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星神のアポロン  作者: 亜真 メト
第一章 学園入学編
3/10

第三話【創生術と創星術】

【水の街】マーキュリーの民

・国の経済を担う

特徴:桃髪・金眼


【金の街】ビーナスの民

・国の医療を担う

特徴:紫髪・桃眼


【火の街】アースの民

・国の軍事を担う

〈家系〉

・フォボス家

・ダイモス家

特徴:黒髪・青眼


【木の街】ジュピターの民

・国の知識を担う

〈家系〉

・イオ

・エウロパ

・ガニメデ

・カリスト

特徴:白髪・翠眼・金眼


【土の民】サターンの民

・国の食を担う

〈家系〉

・ミマス

・エンケラドス

・ディオネ

・タイタン

特徴:金髪・水眼


【天の街】ウラヌスの民

・国の気象を担う

〈家系〉

・ミランダ


【海の街】ネプチューンの民

・国の海を担う

〈家系〉

・トリトン


【地の街】アースの民

特徴:茶髪・茶眼


【幻の街】ダイアナの民

特徴:多様


【死の街】プルートゥの民

特徴:青緑髪・赤眼・黒角


第三話【創生術と創星術】


 翌日。緊張と高揚感のもと、ソルの体はいつも以上に張り切っていた。今日から授業が始まる。

昨日確認したプリントには、この学園での各教科とその担当教師が書かれていた。

【基礎星神術】――メルディアン

【基礎社会学】――ダイラー

【基礎飛行術】――シートリア

【特別星神学】――内容により異なる。

 星神術者に必要な技術や知識を学ぶと同時に、一般的な教養のための座学もある。

 そして今日は基礎星神術と基礎飛行術の授業だ。ソルたち一年一組の生徒は、それぞれの席に座っていた。

 始業のチャイムと同時に教室のドアが開かれる。入ってきたのは、金髪の長髪を靡かせ、純真さを身に纏った少女だった。おっとりとしたタレ目に、【土の街】サターンの民の特徴である金髪と透き通った水のような瞳だ。教卓の前に立った彼女は、背もソルたちとさほど変わらなかった。

「初めまして。三年三組担当のメルディアンです。よろしく」

 だが、その第一印象とは裏腹に、彼女の声音は平坦で、まるで感情がこもっていないようだった。

「それでは、授業を始めます」

 そう言って、彼女は黒板に一つの星を描いた。そして星の頂点に【火】【木】【土】【水】【金】の文字を記していった。

――昨日、ヴォルとリレールが言ってたっけ。

「これは一般的に基礎属性と呼ばれるものです。そしてこれらは創生(そうせい)術と言います」

 言葉を区切ると、再び黒板に文字を書く。今度は【天】【海】【地】【冥】という文字を縦に記していく。

「これらは特別属性と呼ばれ、『星を創る』と書いて創星(そうせい)術と呼びます。四つの属性は特別で、これらに準ずる街の民でも、この属性を扱える者は少ないとされています」

 淡々と説明を続ける。教室は、筆記具でメモを執る音と、メルディアンの声しか聞こえない。

 その中で、ソルは怪しまれないように周囲を見渡す。

――やっぱり、色々な人がいる。

 白髪、金髪、桃髪、紫髪、黒髪。それに加えて、瞳の色も様々だ。

 ソルはぼうっと、その色鮮やかな光景を見つめる。だが一つ、心に突っかかりを抱えながら。

――……でも、赤髪はいないんだよね。

 夕焼けのようだと、宝石のようだと言われる。それを言われるたびに、母も父も嬉しそうな顔をするので、自然と自分もそれがいいことなのだと嬉しく思えた。だが、時折思う。――自分は一体何者なのかと。

【地の街】の民は茶色の髪と瞳をしている。侍女のファーバスも、叔父のジルバトも、父も母も、多少の違いはあれどそうだった。

 幼少期、勉強の合間に調べたことがある。だが、どの街の民にも赤髪の特徴はなかった。

 幼心とはいえ、いや、幼心だからこそ。その小さくて大きな違いが、つっかえる。それは次第に、寂しさへと繋がるのだ。

「――では次、ソルさん。答えてください」

 パン、と意識が我に帰る。凛として冷ややかな声が聞こえてきた方向には、やはりメルディアンがいた。影も光もない瞳で、じっとソルを見つめていた。

「え、っと……」

 ソルは口ごもる。黒板に記述された文字を端から流し見る。だが、どこにも問題は載っていない。

「す、すみません。分からないです……」

「では、代わりにリレールさん。答えてください」

「はい」

 ソルは気まずさで視線を逸らす。そして今度は、教科書に視線を落とす。ペンを持って、ノートにリレールの言葉を書きとる。

「……意外だな、お前は結構真面目なタイプだと思ってたんだが」

 ソルにしか聞こえ無さそうな小さな声で、右前方に座るヴォルークが声を発する。

「いやあ、ちょっと考え事してて」

 ソルもそれに合わせ、少し前のめり気味に小声で答える。

「ねえ、ヴォルってさ。髪の色、お母さんとかお父さんとかと同じだった?」

 唐突な質問に、ヴォルークは躊躇う。なぜならそれは、当たり前のことだったから。ハーフでもない限り、親子で髪や瞳の色が異なることはない。だが、視界の端に映ったソルの表情を見て、数秒の間隔を置いて答える。

「さあ。母さんと父さんのことは覚えてないから、分からない」

「えっ。ごめん、嫌なこと思い出させちゃった……?」

 さらりと言われた話に、ソルはギョッとする。だが、その言葉に一番驚いているのはどうやらヴォルークのようだった。

「わ、悪い。俺もこんな話、する気はなかった……ただ、そうだな。俺は癖毛だったけど、姉さんと同じ黒髪だった」

「へえ。ヴォルってお姉さんいるんだ」

 ソルの言葉に、ヴォルークはペンを動かす手を止めた。そして数秒間の間を置いて、再び口を開いた。

「……悪い、変なこと言った。忘れてくれ」

 その言葉を最後に、ヴォルークは何も言わなくなった。

 きっと、彼自身も無意識的な発言だったのだろう。だが、意図せずともヴォルークのデリケートな部分に触れてしまったのは事実。ソルも自然と、口をつぐんだ。ただ、視界に映るヴォルークの背中が、途方もなく寂しそうに見えた。


 メルディアンは一通り板書をすると、手についたチョークの粉を払う。

おもむろに壁にかかった時計を見上げた。時計の針は、授業の残り時間のちょうど半分の位置を示していた。

「そうですね。皆さん、一度教卓の前に集まってください」

 その指示のもと、生徒は一斉に教卓の前に集まった。

 教卓を囲むように、まばらな半円ができる。ちょうどその真ん中ほどの位置で、ソルは話を聞いていた。

「残り時間で、皆さんには自身の星神力で属性の具現化を行ってもらいます」

 属性の具現化、その言葉にほとんどの者が不可解そうな表情をしていた。ソルもその一人だった。だが、数名の生徒はその意味を知っている様子だった。

「星神力が二つに区分されている理由が、属性の具現化にあります」

 生徒の様子を見たメルディアンは、淡々と説明をする。

「創生術に分類される五つの属性は、基本的に誰でも具現化することが可能です。ですが、創星術は後天的に習得することは不可能です。創星術はどの属性も先天的にしか習得できません。ですから、創星術を扱える人は少ないのです」

 ――言われてみれば、【地の街】だと創星術を使う人の話は聞いたことがないな。

「各々、自身の星神力の第一属性は把握していると思うので、今日から一週間、この授業では第一属性の具現化を習得していきます」

 メルディアンはそう言って、右手を前に掲げた。そしてメルディアンの右手から、小さな光がタンポポの綿毛のように発光した。ただ、ソルは白色だったのに対して、メルディアンは少し茶色を帯びている。

「今はただ星神力を放出しているだけですが、具現化のイメージ――私の属性は【土】なので、土のイメージを乗せると……」

 メルディアンが口を閉じたのと同時に、発光していた光は、だんだんと濃い色と輪郭を成していった。

数回まばたきをした時には、すでに教卓の上に小さく土が盛られていた。その上から土が溢れてくる。土が上から下へと流れる経路を辿ると、それは彼女の右手から出ているものだった。砂時計のように流動的に土が流れ落ちる。右手から落下する土だけではない、教卓に乗った土がホロホロと分離していく様まで。しっかりと再現されている。

「これが属性の具現化です。星神術者は基本的に、属性を具現化させて使用します」

 そう言って、星神力の放出をやめた。その途端、彼女の手のひらから流れていた土や教卓に盛られた土が消えた。

 一瞬の間のあと、教室にはワッと歓声が上がった。

「すっごーい! 何今の!」

「あれが具現化かあ。俺も出来っかなあ」

「面白そう!」

 その歓声は様々だ。当の本人はずっと変わらない表情で、生徒たちの様子を見ている。

 そんな中、ソルは未だ教卓から視線を逸らせないでいた。

――興奮で、心臓が激しく鼓動しているのが分かる。何もないはずの場所に、まだそれがあるような気がしてならない。僕も、扱えるようになるのかな。

 ソルは自身の手のひらを見つめる。もう残っていない火傷のような痕が、そこにあった気がした。

「さて皆さん。残りの時間も少ないでので始めましょう」

 それを合図に、生徒たちは一斉に自身の星神力を片手に放出し始めた。教室には、色を帯びた無数の光が咲いているようだった。

「強く、強くイメージしてください。今まで自分が感じたそれは一体どんなふうだったのかを。色、匂い、温度、感触、味。知っている全てを思い出してみてください。そのイメージが体内を巡る星神力に伝わるのです」

 生徒たちは目を閉じて、必死にイメージをする。

――火、か。

 ソルは目を閉じて考える。それが一体、どんなモノだったのかを。

――色は、オレンジ。匂いは……分からない。でも、焚き火とかの匂いは結構好き。温度は……どのくらいなんだろう。近くで手をかざすだけならあったかいけど、触ると火傷してしまう。そんな温度。感触もおんなじだ。火傷をすると、とても痛い。手のひらがヒリヒリして、切った時とはまた違った痛さ。

 幼少から、今に至るまで。火に関連した経験を思い出していた。

――小さい頃、ろうそくを倒して手の甲を火傷したこと。街のお祭りで、街の人たちと焚き火を囲んだこと。ジルバトおじさんが、枯葉を集めて焼き芋を焼いてくれたこと。

 様々な情景を瞼の裏に思い浮かべながら、瞼を開く。

 だが、星神力は変わらず白いまま。何も変わってはいなかった。

「そんな……」

 きゅう、と臓器が握られたかのようだ。自然と眉間に皺がより、口を真一文字に結ぶ。

初めてやったことで、そう簡単なことではないことは分かっている。ただそれでも、悔しいものは悔しいのだ。ソルは息を吐いて肩を落とす。

――もう一回、やってみよう。

 気持ちをグッと堪えて、再び目を閉じた。

「――わあっ‼︎」

 誰かが大きく声を上げた。ソルはその声でハッと目を開ける。そして声の方へ視線を向けた。

 ――そこには(つた)のような植物が右手に巻きつき、左手には小さく樹木を生やし、地面には色とりどりな花が咲き誇る――リレールの姿があった。その姿はとても神秘的で、思わずその場にいた誰もが手を止めて、その光景に見入っていた。

「リレールさんはもうできるようですね」

 唯一、声を発したのはメルディアンだった。褒めているのか、確認しているだけなのかは分からないが、リレールは微笑んで礼を言う。

「ええ、ありがとうございますメルディアン先生。でも、これだけじゃないですよ――」

 そう呟くと、蔦や樹木、花々が一瞬にして消え去り――両の手から炎、水、土、鉱石と色々なものが溢れ出した。

「創生術なら、僕は全属性を使えます。さすがに創星術は使えませんが」

 そして両手の手のひらをギュッと握った。するとそれを合図とするように、両手から溢れ出していたものが消え去り、跡形も無くなった。

――やっぱり、リレールはすごいなあ。そうだ、他の人たちはどんな感じなんだろう。

 昨日の会話で、他の生徒の様子をそれとなく見るように言われていたことを思い出す。ソルは片手に星神力を放出しながら、周囲を見渡した。

 すると、ある一点でザワザワと話し声がしていた。ちょうど、リレールがいる位置から左手後方。一番端の場所だ。一体なにがあったのだろうと、視線を向ける。

 声はするはずなのに、不自然に空間が空いている場所に居たのは――赤い炎を片手に宿らせたヴォルークだった。すごい、と感心する間もなく、その表情が目に入った。炎をまっすぐ見つめる表情は、とても苦しそうだった。

 何かあったのかと近づこうとした。けれど声をかけることはできず、足はその場で止まってしまった。

「あの子でしょ、()()マーズの民って」

「怖いよね。マーズの民なんて」

「星神力を使って俺らに何かする気じゃねぇよな」

 耳に入ってきた言葉に、息が止まる。体をよじ登ってくる虫のような、言いようも無い不快感に襲われる。

――どうして、そんなことを言えるの。

 心の底から湧き上がった疑問だった。皮肉でもなく、純粋なまでの疑問。彼には分からなかったのだ。誰かを嫌い、貶し、罵倒する意味が。

 体の奥底まで沈澱する不快な感覚を、今すぐ薙ぎ払いたい衝動に駆られたソルは、その言葉を発する生徒の元へつま先を向けた。だが、それは肩に置かれた手にとって遮られた。

「やめておいた方がいい」

 聞き馴染みのない声だ。メルディアンとはまた違った冷たさを感じる。

 ゆっくりとソルは後方を振り返る。そこには、紫色の前髪の半分が白く、紫の後髪を前へと下ろした少女がいた。

「君は?」

「私の名はスピネル」

「どうして止めるの」

「ここで何かを言ったところで、誰も聞きはしない。それどころか、騒ぎが大きくなる」

 そう言って変わらない表情でヴォルークを見る。釣られて見たその表情は、苦しそうで顔を顰めていた。吊られてソルも顔を顰める。

 だが、一瞥したスピネルの表情からは平坦、冷静――そんなイメージが湧くが、それすらも今のソルにとっては理解できなかった。

「⋯⋯僕、知らなかったんだ。ヴォルが、マーズの民がどんなふうに言われてきたのか」

 そして、思い出す。あの時自分が言ってしまったことを。

『――ヴォルって、マーズの民ではあるけど狼人族じゃ無いよね? なのにどうして、狼人族のことを気にするの?』

 知らなかったでは済まされない。己の無知を悔やむ。

――本当に、僕って何も知らないんだ。

 いっそ、あのまま平穏で退屈な日々の中にいた方が、色々な人を傷つけずに済んだのではないか。そんなふうにさえ思えてしまう。

 それでも。自分は知らなければならない。そのためにここに来た。世界を知る、その第一歩として。

 彼女の手を振り解き、一歩踏み出す。静止の声は聞こえない。人混みを分けて進むと、あと数メートルという所で人がいなくなった。

「ヴォル!」

 手のひらに宿る炎だけを見つめる彼に聞こえるように、声を張る。するとヴォルークは勢いよくこちらを向いて、驚いた表情をした。

「なっ、お前。何してる」

「全然できないから、ヴォルに教えてもらおうと思って」

 ヒソヒソと、周囲から声が聞こえる。その声に少し、身が強張る。手のひらがじんわりと滲む。

「そういうことはリレールに聞け。俺は得意じゃない」

 ヴォルークの語気が強くなる。珍しく、焦っているようだ。

 ソルはそれでもめげずに話しかける。

「そんなこと言わずにさ。同じ属性のよしみで」

「……しつこい」

 ヴォルークはそっぽを向いて、一歩下がる。明らかに、ソルと距離を置いている。

 背中に刺さるような視線に囲まれ、ソルは痛感する。マーズの民が置かれている現状と、苦悩を。

――やっぱり、ヴォルはすごい。僕じゃこんなの耐えられない。

 疑惑、嘲笑、軽蔑、侮辱。あらゆる負の感情が視線となって体に絡みつく。その不快感は、今まで感じたことのないものだ。世界は綺麗なものだけでできてはいない。それに目を背けていたら、一生、何も見えないままだ。

 何より。目の前で、一人でいる友達を見て見ぬふりはできない。

「僕は大丈夫だからさ。教えてよ、ヴォル」

 ソルは空いた距離を埋めた。そして彼の隣で微笑んだ。差し出した自身の手のひらには、明るい白い光が宿っていた。

 ヴォルークは信じられないものでも見たかのように、目を見開いていた。そして、目線を下げて俯いて言った。

「……バカじゃねえの」

 その声からは、一縷の焦りすら無く。ただただ、嬉しそうだった。


 それから数分後、授業の終わりのチャイムが鳴った。十分間の休み時間を迎えた。生徒は各々、席を立つ者もいれば、うつ伏せになって眠りこける者もいた。そんな中、ソルは次の授業の準備をしていた。

――確か次は、基礎社会学だったはず。えっと、教科書は。

 机の中を漁っていた時だ、前方から声がした。

「ソル」

 手を止めて、顔を上げる。すると、そこにはヴォルークが立っていた。

「ヴォル、どうしたの?」

 ソルは見上げる形で返答を待つ。すると、ヴォルークは小さく頭を下げた。

「……さっきは、悪かった」

「え?」

「キツく、当たったろ。それと、その……」

 頭を上げたヴォルークは口ごもる。言いかねていると言うより、適切な言葉を探しているようだ。

 ソルは変わらぬ声音で返答する。

「別に気にしてないよ。それに、ヴォルは何も悪くないでしょ! 逆に謝らないといけないのは僕の方だよ。あの時は、ごめん……ひどいこと、聞いちゃったよね。本当、ごめん」

 ソルは立ち上がって頭を下げる。その様子に、ヴォルークは咄嗟に口を開く。

「それこそ、こっちのセリフだ。お前は何も悪くない。悪いのは、多分……このバカみたいな世界の方だ」

 顔を上げたソルは、そう言ってのけたヴォルークの表情が、幾らか明るいものになっているように見えた。

「ほんとだよねえ。ヴォルはこんなにも素直だって言うのにさ」

 ヴォルークの背後から、茶化すような明るい声がした。ソルは身を乗り出して、ヴォルークの背後を見ると、リレールがいた。

「や、二人とも。どうだった? さっきの授業」

「今までどこ行ってたんだ」

 振り返ったヴォルークは、面倒くさそうな表情を浮かべた。

「ちょっとね、クラスの人に捕まっちゃってて。具現化のコツを教えてーって」

「それはそれは、大変なことで」

「ほんとだよ。僕が人気者なばっかりに……で、何の話してたの?」

 短く軽口を言い合うと、リレールはソルとヴォルークの顔を交互に見た。

「どうもこうも、こいつがお人好しだって話だ」

「ヴォルってば、僕のことバカにしてるだろ!」

 ヴォルークは揶揄うように、視線だけをソルの方に向ける。その表情は、してやったりと言いたそうな表情で、ソルは頬を膨らませた。

「してねぇよ。感謝してるのは本当だ。それに、お前が優しいってことも」

 ヴォルは穏やかに微笑む。毒気を抜かれたソルは、かえってどう返答したものかと、気恥ずかしくなる。

そんな二人のやり取りを傾聴していたリレールは、ひとりでにクスクスと笑い始めた。

「いやあ、二人が仲良さそうで良かったー。ヴォルもソルには懐いてるみたいだし」

「なつくって……犬か、俺は」

「冗談はさておいて、ソルが同じ班になってくれたのは本当、幸運だった」

 リレールはヴォルークに目配せをする。明らかに、軽口を言い合っていたさっきまでの雰囲気とは別物だ。

「……なあ、ソル」

 ヴォルークはソルを見つめる。その澄んだ赤い瞳を見つめて、ヴォルークは小さく息を吸う。

「今日の放課後、寮の部屋で待っててくれ。話したいことがあるんだ」

「え? うん。分かった」

 それだけ言って、ヴォルークは席へ戻った。気づけば、リレールも着席していた。ソルはもうそんな時間だったのかと、時計を見た。確かに、あと二分程度で授業が始まるようだった。

 ソルは、頭の片隅でヴォルークの言葉が反復しながら、その日の授業を終えた。


✤✤


 放課後、ソルは言われた通りに寮の部屋でヴォルークが来るのを待っていた。

部屋の真ん中に机が二つ。それを挟むように、壁際にベットが一つづつ配置されている。ソルは隣に並ぶ机の上をぼうっと眺めた。

――話って何だろう。というか、ヴォルどこに行ったんだろ?

 寮の部屋で待っていてくれ、と言われたはいいものの、同室である彼の部屋もこの場所だ。口約束などなくとも、言うタイミングはいつでもあるはずなのだ。

――それほど、大切な話なのかな。

 あの時のヴォルークの瞳は、いつにも増して真剣だった。ソル自身、マーズの民については色々と知らなければならないことが多いと知った。だが昨日のように、デリケートな部分に土足で踏み込むような真似はしたくない。とはいえ、日の浅い自分にそういった話をしてくれるとも思えない。

親しき中にも礼儀あり――幼い頃、この頭髪について両親に聞けなかった時のように。

 ソルがそんなことを考えていると、背後からコンコンと数度ノックをする音がした。

「ソル、今いるか?」

「うん。いるよー」

 その声を聞いた途端、少しお腹がキュッとした。なぜだか息がしづらくなり、大袈裟に息を吸う。椅子から立ち上がり、ヴォルークを出迎える。

 返事のあと、少しの間を置いてドアが開かれた。自身の部屋でもあるはずなのに、他人行儀に入ってきたヴォルークの背後には、リレールもいた。

「あれ、リレールも一緒?」

「うん。お邪魔するね、ソル」

 相変わらず前髪のせいで片目の見えないヴォルークとは裏腹に、リレールはいつもと変わらず朗らかな様子だ。その温度差にソルは少し面食らう。

「それで、話なんだが……」

 ヴォルークはドアを静かに閉める。顔を上げてもなお、ソルと視線を合わせずにいる。

「――その前に、一ついいかな」

 ヴォルークが言葉を選んでいると、リレールが言葉を挟んだ。突然のことだったが、特別驚きもしなかったソルとは違い、ヴォルークの表情からは動揺が見てとれた。

「お、おい……」

「ごめん、ごめん。一つだけ聞きたいことがあって」

 そう言って、リレールの視線はソルへと向けられる。変わらず笑顔のはずなのに、なぜか体が強張ってしまう。

「ソルはさ、どうしてこの学園に入ったの?」

 唐突な質問だった。どうして今それを問うのか、そう思った。だがリレールの熱のこもった瞳に、その答えがヴォルークの話を聞くために必要なことなのだと分かる。そして、リレールが一緒にやってきたのもそのためなのだ。

 彼が求めている答えが何なのか、ソルは分からなかった。だが、偽りの思いを言ってしまえば、彼の……彼らの隣にいる権利などなくなってしまうような気がした。だから、その結果がどうであれ、ソルは自身の思いを話した。

「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、僕は今ままで何も知らなくていい世界で生きてきた。でもある時、それがすっごく退屈なことだと知ったんだ。だから、僕は世界を知って……僕のやりたいことを、やらなくちゃいけないことを知りたいと思ったんだ。でも、それは僕が思っていた以上に大変なことだった。世界は、綺麗なものだけでできてなかったんだって分かった。だからこそ、僕は改めて世界を知ろうと思うんだ」

 言葉にすると、これほど簡単なものだった。だが、それを成すための過程ほど、大切で難しいものはない。

「そっか」

 ソルの回答に、何か確信を持ったかのようにリレールは言葉をこぼす。そして言いたいことはそれだけだ、と言うように何も言うことはなかった。

 リレールの真意が分からないソルは、首を傾げた。だがその時、とうとうヴォルークが口を開いた。

 

「俺は」

 意を決して、口を開く。発した一言は、少し震えていた。

「【火神戦争】の真実を調べるために、ここに来た」

「それって……15年前の」

 ソルの言葉に、俺は頷いた。あいつがどうしてそこで言葉を切ったのか、その理由は明白だった。

「そうだ、狼人族がこの国に反乱を起こしたとされてる事件のことだ」

 マーズの民が極端に数を減らし、こうして影で囁かれるようになった原因。そのせいで、ずっと散々な目にあってきた。

「その件で俺の両親は殺されて……赤ん坊だった俺を守ってくれていた兄さんも死んだ。残ったのは、俺と姉さんだけだった」

 授業中、ソルが不意に聞いてきた質問に、俺はサラリと答えてしまった。いつもなら絶対に言わないことなのに。

 俺はソルを見た。ソルは俺の話に、目を見開いて、眉根を寄せていた。きっと、今ままでのあいつからしたら信じられないような話だろう。それでも、あいつは俺がマーズの民だと分かっていても、そばにいてくれた。手を差し伸べてくれた。笑ってくれた。それがどれだけ、嬉しかったか。こいつには分からないだろうけど。

「……数年前、突然姉さんがいなくなった。俺を父さんの知り合いに預けて。姉さんは以前から、火神戦争のことについて色々と調べてた。だからきっと、姉さんの行方の手がかりもそこにあると思った。だが、それを調べるためには星神術者の上級資格が必要だ。だから俺は、この学園に来たんだ」

 一区切り置いて、再びソルを見る。信じられないとでも言うように目を見開いて、とてもショックを受けているようだった。

 そしてソルは少しの間を置いて、聞いてきた。

「どうして、そんな大切なことを僕に話してくれたの? 僕は君のことを全然知らないのに」

「だから、教えにきた。迷惑だったかもしれないが」

「迷惑なんかじゃない! 迷惑なんかじゃ、ないんだ……」

 ソルは、震えるくらい拳を握りしめていた。きっと、自分の無知を悔やんでいるんだろう。

あの時もそうだった。俺を遠巻きに噂する奴らの言葉を聞いて、あいつはひどく顔を歪めていた。どうしてお前がそんな顔をするんだって、驚いたけど。今になって分かる。優しいんだこいつは。多くのことを知りたいと思うからこそ、純粋なまでに染まってしまう。辛いこと、苦しいことを、自分ごとのように捉えてしまう。それでも、ソルはそれを知ってなお、笑っていた。無理をしていたのかもしれない、それでもその言葉に俺は絆された。

「もし、嫌だったら言ってくれ。今から話すことは、この学園でも一部の教師しか知らないことだ。リレール以外のやつに話したこともない。この話をしたら、きっとお前にも色々と背負わせることもあるかもしれない」

 俺は最低だ。そんなことを言うくらいなら、話さないほうがいいに決まっている。

それでも俺は、信じてみたいと思った。隣にいてくれるこいつを、笑ってくれるこいつを、教えてと言ってくれた――ソルのことを。

「――言ったでしょ。僕は大丈夫だって、だから教えてって」

 気づけば、ソルは俺の目の前に来ていた。そして優しく、俺の両手を握った。

 太陽のようだった。優しい、優しい微笑みで、俺を見ていた。

「世界を知る、なんて大袈裟なこと言ったけど。でもその前に――友達のことも知らないで、そんなことは言えないよ」

 友達。その言葉を言ってくれたのは、リレール以外にいなかった。誰も、俺に近づこうともしない。手を握るなんて以ての外。そんな人生だった。

いつか、いつか来るのだろうか。生まれを呪うこともなく、友達と笑顔で手を繋げる日が。ソルと居ると、なぜかそう思えてくる。

 息を吸った。熱くなる目頭を堪えて、息を吐いた。それでも心臓はうるさいし、体だってうまく動かない。手が、震える。だがその手を包んでくれている温もりに、俺は答えなきゃならない。しっかりと、ソルの目を見る。純粋なまでに透き通った、赤い、赤い瞳を。

 

「――俺、狼人族なんだ。今は星神力で耳を隠してるけど」

 言った。言ってしまった。怖くなって、また顔を背ける。

ずっと、そうだ。俺はいろんなことから目を背けて生きてきた。どうしようもない、臆病者だ。

 耳なりがする。一秒が何十年にも思えた。なんて言われるのか、分からなかった。

「ありがとう、ヴォル」

 顔を上げることはできなかった。俺の脳が一瞬、その言葉への理解を拒んだからだ。

「な、んで」

 喉がカラカラと渇いて、思うように声が出なかった。空気も少ししか吸えない。

「頑張って話してくれたから。僕のために。だから、ありがとう」

 お前のためになんか、ならないことだ。ならないはずなのに。

「君が教えてくれたことも、これから僕が知っていくことも。全部、全部――巡り巡って、僕の答えになるはずなんだ。それがどんな些細なことでも、後ろめたいことでも、辛いことでも。だから結局は、僕のためになるんだよ」

 まるで俺の考えていることが分かるかのように、ソルは言う。その言葉が心の奥に沈んでいく。

「……ありがとう」

 咄嗟に出た言葉は、この一言だけだった。俺はしばらく顔を上げることができなかった。


 それから数分後、落ち着きを取り戻したヴォルークは、椅子に座って話を進めた。

「悪い、取り乱して。そんで……ありがとうな、ソル」

「思ったことを言ったまでだよ」

 同じように椅子に座ったソルは、ヴォルークにそう言って笑った。ヴォルークも落ち着いた様子で、微笑んでいた。ヴォルーク側のベッドに腰をかけているリレールは、そのやりとりを嬉しそうに眺めている。

「そういえば、リレールはこのことを知ってたの?」

「うん。まあね」

「この件をお前に話したらどうか、って提案してきたのはリレールだしな」

「そうだったの⁉︎」

 ソルは身を乗り出して驚く。本人のヴォルークよりも、周囲の人間に懐疑的な念を抱いていそうなリレールが言い出したことがそれほど意外だった。

「ま、理由は色々あるけど……なんとなく、ソルなら大丈夫だと思ったんだよ。授業のこともあったしね」

「見てたのか……」

「ソルが行かなきゃ、僕が行くつもりだったんだよ?」

「お前じゃなくてよかったよ」

「ええー、ひどいなあ」

 リレールは笑って受け流す。だが、友人を悪く言われて誰もいい気はしないだろう。その言葉が冗談ではないことくらい、二人は理解していた。

「ところでさ。ヴォルのその耳ってどうなってるの? 本当に消えちゃってるの?」

 ソルは率直な疑問を口にする。すると、ヴォルークは少し頭を突き出して、頭上を触る。

「消えてるわけじゃない。原理はよく分からねえけど、光の屈折とかどうとかを利用して、周囲の光景と同化させてるらしい。だから、目には見えないだけで、実際ちゃんと生えてるぞ」

 ヴォルークは、自身の頭上にかざした手のひらを手前と奥に行ったり来たりさせる。だが、それを見てもソルはイマイチピンときていないようで、目を細くする。

「気になるなら、触ってみるか?」

「えっ、いいの⁉︎」

「ああ」

 ソルは内心ワクワクしながら、椅子から立ち上がり、ヴォルークの前で足を止めると、手を伸ばした。すると、ヴォルークの頭部から十センチほどの位置に、目には見えない物体があった。

「わっ、ほんとだ! ええ〜、すっごいふわふわしてる!」

「そりゃ狼の耳だからな」

 不思議な感覚だ。目には見えないと言うのに、猫を撫でた時と似た感触がする。

――街にいた野良猫も、こんな感じで撫でさせてくれたっけ。まあ、狼人族はどちらかというと狼だけど。

ソルはヴォルークの頭を撫でながら、その様子を見る。不快そうな様子はない、どちらかと言うとリラックスしているようだ。

 しばらく撫でた後、ソルはありがとうと言って手を離す。ヴォルークも特に文句を言うことなく、ん、と返事をした。

「ソルも撫でたことだし、僕も……」

「お前はダメだ」

 流れに便乗しようとしたリレールだったが、ヴォルークにキッパリと断られる。

「ええっ、なんでさ!」

「お前が触ると長いんだよ」

「いいじゃないか! 僕のそばには猫が寄ってこないんだもの」

「ダメだ」

 どうあっても、お許しは出なさそうだとリレールは諦めてベッドで項垂れる。

「はあ〜あ。まあこれは、今度こっそり触るとして」

「おい」

「今日の星神力の授業、どうだった?」

 冗談なのか本当なのか分からないことを、さらりと口にしたリレールは、授業終わりにも口にしたその言葉をもう一度言った。

「どうって……僕は結局できなかったな。ヴォルにも少し教えてもらったけど」

「多分そのことじゃないと思うぞ」

「え?」

 ヴォルークの言葉に、ソルは首を傾げるが、すぐにその意味を理解した。

「あっ、他の人の星神力を見ておくんだっけ……」

 色々あって忘れていたが、これも大切な目的の一つだ。星神力の授業以降、ヴォルークの話が気になって、そのことをソルはすっかり頭から抜け落ちていた。

「ざっと見たかぎりだけど、土の星神力を持つ人はそれなりにいたよ。けどまあ、大半があの授業で遠巻きに噂していた人たちだから、望み薄だね」

 リレールはそう言うが、その言葉の裏には、班に誘うつもりはないと遠回しに言っているようなものだ。

「金の属性を持つ人も同じかな。全く、どいつもこいつも似たような人ばっかで困るね」

 もはや誤魔化す気もないようで、リレールはあからさまに落胆の意を示す。ここまで大っぴらだと、かえって清々しい。

「お前はどうだったんだ。誰か気になるやつはいたか?」

「え、うーん。そうだな……属性とかは分からなかったけど、気になる人……と言えば気になるかな」

 ソルは頭上を見上げる。リレールやヴォルークが期待するような意味ではないが、ソルはその人物を頭に思い浮かべる。

「スピネルっていう名前の子なんだけど……紫と白い髪の」

「ああ。あん時話かけてたやつか」

 どうやらその様子を見ていたようで、ヴォルークは反応する。

 すると、リレールが思い出したかのように言った。

「スピネルさんの事なら、少し知ってるよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。というか、彼女この学年の副席だからね」

 この学園では、学年ごとに入学試験の結果によって、主席と副席が定められている。主席が一位、副席が二位といった具合に。

「まあ分からなくても無理はないよ。このローブの装飾も、主席にしか施されてないし」

 リレールは白いローブについた装飾を見せるように、肩を前に出す。

「見たところ、彼女ダイアナの民だよね。髪色もハーフっぽいし」

「そっか、通りで……」

 あの時は、状況が状況だったために気にも留めなかったが、思い返してみると髪が二色なのは珍しい。通常の場合、それはあり得ない。それこそ、親が別々の民でもない限りは。

「じゃあそいつも保護区出身なのか?」

 ヴォルークの言葉に、ソルはハッとする。自身以外にも、保護区から来ている者がいるかもしれないということに。

 この国は、同じ民どうしでの結婚が基本だ。だが、個人の意思の尊重という観点から、他の民どうしでの結婚も認可された。それが今から六十年ほど前らしい。そして、現在では総称として【他街(たがい)結婚】と呼ばれるようになった。他街結婚者どうしが寄り集まり、今や【幻の街】のダイアナの民として、正式に街と認められた。とはいえ、数が少ないことを鑑みて保護区という形にはなった。

「そこまでは僕もちょっと。個人の事情だしね」

 リレールがそう言うのも、他の民と結婚した者たちが全員【幻の街】に住むわけではないからだ。夫妻どちらかの街で暮らすことも少なくない。

「で、ソルはどうしてスピネルさんが気になったの?」

 話が逸れたが、本題はそこだ。二人の視線がソルに注がれる。

「あの時、スピネルさんは騒ぎが大きくなるからやめた方がいいって言ってたんだ。あの時の僕はそれがどうした、って思ってたけど……思い返してみたら、多分ヴォルのためを思って言ってたんじゃないかと思って」

 今思うと、騒ぎが大きくならなかったのは、授業がすぐに終わったからに他ならない。もしあのまま長引いていたら、おそらく、ヴォルークには今まで以上に悪評が立てられていただろう。

「偶然って可能性を除けば、それもあり得るね」

「だといいが」

 ソルの言葉に、二人が同調する。

自身の勘がどこまで当てになるのかは分からないが、なんとなく彼女が周囲の人とは違うような気がした。

「じゃあ明日にでもスピネルさんに聞いてみようか。僕らの班に入ってくれるかどうか」

 その言葉に、二人は返事をした。

一時はどうなるかと思ったが、前向きな兆候だ。ソルとヴォルークはリレールを見送り、その日が終わった。


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