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星神のアポロン  作者: 亜真 メト
第二章 試験編
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第十話【対等な親友 前編】


 どうして、あの時のことを思い出したのか、やっと分かった。似ているんだ、あの時と。

 目の前で私を見据える二人に、向かい合う。警戒して私を見るアルナの手は、少し震えている気がした。


──緊張、している。


 それでも、その表情には堅固な覚悟があった。


 トラップのあった広間を抜けた後、私はそのまま道なりに進んで行った。その先に、周囲を警戒しながら進む二人の背を見つけた。

挨拶代わりに放った一発を防いだのは、ソルだった。私はそのまま二人を見据えて、片手を構えた。


「ヴォルがいない……もしかして、先に行ったのかな」


 彼は周囲を見渡した。この場にいるのが私だけだと分かると、表情に焦りを滲ませた。

 するとアルナは拳を握って、気丈に振る舞うように笑った。


「ソル君……ここは、あたしに任せてほしいの」

「えっ?」

「早くしないと、水晶を壊されちゃう」

「そ、それはそうだけど……‼︎」


 彼は言い淀む。その言葉を、アルナは嫌というほど聞いてきた。きっと彼はそれを分かっていて、口に出さないのだろう。ここ数ヶ月、彼らと同じ班として過ごしてきて分かった、その性格のお人好しさが。


「大丈夫! あたしだって、この数ヶ月やってきたんだもん‼︎ いつまでもみんなに頼りっぱなしにはしたくない!」


 花弁のような優しい桃色の髪がなびく。瞳は金色に輝いていて、まるで原石のように周囲の光を反射する。


──ああ、本当にあなたはずっと輝いている。私はいつまで、その光と共に歩めるのだろう。


「行って‼︎」


 その言葉の直後、彼はアルナに背を向けて走り去る。その一瞬で、彼は歯を食いしばるような表情を見せた。


「素直に行かせてくれるんだね」


 前方にいる私を警戒しながらも、アルナは両手に星神力を集中させている。何も発さない私の思惑をどう受け取ったのか、アルナは言葉をこぼす。


「……確かにスピネルなら、あたし一人すぐに倒せるよね」


 口元に笑みを浮かべながらも、自傷するような言葉を口にする。


──そうやっていつも明るく振る舞うあなたは、自己評価が低い。私では、そんなあなたの傷を癒せないけど。その時が来るまで、あなたの耳を塞いであげることはできる。あなたの代わりに、その言葉を跳ね除けることだって。


 私は星神力の塊を周囲に点在させる。それを合図とみなすかのように、アルナも臨戦体勢をとった。


「――手加減はなしだからね!」


――衝撃。

 アルナが放出した星神力は、私が設置した星神力の塊を相殺する。爆風の余波で土壁が抉られ、土煙が舞う。


「……っ!」


 咄嗟に目を細める。課外授業の時よりも、圧倒的に星神力を制御することができている。だが、そのことに驚くことはなかった。


──私は知っている。この数ヶ月間のあなたの努力を。以前のあなたなら、何発もの星神力を放つことはできなかった。


 土煙が晴れる。そして、眼前の光景に目を見開いた。


「……拳銃?」


 そこには、太陽の日差しでキラリと輝く銃口があった。銃身は細身で、形状はリボルバーに似ているが、弾を装填するマガジン部分が小さい。


「へっへーん! 驚いた? これがあたしの成果! とは言っても、実弾は装填してないからそこら辺は安心してね」


──実弾を装填していない? だったら、一体何を……


 眉を寄せていると、再び銃口が向けられた。その先端には星神力が集まっている。まさか、と思った束の間――引き金が引かれる。


「はぁ――っ‼︎」


 立て続けに三発。普通の銃とは違って銃声が全くしない。それどころか、普通に星神力を放出するよりも数段、威力とスピードが速い。


──弾の装填にかかるタイムロスがない。私は特別、星神力を撃つのが速いわけではない――このままじゃ押し切られる!


 なんとか自身の星神力で攻撃をいなしつつ、土壁へ回り込む。その間にも、何発かが壁に着弾する。


──どうにか隙を作らないと。


 攻撃に気をつけつつ、壁から顔だけを出す。土煙が揺れる隙間から、土壁の一部が崩れるのが見えた。そして――その真横で、銃を構えるアルナの姿があった。



「――危ない‼︎」



 咄嗟に体が動いた。地面を蹴り、腕を伸ばす。アルナに抱きつくようにして、後方に飛び退く。

 崩れた瓦礫は轟音と土煙をたてて地面へと落下する。


「いっててて……一体なにが――って、スピネル⁉︎」


 後頭部を抑えながら起き上がったアルナは、どうやら状況を飲み込めていないようで、唖然とした表情で私を見ている。


「アルナ、怪我はない?」

「えっ、うん……大丈夫だけど」


 立ち上がった私は手を伸ばす。そしてアルナはその手を掴んで立ち上がった。見たところ、目立った怪我は見られない。そしてその片手に銃は握られていなかった。おそらくは先ほどのいざこざで、どこかに飛んでいったのだろう。周囲を見渡すと、視界の端でキラリと光る銃口が見えた。


──とりあえず、怪我がないようでよかった。


 ホッと息を吐くと、耳をつんざくような声が聞こえた。


「――って、そういうことじゃなくて‼︎ 今は試験中なんだよ⁉︎ どうしてあたしを助けたの!」

「アルナに怪我をしてほしくないから」


 とても単純なことだった。どうしてそんなことを聞いてくるのか、私には分からなかったが、アルナはどこか悔しそうに眉を寄せていた。


「……助けてもらって、こんなことを言うのもアレだけどさ。スピネルは、どうしていつもあたしを助けるの? 矯正施設で出会ってから、今まで一緒にいてくれたけどさ。ずっと疑問だったんだよ」


 懐かしい響きだった。矯正施設――正式名称を【幼少期星神力矯正施設】という。十歳までに星神力が発現してしまった子供を対象に、その扱いや心得を学ぶ施設だ。五歳の頃に星神力が発現したアルナは、その頃からここに通っていたのだという。かという私も、八歳の時にこの施設を紹介された。


 特に知り合いもおらず口下手だった私は、施設の子供たちから遠巻きに見られていた。職員の人たちは懸命に私と交流してくれたが、当時の私は誰とも関わりを持つ気にはなれず、必要最低限の返事しかしなかった。そんな時、私に話しかけてきたのがアルナだった。


『どうして一人でいるの?』

『……』


 艶のある桃髪がサラサラと靡いて、光の宿った金眼は私を覗き込んでいた。返答がない私を見かねて、ストンと隣に座り込んだ。


『あたしねー、アルナっていうの! 五歳の時からここにいるんだ。あなたのお名前はなあに?』

『……スピネル』


 仕方なしに、私は答えた。しかしその思いとは裏腹に、彼女は目を輝かせてしまった。


『じゃあスピネルって呼ぶね! あたしのこともアルナでいいから!』

『……うん』


 多分、二度と呼ぶことはないだろうけど。そんなことを思いながら膝に顔を埋めた。

 何もない時間が続いた。話しかけてきたにも関わらず、彼女はそれから何も言わなかった。ただずっとそばにいた。他の子と遊ぶわけでもなく、ただ隣に座っていた。翌日も、そのまた翌日も。あの時の私には──いや、今の私にも当時の彼女が何をしたかったのかは分からない。ただ、彼女はずっと私の隣にいてくれた。私の隣で、笑顔でいてくれた。出会いなんて劇的なものじゃない。大切なのは、それからの過程。



 前を見据える。光が揺れていた。いつだって、綺麗にまっすぐ光り輝いているあなたの瞳は、私の希望だった。


 

「――ねえ、どうして?」



 アルナの声が響いた。どんなに私が無表情でも、何も言わなくても――あなたはいつも笑顔だった。暗闇の中で、どこを見ているのかさえ分からない私の人生に、一つの光を差してくれた。あの時の私には、それだけで十分だった。


「大切だから。大切な親友を助けたいと思うのは、当たり前のこと。だから私は、あなたを守る――あの日、そう決めたから」


 もう、光は揺れていなかった。アルナは背後に転がっている銃を手に取った。そして、私から距離を取る。


「ありがとう、親友って言ってくれて。そう思ってくれてるなら、手加減なんてしないでね。あたしも全力でやるから」


 銃口が鈍く光る。この数分間で、どれだけ星神力を込めたのだろう。もう以前のように顔色は悪くない。


──変わろうとしている。あなたはきっと、自分に自信が持てないんだろうけど、私はあなたが誰よりも強くて、優秀なことを知っている。あなたがあなたの凄さに気づけるのなら……私はあなたのためにできる最善を尽くしたい。


 手を伸ばす。手のひらの先には、アルナがいた。


「分かった。私も全力でやる」


 ――瞬間、星神力を放つ。土煙と爆風を巻き上げながら、星神力が相殺される。

 土煙に乗じて、壁の向こうへと移動する。


──とりあえず、攻略しなくちゃいけないのはあの拳銃。


 壁に星神力を流し込む。そしてアルナの側まで到達するのが分かると、それを起動させる。


「――っ、蔦⁉︎」


 壁から蔦が出現する。それは銃を狙って、アルナの腕を絡みとろうとする。しかし、蔦の先端が触れそうになった瞬間、引き金が引かれ――蔦は抉られるように弾け飛ぶ。

 だが、そんなことは想定済み。すかさず数発の星神力を一直線に放つ。


「舐めないでよね!」


 星神力が相殺された際の土煙に乗じて、一つ手前の壁へと移動する。


──このままじゃ埒が明かない。とはいえ、それはアルナも考えているはず。だとすれば、狙ってくるのはあの一撃。


 思い出されるのは、課外授業でエイナに放った一撃。あれをモロに喰らえばひとたまりも無い。だからこそ、向こうに隙を与えてはいけない。例え相殺されようとも、決め手になる瞬間を見つけるために。


「ソルくんたちには話さなかったけど、本当はこんな日がくるんじゃないかって思ってたの」


 唐突にアルナはそう言った。言葉を並べながらも、間髪入れずに銃で星神力を放っている。私もそれを相殺する。


「ガウフ先生に試験内容を言われて……何となく腑に落ちたの。そりゃあ驚いたし、不安もあったよ。でもそれ以上に――頑張ろうと思えたの」


 瞬間、銃撃が止んだ。


──まずい……‼︎


 そう思う束の間、土煙の向こうが発光し出した。


 

「――勝つよ。スピネル」



 直後、目の前に光が迫った。防御をする暇もなく、全身を重しのようなもので突き飛ばされた感覚が走る。


「……っ‼︎」


 背中に激痛が走った。壁に吹き飛ばされたのだと気づいたのは、自分が地面に倒れてからだった。


「ケホッ、っく……」


 地面に倒れ込んだ衝撃で、思わず咳き込む。何度か咳き込んで呼吸を落ち着かせた後、霞む視界で目の前を見た。

 土煙の一点から、白いローブが見えた。よろよろとした足取りで、誰かが歩いてくるのが分かった。


「……アルナ」


 呟いた声は、思いの外小さかった。


「やりすぎちゃったかな……大丈夫? じゃ、ないよね」


 何言ってんだろ、と笑うアルナの額には汗が滲んでいた。心なしか、顔色が悪いように見える。


「うわっ……」


 危惧していたのも束の間、アルナは傾くようにその場に座り込んだ。咄嗟に支えようとするが、腕も足もピクリともしなかった。


「あはは、あたしも結構限界みたい……」


 やはり、まだ大量の星神力を放出するには体への負荷がかかるようだ。とはいえ、あの時のような発熱はしていないようで、それだけは安心できた。思わず小さく息を吐いた。


「あ。もしかして今、ホッとした? あたしが熱出してないからって」

「……ふふ、バレた」

「んもう、今は敵どうしだって言ったでしょー!」


 頬を膨らませて、アルナは不服そうにする。とはいえ、その表情は満更でもなさそうだ。


「……私は」


 これだけは、彼女の目を見て言わなければならないと、起きあがろうとする。瞬間──ズキリ、背中に激痛が走る。思わず顔を顰めて小さく息を吐くと、ゆっくり背中を地面に倒した。見上げた空は快晴で、穏やかな日差しが私の体を照らしていた。その一瞬だけは、背中の痛みが嘘のように、穏やかな時間だった。


「私は今まで通り、アルナを助ける。それに変わりはない」


 口を突いて言葉が出る。だが、その思いに偽りはない。


──今の私にとって、それが唯一の理由だから。


「きっと、今まで私は自惚れていた。私一人で、あなたを守りきれると……それが一番だと。でも、違った」


 もっと早く、この答えに辿り着けていれば。そう思うと後悔が滲む。きっと、重ねてしまっているのだろう。いつまでも忘れられないあの日を、あの日々を。



──誰よりも、自由に過ごしてほしかった。あなたがいつまでも笑顔で、明るく過ごせるなら。そのためなら私は前に立って、どんな困難からも守る盾になりたかった。でも、あなたは変わろうとしている。自身の手で困難に立ち向かって、克服しようとして、前を向いている。



 そして、気づいた。アルナを不自由にしていた存在が何なのか。


「だから今度は、隣に立ちたい。あなたの隣であなたを助けて、あなたと戦っていきたい」


 言葉足らずになってしまったことに、口下手な自分を恨んだ。言いたいことは伝わっただろうかと、ゆっくりと視界を上へと向ける。

 見上げたアルナの表情は、言葉を失ったように口をあんぐりと開き、呆然としている。やはり伝わらなかったと、言い直そうと口を開いた時――突然にアルナは笑い出した。


「そっか……そっかあ!」


 両手を後方に付いて、空を見上げていた。まるでプレゼントが届いた子供のように、その表情と声音は嬉しそうだった。


「はあ〜あ! 頑張ってよかったー‼︎」


 今度は仰向けになって地面に倒れ込んだ。まるで満足したかのように、澄んだ表情をしていた。私の隣で、アルナは大の字になって空を見上げていた。

 彼女はしばらくの間、何かを噛み締めるようにクスクスと微笑んでいた。それは決して不快なものではなかった。自然と私の頬も緩まった。


「じゃあ、約束ね」


 くるり──アルナの顔がこちらを向いた。キラキラと輝く瞳と、目が合った。その瞳を見つめてぼうっとしていると、不意に目の前にはピンと立てられた小指が現れた。直前に言っていた彼女の言葉が脳を反芻し、突き出された小指を見つめたまま、私もゆっくりと小指を突き出した。



「――あたしたちは、これからもずっと親友だから!」



 小指と小指が結ばれる。僅かにしか伝わらない温もりが、今は陽の光よりも暖かかった。



✤✤



 後方で爆発音が響く。後ろに意識が引っ張られそうになるのを耐えて、ソルは足を進めた。


──アルナさん、大丈夫かな。


 任せてと言った時、彼女の表情には覚悟があった。今はただそれを信じるしかないのだと、ソルは周囲を見渡した。


「それにしても……リレールはどこにいるんだろう」


 壁に背を預け、壁と壁の間から通路を見る。誰もいない通路の奥の壁に、一つの出入り口が見えた。


──あそこ……最初の迷路と同じで、天井が付けられてる。特別なエリア……なのかな。ここからじゃよく分からないけど、あの暗闇なら身を隠すのにはちょうどいいかも。


 目を細めて、出入口から見えるエリアの奥を凝視する。しかし、入口からしか光が入っていないそのエリアの奥は暗闇で何も見えなかった。


──もしリレールがあそこにいるとすれば、罠があると思った方がいいよね。もし入口が封じられたら、()()()を操作できなくなっちゃう。



 ソルは課外授業の後に、ヴォルークに言われた言葉を思い出す。

『ずっと思ってたんだけどさ。お前の星神力……もしかしてそれ自体が属性なんじゃないか?』

『え?』

『課外授業のときにお前、俺を庇ってくれたろ? そん時にお前が敵と戦ってるとこを見てたんだけどさ……なんか、光を操ってる? ように思えたんだよな。変な話だとは思うけどよ』


──あの時だ。変な空間で知らない人の声が聞こえたときの。

 ヴォルークの言葉に、ソルは薄々思っていた気持ちを吐露した。


『僕も、そんな気がしてた。詳しくは言えないけど……敵と戦ってた時、確かに僕は陽の光に星神力を流し込んで操ってた気がするんだ。でも、光に関する属性なんて聞いたこともないし、勘違いかもって思ってたんだ。でも創星術も“天“と“海“と“地“の属性があるから、ありえない話じゃないかもなー、なんて……』


 その言葉に、ヴォルークは微笑んで言った。


『俺はお前を信じるよ。先生も言ってたろ? 星神術や星神力については分からないことが多いって。だから、その……できるって思ったんなら、やってみるのが一番いいと思う。もしそれで何かあったら、また止めてやるよ』 



 原理も理由もわからない。だが、ソルの中には確かな確信があった。ソルは右の手のひらを空に向かって伸ばした。


「やるしかないよね」


 手のひらに意識を集中させる。だんだんと熱が手のひらに伝わり、一点で留まる。星神力が手のひらに集中している──ソルは片手に集まった大きな光の玉を、自身の目の前までゆっくりと下げた。目の前まで持ってくると、自身の胴体ほどの横幅がある玉の大きさに我ながら少し驚く。


「……僕だって、これ以上足を引っ張るわけにはいかない」


 この力を制御し、皆を守る──これはそのための一歩なのだとソルは理解していた。そのまま一歩、足を踏み出す。気を抜けば今にも弾け飛んでしまいそうな緊張感に、ソルは息を呑んだ。

 光玉を霧散させないように気を張りながらも、壁から顔を覗かせる。慎重に暗いエリアの内部を覗き込むが、やはり暗闇で何も見えない。唯一分かるのは、土の匂いが充満しているということだけ。外から見た様子と同様に、中の作りも土壁でできているのだろう。


「中には、とりあえず何もなさそう……かな。あとはヴォルの居場所だけど、やっぱさっきから聞こえる爆発音の方なのかな」


 背後から聞こえる音ともう一つ。自身の左手──進もうとしているエリアの壁を挟んだ外側から、微かに音が聞こえる。だが後方ほどの音はなく、星神力の感知ができないソルにとってその音の正体が何なのかは分からない。


──ここでじっとしているわけにもいかないし……とりあえず進まないと。


 半ば焦燥感に背を押される形で、ソルは暗闇の中へと足を踏み出した。


「うわあ、やっぱりすごい暗い。これを作って正解だったかも」


 自身の声が反響する。光玉のおかげで、足元から2メートル程度の地面が照らされている。


──やっぱり中は結構広いんだな。見た感じ壁も分厚そうだったから、外からの補給は出来ない。手元にある光玉でどうにかしないと。


 そう思い、光玉を操ろうとした――その時。ドシンという地鳴りが足元を揺らした。


「なっ、なに⁉︎」


 後方を振り返る。途端に後方から僅かに差し込んでいた陽の光が消えた。


「入り口が塞がれてる……! やっぱり誰かいる……⁉︎」


 一層緊張感が張り詰める。暗闇に囲まれた中では、いつどこから襲われるか分からない。


──もしリレールがここにいるとして、僕ができることはなんだろう。


 慎重に歩みを進めながらも、ソルの頭には不安がよぎる。


──僕と違ってリレールは色々なことができる。創生術なら全属性使えるだけじゃない、具現化だってできる。そもそものレベルが違うんだ……僕一人で、本当にリレールに勝つことってできるのかな。


 課外授業の時でさえ、近くには必ず誰かがいた。自身がやられてもアルナやスピネルが後方で待機していた。いざという時にはヴォルークが助けてくれた。振り返ってみると、自身一人で成し遂げたことなど本当の意味でありはしない。


「せめて、ヴォルと協力できればいいのに……って、何言ってんだ! ヴォルだって今は敵どうし! いくら目的が同じだからって、簡単に協力していいわけないだろ‼︎」


 小さく漏れた言葉にハッとする。これは期末試験──自身の結果を左右するだけじゃない。同じチームであるアルナの結果さえ、自身の行動で左右する。


──そうだ。こんな弱気になってちゃだめだ! アルナさんが任せてって言ってくれったように、僕だって自分すべきことをしないと‼︎


 ソルは再び前を向く。


──それに相手が相手だったとはいえ、リレールだって完璧じゃない部分があるっていうのは課外授業の時分かった。僕にできるかは分からないけど……その隙さえ突ければ、きっと‼︎



「――っ⁉︎」



 咄嗟に身を仰け反った。暗い空間の中で、一瞬見えた白い光。それは瞬く間にソルめがけて迫り、彼が避けると近くの壁に激突した。


── 一体何が……⁉︎


 明らかな奇襲。光が向かってきた場所へ、恐る恐る光玉を向けた。そこには。



「――このまま時間いっぱいまでガン逃げ……っていうのもつまらないと思ってね。それにこれは採点方式。課外授業での汚名返上の意味でも、本気を出した方がいいだろう? だから、来たよ」



 足音はしなかった。ただ、ゆっくりと歩いてくる少年の姿が、そこにはあった。


「……リレール」


 やはり、このエリアにいた。暗闇から現れた彼の姿は、以前と違うように思えた。ソルは視界の隅で小さく舞う土埃を見た。


──あの分厚い壁をこんな易々壊すだなんて。それにこの威力。やっぱり前までのリレールとは全然違う!


 何よりの変化は、彼が片手に携えていた杖だろう。腰までの長さのある木の杖を凝視した。


「この部屋は元々、会場に用意されてたものなんだけど、来る途中で細工しておいたんだ。トラップにちょうどいいかもと思ってね。中に誰かが入ったら入り口が閉じるように。ついでに感知も」


──感知、ってことは……僕がこのエリアに入ってきたのもリレールにはバレてたってことか。


 だとすれば、タイミングの良すぎる奇襲も頷ける。そう納得したソルだったが、それ以上に


「すごいね。来る途中って、最初の準備の時でしょ? 僕らもすぐ入って来たつもりだったんだけどな」

「上空からこの会場を見下ろして確認してたからね。どういう構造になってるのかとか、みんなの動きも。そしたらびっくり。なんと、最初に入ってきた迷路には三つの出口があった。で、これはただの偶然だけど、みんなそれぞれ別の出口から出てきたんだ。だからみんなが最初にいた位置と近いエリアに罠を仕掛けた。植物が襲いかかってくる迷路に、属性それぞれの具現化物が収容された水晶を設置したエリア。あとはこの──奇襲がしやすいように、防音や遮光を施されたエリアとかね」

「そういえば、さっきまで聞こえてた爆発音が全然聞こえてこない……‼︎」


 暗闇ばかりに意識を取られ、すっかり忘れていた。この空間にあるのは、暗闇と──静寂だということを。


「星神力のバラけ具合を見るに、ヴォルはトラップの対処中で、アルナさんとスピネルさんは一対一の勝負中……ってところかな」


 チラリと横目に後方を見るリレール。ソルと対峙する以前か最中かは分からないが、どうやら彼は周囲の様子を探っていたらしい。リレールの視線がソルに向けられる。ソルはその黄金と翡翠の瞳に見つめられ、小さく息を呑んだ。


──今更怖気づいてどうする! こうなることを承知で来たんだろ‼︎ だったらちゃんと……ちゃんと‼︎


 顎を引く。視界の中央に捉えているリレールの表情は、余裕たっぷりと言った様で笑みを浮かべている。しかしそれは朗らかなものとは程遠く。一層空気が張り詰めた――その時。


「――⁉︎」


 リレールが杖をソルに向けたのと同時に、地面から勢いよく何かが飛び出す。瞬時に視界は土屑に遮られ、リレールの姿が見え隠れする。キラリと頭上から何かが光った。


「うわっ、って――植物⁉︎ 一体いつの間に……っ‼︎」


 慌てて後方に飛び退ける。光玉に当たらぬように操作しつつも、意識は前方を向いていた。地面から飛び出した植物の先端は鎌のような形状をしていて、勢いのまま地面へ激突した。


「ほらほら、油断してるからだよ。僕はもう以前のように手加減する気はサラサラない。例え僕より実力が下だろうと上だろうと、最初から全力で戦う。そのための奇襲でもあったしね」


 リレールの言葉の最中も、地面からは次々と植物が飛び出す。それらはソルを拘束しようと、一直線に襲いかかる。


「僕だって――‼︎」


 やられっぱなしではいられないと、負けじと星神力を放つ。ドドン――ッ‼︎ 植物の先端に着弾する。


「さすがさすが。でもその代わり──だいぶ減っちゃったね。その光玉」


 リレールが指差す先には、先ほどよりも一回り小さくなった光玉があった。


「やっぱりそれって、自分の星神力で光を生成しないようにするためのものだよね。そんなに使って大丈夫?」


 心配する言葉を言っておきながら、その実瞳は冷えたままだった。


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