第4話 私はお金で買われるそうです
理解が追いつかない私に、九条さんは分かりやすく語ってくれた。
どうやら九条さんの種族は、人の生命力?を糧として、生きる種族らしい。
人間が摂取する食事だけでは栄養を賄いきれず、人の体液を摂取しないと生きてはいけないそうだ。
昨日、私を襲った理由も極度の空腹からだと説明してくれた。
「一応尻尾で相手に巻き付けば、体液を摂取せずとも補給は出来るんだけど、かなり効率が悪くて」
「それで私に寄生したいと」
「言い方はなんかアレだけど、まぁそういうことになるかな」
拒否権は無い。
従うしかないし……理由だけ聞くと、彼女も生きるために必死だというのは理解出来た。
私にお鉢が回ってくるのは、少し……いや、とても不快だけど、こうなってしまったものは仕方ない。
「…………はぁ。分 か り ま し た !引き受ければ良いんですよね、引き受ければ!!」
「うん!そう言ってくれてすっごく嬉しいよ!ありがとう!」
「ただし、一つ変えて欲しい条件があります。私がこれ以上気分悪くならないために、絶対に必要なことです」
「……私が辛くならない条件なら、どこを変えてもらっても大丈夫だけど?」
……この女。
どこまでも自分本位な言動しかしない。
「…………一万円は、だめです」
「安すぎるって事? あちゃ〜、五万円を昨日渡しちゃったのは失敗だったかな……」
「違います!!!!……高すぎるって事です!」
「え…………?」
九条さんは、ぽかんとした顔で瞬きを繰り返していた。
きっと、予想外だったのだろう。
こんな人の為に、私が譲歩する必要はないかもしれないが……それでも、この少ない時間にどれだけ考えても、やっぱり答えは変わらない。
「なので……そうですね。一回2000円くらいでお願いします……」
これでもきっと、充分すぎるほど高いと思う。
私も最低な事をしてる自覚は勿論ある。真性の屑だ。
だけど九条さんは、出会った日にとんでもない事をしでかしてくれている。
それを思えば、私だってこのくらいやり返しても良いだろう。
「本当にその条件で良いの? 後悔しない?」
「後悔なんて……あの日、体調が悪い貴女を送ったことを、一生分後悔してますよ」
私の言葉に、九条さんは一拍置いてふわりと笑った。
「言うね。……じゃあ、これからよろしく」
彼女の口元に浮かぶ微笑みは、どこまでも自然で、まるで何事もなかったかのようだった。
だけど私は、その笑みに返す言葉を持たなかった。ただ、静かに視線を逸らす。
「……おい、そこで何をしている! 」
突然、教室の扉が勢いよく開き、担任の怒声が飛び込んできた。
びくりと肩が跳ねる。
反射的に立ち上がると、入り口には腕を組んだ教師の姿。
顔をしかめ、明らかに不機嫌な様子だった。
「放課後に教室を占拠して、何を遊んでるいるんだ?」
何も言い返せないまま、私はただ「すみません」と小さく頭を下げた。
「用が無いのならすぐに帰りなさい」
「……はい」
「は〜い」
私達は流されるまま、昇降口まで足早に移動した。
私達は階段を下りきり、昇降口の扉をくぐると、ふわりと湿った風が頬を撫でる。
外はまだ、雨が降り続いていた。
「そういえばあんな場所に座ってたけど、もしかして、傘を忘れたの?」
九条さんが横目でこちらを見る。
どうでもいいような、でもどこか探るような声色だった。
私は返事をするのが億劫で、ただ黙って小さく頷いた。
「ふ〜ん」
それきり九条さんは何も言わず、ただ静かに傘を開いた。
布地に落ちる雨粒の音が、鈍く響く。
私はその場に立ち尽くしたまま、雨が弱まるのを待とうと、昇降口の柱にもたれかける。
なるべく彼女とは関わらないように。これ以上、距離を詰められたくなかった。
……けれど、次の瞬間だった。
「ちょっと」
不意に、手首を掴まれる。
「え……?」
戸惑う間もなく、そのままぐいと引っ張られた。
バランスを崩しそうになりながらも、引かれるままに一歩踏み出すと――
気づけば、九条さんの傘の中にいた。
「な、何をするんですか?!」
「忘れたんなら一緒に帰ろうよ。家は私と近いでしょ?」
「そんなの関係無いです。貴女に借りなんか作りたくないので、一人で帰って下さい!」
はっきりと突っぱねるつもりだった。だけど――
「まぁまぁ、固いこと言わないで。謝罪といっちゃアレだけど、帰り道でケーキくらいなら奢るよ?」
九条さんは、お構いなしに私の手を握ったまま歩き出す。
その声は軽やかで、まるで私の反応なんて初めから予測済みのようだった。
「…………」
ケーキ、か。
こんな状況でそんな誘いに揺れる自分が情けない。
でも、雨の中を一人で帰るのは面倒だったし、何より、奢りなら……まぁ、別にいいかもしれない。
「……分かりました。仕方ないので九条さんについて行ってあげます。……でも、私は高いのをいっぱい買いますからね?」
にべもなくそう言うと、九条さんは楽しそうに笑った。
「えぇ〜? さっきは一万円から二千円にしてくれるとか言ってたのに、ここで欲張るの?」
「何言ってるんですか。貴女は今日、私に腹パンしたんですよ? この件を思い返せば、これくらいの欲を出しても許されると思いませんか?」
「……ん〜、そうかも……?」
九条さんは、私の反論を楽しむように笑いながら、傘の柄を傾けて歩き出した。
私はその隣で、黙って足を揃える。
雨はまだ止む気配を見せないけれど、打ちつける音は不思議と遠く感じられた。
傘の中に、妙な時間だけが流れていく。