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第11話 何でもします!

「えっと、そろそろ離してください!」


 気がつけば私は、いつの間にか人気のない校舎裏まで連れてこられていた。


「一体、何の用でこんな場所まで連れてこられて……っていうか、貴女だれですか?」

「酷いな、忘れてしまったのか」


 その言葉と同時に、彼女はベンチへと腰を下ろし、鞄から豪奢な弁当箱を取り出した。まるで舞台の幕が上がるような所作だった。


「私の名前は百合園 紀玲(ゆりぞの きれい)。たとえ会話が無かったとはいえ、同じ小学校、同じクラスメイトだっただろう?」

「え…………えぇ……?」


 言われてみれば確かに、うちのクラスにそんな名前の子がいた覚えがある。

 だけど記憶の中の百合園さんは、もっと地味で、目立たない人だったはずだ。

 今はどちらかといえば、九条さんと近い異質な雰囲気を感じる。


「あぁ、昔と今の印象で乖離しているのか。確かにあの頃は義務教育というのもあって、かなり人間側に体を寄せていた」


 冗談のようで、冗談に聞こえない。

 その言葉が空気の温度を一段下げた気がした。

 言い方がアレなせいで、自分も亜人だと名乗っているようにすら聞こえるけど、気のせいだろう。


 まあでも……


 たとえ同じクラスメイトだったとはいえ、ただそれだけの関係。

 私とこの人に接点はなく、あんまり関係ない。

 小学校時代から私は、ずっと1人なのだから。

 

「……貴女が百合園さんなのは、ひとまず理解しました。それでなんで私がここに呼び出されたのか知りたいんですが」

「言っただろう?小学校ぶりの再会だ。これを祝して一緒に食事をしようという、関係を深めるためのコミュニケーションだよ」

 

 彼女は弁当の箱のひとつを取り出し、蓋を開けて私に向かって差し出す。


「食うか?」


 弁当の中には、色とりどりの食材がぎっしり詰まっていた。

 手の込んだ料理ばかりで、匂いも刺激的だ。


 ……とても美味しそうだ。

 私の家は普段、母親は帰ってこないし、なんなら私の食事代を出してるのも、同じく顔を出さない兄だ。

 つまり贅沢など出来るわけもなく、彼女の提案は凄く魅力的な提案に思えるが……


「た、食べません!……他に用が無いなら、私は教室に戻りますので」


 ……これ以上、妙な人との関わりを増やしたくない。

 ただでさえ私の周りには、面倒な人しかいないのだ。

 ここで白黒髪で話し方がおかしい変人を、更に追加するわけにいかない。

 それに百合園さんは、言葉にできない不気味なオーラがある。

 あまり近づきたい相手だとは思わない。


 背を向けて歩き出そうとした刹那、背中越しに声が響いた。


「――今の状況、九条桃音さんから助け出して欲しいんじゃないのか?」


 その一言を聞いて立ち止まり、後ろへ振り返る。


「何を言って……」


 いや、思い返してみれば昨日、兄が「詳しい話を出来る奴が学校にいる」みたいな事を言っていた気がする。

 勘違いでなければ、おそらくこの人が兄の言っていた人物。


 百合園さんは、卵焼きをひとつ摘んで口に運びながら、柔らかく言った。


「まぁ、まずはこちらから質問させてもらおう……別に私の話に興味が無ければ、教室に戻ってくれて構わない。その場合は金輪際、私からの助けは無いと言う事を理解して欲しいが」


 その声音は穏やかなのに、妙な重みがあった。

 私はしばらく迷ったあと、小さく息を吐いて、静かに頭を下げる。

 

「…………お願いします、百合園紀玲さん。なんでも答えるので……助けてください」


 正直、彼女が何者なのかはまだ分からない。

 どうして私と九条さんのことを知っているのかも、まるで見当がつかない。

 けれど――この人を拒むという選択肢は、今の私にはなかった。

 もしかすると、ここが唯一の突破口なのかもしれない。そう思えた。


 


 百合園さんは軽く頷くと、今度は真っ直ぐに私の目を見て言った。


「では――質問しよう」

「はい」

「君には、九条桃音という存在が、どんなふうに見えている?」

「え、あの……それはどういう……?」


 戸惑いを隠せない私に、百合園さんは少し微笑んで言葉を補足した。


「そうだな……たとえば彼女の性格や、君が受けた印象。そのあたりからでも構わない。是非とも、大空一花さん自身の言葉で聞かせてほしい」


 そういう意味か、と理解し、私は小さく息をつく。


 九条さんのこと――どう感じているか。

 一緒に過ごしたのは、たったの一ヶ月。

 正直、分からないことだらけだ。

 けれど、はっきりしていることもある。


 私はゆっくりと言葉を選びながら、口を開いた。


「……あの人は、自分勝手です。私の気持ちなんて、まるで見ていない。頭の中はきっと、食べることしかないんじゃないかって思うくらいに」


 百合園さんは、まるでその答えを待っていたかのように軽く頷いた。


「なるほど。それは興味深い。だが、私の目に映る彼女は――至って普通の女の子のように見えるけれどね」

「……何を見て、そんなこと言えるんですか?」

「気にしないでくれ。それは君には見えない側面の話だ。引き続き、君の感じたことを聞かせてほしい」


 まったく会話が噛み合っていない。

 だけど、それでも彼女は私の話を必要としているらしい。

 私は再び思考を巡らせる。


 言葉にするのは難しい。けれど、あの感覚は、胸の内に強く残っていた。

 

「……九条さんのことが、怖いんです」

「どうして?」

「その……やっぱり、あの人が人間じゃないっていうのもありますし……私、何度も酷い目に遭わされて、脅されたことだってあります」

「ふむ、それは……確かに恐ろしいだろうな」


 口調こそ優しげだったが、どこか空虚に響いた。

 まるで、私の話が他人事であるかのように。


「……百合園さんは所詮、部外者だから、そんな風に聞いてられるんですよ」

「君の言う通りだ。私は傍観者の立場にいる……しかし、完全な他人ではない」


 そう言って、百合園さんは食べかけの弁当を静かに横へ置いた。

 空気が少し、変わる。彼女の声に、わずかに熱がこもる。


「彼女の名誉のために、ひとつだけ……私から弁解しておこう」

「名誉……って?」


 百合園さんはゆっくりと背を伸ばし、真剣な眼差しで私に告げた。


「君が九条桃音さんに襲われ、心身を傷つけられたことは……まぎれもない事実だろう。だが、それを彼女に“させた”のは――この私だ」

「……………………は?」


 思考が一瞬、空白になる。

 脳が言葉の意味を処理しきれず、ただ硬直する。


 まさか今この時に冗談を?

 

 ……いや、違う。


 目の前の百合園さんは、確かな責任を背負う者の眼をしていた。

 だからこそ、混乱したまま、私は声を漏らした。


「……どうして……どうして私に、そんなことを……?」

「それは――」


 百合園さんが口を開きかけた、その瞬間だった。


 背後から、強い足音が駆け寄ってくる。

 それと同時に、空気が大きくざわめいた。


「紀玲!!!!」


 鋭く叫ぶ声が空間を裂く。

 思わず振り向いた先には――九条さんがいた。


 彼女はすでに人の姿ではなかった。

 

「ようやくお出ましか。てっきり放課後まで待っているものかと思っていたが」


 百合園さんは動じることなく立ち上がり、手を後ろで組んで冷静に向き合う。

 

「一花に何しようとしてるの?!それは私の物だよ!返して!!」


 私の身体が、びくりと反応する。


 ……いや、私は誰の所有物でもない。

 そう思うはずなのに、彼女の言葉は、胸のどこかを強く締め付けた。


 それに――なんで、亜人化してきているんだろう。

 

 私はこの状況がよく分からず、静観することにした。


「全く……忠告は頭に入っていないようだな」


 百合園さんが、ひとつ溜息をつく。

 

「忠告?」


 九条さんが眉をひそめるが、その瞬間だった。

 

「……君は人としての理性を保てていない。君は本能のまま人間を貪っている――君をこれ以上野放しにすることはできない」

「ごめん。何言ってるか全然わか――ッ!?」


 言葉の途中で、九条さんの身体が突然、地面に崩れ落ちる。


 何が起きたのか、分からなかった。


 彼女は立ち上がろうとしているのが分かる。

 でも、身体はまるで鉛のように動かない。

 腕を伸ばしかけても、震えた指先が地を掴むだけで、すぐに力が抜ける。

 口を開き、何かを言おうとしているけれど、喉から声が漏れない。

 まるで重力そのものが、彼女にだけ強く作用しているかのようだった。


 私は恐る恐る百合園さんに尋ねた。


「これ、一体どうなって……?」


 百合園さんは、ちょっとした思いつきを思い出したかのように指を鳴らした。


「……ああ、そうだった。君には“視えない”んだったな。まったく、兄の方には見えているというのに。同じ血でも、才能というものは平等には振り分けられないらしい」

「え、ちょっと……なに、どういうことですか……?」

「ふむ……仕方ないか」


 そう言うと、百合園さんは懐から細身の眼鏡を取り出し、何の前触れもなく私の目元にかけてきた。

 思わず身を引きかけたが、もう遅かった。


 レンズ越しにもう一度、九条さんの方を見ると――

 彼女の身体には、淡く発光する光の鎖が幾重にも巻きついていた。足首から胴体、喉元に至るまで、見えない何かが縛りつけている。


 私は息を呑んだ。


「これが……さっき、急に倒れた理由……?」

「そう、その通り」


 百合園さんが微笑んだ。


「それは君や――そこで暴れたがっている獣には、一生縁のない世界の技。裏側に存在する、“技能”の領域。

 言ってしまえば、“神術”とでも呼ぶべきものだ」


 その声には、何の誇張もなかった。

 むしろ淡々と、事実を述べる口調に近い。

 けれどその静けさが、逆に空気を凍らせるほどの威圧感を放っていた。


 そして百合園さんは、一歩一歩、九条さんの方へと歩み寄る。


「さて。さっきも言ったが、危険分子である君をこれ以上、生かしておくわけにいかない。九条桃音さんがところ構わず暴れてしまうと、私の監督責任に関わるのでね」

「……ふざ、けるな」


 鎖に縛られたまま、それでも九条さんは声を絞り出す。

 

「ほう。その状態でもまだ話せるのか。神術を直に見ることも出来ない混血の身でよくやるものだ。もしそれを今すぐに振り解けるのなら、もう一考くらいしてやってもいい」


 そう言うと、百合園さんはふわりと片手を天へ掲げた。

 瞬間、空間がひび割れたようにきらめき、頭上にいくつもの光の槍が現れる。


 まるで神の裁きのような光景だった。

 無数の神槍が、天からゆっくりと降下の構えを見せている。


 それを見て最悪な未来を想像してしまい、私は反射的に一歩前へ踏み出し、声を上げた。


「あ、あのっ……百合園さん!」


 彼女は振り返りもせず、応じた。


「何かね?」


 その声に宿る圧――私の喉がひとりでに締め付けられる。


「えっと、その……九条さんを……どうする、つもり……なんですか?」

「見て分からないか? この獣を殺処分する」

「――ッ!」


 心臓が強く跳ねた。


「君には多大な迷惑をかけたな。……私も、九条桃音も。その説明は、すべてこれを“終わらせてから”しよう」

「…………」

 

 殺処分する。つまり殺すということ。

 彼女は何の躊躇もなく、目の前でそれを実行しようとしている。


 ……私はそう思っているのか。

 九条さんには、あまりにもひどいことをされた。

 忘れられない。許せない。

 痛みも、屈辱も、未だに私の中に根を張っている。

 だから、彼女がいなくなれば――私は“いつもの日常”に戻れる。


 全部、元通りになる。


「最後に言い残すことはあるか?」


 百合園さんが問う。


 九条さんは、わずかに顔を上げ、口を開いた。


「……お腹…………空いた……」


 一瞬、静寂が落ちる。

 そして――百合園さんが、ふっと笑った。


「だろうね。君の食事時を狙ったんだから」


 そのまま、百合園さんの手が振り下ろされようとした――


 その瞬間、私は走っていた。

 考えるよりも先に、身体が動いていた。

 これまでの人生で一番速く、必死に、無我夢中で。


 光の槍が落ちる刹那、私は彼女の前に立ちはだかった。

 突風のような圧力の中、目をつぶらずに、両手を広げて。


 そして、次の瞬間――槍が私に当たる寸前ででピタリと止まる。


 時が止まったようだった。


「……これは何の真似だ?」


 百合園さんの声が、静かに、けれどはっきりと響いた。


「自殺したいなら、他の方法で実践してほしいものだが」


 私はすぐには答えられなかった。

 頭では理解している。

 九条さんは、私にとって“加害者”だ。

 それでも、今この瞬間――目の前で命を奪われようとしている彼女を、見捨てることができなかった。


 どうして、こんなことをしているのか。

 自分でもわからない。

 ただ――心が、体が、叫んでいた。


「……百合園さんはどうして、このタイミングでこんな事をしようと思ったんですか?」

「その質問は君が、後ろの獣を庇う理由に関係あるのかね?」

「……分かりません」

「ふむ、まあ良いだろう。私が今日ここで九条桃音さんを消そうとした理由は2つある。1つ目は君の兄から連絡があったからだ」

「兄さん……から?」


 自分でもよく分かってなかった質問から、思ってもみない返答がきた。

 でも……確かに。

 この人は兄さんの関係者のような事を匂わせていた。

 昨日の時点で連絡を取っていてもおかしくは、ない?…………今までの経験から、私の兄がそんな優しい人物だとは到底思えないけど。


「これは自作自演も甚だしいのだが……まぁいい。そして二つ目は私の目から見ても、九条桃音さんと君の関係に限界が来ていると見た」

「……限界ですか?」

「あぁ。君がその獣の行為に耐えられなくなると、他の犠牲者が出るのは必然。これ以上被害が拡大するようなら、私の趣味の時間を終了せざる終えない」

 

 ……難しい話だ。

 きっとわざとそう話している。私に理解させるつもりなんてない。


 私は息を吸い、拳を握った。


「……分かりました。兄に助けを求めた私が間違っていたので、どうかここは見逃して下さい」

「それを『はい』と頷いて立ち去れる状況にないのは見て分かるだろう? 今の大空一花さんじゃ役割を果たしきれない。九条桃音さんは()()()が変わらないと満足出来ない。それか他の人間をあてがうか、だが。そうなるとやはり犠牲者が一方的に増えるだけで、最終的に私の責任だ」


 私が変わる……?

 いや、今考えている余裕はない。

 

 こうなったらヤケだ。

 ここでむざむざ引き下がって、明日から彼女が居なくなりました、では私の心に傷が残るだけ。

 見捨てて逃げるなんて出来ない。

 

「じゃあ分かりました!九条さんのために何でもします!!!これで良いですか!!??」


 私は叫ぶように言い放つ。

 

「……一応聞くが、本気で言っているのか? 一度、与えられた快楽で間違いな返答をしていないか、よく考え――」

「関係ありません!! ……百合園さんよく分からない術が使えるんですよね? ならそれを使って私を脅すなり、契約で縛るなりしてくれて良いですよ!……はぁ」


 肩で息をしながら、叫んだ自分が恥ずかしくなる。

 でも、それでも――引き下がるわけにはいかなかった。


 沈黙のあと、百合園さんは微かに口元を歪めた。

 

「いや、良いだろう」


 その言葉と共に、九条さんを拘束していた鎖が、まるで自らの意思を失ったように地面へ崩れ落ちる。


「さて。そこの獣も今回の件で身に染みただろう。……大空一花さんがどうするべきか、だが。それは、そこで横になってる九条桃音さんに聞くと良い」


 そして百合園さんは、私の眼鏡を取り外し、自分の弁当を手に取る。


「えっ……あの!」


 呼び止めると――


「私は別の場所で弁当を食べる。また会おう」


 そう言って、彼女は背を向け、どこかへと去っていった。

 あとがきです


 次回は九条視点でお食事回・前半です。

 性描写は☆が一個あるかないか程度?


 それと百合園と兄の設定は、そこまで気にしなくて良いです。

 主人公や九条達とは別世界で生きる人達の話なので。

 話の関係上差し込んだファンタジー設定だと言うのと、可能性はかなり低いんですが今後書く異世界ファンタジーか現代ファンタジーに顔を出す可能性がある人達という程度です。

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