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転校生の女の子にぐちゃぐちゃに抱かれた挙句、体を買われるハメになったけど!心だけは絶対に屈しない!!  作者: 中毒のRemi


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第35話 手紙 (九条桃音:視点)

 あの日以来、家族の私への接し方は、どこか微妙なものになってしまった。


 お父さんは――一花のおかげで、以前よりは随分と“マシ”になった。

 あくまで、なってしまった、という言い方しかできない程度には。

 昔のままだったら絶対に話が通じなかっただろう。

 でも今のお父さんなら、あの8月頃、私の食事事情を話したとしても、ひとまずは聞いてくれたかもしれない。


 ただ、一花の語った内容を隣で聞きながら、私は少しだけ思った。

 彼女の望む“理解”は、少し過剰なのではないかと。

 だってお父さんは、百合園さんの話に耳を傾けて、最終的には私のために引っ越しを決断してくれたのだ。

 それだけで、十分優しい。

 もう、それ以上を求めてはいけないような気さえする


 ――問題は琴音だった。


 明らかに、この一件に納得していない顔をしていた。

 口には出さなくても、言葉の一つ一つの端々に、それが滲んでいる。


 でも、それも無理はない。

 もし一花が、事のすべてを包み隠さず話したのなら、琴音の態度も当然の帰結だ。

 私はそれだけのことをしたのだ。そう思う。


 しばらくは、こんなふうに言葉の温度だけが冷えていくような、静かな冷戦が続くのだろう。

 それも、仕方のないことだ。

 自分のしたことが、こういう形で返ってくるのは、当然だとすら思える。


 一番、可哀想なのは――おそらくお母さんだろう。

 あの日は外出していて、帰宅した時にはすでに空気が出来上がっていた。

 だから、事の全容をうまく掴めずにいる。

 表面上の会話だけが家族の間を行き来する中で、唯一、事情を知らない彼女だけが取り残された。


 ……そして、家に居づらくなった私は、自然と一花の家に足が向くようになる。


 家事手伝いをやめるようにと、彼女は何度も言っていたけれど――

 でも、「家に帰りづらいから」という理由を出せば、きっと渋々ながら黙認せざるを得ないはずだ。

 一花の性格なら、そういう“逃げ道”を潰すような真似は、きっとできない。


 ……自分が最低なのは、よくわかっている。

 でも、それでも今は――そうするしかなかった。


 自分が最低なのはよく理解している。


「今日は食べるのが遅いですね。そんなに遅いと授業に遅れちゃいますよ」

「……そうだね」

「もしかして、この前の件について考えてました?」


 私は何とも言いづらい顔をする。


「そうですよね。……本当にすみません。私のせいで絶対家庭内環境が滅茶苦茶になりましたよね」

「もうその件は気にしなくて良いの! それとも、また1()0()()()、目を瞑りたい?」

「………………遠慮しておきます」


 一花は、あの夜の後にLINEで琴音に謝ったらしい。

 感情的になって誇張しただけで、実際には九条さんに責任はないと──ちゃんと、そう伝えてくれたという。


 そういうところ、本当に優しい。

 でも、私のしたことは優しさで相殺できるような、生やさしいものじゃない。

 だから琴音がすぐに許してくれなくても、仕方ないと思っている。


「あっ、そういえば九条さん」


 そう声をかけられて、私は顔を上げる。一花が鞄から何かを取り出す気配がした。


「私の机の中に、こんな物が入ってたんですよ。何だと思います?」


 彼女の手にあるのは、畳まれた一通の手紙。

 淡い色の封筒に、文字や飾りはない。

 簡素で、だからこそ嫌な予感がする。


「……それ、どこに?」

「机の中ですよ。朝、教科書を出すときに気づきました」


 私は表情を変えずに問いかけた。


「内容、確認した?」

「はい。放課後、空き教室で待ってるって。……ただ、差出人の名前がどこにも書かれてなくて」


 ああ、これは――


 そんなの、見た瞬間に分かる。言葉にしなくても、形で伝わってくる。

 中身を知らずとも理解できる程度には、こういうものには心当たりがある。


「……それだけで、どういう意味か分からない?」


 一花は、少しむっとした顔でこちらを見た。


「何ですか九条さん、馬鹿にしてるんですか? 分かるなら早く教えてくださいよ」


 一花が口を尖らせる。わずかに膨れた頬が、まるで子供のように見えて――

 けれど私の胸に湧き上がる感情は、そんな可愛らしさとは別の、もっと暗く、もっと醜いものだった。


 その手紙が何を意味するのか、私にはすぐに分かった。


 放課後の呼び出し。差出人の名前はなし。場所は空き教室。

 まるで教科書にでも載っていそうな“告白”の典型だ。


 ――ふざけた真似をする。


 そんな感情が一瞬、喉元までせり上がる。

 だがそれを飲み込んで、私は表情を崩さない。

 その代わり、どうでもよさげな調子で首を傾げてみせた。


 …………この前まで一花に近づこうとする人なんて、一人としていなかったのに。

 おそらく綾香がいなくなったのが原因で、こんなふざけた手合いが増え始めたのだろう。

 だとしても、こんな手紙をわざわざ渡すなんて、誰が、何を考えているのだろう。


 この子と長い時間共にしていたのは私であって、他の誰でもない。

 ……まだ、誰にも渡していないのに。


 一花の視線が私に向いているのが分かる。

 けれど、私はそれを正面から受け止められない。


「それで一花はどうするの? 放課後の教室に行くの?」


 何でもないふうを装って訊く声に、わずかに熱が混じってしまうのを、自分でも感じた。


「まぁ呼び出されてしまったものは仕方ないので、行くだけ行きますよ」

「そう……」


 つい、目を伏せる。

 その一言が、どうしようもなく癪だった。


「……えっと、その……九条さん? もしかして怒ってます?」

「怒ってない」


 すぐにそう返す。

 でもきっと、表情には出てしまっていたと思う。

 

 怒ってなどいない。ただ、理屈では整理できないだけ。

 この胸の奥のひりつきが、何なのか――それを、まだ私自身がうまく認められていないだけ。



 ---



 昼休みが終わり、退屈な授業のコマが順に流れていく。

 チャイムが鳴った時、私はまだ迷っていた。


 放課後。

 一花は、やっぱり私を置いて歩いていった。

 小さなバッグを肩にかけ、誰にも気づかれぬよう教室を出ていく後ろ姿を見て――私は立ち上がる。


 尾行なんて柄じゃない。

 けれど、その時の私はもう、止まれなかった。


 足音を忍ばせて、数歩後ろをついていく。

 そして一花は、指定された空き教室へと入っていった。

 

 ドアを開ける音がして、誰かの声が中に漏れる。中にはもう、呼び出した人物が待っていたのだろう。


 私は見つからない位置を選び、教室のすぐ外――声の届く場所にしゃがみ込む。

 鼓動が、妙にうるさい。

 ドアの向こうで交わされる会話に、耳を澄ませる。


「大空一花さん! 入学した時からずっと一目惚れでした! どうか、付き合ってください!!」

 

 その声は、はっきりと、遮るものもなく空気を震わせて届いた。

 若い男子の声。真っ直ぐで、緊張を押し殺しながらも、精一杯に想いを伝えようとする声音だった。


 耳に届いた瞬間、肺の奥がきゅうっと冷たくなった。

 喉がひとりでに詰まり、うまく呼吸ができない。

 思考の隙間に、耳の奥でざわざわと波音のような血のうねりが響く。


 ――なんで。

 なんで、そんな言葉を、他人に向けさせてるの。


 一花は今、何を考えているんだろう。

 どんな顔で、その言葉を聞いているんだろう。

 私が知っている表情じゃない。私だけに向けていた、無防備な、乾いたような、でもどこか甘えるような――あの顔じゃない。


 誰かに向ける、知らない彼女の顔。

 それを今、彼女は誰かに晒している。


 知りたくなかった。

 こんな気持ちになるくらいなら、聞かずにいればよかった。


 けれど、私の足は動かなかった。

 逃げるように立ち去ることも、目を閉じることもできずに、ただ教室のそばでしゃがみこんでいる。

 耳を塞ごうとした手が、途中で止まってしまった。


 ――一花が、なんて答えるのか。


 その言葉を、私の知らない誰かに向けて発するのかと思うと、喉の奥が灼けるように熱くなる。


 ドア一枚向こうで、一花が返すはずの言葉を待つ数秒。

 その時間が、永遠みたいに長く、酷く、残酷に思えた。


 


 返事は聞こえなかった。

 気づけば、足音がして、扉が開く音がした。


 私は壁際の影から身を起こし、ゆっくりと姿勢を整えて廊下に立った。

 一花が、いつもの鞄を肩にかけ、玄関へと歩いていく。

 普段と変わらないような歩き方。でも私は見逃さない。

 わずかに頬が火照っていて、少しだけ背筋がしゃんとしていた。


 私の知らない、何かが起こったあとの姿。


 その背中に声をかける。


「……告白、されたんでしょ?」


 一花は驚いたようにこちらを振り返る。


「え!? なんで知ってるんですか?」


「私も近くにいたし……男子の声、大きかったから。聞こえちゃっただけ」


「ああ……」


 軽く息を吐いた彼女は、気まずそうに笑って、それでも隠さない。


「それで、なんて返事したの?」


 何気ないふうを装って問いかけたつもりだった。

 でも、自分でもわかる。声のどこかに、焦りに似た熱が混じっている。


 一花は少しだけ視線を逸らし、それから照れくさそうに微笑んだ。


「お友達からどうですか?……って返しました」


 その言葉に、心が一瞬、ぐらりと傾ぐ。


「……つまり、断ったってこと?」


 問いながらも、答えは怖かった。

 ただの友達じゃないと、自分は思っていた。

 それが崩れる気配に、胸の奥がざわざわする。


 一花は首をかしげながら言う。

 

「いえ、お互いよく知らないですから、これからゆっくり知っていきましょう。みたいな形にまとめました」


 笑っていた。

 傷ついた様子も、迷った様子もなく、自然にそう言った。


 そのとき、自分の胸の奥が、黒いもので塗り潰されていくのを感じた。


 ――私の知らない相手と、「これから」を過ごす気があるのだと。


 あんなに傍にいたのに。

 一番近くで、支えていたつもりだったのに。

 何も変わらないと思っていたのに。


 どうして、私じゃないんだろう。

 どうして、まともに他人と関わって来なかったくせに、ただの一度の告白程度でそんなに楽しそうな顔が出来るのだろう?


 言葉にできない想いが、じわじわと心を満たしていく。

 けれど、表には出さない。そんなことをしたら、きっと彼女は困ってしまうから。


 私は、笑ったふりをしたまま、何も言えずに隣を歩く。

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