって」

「……はあ、仕方ないなあ」

 小さく肘で小突くと、渋々といった具合に彼女はくるりと体を動かした。

「ボクの得意な属性は【土】と【水】と【天】だけど、ボクに指示はしないでね」

 彼女は平然とした表情で言ってのけたが、その言葉に一同が驚いた。

 【土】と【水】の属性が使えるのは理解できる。だが創星術である【天】の属性が使える者は限られていると、基礎星神術の授業で教わった。それを得意とするなんて、と一同が期待にも似た感情を抱いていると、マルハールが声を荒げた。

「はあっ⁉︎ なんだよそれ……全員で戻らないと合格できねえんだぞ!」

 彼が声を荒げた時だった。今まで純真無垢な光をしていた彼女の瞳が細くなり、雰囲気が変わった。

「……それだよ、それ。先生がいつ()()なんて言ったの? 先生はただ、ボールと班員を揃えて報告するようにって言っただけじゃん」

「それは……」

 全員が口をつぐむ。言われてみれば確かに、課外授業を行うと言われただけで、その目的は明かされていない。彼女の言う通り、条件通りに報告したところでどうなるのかすら言われていない。

ボールを時間内に届ける意味はなんなのか、自分たちは何を求められているのか。溢れ出した疑問は、じわじわと不安という形になって心に充満していった。

 だが、その時。パン、と手を叩く音がした。

「――はいはい! 先生たちの目的はなんであれ、僕たちのやることは変わらない。そうでしょ?」

 リレールは立ち上がって彼らを見る。そうだ、確かに、とその言葉に当てられたように、生徒たちの瞳に光が戻る。

――そうだ、僕らのすることは変わらない。

 ソルも自身に言い聞かせる。そして、全員がまっすぐリレールを見ると、彼は笑顔で口を開く。その表情はリーダーと呼ぶのに相応しいほどに、頼もしかった。

「さあ! 作戦の続きを練るよ‼︎」


✤✤


 【木】の街、北部の森付近。木々が生い茂る森の中を歩く三つの影があった。その影たちは、着々と彼らの元へ近づいていた。三つの影は黒いマントをはおり、顔だけでなく全身をも隠していた。

「なあ〜、あいつから連絡があったのってここ〜?」

「ああ、そうだ。先走るんじゃないよ」

「⋯⋯」

 その中の一人、一番小さい影は頭の後ろで手を組みながら歩いていた。一見雑な歩きのように見えて、落ちた枝を的確に避けて音を殺している。

「ってかさ〜、この任務に三人も必要? 俺一人でも十分じゃねーの?」

「油断はすんなってことじゃないの。一応、夜巡隊に教師が一人いるわけだし」

 少年のような声音をした影のぼやきに、もう一人の影は答える。低いその声は、錆を帯びたように太かった。その口調はまるで、教師が生徒にものを教えるように、宥めるような物言いだった。

「なあなあケルベロス。これって殺しはアリなんだっけ?」

「ああ。夜巡隊は優先的に殺すように、とのことだ」

「やったね! 久しぶりに暴れられるってことじゃん!」

 少年の口調はその背格好さながらに幼さが残る。だがそれとは対極的に、仮面をつけた影は男より背は低く、声は凛として女性らしさが残る。だが冷徹という一つの印象しか与えなかった。

「場合によっては戦闘も視野に入れるというだけだ。できるだけ隠密に遂行できればいいが、一筋縄で行くとも思えないからな。そのための指示だろう」

「教師はどうすんだ?」

 男の口調はガウフと似たものを思わせるが、素行が悪いとも言えなかった。

「夜巡隊と同じ扱いでいいだろう。ただ、一人とはいえ油断はするな。ガウフが来ている」

「ガウフ〜? 誰それ」

「確か、プルートゥの民の生き残り⋯⋯だったっけ。1級術者とはいえ、そんな厄介とは思えないけど……知り合いなのかい? ケルベロス」

「少し」

 仮面の女性の声音が強張ったのと同時に、三人の足が止まった。

「っと、着いたみたいだな」

 三人の目の前には一定の範囲を囲むように、高い鉄の柵が建っていた。そこには入り口と呼べる場所は無かったが、男は帯刀している刀で鉄格子を切った。チャキッと刀を鞘に仕舞う音が響く。

「じゃあ行きますか〜」

「――待て」

 少年が足を踏み入れようとするのに待ったをかけたのは、仮面をつけた影だった。

「なんだよケルベロスー」

「入る前にお前の土人形で夜巡隊の位置を探る。頼めるな? デルピュネー」

「はいよ」

 男がしゃがみ込む。すると、手を置いた場所から奥手の地面が膨れ上がり、だんだんと形を成していった。それには次第に色が付いていき、姿形が全く同じ長身の男の土人形が出来上がった。

「視界共有も忘れるな」

「それは別に構わないけど……ま、いいか」

 少し面倒くさそうに男は三体の土人形を、先ほど開けた穴から送り込む。するとその三体はサッと姿を消して森の中へ消えていった。

「さて、これからどうする? 指示を頼むよ」

「とりあえず、夜巡隊の位置が特定できるまではここで待機だ」

 男が煙草に火をつけ、目を瞑ったのを確認すると、仮面の女は凛と研ぎ澄ました声で話す。

「さっきはああ言ったが、夜巡隊との戦闘は出来るだけ避けろ。それと、あいつと遭遇しても気づかれないように対処しろ。もし戦闘になったら気絶させる程度で済ませ」

「⋯⋯指示を出してもらったところ悪いけど、その策は多分不可能だね」

「何?」

「なんかあったの〜?」

 男は煙草の煙を吹かせながら二人に向き合う。その顔色は面倒なものを見たかのように、不機嫌さが滲み出ている。

「夜巡隊の数はおそらく三人。それに加えて、個々でバラけて待機している。それはこっちとしても好都合なんだけど、その場所に生徒が集まっているような動きをしている」

「⋯⋯ なるほど。カリキュラムが分からない以上、詳しいことは分からないが⋯⋯おそらく夜巡隊は、警備以外にも役割が与えられているな」

「それってどんな?」

 土いじりをしていた少年が顔を上げ、仮面の女を見上げる。だが仮面の女は少年を見ることなく考えを巡らせていた。

「憶測でものを語るのは嫌いだ。ただ、これから夜巡隊の周囲に生徒が集まるとすれば、戦闘は避けられないだろう」

「じゃあどうすんのさ。できるだけ生徒に危害は加えないように、っていうのが指示なんでしょ?」

「やむを得ん、最悪生きてさえいればいい。その代わり、夜巡隊は殺せ」

「教師の足止めは?」

「それは私がやろう。その間にお前らは二人で行動し、出来るだけ多くの素材を見つけ出せ。いいな」

「――了解」

「――りょーかいっ!」

 仮面の女が指示を出すと、男は煙草を地面に踏みつけ、少年は立ち上がり――森の中へと消えていった。

 一人取り残された女は仮面を外し、鉄格子と生い茂る木々を見つめた。サファイアのような青さと、血のような赤い色を持った瞳は、深く暗い深淵にいるようだった。


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