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第6話 動物観察 (九条桃音:視点)

***九条桃音:視点***



 

 休憩時間、私は綾香達と会話をしながら、ちらちらと、彼女――大空一花を観察していた。


 誰とも話さず、顔も上げずに、もそもそと本に耽け、

 誰かが近づいてくる気配があれば、視線も向けずに、まるで体ごとそちらへ背を向けるような圧を出す。

 今日もまた、彼女は一人でいる。


 ……この数日間、ずっとそうだった。

 誰かと雑談する様子も、輪に入ろうとする気配もない。

 話しかけようとした子など、1人としていない。


 ――まるで、そこに「壁」があるみたいに。


 実際、この壁はどういう風に作られたのか。

 クラスの中であちこちに染みのように広がってる、悪い噂がある。

 私は友達に聞いてみることにした。


「あの子、中学校で問題起こしたらしいよ」

「……言ってなかったけど、私は一回殴られてるし……本当に痛かった」

「え〜、綾香も被害にあってたんだ」

「アレでも顔だけは、男子達に人気があるんだよ?マジで嫌になるよね」


 言っているのは、クラスのリーダー格である村上綾香(むらかみあやか)とその取り巻き達。

 あの子たち、何気ない顔して他人を追い詰めるのがうまい。

 しかも直接悪口を言うわけでもなく、ただ“忠告”という体で話をする。


 まだここに来てから数日しか経ってないけど、確かに一花には、無駄に敵を作りやすい雰囲気がある。

 笑わないし、目を合わせないし、素直でもない。

 でも、こんな理由で誰かを危険人物に仕立て上げるなんて、本当にしょうもない。

 

 どうせ一花だけではなく、きっと……この子達も悪さをしたのだろうから。


 ……いや、私にとやかく言う資格なんて、一切無い。


「桃音も大空さんに近づかないようにね?怪我するから」

「えっ……あぁうん」


 突然、話を振られて少しだけ驚いてしまった。

 ……別に一花との今の関係は友達ですらないけど、やっぱり人前で彼女と接するのは控えるべきなんだろうなと、この会話で理解できた。

 一花と関係を深めてしまったら、今の立ち位置が危うくなる。

 私はこれ以上、家族に迷惑をかけるつもりは――無い。

 

「あ、休み時間が終わっちゃう前に、トイレ行こうよ」


 綾香の軽い声にうなずきながら、私は教室を出る。



 

 喧騒の熱を少しだけ背中に感じながら、扉が静かに閉まったその瞬間――


「九条桃音さん」


 その声は、氷を削ったような硬質な響きだった。


 思わず立ち止まり、振り向く。

 廊下の壁際、誰もいないはずのそこに、いつの間にかひとりの少女が立っていた。


 白と黒、コントラストのはっきりしたメッシュの髪。

 鋭利な目つきに、感情の読めない整った顔立ち。

 制服の着こなしは乱れていないのに、どこか「異質な空気」を纏っている。


 ――百合園 紀玲(ゆりぞの きれい)

 私と一緒に転校してきたもう一人の女の子。

 そして命の恩人でもある人。

 だけど……


「少し話がある。ついてくるといい」


 言葉は平坦。

 それなのに、否応もなく従わされるような圧。


「え、すごい髪……桃音もだけど」


 綾香が思わずつぶやいた。

 興味深そうに私達2人を見比べている。

 彼女には髪色が変化する病気なのだと、予め嘘を伝えてあるけど、どこまで私の話を信じているかは分からない。

 

「紀玲……あなたと話す時間なんてないよ。今からトイレに行かなきゃ行けないし」


 私は努めて冷静に、そう返した。

 

「別に構わないが、これから何があっても泣きついて来ないと、君は約束出来るのかな?」


 その言葉は、針のように静かに、けれど確実に刺さる。


 息を飲んだ。

 喉が、ひやりと凍る。


 思わず舌打ちが漏れた。

 紀玲に背を向けようとしていた足が、自然と彼女のほうへ向きを変える。


「え、本当に行っちゃうの?授業始まっちゃうけど」

「あ〜……」


 綾香の声が、不安と困惑を滲ませる。

 私は少しだけ立ち止まり、けれど答える前に――


「心配する必要はない。九条桃音さんには、他に優先すべき用件がある」


 紀玲が淡々と、しかし否応なく場を制圧する言い方で言った。


「申し訳ないが、残りの休み時間は君たちだけで行動してくれたまえ」


 彼女が背を向けて歩き出す。

 私は追いかけるように数歩歩み、ふと綾香の方へ寄って、そっと耳元で囁いた。


「――百合園紀玲さんには、あまり近づかない方がいいよ。すごく……悪い人だから」

「……分かった」


 綾香の返事は、小さくこわばっていた。


 私は背を向け、綺麗の後ろ姿を追う。

 これは演技じゃない。

 秘密の共有や新たな敵を作るというのは、関係性を効率良く築く手の一つである。

 



 そして私は紀玲に連れられ、誰もいない空の教室に足を踏み入れた。


 閉じられた扉の向こうに、騒がしさが遠のいていく。

 静けさが、耳を刺す。


 紀玲は教壇の前で立ち止まり、背を向けたまま淡々と呟いた。

 

「あんな事を彼女に伝えるとは、随分と私も嫌われたものだ」


 ……アレが聞こえたのか。

 聞こえない距離で話したつもりだったのに。


「そんなの当たり前でしょ!あなたがもう少し早く亜人……私の体について教えてくれれば、わざわざ無関係な人(大空 一花)を襲わずに済んだのに!」

「いきなり怒鳴らないでくれ。そして自分の無知を、他人の責任にするのはやめて欲しいな。一体誰のおかげで人として学校に通えていると思っているんだ?」

「…………」

「遺伝とはいえ、亜人としてその年齢で覚醒してしまったのも君の都合でしかない。目撃者を全員消し、転校の手続きをした私に感謝して欲しいくらいだ」

 

 言い返せなかった。

 それは全部、事実だから。

 

 百合園紀玲は前に通っていた高校の授業中(夏休み登校日)に、いきなり姿が変わった私を、どこからか現れ、助けてくれた。

 騒ぎになったのを、不思議な力ですぐに治めてくれた。

 どうすれば良いか分からない私に、道を教えてくれて、全く事情が分からなかった家族のみんなも、私に合わせて引っ越しを進めてくれた。

 

 だけど……紀玲のその後の対応が、私には途轍もなく雑に見えた。

 まるであの状況を、面白がっているようにすら思える。

 今でも心の奥で引っかかって仕方ない。

 というか、この件を今問いただしてしまえば良い話だ。


「だったらなんでもっと早く、人の生命力を奪うだけで生きる事が出来るって教えてくれなかったの?! 紀玲が体の使い方を教えてくれたのは、私が一花を襲ったあの日だった!」


 外回りの準備をやり終え、残るは()()の問題というところで、彼女は一向に姿を現さなかった。

 自分の体について分からない私は、周りの人達を襲いたくて仕方ない限界の日に、ようやく紀玲が現れて、助言をくれたのを覚えている。

 私の欲求の正解を教えてくれた。

 

「あぁ……なるほど」


 その声は、やっぱりどこか楽しそうな影がある。


「どうやら、その歳で人間を辞めたせいか、記憶の整合性も怪しくなっているらしい」

「は……?」

「特におかしくなってしまうのは――やはり腹が減っている時か」


 彼女の目が細められる。

 まるで獣を観察するような、冷たい眼差し。


「忘れたのか? 私はちゃんと言ったはずだ」


 声の調子は冷静そのもの。


 紀玲は静かに歩き出す。

 私を中心に、音も立てずに円を描くように空き教室の中をまわる。

 まるで私という“標本”を一周しながら、状態を確認しているかのようだった。


「――『九条桃音さんの“元の種族”を特定するのに手間取った』と。

 純血の亜人ならまだしも、君のような“混血”は例が少ない。生存例すら不確かで、文献も乏しい」

「…………」

「私は役目をやり遂げ、しっかりと伝えたはずだ。君の起源でもっとも近しいのは、“サキュバスと吸血鬼”だという事を……まぁ、他にも色々混じってはいるがね」


 そう。

 だから私はあの日、紀玲に言われるまま適当に誰か一人をターゲットにすることに決めた。

 そして偶然、雨の中で見つけた一花を襲った。

 

 血を吸うだけじゃ絶対に足りないのを本能が理解して、私は彼女の体を蹂躙することになって……

 きっと……あの日を過ぎていたら、誰彼構わずに人を食べるところから始めていたと思う。


 …………いや、なにかおかしい。

 私が一花の存在を知ったのは、紀玲がLI◯Eで学校内のみんなの写真をいきなり送りつけてきた時。

 当時は空腹状態になる前だったから、意味が分からなかった。

 あの理解不明な行動には、いまだ説明がない。

 

 ただ、写真越しで一目見て一花のことを『とても美味しそう』と感じたのは覚えている。

 ……そんな相手がたまたま、通りがかかった私の目の前に現れてくれるなんて――


「もちろん私は、こんな話をする為に呼び出したのではない」


 考えがまとまる前に、彼女の声がそれを断ち切った。

 

「九条桃音さん。自覚はないのだろうが、君は本能を抑えきれていない」

「……何言ってるか分かんない。簡単に言って」

「もう少し節度を保って、行動して欲しいと言っている。私は君の命の保証をしている立場だ。あんまり暴れられると、私は九条桃音さんを庇うことが出来なくなる」

「庇うって……何それ」


 紀玲は立ち止まり、ふ、と小さく笑って答えた。

 

「私の家系はこの国で亜人の管理をしているんだよ。基本的にうちは純潔主義でね、混ざりモノは……間違いなく処分だろう。だから心配しているんだ」


 ……駄目だ。

 どれだけ話を聞いても、この人を信用出来る気がしない。

 何か愉快犯めいたものを感じてしまう。

 心の中で私の心配など全くしていないということが、ありありと伝わってくる。


「言いたいのは結局、一花以外を食べるのは禁止ってことだよね?」

「ああ、とても簡単に言えばその通りだ。だが今の九条桃音さんを見ていると、それが出来るようには見えない」

「……大丈夫。私は私だから……話はもう良いでしょ」

「良くはないが、仕方ない。君の意思を尊重しよう。教室へ戻るといい」


 やっと終わった。

 口では心配しているふうを装っていても、どこまでも不快だった。

 この人は私を見て、どこか面白がっている。

 恩人といえど、顔は合わせる時間は短い方がいい。

 

 そういえばそろそろ休日になってしまう。

 学校が休みになる前に、一花には土日にお邪魔する事を伝えないといけない。

 次はどうやって生命力の補給をしようか。

 

 あとは……そうだ。

 一花には位置情報共有アプリも入れてもらおう。

 いつお腹が空いても、彼女の元へ辿り着けるように。

 

 考えると少し楽しみになってきた。



 

 

「全く、何が大丈夫なのか分からないな。食事のことになると別人のように節操がなくなる……鑑賞する分には面白いが、また仕事が増えそうだ」

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