真夜中のハイウェイで
ゲイ女性当事者によって書かれた、フェム×フェムのGLフィクションです。当事者もしくは理解者のみお読み下さい。性的なシーンは一切ございません。中森明菜さんの「危ないMON AMOUR」の世界観をモチーフにしました。
車内では、私の知らない音楽が流れていた。ラグジュリアスな香水の芳香が、社内を包み込んでいた。
「この辺の夜景、綺麗でしょ。」
ルシアが言った。窓の外には、都会の夜景が広がっていた。ハイウェイを猛スピードで走っているので、夜景の海が流れ去って行くようだった。私は、ルシアに視線を移した。漆黒のブレザーの下に、赤いタートルネックを着て、下には黒いショートパンツを履いた彼女は、たまらなく美しく、口角の上がった口元には静かな自信が表れていた。
「うん、綺麗だよ。でも…。」
私が言った。途中で言葉の途絶えた私をちらりと見やり、
「でも…?」
と、続きを促してきた。
「こういう都会の景色より、大自然の景色の方が好きなの。」
私が言うと、ルシアは小さく笑って、
「そうかそうか…。雄大な自然が好きなのか…。マリアって名前にピッタリね。」
と、言った。
「え?」
思わず私はきょとんとする。
「貴女の名前、なんか偉大な感じがするじゃない。それは山とか、渓谷とか、滝とかの絶景の方が、似合うに決まってるわ。でもね…。」
ルシアは少し間を置いてから、
「この夜に似合うのは、この大都市の夜景だと思うわ。」
と、言って、バックミラー越しに私を見てウィンクした。心臓が飛び出しそうになった。暗い色のアイシャドーで彩られた目に、溶け込んでしまいそうだった。
「貴女に教えたいわ。大都市のライトに彩られた夜が、どれほど素敵か。」
口元に笑みを浮かべたまま、ルシアが言った。私は、ふと、車窓の外に目をやった。都会の夜景も、別に嫌いではない。
「もう感じてるけどね。」
私が言うと、ルシアはクスッと笑って、
「そう。」
とだけ言った。
「さっき、私の名前が偉大だって言ってくれたけど、ルシアっていう名前も好きだよ…。なんか、美人に多そう。」
私が言うと、ルシアは少し驚いたように笑って、
「あらあら…。お口がお上手でこと。」
と、言った。
「本気で言ったけどね。」
少しムキになって私は言った。ルシアが小さく笑う。
「じゃあ、なんで貴女の方から来なかったの?」
ルシアが訊ねた。
「私のこと綺麗だって本気で思ってくれてたら、あそこで貴女から声かけてくれても良かったんじゃない?」
ルシアは美人だった。レズビアンバーには、他にも綺麗な女性が大勢いたが、ルシアはまた別格だった。どうしてかはわからないが、ルシアにしかないオーラのようなものを感じたのかもしれない。それは、ショートパンツで魅せる美脚や、美しいグリーンの瞳では説明できない何かだった。一体、何を感じたのだろうか?全く見当がつかない。まだ知り合って数時間しか経っておらず、ルシアがどんな人物なのか、まだよくわかっていないまま、彼女の車に乗せられているのだった。
「なんか、オーラがすごくて話しかけられなかったの。」
そのまま率直に言った。
「オーラ?」
ルシアが、不思議そうに眉を潜めて、私をちらりと見た。
「どんなオーラかしら?」
ルシアが訊ねる。
「それが、どう考えてもわからない…。もしくは、まだわかっていないのかもしれない…。でも、とにかく、何かを感じたんだよね。」
私が言うと、ルシアは笑って、
「初めて言われたわ、そんなこと。」
と、呟くように言った。
「ほんとに?」
私が訊ねると、ルシアは、
「ええ。」
と、頷いた。
「モテるから、今まで何度か恋愛したことあるんだけど、オーラがあるだなんて言われたことなかった。美人だねとか、スタイル良いねとかは、言われたことあったけど。」
正面を向いたままでも、ルシアの瞳に光が宿ったのを感じた。
「私も貴女に何かを感じてたわ。これまで出会ってきた女とはまた違うタイプだわって思ったの…。だから話しかけたのよ。話してみたら、案の定、これまでの女とは別ね。」
そう言って、ルシアはフフッとほほ笑んだ。
「どんなとこが?」
私が訊ねると、ルシアはバックミラー越しにちらりと私を見て、
「ここでは教えない。」
と、言って、ウィンクした。顔が紅潮するのを感じる。ルシアは口元に笑みを浮かべたまま、暫く黙り込んだ。さっきまでは、こんなに長く沈黙が続かなかった。バイオリンの音色が流れ出す。薄暗いバーで流れていそうな、エレガントかつロマンティックな音色だった。私もその沈黙に飲み込まれるようにして、黙り込んだ。
車がハイウェイを降りて、一般車道に入った。赤信号に差し掛かる。そこでルシアは、静寂を破った。
「嬉しいわ…。」
と、一言だけ呟いた。
「え…?」
言葉の意図がわからず、きょとんとする私の指先に、指を絡めてきた。びっくりして、ルシアを見る。美しいグリーンの瞳が、探るように私を見つめていた。口元に笑みを浮かべたまま、私の額に額を押し付けてくる。
「マリア…。」
私の目をじっと見つめたまま、ルシアが言った。
「素敵な名前ね…。」
そのまま唇を重ねられた。