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転校生の女の子にぐちゃぐちゃに抱かれた挙句、体を買われるハメになったけど!心だけは絶対に屈しない!!  作者: 中毒のRemi


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第24話 愚かな獣 (九条桃音:視点)

 扉を閉めた直後、私はしばらくその場から動けなかった。


 胸の奥がじんじんと痛む。呼吸が浅く、頬のあたりが熱い。泣いていたのか、それすら自覚がない。 


 何もかも、うまくいかない。


 一花の言葉は、全部――全部、間違ってる。

 綾香は最近よく私に優しくしてくれる。ただ周りにいる人、男子達のセクハラ紛いの行為が段々激しくなってきて、嫌なだけだ。


 でも、それを綾香に相談してもどうにもならなくて、最近はなんか……凄く気分が悪かった。


「…………」


 ……足がふらふらと動き出す。

 鞄を肩にかけて、一花の家とは逆方向に歩いた。

 呼ばれた店に行くために。


 そのときスマホが震える。

 通知には「綾香」の名前。


 『今どこ? 遅くない? いつもの喫茶店に来れる?』


 ごく自然に足が、駅前の通りへ向かう。


 夕方の空は、鈍いグレーに染まっていた。

 ぽつぽつと開いた街灯の下、私の影が地面に溶けていく。


 顔を上げるのが怖かった。

 誰かに見られている気がして。

 泣いた顔を、歩き方を、今の自分を。


 それでも、私は進む。

 すがれる相手が、綾香しかいなかった。


 喫茶店の扉を押すと、ちりん、と乾いたベルの音。

 薄暗く落ち着いた内装、席の間隔は広く、話し声も届きにくい。

 こういうところを綾香が選ぶ理由も、もう分かってきた。


「おつかれ。こっち」


 隅の二人席。綾香はスマホをいじりながら、空いた席を顎で示した。

 私は無言でそこに座る。


「顔、どうしたの? 泣いた?」

「……泣いてない」

「ふーん、ならいいけど」


 店員が水とメニューを置いていった。

 綾香はメニューを見もせず、「チーズトーストとアイスティー」と注文を告げる。

 それからようやくスマホを置いて、私の顔をじっと見た。


 その視線は、優しいようでいて、どこか鋭い。

 私が何を抱えているのか、もうとっくに察している顔だった。


「で? 大空さんと喧嘩でもした?」

「………………え?」


 突然、言われたその言葉に背筋が凍った。

 聞き間違いでも何でもない。

 

「あっ、誤魔化さなくて良いよ。もう大体分かってるから」


 どうやら私と一花の関係は、知られていた。

 隠していたつもりだったのに。

 ……どこまで知られてるだろう?

 私が化物だってことも?

 

 ――それは、きっと知られていない。

 絶対に。

 そう信じたい。


 とりあえず何か言わなきゃ、綾香に嫌われてしまいそうで、口が勝手に動いた。

 

「そ、そのっ……!」

「あぁ、だから大丈夫だって。別に大空さんと友達してることを、もうとやかく言ったりしないから」

「うっ…………ごめん、隠してて」

「良いから良いから、食べながら話そ? どうせあの子、またなんか余計なことしたんでしょ?」


 トーストの香ばしい匂いが、テーブルの上に広がっていく。

 私は何も言わず、グラスの水に口をつけた。


 冷たい水が、まだ熱をもっている胸の奥を少しだけ冷ましてくれたような気がした。


「ほらほら。黙ってたら自分の中にストレスが溜まってくだけだよ? 誰にも言わないから、話を聞かせてよ」

「…………うん」


 その柔らかい綾香の声に抗えず、私はさっきの一花との事を話した。

 出来るだけ自分が不利にならないように、綾香が納得出来る形で。




 ---




「そうなんだ。大空さんも偶に大胆なことするよね」

「……うん」

「私が思うに、あの子は寂しいんだと思うよ」

「さび、しい?」

「そう。最近は私が桃音を独占しちゃってるからさ」


 確かに綾香の言う通り、その言葉には頷ける部分もあるかもしれない。

 一花を最初に襲った時も、そういう感情・弱さが見てとれた。

 ……でも、今はそれを感じない。

 というか、今は他の人に対しても私のセンサーが上手く機能しなくなっている。


 原因は分からないけど、私が化物から人に戻りつつあるのか、

 それとも私のお腹が、あの時と比べてだいぶ調子が良いせいか、一花の寂しさが埋まりつつあったりする可能性も……


「もう、また下向いて考えごと?」


 不意に声をかけられて顔を上げると、綾香が頬をふくらませてこちらを見ていた。

 

「ご、ごめん」

「でも確かに大空さんが不機嫌なままだと、桃音も心配だよね」

「そう、だね……」


 私が答えると、綾香は思いついたように手を打った。

 

「だったらさ、私の家でクリスマスパーティーしようよ、3人で」

「えっ?いきなり?」

「いやいやこれはね、桃音と大空さんが仲直りするための会。友情修復イベントってやつ」

「でも、綾香は一花のこと、嫌いなんだよね? 家に呼んだりは大丈夫なの?」

「うーん……」


 綾香は少し考える素振りを見せたあと、いたずらっぽく笑って言った。


「じゃあこの機会に、私も数年間のわだかまりをスパッと無くしちゃおっかな〜!」

 

 その笑顔があまりにも自然で、強がりじゃないように思えて――私はつい、口元が緩む。


「そうしてくれたら、私も嬉しいかも」


 ……綾香はちょっとやりすぎなところもあるけど、でも、こうやって何かを決断してくれる時の彼女は、とても頼もしい。

 これなら、私が叩いたことも謝れるし、綾香と一花の関係も解消される。

 まさに一石二鳥。


 ……綾香から連絡が来た時は、何かと思ったけど、思ってもみない形で話が上手くいきそうで良かった。


「なら、今の桃音からだと気まずいだろうし、私から大空さんに明後日の24日、家に来てって言っておくね」

「うん、ありがとう。そうしてくれると嬉しいかも」

「それじゃあもう帰ろうか、遅くなっちゃうし」

「そうだね……ありがとう綾香、話を聞いてくれて」

「いいよいいよ、またクリスマスに3人で〜!」


 そう言って綾香が立ち上がる。

 私もそれに続いて席を立ち、二人で喫茶店を出た。



 ---


 

 そして24日、パーティー当日。

 二学期の終業式は、特に何事もなく終わった。


 校長先生の長い話を聞いて、担任の締めの言葉を受けて、それでおしまい。

 体育館からぞろぞろと出てくる生徒たちは、皆それぞれの冬休みに期待を膨らませていたと思う。

 

 私はいつも通りの顔でホームルームを終え、寄り道もせずに真っ直ぐ家へ帰った。




 

 冬の午後。

 家の中はほんのり暖房が効いていて、ソファに沈み込むとじんわりと疲れが抜けていく。

 制服のネクタイを緩め、リビングに座って何となくテレビを眺めていると、母と妹がクリスマスケーキを買う話で盛り上がっていた。


 けれど、それをただ聞いているだけの私は、どこか蚊帳の外だった。


 時間が過ぎて、時計の針が集合時間を知らせる頃。

 私は立ち上がり、上着を羽織って玄関に向かった。


 靴を履こうとしたとき――背後から、声がかかる。


「どこ行くの〜?」


 制服姿の妹――琴音。

 髪はまだ整っておらず、帰宅したばかりの服装そのままだった。

 

「友達の家。クリスマスパーティーにちょっとだけ、お邪魔するだけだよ」

「え、今日って家族で過ごすって話じゃなかったっけ?」

「……私はそんな話、聞いてないけど」


 わざと冷たく答えたわけじゃない。

 けれど琴音は、少し唇を尖らせてから、あっさりと肩をすくめた。


「ふ〜ん。まぁいいけど、あんまり遅くなると、お父さんに怒られちゃうからね」

「分かってる。でも……」


 一瞬、言葉を探して、それでも口にした。


「私は、頑張らなきゃいけないから。もしかしたら、遅くなるかもしれない」


 それは言い訳じゃなかった。

 過去に家族にかけた迷惑を、今度こそ繰り返さないための決意だった。


 もう変わりたい。

 ちゃんとした人間関係を築いて、当たり前の生活を送りたい。

 普通に笑って、普通に過ごして――それを守るには、今がその第一歩だった。


 ここで変に失敗して、社会のレールから外れるわけにはいかない。


「はいはい、じゃあ楽しんできて。一花ちゃんによろしくね」


 琴音が軽く手を振る。

 その仕草に、どこか背中を押される気がした。


「……もう少し仲良くなったら、この家にも一花を連れてくるよ、たぶん」


 自分でも、そんなことを言うとは思わなかった。

 けれど、自然に出てきた言葉に嘘はなかった。


「いいね〜」


 その笑顔に背を押されるように、私は玄関を開けた。

 冷たい外の空気が、肌をひやりと撫でていく。


 私は深呼吸をして、一歩踏み出した。

 きっと今日は、私にとって大きな分岐点になる。





 スマートフォンを取り出して、綾香から送られてきた住所をL◯NEで再確認する。

 位置は合っている。距離も問題ない。

 時間的にも、遅れるほどではない。


 けれど、どうしても気になってしまうのは――Wowの位置情報アプリに表示された、一花の現在地が、ずっと動かないことだった。


 家を出てから何度か確認したが、彼女のアイコンは微動だにしない。

 今の時間、一緒に出てきていればそろそろ移動していてもおかしくないのに。


 さすがに不自然だと思い、私はそのまま綾香に電話をかけることにした。


 ――コールが二度鳴ってから、彼女が出た。


『……もしもし、綾香?』

『桃音〜? もしかして家の場所分からなかった?』


 いつもの綾香の声だ。

 明るくて、何でもないような調子。

 でもその背後に、一瞬だけ、耳慣れた笑い声が混ざったような気がした。


 くぐもった笑い声。

 私にセクハラまがいのことをしてきた、あの先輩たちの――声に、似ていた。


『……今日は綾香の家族って、外出中で誰もいないんだよね?』

『そうだよ〜。あっ、声が聞こえて気になっちゃった? ごめんごめん、今ちょうどテレビ見てたの。それで、どうかしたの?』


 ……テレビ。

 なるほど、それなら納得できる。

 私の思い過ごしだ。

 あの声も、きっとバラエティ番組か何かの笑い声だったんだろう。


 でも、どこかに引っかかりが残る。

 それが不安からくる幻聴なのか、何かの直感なのか、自分でも判然としない。


『……あのさ。一花って、本当に来るんだよね?』

『うん、そのはず。ただちょっと遅れてくるって言ってたけど……大空さんに連絡取ったりしたの?』

『してない……』

『じゃあ、桃音から聞いてみれば?』


 ……そう言われても、そう簡単にはできない。

 私から一花の頬を叩いた手前、スマホ越しだととても気まずい。

 話をするならちゃんと会って、面と向かって謝罪した後にしたかった。

 メールや通話で済ませたら、逃げているように思えてしまう。


『……別に、後で来るんなら、今わざわざ聞かなくてもいいかな』

『そっか。じゃあ家でね〜』

『うん』


 通話を終え、私はスマホをスリープにした。


 

 ---

 


 数十分後、綾香の家の前に着いた。

 静かな住宅街。

 イルミネーションもなく、玄関先のポーチライトがぽつりと灯っている。


 L◯NEで「着いたよ」と送ると、「勝手に入ってきて良いよ」と返ってきた。

 ……少し気が引けたけど、遠慮するのも変だと思って、玄関に手をかける。


 その前に、もう一度だけ確認しておきたくなった。

 Wowを開き、一花の現在地を見る。

 

 ……やはり、動いていない。

 家付近から、ぴたりと。


 何があったのだろう。

 私とは顔を合わせたくない、そう思っているとか?

 それとも、行く気がなくなったとか……? だとしたら――


 不安を押し込めるように、私は小さくため息をついてから、LINEで一花に一言だけメッセージを送る。


 『今日、待ってるね』


 それ以上、何も言えなかった。

 後は一花の意思に任せるしかない。


 


 スマホをしまい、私はチャイムを押すことなく、

 「お邪魔します」と小さめに声をかけて、玄関の扉を開けた。


 家の中は静かで、人の気配は少ない。

 でも、どこか空気がこもっている気がした。……気のせいだろうか。


 確か綾香が言っていた。

 「二階に来てね」と。


 私は靴を脱ぎ、廊下を静かに歩いて階段を上がる。

 そして、右手の部屋の前に立つ。


 ここだ――。


 ドアの前に立ち尽くし、私は深く息を吐いた。

 静かな廊下に反して、扉の向こうからはくぐもった笑い声が漏れている。

 それは、綾香の声だけではなかった。

 男たちの低い声。

 いくつもの笑いが、混ざり合っていた。


 まさか、とは思う。

 だけど、胸の奥に小さく生まれた不安は、冷たい鉛のように重たく広がっていく。


 逃げたい気持ちを押し殺し、ドアノブに手をかけた。

 少しだけ、手が震えていた。

 そして、私は――覚悟を決めて、その部屋のドアを、ゆっくりと押し開けた。


 中には、綾香と……数人の男たちがいた。





 ほんのり香る甘いコロン、雑音のような笑い声、視線。

 目の前には、ソファに座った数人の男子――見覚えのある先輩たちがいた。

 どの顔も、過去に私へとじんわりと距離を詰め、あからさまな視線や言葉で不快感を与えてきた人たち。


 その中心にいるのは、綾香だった。


 彼女はまるで何もおかしくないというように、手にした紙コップを揺らしながら笑っていた。


「……綾香?」


 私の声はわずかに掠れていた。

 喉が乾いて、うまく声が出なかった。


「なんでこの人たちが……ここに?」


 問いかけに、綾香は振り向き、にこりと笑って言った。


「それはもちろん、クリスマスパーティーだからだよ?」

「……いちか、は?」

「後で来るよ。――な〜んてね。全部、嘘に決まってるじゃん」


 綾香の声が、冷たく笑った。


 その瞬間、周囲の男たちも一斉に爆笑し始める。

 まるで合図だったかのように。


 ……頭が真っ白になり、世界が反転した気さえした。


「大空さんが私の誘いに乗るわけないじゃん。ほんと、桃音って馬鹿だよね」


 そう言い放った彼女の顔には、もはやかつての優しさの欠片もなかった。

 その視線は、まるで獲物をからかうように細められている。


 全て――最初から仕組まれていた。


 もう目の前の綾香が、まるで知らない誰かのように見えて。

 私に掛けてくれた言葉。

 最近は特に親身になって支えてくれて、寄り添ってくれた笑顔。あれは全部――。


 私が何も言えずに呆然としていると、綾香はさらに言葉を重ねた。

 それは、まるで楽しんでいるかのように。


「ねえ、まだ勘違いしてる? 私たちが友達だなんて、本気で思ってたの?」


 唇が震える。何も返せない。


「違うよ。桃音が一花と仲良くしたあの瞬間から、もう私にとって桃音は友達でもなんでもないの。いまはただの――」


 言葉が、一拍、置かれる。


「おもちゃ。あんたは今日、この部屋で私たちに“使われる”だけのおもちゃなの」


 時が止まったようだった。

 脳が、その言葉の意味を拒絶する。

 でも、耳は確かに聞いていた。身体の奥で、凍りつくような何かがせり上がる。


 胃が裏返るように痛んだ。

 視界の端がぐにゃりと歪む。呼吸が浅く、細くなる。

 心臓の鼓動が耳の奥を叩くように響き、全身が熱くなったり冷たくなったりを繰り返す。


 ――逃げなきゃ。


 思考より先に身体が動いた。

 私は反射的に、数歩後ろへと退いた。けれど――


「ひゃっ……!」


 背後から、誰かの手がぐいと背中を押してきて、

 振り返ると、そこには男が立っていた。

 綾香と関わりのある先輩。名前は知らない。

 でも、その目だけは覚えている。

 以前、視線を逸らさなかった、あの冷たい目。


「あ、綾香ちゃんが言ってた“おもちゃ”ってこの子? ……なんだっけ、()()()()()()()立場関係はっきりさせるんだっけ?」

「そうそう。心折って、自己否定させて……そしたらあとは、ね。どう使おうがご自由にって」


 綾香が口元を手で隠して笑う。

 それに呼応するように、男たちの笑い声が響く。


 ……あぁ、この人たちは本気なんだ。

 冗談なんかじゃない。


 ――最悪だ。


 全部……全部、一花の言葉が正しかった。

 綾香の本性、彼女の周囲に集まる男たち、私がいま立っている場所。


 全部、本当にその通りだった。


 どうして、あのときもっと真剣に聞かなかったの。

 どうして、私はここに来てしまったんだろう。


 目の前が滲んで、視界が揺れる。

 足が震える。喉が焼けるように乾いて、言葉が出ない。



 ---

 


 そして、私は嬲られるだけ嬲られた。

 打たれ、蹴られ、服を引き裂かれ、頬に鈍い衝撃が幾度も走る。

 痛みは、もはや恐怖の一部ではなかった。

 ただ無力な自分を刻みつける刻印に変わっていた。


 気力は枯れ果てて、涙だけが勝手に流れる。

 嗚咽は止まらず、みっともなく綾香に助けを乞うていた。

 それでも、綾香は冷たく私を見下ろして、黙って笑っていた。


「そろそろ殴るのも飽きてきたわ」


 男の一人が、つまらなそうに唇を歪める。

 彼の拳はうっすらと血で濡れていて、それが誰のものかは、もう考えるまでもなかった。


「だよな。綾香ちゃんの嫌いなやつ(大空一花)?にやられた分、だいたい清算できたろ?」

「うん、まぁ……大体はね」


 綾香が、あっさりと同意する。まるで、壊れた玩具を手放すような声音で。

 

「ならさ……な? あとは好きにしてもいいよな?」


 そう言って、男たちの視線が変わる。

 さっきまでの暴力とは別種の、いやらしく濁ったものが、ぞっとするほど生々しく私の身体を舐め回していく。


「そういうのしたいなら、下の階でやって。興味ない人はここに残ればいいから」

「オッケ〜。じゃあ俺、連れてくわ」


 ――ああ、こんな奴ら。

 亜人化して、力を解き放てば全員ぶっ飛ばせるのに。

 でも……もう、そんなことをする気力も残っていなかった。


 全部私が悪くて、今までやった事の罪が私に降りてきただけ。

 一花のお兄さんだけが背負って良いものでは無かったんだ。


 ここで私も一花にやったのと同じ目にあって、それが罰になってしまうんだろう。

 

 こんなふうに殴られて、辱められて、惨めな姿を晒して――

 それが、私に相応しい「罰」だったのかもしれない。


 もう、みっともなく生きるのも嫌になってきた。


「じゃあこの子、連れてくから。また後でな〜」

「はいはい、気をつけて〜」


 どこか遠い声で交わされる会話を聞きながら、私は目を閉じた。

 まぶたの裏には、もう何も映らなかった。

 このまま、目を覚まさずに済むなら――それでもいいと思った。


 ……だけど、そのときだった。


「なっ、誰だおま――ぶげっ!」


 掴まれていた手が、急に力を失う。

 その直後、鈍く重たい音が鼓膜を震わせた。

 誰かの身体が、強く蹴り上げられたときの音――だった。


 私はゆっくりと目を開けた。


 ぼんやりとした視界の先に立っていたのは、厚着の少女。

 黒髪がわずかに揺れ、整った顔立ちに、凛とした緊張感が漂っている。


 そして、はっきりと、静かに、彼女は言った。


「どうも皆さん。ご招待に応じて、クリスマスパーティーに参加させていただきました――大空一花です。本日はよろしくお願いします」


 微笑みを浮かべながら、その瞳には冷たい光が宿っていた。

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