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転校生の女の子にぐちゃぐちゃに抱かれた挙句、体を買われるハメになったけど!心だけは絶対に屈しない!!  作者: 中毒のRemi


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第30話 私はまた折れる

 風は弱く、昼下がりの静けさが辺りを包んでいた。

 誰にも邪魔されない場所。そう判断して、私は口を開いた。


「……はぁ。やってくれましたね、九条さん」


 皮肉っぽく言ったつもりはない。けれど、声の端に混じった苛立ちは隠しきれなかった。


「だって……っ、一花が冷たいから……!」


 訴えるように言い返してくるその声は、どこか子供じみていた。

 私は一呼吸おいて、努めて冷静に言葉を返す。

 

「そんなの当たり前じゃないですか。今のいままで、学校内で私達は殆ど会話してないんですよ? それを昨日の今日で違和感なく振る舞うという方こそ無理な話です」

「でも!」

「――でも、じゃないです」

 

 語気が強くなったのは、感情的になったというよりも、言い聞かせるような意味合いだった。

 けれどそれは、言葉の鋭さとして彼女に突き刺さったらしい。


「元々は……貴女が村上とつるむから、こうなったんですよ」


 あっ……

 これ結構、禁止ワード寄りだったかもしれない。


 言った瞬間、自分の口から出た言葉に、後悔が滲む。


 九条さんの手から、弁当箱が滑り落ち、鈍い音を立てて地面に転がった。

 その表情が、ゆっくりと曇っていくのがわかる。


「……じゃあ、綾香と友達だった私とは、一緒にいたくない…………ってこと?」


 掠れるような声だった。

 今にも泣き出しそうな顔を、私は正視できなかった。


「違います!」


 反射的に否定する。だが、否定するだけでは足りない。


「……違うんです。ただ、この新しい環境に慣れるまで時間が足りてなくて……」


 言葉にすると、ようやく自分の困惑も整理されていくようだった。

 

「知っての通り私はいつも一人だったんですよ!いきなり環境が変わって『本日から普通に友達がいる一般人として振る舞って下さい』、なんて言われても、難しいに決まってるじゃないですか!!」

「…………そう、だね……」


 九条さんは肩を落とし、絞り出すように答えた。

 その声があまりにも素直で、私は思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

「なので!……しばらくは大目に見てください。できるだけ一目の無いところでは、学校内でも……いつも通り振る舞うよう努力するので」

「………………分かった。ごめん、迷惑かけて」

「……いえ、こちらこそすみません。気が回らなくて。こういう話は登校する前に言っておけば良かったですね」

「ううん。いましっかりと一花の本音を聞けてもう充分嬉しいから、気にしないでいいよ」

 

 ……あぁもう。

 

 一応、私たちの関係は友達ではなく――あくまで「対価」と「脅し」の上に成り立ったものだったはず。

 なのに、なんでこうなるんだろう。

 

 ……できることならため息の一つくらい吐きたいけど、そんなことしたらまた九条さんに勘繰られそうで出来ない。


 とりあえず、私は九条さんが落とした弁当を拾いあげる。


「こんな話をしててもご飯が不味くなるだけですし、昼休みが無くなる前に早く食べてしまいましょう」

「うん」

 

 九条さんもそれに応じて腰を下ろそうとする。

 私もその隣に座ろうとしたが、ふいにバランスを崩し、ぐらりと前のめりになる。


 まずい。

 今、変に転んで打ち所が悪ければ、やっと治った傷に響く。

 そう思った瞬間、背後からふわりと柔らかな力が伸びてきた。


 九条さんだった。

 彼女が私の背を抱きとめ、落ちかけた体を受け止めていた。


「あ、ありがとうございます」


 思わず、息を吐くように礼が漏れた。

 久々に、冷や汗をかいた気がする。


「……九条さん? もう放してくれて大丈夫ですよ」


 けれど、しばらく経っても彼女の腕は離れない。

 ただ静かに、私の背を抱いたまま。

 戸惑って顔を上げかけたところで、耳元に小さな声が落ちてきた。


「その……あの時のお礼を言ってなかったから、この機会に言いたいんだけど……いい?」

「お礼?」


 なんのことか、一瞬では思い出せない。

 私は軽く首を傾げる。


「別に構いませんけど。とりあえず、先に離してもらえますか? 食べながら聞きますので」

「……ううん。面と向かって言うのは恥ずかしいから、このまま言う」


 少し躊躇いがちにそう言われ、私は諦めるように息をついた。


「……そうですか。じゃあ、手短に」


 その様子に、何となく思い当たる節も浮かび始める。

 そして――


「その……ね、クリスマスの夜。私が危なかった時、助けに来てくれて……本当にありがとう、って……言いたくて」

「ああ、その話ですか」


 言われてみれば、あれ以来、まともに礼の一つも言われていなかった気がする。

 別に期待していたわけじゃない。

 でも思い返せば、どこか釈然とした気持ちになるのは確かだ。


「……あの時、私、本当にもうダメかもって思ってた。全部投げ出したくなって……死んじゃってもいいって、そんな風に」


 言葉が静かに胸元に落ちてくる。

 それと同時に、彼女の腕の力がほんの少しだけ強くなる。


「だから……助けに来てくれた一花が、本当にかっこよく見えた」

「おぉふ……」


 思わず、変な声が出た。

 この真剣な褒め言葉には、どう反応していいのか分からない。


「だからその……」


 私は、静かに続きを口にしようとしている、九条さんの言葉を遮る。

 耳に触れる、その声音には――少し、危うさが滲んでいた。

 きっと何かを、決定的に勘違いしている。


「九条さん。私がタダでそんなことするわけないじゃないですか」

「……え?」


 背中越しに気配が動いた。

 少しだけ、肩にかかる腕の力が緩んだ気がする。

 

「アレは、九条さんが私の頬を叩いた“後”の話ですよ。イライラしてる最中の私が、対価もなしに動くわけないですよね?」

「…………じゃあ、なんで助けに来たの?」

「勝手に、あることを決めたんです。事後承諾で、冬休み中の家事を全部九条さんに押しつけようって。……まぁ、その冬休みは入院で潰れましたけど」


 私は軽く肩をすくめる。

 思い返してみても、あの一連の騒動で得たものなんて、何もない。

 無意に時間を失っただけ。


 いや、私はそんな乗り気じゃなかったけど、九条さんは毎日お見舞いに来てくれたんだっけ。

 別に今回の報酬はそれだったって事で、収めても問題ない気がしてきた。


「だから九条さん、私のことを“善人”か何かと勘違いするのはやめてください。私は、いつも自分にとって得か損かで動いてるだけですから。……あんまり、信用しないでください」


 皮肉ではない。

 ただ、それが私という人間の、ある種の防衛線なのだ。


 だが――


「なら、今日から一花の家の家事をするよ!」

「……は?」


 あまりに即答だった。間髪入れず、まっすぐすぎる。

 唖然としたまま、私は振り向いた。


 九条さんは、にこりともせず真顔のまま、目だけで「本気」だと語っていた。


「だから、毎日家に行って家事をするの。今日から。もう決めた」

「いや、普通に間に合ってるので……大丈夫です」

「だめ。一花はあと2週間くらい無理しちゃダメって、お医者さんに言われてたでしょ。それにクリスマスの時の借りも返してないし……それくらい、させてよ」


 言葉の調子は穏やかだったが、そこに揺らぎはなかった。

 ひたすらにまっすぐで、一歩も引く気配がない。


 ――あ、これ。


 たぶんもう、決めてる。

 意地でも家に押しかけてくるやつだ。

 困るけど、止めるのも面倒くさい。すでに何を言っても無駄な空気を感じる。


 引き出す言葉を、完全に間違えた。


 私は静かに息を吐く。

 

 やっぱりこの人は、私の想定よりずっと厄介だ。

 しかもそれを自覚してないあたりが、なお悪い。

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