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転校生の女の子にぐちゃぐちゃに抱かれた挙句、体を買われるハメになったけど!心だけは絶対に屈しない!!  作者: 中毒のRemi


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第33話 人間性が欠如してる人達の会

 屋敷の中は、やけに静かだった。

 けれど、それは束の間の静寂にすぎなかった。


「――――っ!! ……――っ!!」


 怒鳴り声。

 壁越しに響く、鋭く跳ねた男の怒声が耳に届く。

 その方向へと足を向ける。自分の意思ではなく、身体が勝手に動いていた。


 やがて一つの大きな襖の前で足が止まった。

 迷いはない。けれど、少しだけ息を殺す。

 そして、耳を澄ます。


「全部、事実なんだな……桃音!」


 激しい声と、それに答える少女の細い声。


「……うん」


 直後、何かを打つ音が響いた。

 鋭く、乾いた、拒絶の音。


 パァンッ!


「この恥晒しが……! たとえ仕方ないこととはいえ、そんな動物的な所業が許されると思っているのか!?」

「……思って……いません……」

「そうだ。許されるはずがない! お前は、このまま警察に突き出す! いいな!?」

「…………はい……」


 泣き声だった。

 押し殺していたが、確かに涙混じりの、潰れた声だった。


 ――もう、どうにもならないところまで進んでいる。

 静観なんてもう無理だ。

 時間はない。今しかない。


 私は小さく息を吸い、襖の前で足を止めた。

 指先が、取っ手に触れる。ためらいはない。

 一瞬だけ力を込めて――勢いよく、引き開けた。


 障子が音を立てて横に滑る。

 開かれた空間の奥にいた人々の視線が、ぴたりと私に集中する。

 一瞬で空気が変わった。張り詰めた室内に、冷たい風が流れ込んだようだった。


 中央にいる九条さんは、崩れるように座り込んでいた。

 顔を俯け、肩が小刻みに震えている。

 頬は赤く腫れており、おそらく――誰かの手が、そこに触れた痕跡。


 周囲にいた大人たちは誰もが黙し、息を呑むように私を見つめていた。


「……ちょっと待ってください!」


 声が、室内に響いた。


 重い沈黙が、瞬間、割れた。

 私の言葉が、九条家の閉ざされた空気に風穴を開ける。

 誰もが動きを止め、九条さんの震えすら、少しだけ静まる。


 すると、その場にいた一人の男が、低い声で言った。


「……誰だ、お前は」


 黒髪を撫でつけた、厳格そうな中年の男。

 まっすぐに立ち、威圧するでもなく、ただ当然のように私を見据える。


 ――聞かれた瞬間、思った。

 貴方の方こそ誰、と問い返したかった。

 でも、それを口にするまでもない。


 この人が、九条桃音の父親――九条家の主なのだ。


「……私は、大空一花です」


 名乗る声が、少しだけ震えた。

 けれど視線は逸らさない。まっすぐ彼に向ける。


 男――九条父は、ほんのわずかに眉を動かし、静かに頷いた。


「そうか、君が。……娘から、おおよその事情は聞いている」

「……」

「こちらとしても、できる限りの償いはするつもりだ。それが筋というものだろう」


 低く落ち着いた声だった。

 理性的で、誠実にも聞こえる言葉だった。


 けれど、私はその言葉に、首を縦には振れなかった。


 ――償うというのは、つまり、九条さんを警察の世話に出すということ。

 その先にあるのは、罪としての罰。

 たとえそれが正義であったとしても、そんなのは……絶対に、あってはならない。


 私は踏み込んだ以上、引くわけにはいかない。

 この人の理屈も、責任の重さも、社会の枠も分かっているつもりだ。


 だけど、それでも――私は、彼女を差し出すわけにはいかない。


 だから、私は一歩、前に出た。


「――償いなんて、必要ありません」


 その言葉に、目の前の大人がわずかに眉を動かす。


「……なんだと?」

「あなたは、桃音さんを警察に引き渡そうとしているんですよね?」

「その通りだ。彼女は罪を犯した。それに相応しい罰を受けさせるのは当然のことだ」

「……では、それをやめていただくことは、できませんか?」


 しっかりと目を見て、言った。

 視線を逸らさず、言葉を飲み込まず、真っ直ぐに。


 しかし返ってきたのは、予想通りの拒絶だった。


「できない。娘は加害者なんだ。人を傷つけた以上、裁きを受けるのは当然の責任だ。それを避けてどうする。これは“情”の問題ではない、“秩序”の話だ。君にだって――」

「……分かっています。でも、それでも」


 言葉をかぶせた。

 それが礼を欠くとしても、もう構わない。

 譲れなかった。ここだけは。


「君は被害者だろう? なぜそんなにも、娘を――加害者を庇おうとする?」


 ……はぁ?


 思わず心の中で呆れた声が漏れる。

 それを言うのが、この人なのか。娘の父親が。


 ……確かに正しさはこの人にあるのだろう。

 でも情なくして家族は成り立たない。


 私の兄はどうしようもない屑で、何なら実質犯罪者みたいなところはあるけど、それでも捕まってほしいとは微塵も思わない。


「返すようで悪いんですけど、なんでそんな簡単に自分の子を手放せるんですか? 私には……到底、理解できません」


 言葉を吐き出すように言った。

 けれど相手は、表情ひとつ変えずに繰り返す。


「さっきも言った通りだ。娘は加害者だ。そしてこれは“秩序”の話だ。“情”ではない」


 イライラが、喉元までこみ上げてくる。


 ああ、もうだめだ。

 この人と話すのは、本当に、無理かもしれない。


 そもそも、この問題を起こしたのは私なんだけど――だけど堪えきれそうにない。


「……じゃあ、どうすれば警察に通報しないで済みますか? 可能な限り、ご希望に応えます。だから、教えてください」


 それでも、私は食い下がった。

 怒りを押し殺し、冷静を装って。


 しかし返ってきたのは、さらに呆れた一言だった。


「……何度も同じことを言わせないでくれ。頭の悪い子供と話していると、こっちが疲れる」


 うんざりしたように息をつき、九条さんの父はスマホに手を伸ばす。


「悪いが、先に連絡を――」

 

 言葉の途中。私は反射的に、その手首を掴んでいた。

 しっかりと、逃がさぬように、爪が食い込みそうなほどに。


「まだ、お話の最中ですよね」


 じっとその目を見つめながら、静かに、けれど強く言う。

 そして笑みを浮かべて、続けた。


「もう少しだけ、私の話に付き合ってくださいよ」


 九条父は眉を動かしもせず、私を見返す。

 彼の手は動かない。

 私は、そのまま話を切り替える。


「桃音さんは、去年の十一月頃から元気がありませんでした。……貴方は、その変化に気づいてましたか?」


 まともに他人と関われてこなかった私ですら、気づいたのだ。

 家族、それも父親が見逃すはずがない――見逃したのだとしたら、それは“怠慢”という他にない。


「……桃音が、俺たちに学校のことを話すことはあまりない。表情が暗かったのは分かっていたが……事情を聞くようなことはしなかった」

「そうですか。それは素晴らしい親子愛ですね。あまりに暖かすぎて……火傷しそうです」


 口元だけが笑っていた。

 内心では、怒りが膨れ上がっていた。


 何だコイツ。ふざけてるのか?

 “事情を聞かなかった”????

 一ヶ月も娘の異変に気づきながら放置?

 親なら、普通――いや、最低限、“動く”だろ。


 私の兄は――変人だが、その点ではまともだった。

 私が何かを抱えていれば、無理やりにでも吐かせようとしてきた。

 脅しに近い手段だったが、それでも家族として“関わる”意志があった。


「……いい加減、手を離してくれないか」


 九条父が冷たく言うが、私は応じず、さらに一歩踏み込んだ。


「そしてクリスマスの夜、桃音さんは男子達に暴力を受けて帰ってきたましたよね? 殴られ、蹴られ……顔も体も傷だらけだったと思います」


 少しだけ力を込めて、手首を握る指に力が入る。

 

「犯人達は、私の兄がどうにかして捕らえました。今はもう裁きを受けた事でしょう。けれど……桃音さんの心に残った傷は、誰にも癒せません」


 九条父の視線が、わずかに逸れた。


「それでも、本来なら未然に防げたことだと思いませんか?」

「……どうすればよかったって言うんだ。俺には、どうすることもできない」


 その言葉を聞いた瞬間、私は彼の腕を放した。

 そして――代わりに、両手で彼のシャツの襟元をつかんだ。


 引き寄せる。

 彼の顔が、目の前に迫る距離まで。


「テメェが頑張ってれば、こんな事にならなかったつってんですよ――このクソ野郎」

「……っ!」


 九条父が身じろぎするが、私は引かなかった。

 怒りの火は、もう抑えられなかった。


「誰が九条さんを助けたと思ってるんです? 貴方じゃない。あの子の父親である、貴方じゃないんです」


 自分の声が震えているのが分かった。


「こっちは命かけて九条さんを助けに行って、お腹を包丁で刺されまでして、救い出したんですよ!!?」


 沈黙。


 目の前の男は何も言わず、ただ黙って私を見返していた。

 その瞳に、後悔が浮かんでいるのか、あるいはただの自己弁護なのかは分からない。


「それを……たかが昔の、不確かな“過去”の出来事を理由に、桃音さんを警察に突き出して、すべてを無かったことにするのが、親のやる償いですか? あんまり舐めた事を言うのもいい加減にして下さいよ?」


 抑えたつもりの声が、静寂の中に深く響いた。

 皮肉も怒りも混ぜ込まないようにしたつもりだった。けれど、言葉は刃のように鋭く空気を切る。


「――法の奴隷になるよりはまず、親ならもう少し、自分の子供達に甘えて貰えるよう努力した方が良いです」


 その一言を置いて、私は口を閉ざす。

 わずかな間を挟み、男の目元が緩んだ。

 眉がほどけ、瞳の奥の頑なさが、すっと消えていく。


「……言えてるな」


 その言葉は、重たく、低く。けれど、不思議と柔らかく響いた。

 怒気はなく、代わりにあったのは――諦めとも、納得ともつかない、自嘲の色だった。


「……未成年の君に、家族の在り方を説かれるとはな。まったく情けない」


 そう言って男は小さく肩をすくめた。

 その顔は、最初に見たときよりも少しだけ、年老いて見えた。


「……大人になるとそれは間違っていると、指摘してくれる人間がいなくてね......この歳だが君の言葉は響いたよ。もう15年くらい前に、その熱量でその言葉を聞きたかった」

 

 私はそっと、彼の胸元を掴んでいた手を離した。

 指先に残る温度が、妙に現実感をもって掌に残った。


「じゃあ……桃音さんのことは――?」


 私の問いに、彼は目を伏せながら、短く答えた。


「君は、被害者であるにも関わらず、償いを求めないのだろう? ……ならば、この件はこれで終わりだ」


 そう言って、九条琴音の方へと視線を向ける。


「琴音、お前も聞いていたな。話は以上だ」


 琴音は静かに頷いていた。

 その顔は、言葉にしがたい複雑な表情なようなものが浮かんでいた。


「……それを聞けて、安心しました。では――すみませんが、私は桃音さんと話さなければならないことがあります。一時的に彼女をお借りします」


 そう断ってから、私は部屋の隅で崩れるように座り込んでいた九条さんに歩み寄った。

 彼女の頬にはまだ涙の跡が残り、肩は小刻みに揺れていた。


「……本当に、本当にごめんなさい。でも……今、どうしても話したいことがあるんです。……ついてきてもらえますか?」


 九条さんは、顔を上げる。

 目の縁は赤く腫れていたけれど、彼女は黙って――それでも、はっきりと頷いてくれた。


 私は崩れた彼女の体をそっと支え、立ち上がらせる。

 その腰にはまだ力が入っていないようで、しっかりと腕を回さなければ支えきれなかった。


 こうして私たちは、ゆっくりと――九条家の扉をくぐり、外の空気へと歩み出した。

 足取りは重く、けれど確かだった。

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