第1話 人外少女に快楽漬けにされた日 ☆
日曜日までに全話投稿。
「し、正気ですか?!お腹を舐めようとするなんて!」
この女は頭がおかしい。
「しょうがないじゃん。血ばかり貰ってると一花の体調に問題が出るでしょ」
「む、むむ無理です!そんなの絶対に嫌――」
「っていうかこっちはお金払ってるし、写真もあるんだから、一花に拒否権はないよ」
「ぅぅっ……もう、なんでこんな目に……」
どこで何を間違えたのか。
この女と出会ってしまったのが、全ての間違い。
それだけは確かだ。
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夕方の空は、灰色と薄い群青が混じったような、絵の具を濁らせた色をしていた。
歩道橋の階段を登って、私は真ん中まで来た。
通る人なんていない。
ただ、冷たい雨と、濡れた靴の中でふやけた足の感覚だけが、私をこの場所に留めている。
「……はぁ。昨日で夏休みは終わって、また虐められるだけの日常……」
もうこの日々に嫌気が差していた。
周りの人達だけが笑っていて、私は独りでカースト上位の奴らに遊ばれるだけ。
こんな生活に意味は……ない。
意味があったとしても人ではなく、玩具としてだろう。
そんなもの、私は望まない。
「…………」
私は黙って手すりの向こうを見下ろす。
すぐ真下では、車が何台も光の筋を引いて走り抜けていた。
……ここから落ちたら、たぶん――間違いなく、はねられる。
救急車とか、間に合わない。
ぐちゃって、音がして、それで終わる。
そう思うと、少しだけ安心した。
もう、朝起きて、制服を着て、あの教室に行かなくて済むって。
笑われなくていい。変なあだ名で呼ばれて、机にゴミ入れられたり――もう、しなくていい。
ぜんぶ、終わる。
私は、足を手すりにかけた。
濡れたローファーの裏が、鉄に滑った。
――そのとき。
不意に、後ろから腕が伸びてきて、私の体を抱きすくめるように引き戻した。
そのまま力任せに、歩道橋の内側の床へと引き倒される。
「……っ!」
膝を打った痛みよりも、背中に触れた“誰か”の体温に、心臓が跳ね上がる。
驚きと恐怖が一気に押し寄せて、私はパニックのまま叫んだ。
「やめて! 離して、誰か……!」
振りほどこうとして暴れると……
「ちょっと落ち着いてよ! こっちは命、助けたんだけど!?」
背後から、少女の声。
凛としていて、少し鼻にかかった、怒っているような、でもどこか呆れている声だった。
私は動きを止める。
恐る恐る、後ろを振り返ると――
見知らぬ女の子だ。
濃いピンクの髪が、肩を越えて濡れそぼっている。
雨に濡れたワンピースが体に張りつき、唇は少しだけ震えていた。
息は浅く、頬の色も悪い。
……この子、明らかに普通じゃない。
だから私は、少し心配になって聞いた。
「……その、大丈夫ですか?……体の方とか……」
「それはこっちの台詞なんだけど? あなたこそ自分が何をしようとしたか分かってる?」
「もちろん分かってますよ。私は今、死にたかったんです。だから――」
言い終わる前に、彼女は視線を下に移し、ふっと顔をしかめた。
そして、そっと自分の腹部を押さえる。
「本当に大丈夫ですか?救急車を呼んだ方が良いなら呼びますけど……」
「別にいい」
彼女の瞳が、こちらをまっすぐ射抜いてくる。
雨に濡れているはずなのに、その目だけは熱を帯びていた。
少し怖い。
なのに、不思議と目を逸らせない。
そして、彼女は苦しげに息を吐いてから、ぽつりと呟いた。
「……名前は、大空一花さんだよね。初めて見たけど、本当に……すごく綺麗な顔してる」
「……え?」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が一瞬ひゅっと冷たくなる。
どうして、私の名前を知っているんだろう?
制服じゃないし、見覚えもない。
それにピンク色のロングヘアなんて、いたら絶対に記憶に残る。
「え、なんで……知って……?」
動揺で言葉が詰まる私に、彼女はあっさりと言葉をかぶせてきた。
「そんなの、今はどうでもいいでしょ。……それよりさ、やることないならついてきてくれない?」
そう言って、にっこりと――どこか痛々しい笑みを浮かべる。
「助けたお礼。……ってことにしといて。ね?」
突然の誘いに、私はその場で固まってしまう。
普段ならこんなの無視するのだが、必要は無かったとはいえ、今回はこの人に助けられた。
それに救急車を呼ぶ必要はないと言われたけど、とても体調が悪そうだ。
見れば見るほど、彼女の顔色は悪い。
なら、あまり気乗りはしないけど、家まで送るくらいしても良いのかもしれない。
自殺なんてものは、その後で幾らでも出来るのだから。
「……分かりました。あなたを見ていると、こっちが心配になるので、とりあえず家まで送ります。それでいいですね?」
少し棘を残した言い方になったけど、彼女はまるで気にした様子もなく、くしゃっと笑った。
「うん。話が早くて助かるよ」
その笑みは、優しいはずなのに――
どこか、ひどく歪に感じられた。
声もそう。
乾いた空気を裂くように、少しだけ滲んだ濁りを孕んでいる。
けれど私は、それを追及するような気力もなく、ただ彼女の隣に立ち、そっと肩を貸した。
ふらり、と体を預けてくる。
びっくりするくらい軽くて、なのに熱が強い。
まるで熱病にでもかかっているみたいに、体温が異様に高かった。
そういえば――と、ふと思う。
「私の名前は知ってるみたいですけど、こっちは貴女の名前をまだ聞いてません」
問いかけた声に、彼女は少し間を置いて、口元だけで笑った。
「……そっか。そうだね、言ってなかった」
そして小さく、でもはっきりとした声で言う。
「桃音。九条桃音」
そして、歩道橋の先を指差しながら、声の調子だけを明るく変える。
「とりあえず、私の指差す方に進んでくれればいいから。……ちょっと遠いけど」
「分かりました。でも……本当に辛かったら、すぐ言ってくださいね。救急車を呼ぶので」
そう言って私は一歩を踏み出す。
桃音もそれに続くように、私に身を寄せたまま、ゆっくりと歩き始めた。
雨はまだ止まない。
けれど、さっきまで感じていたような“終わらせたい”気持ちは、不思議と霧の中に薄れていった。
――どこかおかしいと感じながらも、あの時の私には、それでも誰かに引かれるままに歩くことしかできなかった。
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雨はまだやまない。
歩道橋を下りた先も、道は薄灰色に濡れたままで、傘も持たない私たちはただ無言で歩き続ける。
九条さんの肩に手を添えたまま、私はふと、自分の足音がまるで誰かのものみたいに感じられた。
「……こっちで、合ってますか?」
小さく尋ねると、九条さんは少し遅れて「うん」とだけ答えた。
息が荒く、返事もどこか熱に浮かされたような響きをしている。
だけど彼女は、確かに笑っていた。
それが無理に作ったものなのか、本心からのものなのか……私には分からない。
やがて、道は住宅街を抜け、少し開けた場所へ出る。
そこは、公園だった。
街灯の明かりが、雨の粒をぼんやり照らしている。
滑り台もベンチも濡れそぼり、人気はない。
ただ、あまりにも静か。
「……ここのベンチで、少しだけ休んでいい?」
九条さんがそう言って、ふらりと腰を下ろす。
私は慌てて隣に座り、濡れたハンカチで彼女の頬に手を伸ばした。
「顔、真っ赤ですよ。やっぱり無理してるじゃないですか……」
「ううん、全然。むしろ気分が良いくらいかも」
冗談めかしたような声。
でも目だけは、ずっと私を見つめている。
吸い込まれそうなほど、深く、濡れた瞳。
なのにその奥に、何か別のもの――もっと獰猛で、空腹な何か――がちらりと揺れた気がして、私は一瞬だけ目を逸らしてしまった。
「……なんですか、今の顔」
「なにが?」
笑う彼女の声に、かすかに喉が鳴る音が混じっていた。
それは、雨音よりも小さくて、それなのに――妙に耳に残った。
ベンチに座った九条さんは、ずっと俯いていた。
前髪が濡れて額に張りついている。顔色は悪い。でも、それ以上に――何かが“足りていない”顔をしていた。
「……もう少し、近くに来てくれる?」
不意にそう言われて、私は少しだけ戸惑う。
でも、特に断る理由もない。
だからほんの少し体を寄せる。
その瞬間、九条さんが私の肩に額を預けてきた。
「すごくあったかい……」
彼女の声は、濡れた服の間から伝わる体温みたいに、じんわりと私の胸に染み込んでくる。
「……人の体って、こんなにあったかかったっけ……」
言葉の意味がよく分からない。
けれど、その声に込められた切実さだけは、肌で感じることができた。
「九条さん……?」
「ごめんね、変なこと言って。ちょっと、感覚が鈍くて……」
そう言って、彼女は私の首元にそっと顔を近づける。
雨に濡れた髪が頬に触れて、ひやりと冷たい。
息が、すぐ近くでかかる。
……なんだろう、これ。
じりじりと、皮膚の奥がざわめく。
見られている。
触れられている。
でもそれは、人間のそれじゃない。
野に潜む獣に、静かに狙われているような感覚。
このままじっとしていれば、牙が喉に届く――そんな錯覚。
――逃げなきゃいけない。
そう思って足を引きかけた瞬間、世界がぐらりと傾いた。
「―――ッ!――」
重力に引かれるように、背中から地面に倒れる。
濡れたアスファルトがシャツ越しに張りついて、ぞくりと寒気が走った。
逃げようとした足がもつれたのではない。
彼女が――九条さんが、私の体を押さえつけたのだ。
「な――っ」
肩にかかった手が、驚くほど強い。
骨ばっていて細い指なのに、まるで鉄の枷のように、びくとも動かない。
九条の顔が、真上にあった。
濡れた髪が頬に垂れ下がり、雨粒がぽつぽつと私の首元に落ちていく。
視線がぶつかる。
――逃げられない。
その瞬間、私ははっきりと悟った。
彼女の瞳は、夜の底のように深くて冷たい。
心を読まれているような錯覚すら覚える。
「……どうしたの? そんなに慌てて。私を家まで送ってくれるんじゃなかった?」
「もう……遅い時間なので、ここまでにし――」
「そっか。でもね、今帰られると……私、すごく困るの」
何を、と口に出しかけたその刹那。
九条がぐっと身体を沈める。
――息を吸う間もなく、唇が塞がれた。
「……っ!? ん、ぅっ……!」
驚きと共に喉が跳ねる。
雨に濡れた冷たい唇が私の口元をなぞり、その奥から熱を帯びた舌が容赦なく差し込まれてくる。
柔らかく、そして生々しい。
舌が絡まり、唾液が溶け合い、逃げようとした顎をしっかりと抱きとめる手が、どこまでも優しく、でも恐ろしく強い。
唇は開いたまま塞がれ、舌は逃げ場を失い、呼吸もままならない。
思考が霧散するような圧倒的な感覚。
……とても気持ち悪い。
これはキスなんかじゃない。
意志も、距離も、羞恥さえもすべて無視した――侵入。支配。
――初めてなのに。こんな、滅茶苦茶なやり方で。
そんな思考が頭の奥でうずくまる。
やがて、九条さんの唇がそっと動き、わずかに後退した。
濡れた舌が名残を惜しむように引き抜かれ、口元がわずかに離れる。
糸を引くような唾液のきらめきが、私達の間に細く伸びる。
私の唇には、まだ彼女の熱と湿り気がまとわりついていた。
「……本当にごめんね」
九条さんが、ぽつりと呟いた。
その声には罪悪感のようなものが混じっていたけれど――どこか他人事のような響きに感じる。
「一花ちゃんは……死にたかったんだよね?」
私は答えられなかった。
返事をしようとすると、喉の奥がひゅうっと狭まり、上手く息が吸えなくなる。
全てが彼女のペースで、逃げるための力も入らない。
九条さんはそれでも微笑んで、私の頬に指をすべらせた。
その指先はやっぱり細くて、冷たくて――でも、内側に火でも灯しているみたいに、じんわりとした熱を伝えてきた。
「でも、私は……死にたくないの。だからね」
彼女の瞳が、まっすぐ私を射抜く。
「私にとって一番都合が良さそうな、一花ちゃんの“初めて”を……ぜんぶもらうことにしたの」
その瞬間だった。
九条さんの頭に、小さな突起が現れた。
左右にちょこんと伸びた、艶のあるツノ。
そして腰のあたり、濡れたワンピースの隙間から、しなるように揺れる尻尾が姿を現す。
自分の目を疑った。
いや、これは常識を超えているモノだ。
もう、この状況の全てが、私の理解の範疇を超えている。
「……え、なんですか、それ……?」
私は震える声で訊ねる。
でも九条さんは返事をしなかった。
そのまま、ぬるりとした笑みを浮かべて、ただ一言。
「……大丈夫だから、力を抜いて」
という言葉を口にして――
そして私は徹底的に、ぐちゃぐちゃになるまで抱きつぶされた。
最初は本気で抵抗したけど、結局敵わなくて。
本当に嫌で嫌で仕方ないのに、頭がわけも分からない快楽でじっくりと犯される事に、耐え切る事ができなかった。
あまり記憶には残ってないけど、最終的に私は自分から熱を求めてせがみ、命令されるがまま、ありとあらゆる痴態を晒したのだと思う。
きっと誰も、あの脳髄を撫でられるような衝撃には耐えられない。
私は土砂降りの公園で、九条さんが満足するまで嬌声を鳴り響かせるだけだった。