第四話【第四班の結成】
【水の街】マーキュリーの民
・国の経済を担う
特徴:桃髪・金眼
【金の街】ビーナスの民
・国の医療を担う
特徴:紫髪・桃眼
【火の街】アースの民
・国の軍事を担う
〈家系〉
・フォボス家
・ダイモス家
特徴:黒髪・青眼
【木の街】ジュピターの民
・国の知識を担う
〈家系〉
・イオ
・エウロパ
・ガニメデ
・カリスト
特徴:白髪・翠眼・金眼
【土の民】サターンの民
・国の食を担う
〈家系〉
・ミマス
・エンケラドス
・ディオネ
・タイタン
特徴:金髪・水眼
【天の街】ウラヌスの民
・国の気象を担う
〈家系〉
・ミランダ
【海の街】ネプチューンの民
・国の海を担う
〈家系〉
・トリトン
【地の街】アースの民
特徴:茶髪・茶眼
【幻の街】ダイアナの民
特徴:多様
【死の街】プルートゥの民
特徴:青緑髪・赤眼・黒角
第四話【第四班の結成】
翌朝。寮で皆が朝食をとっている時、ソルたち三人もそれぞれ料理をよそって席についていた。この学園の朝食、夕食はバイキング制で、昼食は学園内の食堂が設けられている。
「すごいよね、朝からこんなに食べられるなんて」
「それにしたって、お前は食べ過ぎだろ……」
ソルは三分割プレートにクロワッサンを三つ、バターロールを二つ、レタスとトマトのサラダ、ウインナー二つにベーコン三枚、スクランブルエッグと、朝食らしい朝食を盛り付けていた。だが、若干……いや、だいぶパンが多いように見える。プレートに盛りきれず、小皿にも数個ほどパンが乗っていた。
「そう言うヴォルは思いの他食べないんだね」
オレンジジュースを飲み、覗き込んだヴォルークの皿には、平皿にホットサンド二つを乗せていた。その横にカップ一杯の野菜スープがあった。飲み物には水があった。
「これが普通だっての……」
――まあ、あいつよりは全然マシだ。
ヴォルークはそう思い直すことにして、自分の食事に手をつける。すると、二人の会話を聞いていたリレールが笑った。
「あはは、二人とも個性的だね。こう言うのって結構個性が出るって言うし」
その言葉に、ヴォルークは横目にリレールが盛った皿を見た。そして、相変わらずだとため息をついた。
リレールは、正方形に切られた数種類のケーキを、小皿に三個ずつ盛っていた。目視で確認できる限り、その数は九個ほどだ。
「お前が言うか、お前が。一番癖強いだろ。なんで朝からケーキなんだよ、メイン差し置いて」
「え? なーに言ってるのヴォル。メインならあるでしょ」
そう言ってリレールが示した小皿には、オレンジやキウイなどのフルーツが盛ってあった。
「メインってこれのことかよ……普通パンとかだろ」
「それじゃつまんないでしょー」
リレールは嬉しそうにケーキを一つ頬張る。その様をみて、ヴォルークは再びため息をついた。
「あ、そうだ。二人とも、今日の目的忘れてないよね?」
「ふぉふふぇふぃ(目的)?」
リスのようにソルはパンを頬張る。リレールはそれを受け流しつつ、話を進める。
「そ、スピネルさんを勧誘すること。副席になる人だ。僕レベルじゃ無いにしても、相応の実力はあるはずだ」
「まあ、そりゃそうだろうよ」
「僕ら男子は基本的に女子寮に行くことはできないから、話しかけることができるのは授業中か、休み時間。それかこうして食事をとってる時だね」
「でも……スピネルさんを見かけないよ?」
ソルはいつの間にかパンを飲み込んでいて、周囲を見渡す。だが、多くの人が集まっているこの時間でも、その姿を見かけない。
――もう食べ終わったのかな。
そんなことを思いながら、ソルは再びクロワッサンを口にする。
「ま、そう言うことだから。見つけ次第、勧誘しようねってこと! ヴォルもちゃんやるんだよー」
「……分かってる」
リレールは終わり際に釘を刺す。すると、ヴォルークはスープを飲む手を止めて、不服そうに返事をした。
それから十数分後、食事を終えたソルたちは食器を片付けていた。食器を戻し口に置いた後、ソルたちは荷物を整理していた。
「んー、おかしいなあ」
「どうした?」
そんな中、ソルは荷物の奥を漁って唸る。その言葉にヴォルークはソルを見た。
「今日の社会学で使う教科書がなくて……」
「何だ、教室に置いていかなかったのか?」
「うん。課題で使うかもと思って、一応持ち帰ったんだけど……忘れてきちゃったかな」
「だったらとりに行った方がいいんじゃないか? 時間も今ならまだ間に合うだろ」
ヴォルークは食堂の中央に掛けられている大時計を見た。授業の開始時刻まで十分ほどある。急いで戻ればギリギリ間に合う時間だ。
「だったらそうしようかな。ごめん二人とも、先に行ってて」
「分かった、急げよ」
「りょーかーい。遅れないようにね」
リレールとヴォルークは荷物を持って食堂を後にする。ソルも、ほぼ同時に二人とは反対方向の出口に向かって足を急いだ。
四つあるエレベーターの内の一つを使って、四階へと上がる。星神力と科学技術を併用し作られたこのエレベーターは、一般に普及する科学技術だけで作られたものよりも高速で稼働する。だが、その時間すら今はもどかしい。事実として、実際エレベーターに乗っていた時間は五秒ほどだろう。だが、ソルの体感としてはもっと長く感じられた。
――急がないと!
エレベーターの扉が開くや否や、ソルは扉が閉まるよりも早く、廊下に出た。小走りで扉に書かれた数字を見送る。そして、10の数字を見つけると、扉を開け放ち、机の上を見る。そこにはやはり置き忘れていた教科書があった。
「よかった! あった〜」
手早く鞄に教科書を入れる。一応、他にも忘れ物がないかを確認する。
――とりあえずは無さそう、だね。
机の周りを見渡しても教科書やノートが置き去りになっている様子はなかった。ふぅ、と一息をついたのはいいものの、今度は時間に差し迫られていることを思い出す。
――後八分⁉︎
時計を見ると、やはり時間は待ってはくれなかった。ソルは慌てて部屋を出る。バン、と背後で扉の閉まる音がする。誰もいない廊下では、より一層その音が大きく聞こえた。
小走りでエレベーターホールへ向かう。すると、どこからか声がした。
「……うん。大丈夫だよ、ごめんね。迷惑かけちゃって」
「そんなこと……ほら、もう部屋に戻って」
どうやらその声は、男子寮とは反対側のようだ。ソルはその名前を聞いた途端、立ち止まる。申し訳ないと思いながらも、聞き耳を立てるようにその会話を立ち聞く。
「そんなこと言ってると、スピネルが遅れちゃうでしょ!」
「分かったから、押さないで……」
と、その時。
「――え?」
「……あ」
視線がかち合った。
紫色の髪をした少女が、桃髪の少女に背を押されている。その様を、壁に沿って赤髪の少年が中腰になって見ている。相手が相手だった場合、悲鳴を上げられていただろう。数秒、三人の体が固まった。そしてすぐ様、状況を理解した。
「……不審者?」
「――ち、ちがう‼︎ 誤解だよ!」
紫色の髪の少女は、訝しげな視線でソルを睨む。まるで悍ましいものを見るかのように。だが、その視線はすぐに和らいだ。
「……あなたは確か」
「お、おはようスピネルさん! それから、ええっと……」
ソルは急いで立ち上がり、できるだけ自然に挨拶をする。そしてスピネルの背を押す少女に視線を向けた。
「なになに⁉︎ スピネルの知り合い?」
「知り合いじゃない」
興味津々といった様子で、桃髪の少女は食い気味に二人を見ている。だが、そんな少女の期待を両断するようにスピネルはキッパリといい放つ。何かを期待していたわけではないが、ソルは少しショックを受けた。
「ええー。なーんだ、残念。まあいいや。初めまして! あたしはアルナ。よろしくね」
「初めまして、僕はソル。こちらこそよろしく」
握手こそしなかったものの、二人は挨拶を交わした。アルナと名乗った少女は、髪色が少し薄いものの、桃髪と金眼により【水の街】のマーキュリーの民だと分かる。
そして数秒、穏やかな時間が流れた。しかし、二人はすぐさま我に帰る。
「あっ、時間!」
「そうだよ時間! こんなことしてる場合じゃなかった! 急いで二人とも! 遅れちゃ――ケホッ、ケホ……!」
「――アルナ!」
アルナの言葉は最後まで紡がれることはなく、彼女は咳き込んだ。そしてスピネルはアルナの背をさする。カーディガンを羽織った彼女は、身を小さく丸めて咳き込んでいる。
「だ、大丈夫⁉︎」
「うん……大丈夫、ありがと……ッケホ」
ソルも慌てて手を伸ばすが、片手を小さく上げて二人に合図をしたアルナによって憚られた。すると、スピネルはゆっくりと手を離す。だが、少し彼女が咳き込むたびに、手を宙に彷徨わせていた。
「熱が上がる前に早く戻って。それか、保健室に行けば誰かいると思うけど……」
「大丈夫だよ。いつものことだから慣れてるし。この調子ならお昼頃には戻れるから」
「分かった、じゃあお昼にまた来る」
「しょうがないなあ。もう」
これだけは譲らない、とでもいうようなスピネルの視線に、アルナは困ったように笑う。その光景に、どことなく既視感を覚えた。
「じゃあ、もう行くけど……」
「はーい、はい。安静にしてますよー」
アルナを部屋まで送り届けた二人は、エレベーターホールに向かった。
「アルナさん、どうしたの? 風邪?」
「違う。彼女の体質」
「へー、そうなんだ」
沈黙が訪れる。エレベーターの到着を待っている間、二人の間には沈黙が流れていた。
体質とは何のことなのか、どうして彼女の面倒を見ているのか、聞きたいことは色々とあったが、なぜだかそれは憚れられた。
――そうだ、班のこと話さないと。
そうは思うものの、どう切り出したものかと言葉を選ぶ。
「あなたたちは、三人で組むの?」
「えっ?」
唐突にスピネルが話しかけてきた。ソルは一瞬、何のことか分からず、素っ頓狂な声を出す。
「班のこと。後二人、足りないんでしょ」
「そうだけど……よく知ってるね」
ソルは感心するが、スピネルはその事実が世界の常識のように言ってのけた。
「良くも悪くも、あなたたちは目立つ。こっそりやってるつもりだろうけど、いろんな人が隙あらばあなた達の班に入ろうとしている」
「それは、どうして?」
「さあ。私にはその心理が理解できないから」
その言葉の後に、エレベーターの扉が開かれる。二人はそのまま乗り込むと、その質素な四角形の空間で横並びに並んでいた。
――やっぱり、リレールは目立つんだなあ。でもきっと、それだけじゃない。
ソルの心に影を落とす。その意味をソルは最近知ったばかりだ。それはとても、嫌な感じだ。
伏し目になって、考え込むソルを彼女は横目に見ていた。その瞳は、まるで品定めをしているようだ。
「……一つだけ、条件がある」
「え?」
「その条件を飲んでくれたら、班に入ってもいい」
出し抜けに、彼女は言った。ソルはワンテンポ遅れてスピネルを見る。淡々と、表情を変えずに言う彼女の真意は分からない。
「今日の昼、食堂で」
端的にそれだけ言い残すと、開いた扉から早々と出ていってしまった。取り残されたソルは、しばらく呆然としていた。
――どうしてだろう。スピネルさんには、何か。悲しい雰囲気を感じる気がする。
その気持ちがどこから来るのか。今のソルには分からなかった。
✤✤
二つの長椅子を挟んで、横長の机が置かれている。それらが無数に置かれている食堂には、多くの生徒が詰めかけていた。その様子を横目に見ながら、ヴォルークはソルの話を聞いていた。
「……それで結局、授業にも遅れたと」
「はい……」
その日の午後。言われた通り食堂でスピネルを待つソルは、肩をすくめていた。
「だから急げって言ったろ」
「スピネルさんは、元々先生に遅れる旨を言ってたみたいだしね」
あのあと、エレベーター前で立ち尽くしていたソルの頭上で始業チャイムが鳴った。すぐさま教室に向かったが、静まり返った教室のドアを開く音は、いつもの数倍は大きな音がしていた。その時の恥ずかしさはきっと忘れないだろう。
「それにしても遅いね」
ビーフシチューが包まれたブリティッシュパイを頬張りながら、ソルは周囲を見渡す。ランチタイムの時間になってから、食堂に入って来る生徒は数多くいる。だが、ビーナスの民を幾度となく見かけるが、前髪が半分白くなっているの人は見かけなかった。
「お前、朝もあんな量食ったのに、まだ食べるのか……」
「んむ?」
彼が呆れるのも当然だ。パイ以外にも、ハンバーグとサラダのセットなど、プレートが並んでいるのだから。
「――うわあっ、すっごい量だね。いつもそんなに食べてるの?」
と、その時。ソルの背後から聞いたことのある、明るい声が聞こえた。
「アルナさん!」
振り返ると、そこには確かに桃髪の少女がいた。今朝は見えなかったが、横髪の一部が白くなっている。
「もう体調は大丈夫なの?」
「うん。今朝はごめんね、あの後大丈夫だった?」
「だ、大丈夫……あはは」
ソルは隣に座るヴォルークと共に、人一人分のスペースを開けた。アルナは小さく会釈をして、フルーツサンドを乗せたトレーを机に置き、隣に座る。
「スピネルさんは一緒じゃないの?」
「もう来ると思うよ……ああ、ほら。きたきた」
アルナが周囲を見渡すと、奥からトレーを持ったスピネルの姿があった。
「こっちだよー!」
少し立ち上がり、手を振って居場所を示す。すると、彼女は一直線にソルたちの元へ向かってきた。
「どうも」
「朝ぶりだね、スピネルさん」
彼女は机の上にトレーを置き、いつの間にか奥に詰めていたリレールの横に少し距離を空けて座った。どうやら昼食はアルナと同じフルーツサンドのようだ。
「ソルから話は聞いたよ。僕らの班に入ってくれるってことでいいんだよね」
「それはそっちが条件を飲んでくれるなら、の話」
主席と副席が並んでいるということもあって、二人の周囲にはオーラがあった。
「で、その条件ってなんだ」
バーガーセットを一口頬張ると、ヴォルークは二人を見ずに言った。
「私とアルナを入れること」
ソルは、スピネルと視線があった気がした。いや、違う。彼女が見ていたのはその横で、俯くように座るアルナだった。
「……ソルくんから、話は聞いてるなら知ってるよね。あたしのこと」
俯く彼女の表情に影がかかる。朝や先ほどの、明るく話す彼女からは考えられなかった。
「あたし、生まれつき星神力が安定してなくって。小さい頃はよくそのせいで高熱とか出ちゃってたんだ……ま、それは今もだけど。でも学力だけはあったから、特別入学としてこの学園に入学できたんだ」
昨日や今日の学校生活の中、小耳に挟んだ。今年は特別入学生がいるということを。その言葉の意味をソルは知らなかったが、どうやらいい意味ではないらしい。いや、言葉の意味ではない。その言葉を使う人間の心持ちが問題なのだ。その意味を、ソルたちはよく知っている。
「あたしのサポートにって、スピネルとは特別に同室にしてもらったんだけど。どうもあたしが足枷になちゃってるみたいで、なかなか班に誘ってもらえないんだよね」
リレールが言っていた、主席の寮部屋には同室がいないということ。それは副席も同様で、男子だろうが女子だろうが関係はない。だが、今朝の様子を見ていた限り、スピネルがアルナのサポートを嫌々引き受けているようには見えなかった。
「足枷になっていると思ったことはないけど……そんな時に、班員を探していると聞いたので」
澄ました表情でフルーツサンドを口に運ぶ。アルナは重々しい雰囲気を出しているが、スピネルはそれが当然のような表情をしている。
だが、それは彼らも同じことだった。
「事情は分かった。俺は別に構わない。どうせどっかから引く抜くのは難しいと思ってたところだ」
「そうだね、僕も構わないよ。ソルは?」
「もちろん!」
それがなんだと言うのか。ソルは笑顔で頷いた。リレールも同様に、いつも通りの笑みを浮かべた。
「い、いいの……? 本当に?」
「うん。入ってくれるなんて、むしろありがたいよ」
きっと、彼女は今までもこうして苦汁を飲まされてきたのだろう。その証拠に、彼女は唖然とした表情をしている。
「さて、そうと決まれば班長を決めないと」
リレールは一つ手を叩く。その言葉に、四人は一斉にリレールを見た。
一般的な学校であれば、雑務などの面倒ごとを押し付けられる立場だ。だが、この学園ではその意味の重要性が変わる。班長の役目は、班員をまとめ指示を出す存在であり、有事の際の責任者でもある。一同は思う、それを任せられる者など決まっていると。
「班長は、リレールがいいと思うよ」
ソルの言葉に四人は頷いた。表情は三者三様だが、その瞳に疑いの余地はなかった。
リレールは、一瞬目を見開いて驚いていた。だが、すぐにその意味を理解した。
「……分かった。みんながそれでいいっていうなら。その役目、喜んで引き受けるよ」
覚悟の瞳だ。黄金のような瞳と、生命力の溢れた瞳。とても綺麗に、輝いて見えた。
その後、昼食を食べ終わった五人は職員室を訪れていた。
「失礼します」
数回のノックの後、できるだけ音を立てないようにドアを開ける。静まり返った職員室には、書類をめくる音や万年筆の擦る音が聞こえる。
一年部担当教師の机が配置されている場所に行くと、そこでは書類作業をしているガウフがいた。
「ガウフ先生、今よろしいですか」
「なんだ」
作業を中断したガウフは、背もたれに寄りかかって、視線を五人へ向けた。
「班を作ったので、報告に来ました」
「そうか。班長はお前か? リレール」
「はい」
リレールの言葉に、ガウフは五人の顔をそれぞれ見る。男子三人、女子二人というのは案外ちょうどいいバランスなのかもしれない。
「それにしても、主席と副席が同じ班とはなァ」
「何か問題でもありましたか?」
「いいや? 強いて言うなら、他の班との力量差が大きくなりそうだと思ってなァ」
「力量差、ですか」
何の気なしに言った言葉かもしれないが、リレールは少し引っかかる物言いだと思った。まるで、班での対抗戦を予期させるような。
「ま、誰も文句がないならいいさ」
言いながら、ガウフは一枚のプリントに班員の名前を記入する。
「お前らは第四班だ。ちなみに、これは報告順で決めてるからな」
「ということは、後二班ですか」
「ああ。一週間も経ってねぇってのに」
約二日間で二十名が班を決めているというのは、中々に手早いことだ。とはいえ、もう少し様子を観察してからでも遅くないとも思う。
「せいぜい頑張れよ、第四班」
リレールが一つ会釈をして、五人は職員室を後にした。
再び静まり返った室内で、ガウフは五人の名前が書かれたプリントを見つめていた。
「――今年は個性豊かな子たちが多いですね」
「ダイラー先生」
横から声をかけてきたのは、二年一組担当のダイラーだった。身長はガウフよりも高く、183センチあるという。だが、その大柄な体格に比べて、話すときの物腰は柔らかだ。
「僕のところも去年から続投ではありますけど、結構癖の強い奴らが固まってしまいましてね。今から色々と憂鬱ですよ」
「あの二人ですか」
「ええまあ」
困ったように笑う。その弾みで、センター分けの桃髪がサラサラと揺れる。
大変そうだと、その苦労が偲ばれる。何かと職員室に呼び出されては、ダイラーや他の先生に小言を貰っている二人を思い出した。
「ガウフ先生のところはどうなんです? 何せ今年は、神童と名高いイオ家の次男が入ってきたじゃないですか」
イオ家は現在【木の街】の司祭を担っている家系だ。他の三つの家系とも負けず劣らずの名家。おそらく、リレールの年齢を鑑みても今の司祭は彼の兄……なのだろう。
「確かに、あの年にしちゃ、大した技量ですね。とはいえ、だからこその驕りがある」
15歳にして創生術を全て使えるのは、教育の賜物だろう。だが、そのせいで努力を怠ってやっていけるほど、この学園は甘くない。
「そういえば、そろそろでしたよね。一年の課外授業」
「ええ。ちょうど五日後です」
「今年は優秀な生徒が多いですからね。従来のやり方じゃ、あっさりクリアされそうですけど……どうする予定なんですか?」
ダイラーの言う通り、今年は入学試験の実技得点が例年を上回る者が多い。星神力の放出ができて当たり前、さらに上の生徒は具現化まで習得している者もいる。だが、そんなことを意に介さないかのごとく、ガウフはニヒルに笑う。
「今年の夜巡隊には警備だけじゃなく、試験官も勤めてもらうように要請を出しました」
「えっ、それ本気ですか」
「学園長は了承済みですし、一年部の総意です」
彼らの成長のためにも、厳しいくらいがちょうどいい。それが教師たちの結論だった。
ここ十数年激化しつつある、星神力を犯罪に使う者たち――涜神者への対策も急務となりつつある、現在の教育機関。
だからこそ、凝り固まった驕りや傲慢さを取り除かなければならない。とはいえ、目の当たりにする現実の厳しさに挫折しないかが、一つの不安要素だ。おそらくそこが、成長へのふるいとなるのだろう。
「……まあ、確かに。最近は物騒な事件も多いですからね」
何か思うところがあるのか、ダイラーは不安そうな表情をする。
「何かあったんですか」
「何か……というわけではないんですが。うちの生徒が先日起こった爆発事故の調査を依頼されたんです」
「ああ、あの国立病院が爆破したっていう……」
つい三日ほど前【金の街】にある国立病院で爆発事故が起きた。多くの死傷者を出したその事故の原因は未だ不明。今もなお後始末に追われているという。
「その件でなぜ、星神術者に依頼が来たんです? それに、二年生だとまだ準2級の資格しか持ってませんよね」
普通、その手の事故や事件は各街の国務職員が派遣される。それに加え【金の街】の威信に関わる問題だ、一般の2級術者ならまだしも、学生に任せるなどあり得ないことだ。
「僕も少し気になって、色々と聞いて見たんですけど。どうやら、星神力の痕跡が見られたらしくて。そんな不確定な情報を、一般の星神術者に知られるわけにはいかないと、こちらに依頼してきたようです」
この学園は全寮制。基本的に家に帰ることはないため、外との関わりは薄い。だからこそ、一般の星神術者より情報規制がしやすい。おそらくはそこを利用してきたのだろう。いいように使われているような感覚だ。
彼も同じ思いだったようで、不安を滲ませる。
「厄介なことに巻き込まれないといいんですが……」
ガウフは一口、コーヒーを口に含む。そのほろ苦さが、口の中に広がる。
――強くなれ、ガキども。後悔が訪れる、その前に。
✤✤
昼を終え、ジャージに着替えた彼らは運動場に来ていた。本日、最後の授業である【基礎運動術】の授業は体力の増強と共に、星神力を自身の運動能力に変換する技術を学ぶ。ここ十数年、涜神者と呼ばれる、星神力を犯罪などに使う者たちが増えているため、最低限の護身術を身につけられるように設けられている。
「――と言うわけでまず、最初の授業では主に走り込みや、星神力と運動能力を掛け合わせて、身体能力のサポートさせる方法を主に教えます⋯⋯えっと、それ以外にも色々とありますが、それはまた追々と⋯⋯ですね」
この授業を担当するシートリアは【天】の属性を得意とするウラヌスの民だ。今年入ってきたばかりの新人で、その緊張っぷりが声にも現れている。ちなみに一年三組の担当だ。
「そ、そうですね……私の場合は【天】の属性をまとわせます。そうすると……」
一筋の風と共に、シートリアは舞い上がった。その所作は膝を折り曲げて、軽く地面を蹴っただけに見えた。だが確かに、彼女は腰まである艶やかな髪を靡かせ、ソルたちの二十メートル頭上で浮遊している。
「すごい……!」
これが、運動能力を星神力で補助した作用なのか。おそらく、その光景を目にした多くの生徒が思ったことだろう。生徒たちの視線はシートリアに釘付けだった。
「はい……ええっと、今のは星神力をインパクトの瞬間に放出し、瞬発力を上げました。その後、星神力を放出し続けると、空中で浮遊することができます」
シートリアがゆっくりと降下すると、各所から小さく拍手が巻き起こる。
「これ以外にも、様々な応用方法があります。そして、星神力は体力の増加と共に増えるので⋯⋯この授業では体力アップも並行して行っていきます。ということで……まずは何が得意なのかを知る必要があります」
その言葉の後、生徒は四列に横一列に並ぶように指示された。何をするのかと一同が疑問に思った時、シートリアが数十メートル先から手を挙げた。
「テステス……き、聞こえますでしょうか……今から、五種類の体力テストを受けてもらいます。その結果によって、星神力をどう応用するのか……ということへの、足がかりを掴んでもらいます……」
メガホンで拡大されてはいるが、おどおどとした声は変わらなかった。どうやら、最初は50メートル走らしい。
「そ、それではいきます……先頭の方は準備してください」
先頭にはリレールがいた。
――そういえば、リレールって運動もできるのかな。
なんとなく、星神術者に基礎体力が必要なイメージはなかった。だが、この数日間の授業でそれが誤った認識だったと知った。
第一走者が走り出す。最初のうちは均衡状態を保っていたが、中盤から距離が離される。一番初めにゴールしたのは、やはりリレールだった。
次いで第二走者。その中にはスピネルがいた。アルナもいるものかと思ったが、その中に姿はなかった。男女混合というハンデを微塵も感じさせず、スピネルが大差で走り抜けた。
続いて、第三走者。ソルの番だ。クラウチングスタートで一斉に走り出す。体を動かすのは得意だったため、多少接戦ではあったがなんとか一位で走り抜けた。タイムは7.3秒。以前測った時よりだいぶ縮んでいる。
そして、走り終わるのも早々に、第四走者が走り出していた。ちょうど四レーン目にヴォルークの姿があった。前から見ても、ヴォルークが圧倒的だった。少しの間、ゴール付近で走り終わるのを待っていると、様子を見にきたらしいリレールが近づいてきた。
「ソルって結構早いんだね。何秒だった?」
「7.3だよ。リレールは?」
「僕は7.4。僅差だね」
そうこう話していると、どうやら走り終わったようで、ヴォルークが息を整えながら歩いてきた。
「お疲れー。相変わらず早いねぇ、何秒だった?」
「……6.9」
「はやっ!」
ソルは思わず声を上げる。リレールも多少驚いていたが、納得したような表情もしている。
「お前らだって十分早いだろ。一番で走り抜けてたし」
「ヴォルに言われると皮肉にしか聞こえないんだけどー?」
「いつもの仕返しだ」
ヴォルークはしてやったりと言ったふうに鼻で笑う。まるで揚げ足を取られたような感覚に、リレールは少しムッとする。
「それにしても、なんかいつもよりだいぶ疲れた気がするなあ。前はこれくらい訳なかったのに」
ソルはその場で軽くストレッチをする。
「多分、前の授業で星神力を使った後だからじゃない?」
「どう言うこと?」
「星神力を使うのにはね、意外と体力と気力がいるんだよ」
そう言い放つリレールからは、疲れを微塵も感じなかった。その横のヴォルークも、先ほど走り終えたばかりだと言うのに、もう息が整っている。
「二人は全然平気そうだね」
「俺もリレールも、ガキの頃から星神力は使ってたからな。とは言っても、お遊びみたいなもんだったが」
「そうなんだ、それでもすごいことだと思うけどな。僕なんか、小さい頃は鬼ごっことかしかしなかったし……」
とはいえ、それも侍女のファーバスと二人でだった。街の子供達と遊ぼうにも、自分に怪我をさせるわけにはいかないと、子供達の親が遠慮してしまってそれどころではなかった。
「すごいって言うならヴォルの方だよ。ヴォルはこう見えて格闘もいけるんだったね?」
「そんな大したもんじゃねえよ。簡単な護身術だ」
だから足も早いのか、とソルは感嘆する。またそれと同時に、以前教えてくれた言葉が脳をよぎる。
『その件で俺の両親は殺されて……赤ん坊だった俺を守ってくれていた兄さんも死んだ。残ったのは、俺と姉さんだけだった』
そうせざるを得なかった環境。ソルには想像もつかないことだったが、その苦しさを思うと、針で刺されたような痛みがした。
「そんな顔すんな」
ソルの気持ちを悟ってか否か、ヴォルークは笑った。
「俺自身、護身の術を覚えなきゃいけないってのは思ってたんだ。それに何より……」
ソルは生唾を飲んだ。だが、その緊張とは裏腹に、返って来た言葉は予想外のものだった。
「できた方がかっこいい、ってあいつが言うから……」
思わず、コケそうになる。まあ、環境に急かされたから、という理由よりよっぽど明るいものだ。だが、それにしても。
「愉快な人だね……」
「あいつはそう言う奴だったからな。初めは父さんの知り合いって言うから、どんなやつかと思ったけど、とんだズボラ野郎だった」
口ぶりからして、どうやらヴォルークを育てた人のことのようだ。以前、そのことも言っていた。
そして当時の様子でも思い出しているのか、ヴォルークの顔には呆れの表情が浮かんでいた。
――と、その隣から何やら笑いを押し殺すような声が聞こえてきた。
「……何笑ってる、リレール」
「いやあ。ふふふ……かっこいいからっていう理由に、ヴォルが乗ったのかと思うと……あっ、ははは! ――もうむり! お腹痛い!」
とうとう堪えきれずにリレールは笑い出した。あまりにも大袈裟に笑うその様子に、ヴォルークは珍しく顔を赤くする。
「笑うな‼︎ ったく、ガキの頃なんだからいいだろ‼︎」
いくら言っても笑い続けるリレールに、ヴォルークは歯を食いしばる。
――否定はしないんだ。
いつも冷静で、的確なことを言ってくるヴォルークは、リレールと同様に頼もしい存在だった。だがそれと同時に、リレールのように毒を吐くこともなく、受け流す姿にソルは少しやるせなさのようなものを感じていた。だが、こうして年相応にムキになった姿を見て、なぜかソルは嬉しく思う。
「ソル! お前までっ――!」
ヴォルークは突然ニコニコと笑い出したソルに対しても、声を荒げた。
違う意味で受け取られてしまったが、結果的にこうして年相応に過ごすヴォルークを見れただけでも良かったとソルは思った。
こうして今日の最後の授業が終わった。五種目全ての競技を終えた後は、授業が終わるまでの三十分間走り込みをさせられた。星神力の増加に伴う体力アップが目的とはいえ、その指示が意外とスパルタだったことに、人は見かけによらないのだとクラスの一同は確信した。
――そうして彼らは課外授業へ赴く。まさか、それが全ての引き金になるとは誰も思いもしなかった。




