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アンティークドール

 五人も生活する家だけれど、わたしは唯ちゃんとふたりですごす時間が長かった。


 二階には、納戸とは別に小さな三畳ほどの小部屋があり古いおもちゃがたくさんおかれていた。穂香さんに最初に案内してもらった時の話によれば、ここは穂香さんと弟、つまり藤原くんのつかったおもちゃが置いてあるとのこと。


 ミニカーや電車の模型もあれば、おままごとやドールハウス、たくさんのぬいぐるみがあった。穂香さんに自由に遊んでいいよと言われた唯ちゃんは、一番に棚の上にちょこんと座るアンティークドールを手に取り不思議な顔をした。


「このお人形、唯のとすごく似てる」


 陶器のような白い肌は生気を感じず、目がぐりっとみひらかれている。


「これはね、私のおじいちゃまがイギリスで買ってきてくれたお人形なの。私の子供のころからのお友達なの。ゆいちゃんもいっしょに遊んであげてね」


 お人形を抱きしめながら、元気に返事をしたゆいちゃんだったがおずおずと穂香さんの顔色をうかがう。


「唯ね、別荘では毎日お人形といっしょに寝てたの。このお人形ともいっしょに寝てもいい?」


「もちろんよ。たくさん、かわいがってあげてね」


 穂香さんは唯ちゃんと唯ちゃんに抱かれたお人形の頭を、同時になでたのだった。それから、わたしと唯ちゃんの間でアンティークドールは眠るようになり、行動を共にして遊ぶようになった。


 最初は、見知らぬ場所でいつもと違う人間関係が新鮮だったのか、唯ちゃんはまったく退屈だとは言わなかった。しかし別荘暮らしが始まってしばらくしてのことだった。


 昼食にミートスパゲティを食べ終えて、唯ちゃんが不思議そうにリビングをきょろきょろと見まわして言った。


「このお家、テレビないの?」


 リビングにもわたしたちの和室にも、この家にはテレビが一台もおいていなかった。


「テレビはね、好きじゃないんだ。だって、一方的に言いたいことを押し付けてくるだろ。うるさくてかなわないじゃないか」


 ソファに座り食後のコーヒーをのみながら、宗平さんはそう唯ちゃんに言い聞かせた。


「でも唯、音楽聞いたりアニメとか見たい。おもちゃで遊ぶのも、あきちゃった」


 テレビは見なくても、タブレットやスマホで動画を見ることはいまの幼稚園児にとって、とても普通のことだ。唯ちゃんは非日常の生活にそろそろ慣れてきたのか、いつもの生活スタイルが恋しくなってきたのだろう。


「音楽なら、レコードを聞けばいいよ」


 宗平さんは立ち上がり掃き出し窓に近い棚へ歩いていく。その上に置かれた年代物のレコードプレイヤーの四角い蓋をそっとあけた。


「ほら、ここにこれを乗せたら音楽が流れだすんだ」


 書棚から童謡のレコードを取り出しプレイヤーにのせた。電源を入れると、円盤が回り始めた。


「音、鳴らないよ」


 くるくる回るレコードをじっと見て、唯ちゃんは宗平さんに抗議する。


「このままじゃ鳴らないんだ。この長い棒を持ち上げてここに、おくんだよ」


 宗平さんは唯ちゃんの小さな手を取って、いっしょに棒を持つと回るレコードのふちにそっと針をおろした。


 じじっと、ざらついた音が聞こえてから、童謡のぞうさんを謡う伸びのある子供の歌声が聞こえてきた。


「えー、おもしろーい。この黒い丸いのからなんで音が出るの? 不思議」


「よく見てごらん、表面にでこぼこがあるね。この溝に音が刻まれてるんだ。音は目に見えないけど、こうやってレコードに刻まれた音は目に見えるなんて、すごくおもしろいと思わない?」


 唯ちゃんは素直にうなずいた。目に見えないものが、違う物質を仲介すると目に見えるようになる。たしかに不思議だとわたしも思った。


「おじさんは、レコード好きなの?」


 唯ちゃんの素直な質問に、宗平さんはふっと笑みをもらす。


「ああ、レコードっていうか音楽が好きなんだよ。音楽はとても心を落ちつかせてくれるんだ。それに辛いことや、嫌なことがあっても元気にしてくれる」


「あっ、それは唯もわかる。元気な音楽聞いたらワクワクするもん」


 唯ちゃんは回り続けるレコードを見ながら、元気な童謡を熱心に聞き入っていた。その様子を宗平さんと穂香さんが目を細めてまぶしそうに見ている。


 これから事件に巻き込まれて亡くなる人との別荘暮らしは、あまりにも平穏だった。徐々に事件の日に近づいているのだけど、平和すぎてこれからおこる悲劇が頭の中から滑り落ちていく。


 事件なんて起きずに、このままの生活が続いていくような気がした。

 そんな何事もおこらない日々が三日続いた。


 その日は午前中にたっぷり外の砂場で唯ちゃんと遊んで、わたしはとてもつかれていた。藤原くんは二階の和室にこもり、覚えている限りの事件の状況を書きだす作業をしていた。


 五人で昼食を食べ後片づけを終えると、宗平さんが書斎から絵本を持って来た。宗平さんは唯ちゃんが退屈しないように、レコードで音楽を聞かせる以外に絵本の読み聞かせも毎日している。


 わたしは、ダイニングの椅子に座りふたりを見ている。宗平さんは唯ちゃんを隣に座らせ、低く落ち着いた声で絵本を読み始めた。


 時おり目線を絵本からはずし唯ちゃんを見るのだけれど、本当の我が子を見るように愛しい目をする。


 わたしはテーブルをはさんで向かい側に座っている藤原くんへ、視線を走らせる。彼もコーヒーをのみながらじっと、ふたりを見ていた。


 宗平さんと唯ちゃんは真実親子なのだけど、そのことを知っているのは藤原くんとわたしだけ。


 リビングにおかれた柱時計の振り子の音がコチコチと、わたしをせかすように時を刻む。永遠に思われた平穏な日々なんて、あっという間に惨劇にのみ込まれるのだ。


 わたしはいたたまれなくなり席を立って、そっとリビングから出て行った。


 二階に上がり海をながめていると、疲れから眠気が襲ってきて出窓にうつぶせになり、そのままウトウトとし始め眠ってしまった。



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