特別回② さくらこの結末(櫻子ルート湯けむり旅情緒編)
櫻子のIFルートです。
第62話 颯太と櫻子がバイトの親睦旅行にいって、部屋で2人になった所からの分岐です。(陽菜は爆睡しています)
13000字あります。お時間のある時にどうぞ。
櫻子はグラスを傾けると、焦点が定まっていない様子で、おれに問いかけた。
「さっきの……きらりの話の続き聞きたい?」
「……うん」
今は部屋に2人だ。このタイミングを逃したら、聞けないままになってしまうかも知れない。
櫻子はトロンとした視線を俺に向け、甘えた声を出した。
「……エッチしてくれたら、お話してもいいよ」
正直、俺はムカッとした。
こっちは真面目に話をしているのに、それをエッチと結びつけるなんて。
だから、櫻子の覚悟を試してやろうと思った。
俺は櫻子の華奢な肩を掴むと、床に押し倒した。
「キャッ」
櫻子の綺麗な黒髪がまいあがり、おれの鼻を掠める。品のいい香水のような匂いがした。
俺は櫻子の上に馬乗りになって、彼女の両腕を押さえている。櫻子は俺と視線を合わせると、真っ赤になって、なにか口ずさんで横を向いた。
視線をおとすと、浴衣がはだけて櫻子の片方の胸が露出していた。真っ白で乳首は薄いピンクだった。もっと下をみると、丸みを帯びてくびれたウエストが見え、下腹部の先には、手入れのされていない茂みが見えた。
櫻子といえば、完璧に整えられているイメージだったから、意外だった。
「櫻子、お前、パンツは?」
すると、櫻子は口をパクパクとさせた。
「……だって、……陽菜ちゃんが、浴衣の下にはパンツは履かないんだよって……」
「いやいや、それは、昔の本気の着物の人の話だから。旅館の浴衣でパンツを履いてない人は、櫻子くらいだと思うぞ?」
「えっ……うそ。わたし変態みたいじゃん」
櫻子は首を振って、一人問答をしている。
俺は少しからかってやりたくなった。
「それは、俺に見て欲しいってことかな?」
俺が上半身を持ち上げて櫻子の下半身に移動しようとすると、櫻子は全力で俺を掴んで引っ張った。本気で動揺しているみたいだった。
それは初めてみる櫻子の顔だった。
櫻子は不満そうに口を尖らせると、必死になって俺に訴えた。
「そんなんちゃうもん……。ほんまやで!!」
えっ。なんで。
……なぜか関西弁だった。
俺はゾクゾクしてしまった。
だから、強引に櫻子の足を開いた。
「いややぁ。いやや!! そんなんあかんもん」
櫻子が暴れるので、逆に浴衣がはだけてしまい、下半身が丸見えになった。
適度にボリュームがあるヒップと太ももに隠された櫻子の秘部は、毛で隠れて何も見えなかった。
「櫻子。フサフサで何にも見えないんだけど……」
「……うち、恥ずかしくて死んでまう。そんなん急にされても、準備できひんし」
俺は櫻子の足をもっと開くと、茂みをかき分けた。すると、ようやくピンクのソレが見えてきた。
半べそで無防備な櫻子。
明らかに男なれしていない彼女の身体を見ると、たまらなく興奮して、愛おしく感じた。
「……◯★¢℃!!」
俺が櫻子の股間に顔を埋めると、櫻子は声にならない声をあげた。自分に何が起きているのか理解できていないらしかった。
「そんなん、あかんもん……」
櫻子は、そう言って顔を覆い隠すと、おとなしくなった。
そのまま一分程すると、櫻子が喘ぎ出し、ぬるぬるした粘液が大量に出てきた。汗ばんだ両脚に挟まれた俺の顔の周りは、すごく湿度が高くなっている。
息苦しい。
部屋にいながらにして窒息してしまいそうだ。
だが、顔を上げてしまったら、足を閉じられてしまって、きっと、もうこのポジションには戻れない。
だから俺は、潜水している気持ちで、最小限の呼吸で一心不乱に舐め続けた。
すると、蒸れた櫻子の股間から、甘い花のような香りがしてきた。香水とは違うムスクのような匂いだ。
ゼロ距離アタックでも良い匂いって。
……すごいな。
その香りは妖艶で、童貞には刺激が強すぎたらしい。舐めているだけで強い射精感に襲われたが、俺は無心で舐め続けた。
静かな部屋の中に、ピチャピチャという音と、櫻子の「んっ、んっ……」という押し殺したような喘ぎ声が響く。
「櫻子のおいしいよ」
俺がそう言うと、櫻子はモゾモゾとしはじめた。俺の角度からは、櫻子のお尻の穴がギューっとなるのが見えた。
櫻子は甘えた声をだした。
「あかん……。そんなん、意地悪言わんとって」
やがて、櫻子の足の小指が少し開いて、足先に力が入ってくるのが分かった。力みがピークに達すると、櫻子の両腿はビクンビクンとなった。
どうやら、イッたようだ。
もしかしたら、櫻子はイクという表現すら知らないのかもしれない。だとしたら、性知識は、きらりや紫音以下だぞ。
ビクビクがおさまらない櫻子の股間を、俺がまた舐めようとすると、櫻子は本気で暴れた。
「もうあかん。あかーんっ!!」
櫻子は部屋の端っこに逃げると、身を屈めて、追い詰められた子猫のように俺を睨んだ。目に涙をためている。
「こんなん、癖になってまう……。責任とってや」
「ごめんごめん。からかいすぎたよ。ちょっとトイレいってくる」
実は俺も相当に興奮したらしく、舐めながらイッてしまった。指一本触れられずに果てるとは、……我ながらに情けない。
ちょっと色々と洗い流したい。
5分ほどして戻ると、櫻子はいなかった。
「風呂にでも行ったのかな」
俺は広縁の椅子に座ると、カーテンが開いていていることに気づいた。
すると、チラッと白い足が見えた。
櫻子だった。
小さなバルコニーに、櫻子はいた。
体育座りのように抱えた両足が、月明かりに照らされて青白く輝いている。
それは、なんというか。
儚げで危うくて。
……この世のものでないような美しさだった。
櫻子の目は虚ろで、右手には果物ナイフが握られていた。どこから持ってきたのだろう。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
何か声をかけなければならない。
だけれど、なんて声をかければいいか分からなかった。
へたに声をかけたら、櫻子が飛び降りたり、ナイフで手首を切るような、そんな悲惨な未来しか見えなかった。
「さくらこ……」
我ながら情けないが、こんなことしか言えなかった。
すると、櫻子はこっちを向いて、微笑んだ。
にぱっと子供のような笑顔だった。
「あのな。これ、うち、りんごさん、剥いててん。あまーくてほっぺ落ちそうになるで。颯太も食べへん?」
よく見ると、皿の上には、カットされたうさぎのリンゴが置いてあった。
「……ひとつもらおうかな」
櫻子のそばにいって口を開けると、櫻子はリンゴをひっこめて、俺にキスをした。そして、口が離れると、こう言った。
「颯太のこと。……めっちゃ、好きやで」
櫻子は目を逸らすと、照れ臭そうに続けた。
「……颯太のこと、ずっと考えてまうんやもん。……付き合うてほしいんやけど、……あかん?」
ちょっとだけ甘えた口調の櫻子。
すごく可愛くて、愛らしくて、人懐っこくて。
そんな子が、頬を赤くして一生懸命に告白してくれている。
前に告白したときは、美人だったり、優しかったり。櫻子のそんな表面的なことばかりみていたけれど、今の櫻子は、その何倍も魅力的に見えた。
俺は、自然に答えていた。
「……わかった。俺、やっぱり、お前のことが好きだ」
櫻子は、すごく嬉しそうな顔をして、だけれど、すぐにむくれた。
「ほんなら、他の女の子のこと見んといて……」
きらりと紫音のことを言ってるんだろうな。
帰ったら、2人とちゃんと話そう。
それから、櫻子の話を色々きいた。
そして、話がひと段落すると、櫻子は言った。
「こほん。……、あめちゃん大好きな櫻子さんはこれで終わりやで。……ここからは、標準語の櫻子なの。うちの大阪弁のこと、誰にもいわんといてな?」
櫻子は人差し指を口につけて、甘えたような目で俺を見つめてくる。
「関西弁の櫻子、すっごく可愛かったのに……」
櫻子は笑顔になった。
「うふふ。だって、恥ずかしいし。颯太くんが、わたしだけを見てくれるようになったら、お家の中だけだったら、考えてもいいよ」
「でも、櫻子って関西にいたことあるの?」
「……それはな……」
櫻子が言うには、子供の頃は祖母の家に預けられていて、関西に住んでいたらしい。
それで、中学生くらいまでは、関西弁だけで過ごしていたそうだ。だけれど、こっちにきて、母親に「神楽坂家にふさわしくない」と、言葉遣いを改めるようにキツく言われて、封印したらしかった。
関西弁の櫻子は、とても陽気で。
屈託なく、何でも聞いてくる。
櫻子はじーっと俺をみると、少しだけ寂しそうな顔をした。
「颯太くん、辛い事あらへん?」
俺にはずっと誰にも言えなかったことがある。
……俺は、母親の命を引き換えにして生まれた。
俺が生まれた時、すごく難産で、母子のどちらか一方を選ばなければならなかったそうだ。父は迷ったが、母の「この子を優先して」という言葉で、俺は生まれることができた。
だから、ずっと思っていた。
俺にそんな価値はあるのか。
俺は生まれなかった方が良いのではないか。
これは、きらりにも紫音にも、誰にも相談できなかったことだ。
だけれど、気づいたら、櫻子に話していた。
「……と、言うわけなんだ。それが、ずっと心の中から消えなくてさ」
すると、櫻子は首を傾げた。
つやつやの髪の束が、肩からぱらりと落ちる。
同情するでも、憐れむでもなく。
櫻子は子供のように笑った。
「あんな。それは、良い話やで? お母さんは、颯太くんのこと、めっちゃ好きやんな。だから、生きてる価値ないとか、そんなこと、絶対にあらへんし、言うたらあかん」
関西弁で語られるそれは、あたたかくて優しくて。櫻子のホントだと思えた。
櫻子は俺の頭を撫でた。
そして、優しく諭すように続けた。
「……価値あるに決まってるやん。うち、うまく言われへんけど。……飴ちゃん、たべる? ぎょうさんあるで?」
そういうと、櫻子はニコニコして、本当に飴を一つくれた。
あまいミルクの入った苺の飴。
母は神戸出身だったらしい。もし、生きていたら、きっとこんな感じだったのかな。
俺は飴玉を舐めながら、泣いてしまった。
櫻子は、俺を抱きしめて、背中をトントンとしてくれる。
フワッと櫻子の髪から匂いがした。
さっきまで妖艶だと思っていた香りは、今は陽だまりのような匂いだった。
俺は、すごく救われた気持ちになった。
はぁ……。
櫻子の話を聞くはずが、俺が慰められてしまったよ。
次の日、起きると隣に櫻子が寝ていた。
浴衣はしっかり整えられ、下着も着ているようだ。
俺が見ていると、櫻子は目を開けた。
「おはよう。櫻子。昨日は……」
今の櫻子は、いつものしっかり者の櫻子で、昨日のやりとりが夢のようだ。
「颯太くん、おはよう。……昨日のことは、内緒やで?」
櫻子は舌を出してウィンクした。
そんな櫻子を見ていると、胸の高鳴りが止まらなかった。目が合うと、ドキドキしてしまう。
この感じはヤバい。
きらりも紫音も好きだが、なんか違う。
生まれて初めての感情だ。好きすぎて、感情がうまくコントロールできそうにない。
身支度を整えて朝食をとっていると、陽菜が遅れてやってきた。陽菜は、俺と櫻子を見るなり、ニヤニヤした。
「昨日はお楽しみだったようで〜」
「え? 起きてたの? 起きてるなら、声かけろよ」
「わりかし、前半から起きてました。それに、アンアンいってるのに、声かけられませんよ」
痛っ。
櫻子に横腹をつねられた。
俺は悪くないのに……。
櫻子は口を尖らせて言った。
「……もう知らん」
まぁ、怪我の功名だろうか。
陽菜は、櫻子を身近に感じたらしく、櫻子を揶揄うようになった。
「櫻子ちゃん。関西弁して?」
「……いやや」
「かわいいーっ」
帰りのバスでは、こんな会話が無限に続いていた。櫻子も、陽菜が気軽に話しかけてくれることは、イヤではないようだった。
陽菜にとっても、関西弁に触れることは、声優の勉強にもなるのだろう。
櫻子は異性にはモテるが、どこか人を寄せ付けないオーラを発している。そのため、同性の友達は少ない。
2人が仲良くなれたらいいな、と思う。
バスは出発地につき、解散した。
昨日みた景色なのに、少し懐かしく感じる。
バイトの面々は互いに手を振っては、少しだけ名残惜しそうに散っていく。
すると、櫻子が俺の袖をつまんだ。
小声で話しかけてくる。
「もう帰るん? 寂しいからいやや……」
「櫻子。関西弁は封印したんじゃ?」
櫻子はこっちを見ると、ぺろっと舌を出した。
結局、その可愛さに負けてしまって、俺は櫻子の家まで送ることにした。
家の前につくと、櫻子が子猫に会わせてくれるというので、少し待つことになった。子猫の名前は、シグマとオメガというらしい。これまた珍妙な名前だ。
それにしても、いつ見てもバカでかい屋敷だ。こんな家じゃ掃除も大変だろうなぁ、と眺めていると、向こうから女性が歩いてきた。
背格好は櫻子と同じくらいで、顔も似ている。年齢は40代後半くらいだろうか。ちょっとキツそうだが、凛とした美人だ。
櫻子の母親だ。
聞かずとも、すぐにわかった。
俺が身構えていると、その女性は、俺の前で立ち止まった。
「君が颯太くん? 櫻子から話は聞いているわ。すごく素敵な青年と聞いていたけれど。……ふぅーん」
女性は俺の周りをクルクルとまわると、値踏みをするように半眼になった。
「はい。山西颯太と言います。櫻子さんには、いつもお世話になっています」
女性は人差し指を唇に添えて、俺を見ている。
「わたしは、神楽坂すみれ。分かってると思うけれど、櫻子の母よ。ちょっと、電話番号教えてくれるかしら」
なんでだ?
意味がわからない。
「え。構いませんけれど……」
「ありがとう。ちょっと折りいって君に話しがあるの。んじゃあ、またね」
そういうと、櫻子のお母さんは、慌ただしく立ち去った。櫻子に会いたくないのかな。
すみれさんは、厳しそうだったけれど、話に聞いているような意地悪そうな印象はなくて、ストレートだけれど、嘘を好まないタイプに見えた。
……意外だった。
少しすると、櫻子が子猫を連れてきた。
2匹とも順調に育っているようで、元気にニャーニャーと騒いでいる。よかった。近いうちに、みーちゃんと会わせてあげよう。
その日から、櫻子は頻繁にメッセージをくれるようになった。「おはよう」とか「なにしてる?」とか。どれもたわいもない話だが、夢中でメッセージのやりとりをした。
そのうち、紫音は違和感を感じたらしく、俺は紫音の部屋に呼び出された。扉を開けた瞬間から、紫音は不機嫌だった。
「颯太。おまえ、なんか言うことは?」
「いや。その。……櫻子と付き合うことにしたから」
紫音は眉間に皺を寄せた。
「は? きらりはどうすんの?」
「いや、……これから話すから」
「信じられない。しかも、よりによって櫻子か。だから、あいつには注意しろって言ったじゃん」
「いやさ、そんな悪い子じゃ……」
紫音は俺の顔を覗き込んだ。
「だからこそ、要注意なんだよ。……はぁ。まぁ、わたしは……。どちらにせよ、相手されてないんだから、関係ないか。きらりちゃんには、ちゃんと話をするんだよ。《《お兄ちゃん》》!!」
はぁ……。
俺は自分の部屋に戻って、椅子に座った。
正直、紫音はもっとキレると思ってたから、少し意外だった。
もしかして、愛想を尽かされちゃったのかな。
とりあえず、きらりにメッセージをしないと。
「週末、会えないかな。大事な話があるんだけど」
きらりにメッセージを送ると、すぐに既読になった。週末が憂鬱だけれど、ちゃんと伝えよう。
俺が沈んだ気分でベッドに潜っていると、誰かからショートメッセージが届いた。
「颯太くん。明日の夜に少し会えませんか? すみれ」
すみれ?
櫻子のお母さんか。
下の名前でメールが来たのは意外だったが、字数制限とかあるんだっけ。正直、どんな話なのか怖すぎるが、無視する訳にもいかない。
翌日の夕方、指定された場所で待つ。
5分ほどすぎた頃に、ショートメールがきた。
「ごめん。ちょっと仕事が終わらなそうで。先に、これからURL送る店で待っててくれないかな? すみれ」
なんだか妙に馴れ馴れしいんだが。
言われた場所に行くと、居酒屋だった。
神楽坂の名前で予約をとってくれているとのことで、俺はしばらくそこで待つことになった。
なぜか横並びのカウンター席だった。
どんな話をされるんだろう。
櫻子のことで罵倒されるんだろうか。
はぁ。
怖くて憂鬱すぎる。
10分程して、櫻子のお母さんがやってきた。ピシッとしていた前とは違って、ビジネスカジュアルな服装だった。来るなり、手を合わせて「ごめーん」って言われた。
フレンドリーな雰囲気が事前情報と違いすぎて、脳がバグりそうになった。
お母さんは、俺の横に座るなり「ビールでいい?」と聞いてきて、生ビールを2つ頼んだ。
そして、なぜか乾杯した。
おれは、相手の出方をみるつもりだったが、たまらず聞いた。
「あの。おば、……いや、お母さん。今日は、なんか用事があって俺のことを呼んだんじゃないんですか?」
すると、お母さんは、こっちを覗き込むように見つめてきた。
こうして近くでまじまじとみると、すごい美人だ。年齢より若く見えるし、30代でも通用しそうだ。つい、見とれてしまった。
すると、お母さんはニマーっとした。
「颯太くん。いま、おばさんって言おうとしたでしょ?」
「いや、そんなことはないです。おかあさん」
「お母さんも微妙だなぁ。おねえさんか、すみれちゃんって呼んで」
妙にフレンドリーで、逆にやりづらい。
「じゃあ、すみれさんでお願いします」
「うんっ、よし!!」
「それで、ご用件は」
「櫻子のお気に入りが、どんな男か見定めようと思ってね。それと、今朝、ちょっとイヤなことがあってね。ちょうど良いし、お酒に付き合ってもらおうかなって」
意外な申し出だったが、櫻子のことや、きらりのお母さんのことを聞くチャンスだ。もしかしたら、真犯人につながるようなことも聞けるかもしれない。
……と、思ったが。
会社の愚痴や旦那さん(櫻子のお父さん)のことを聞かされて、気づけば一時間が過ぎていた。
すみれさんは、すでにビールを4杯ほど飲んでいる。この人、こんなに飲んで大丈夫なのかな。
会話ができるうちに、込み入った話をして欲しいんだけど。すると、すみれさんは、ジョッキに残るビールをゴクゴクと飲み干して、ドンっとテーブルに置くと、語り出した。
「……あんな、ウチ、娘に嫌われてんねん」
すみれさんは、酔いが回っているらしい。会話に関西弁が混ざり出した。なぜか会話は子供の頃の話題になった。
「わたしが子供の時、すごく貧乏でね……」
それによると、子供の時のすみれさんの家は、すごく貧しかったらしい。そのため、高校、大学と必死に勉強して奨学金をとり、そのまま仕事ができる資格をとったとのことだった。
「そんなわたしがのし上がるには、弁護士になるしかないなって」
弁護士になり、企業買収などを扱ってるうちに、旦那さんと知り合ったらしい。
すみれさんは、ため息をついた。
「それでね、ずっと勉強しかしてこなかったから、娘との接し方が分からなくて。仕事が忙しいのを言い訳にして、櫻子の世話を、母に任せっきりだったんだ」
すみれさんはテーブルにつっぷした。
「そしたら、櫻子に、おばあちゃんの方が好きって言われちゃった。はは。自業自得なんだけどね」
すみれさんは、バツが悪そうな顔をすると、割り箸の紙で何かを作りはじめた。俺としては現実逃避されると困るので、取り上げた。
「いやや〜。いけずせんとって……」
そう言うと、すみれさんの頬はぷーっと膨れた。子供みたいな人だ。
話はまだ続くらしかった。
「その少し後かな。急に、うちの旦那が神楽坂を継ぐことになってね。櫻子が継ぐ時のことを考えて、こっちに呼び戻したの。たくさん勉強させて、創業家としての素養も身につけさせて。でも、厳しくし過ぎちゃったみたい。それで、嫌われちゃった」
気づいたら、すみれさんは笑いながら泣いていた。俺は、ちょっと気の毒に感じた。
「でも、櫻子さんのことを想ってのことなんですよね?」
「そんなん、あたりまえやん。楽したら最後に困るのは、櫻子本人やで? 神楽坂を背負って、何千人、何万人の従業員の生活を背負って、自分の力不足で苦労するに決まっとる。そんなん見ていられへん。うちが嫌われても、辛くても苦労させるしかないやん」
その話を聞いていて、大学の心理学の講義を思い出した。そこでは、父親の愛の形についての話があった。
母親の愛はまん丸。全てを肯定して包み込むような愛。それに対して、父親の愛情は三角。子を傷つけ自分が嫌われてでも、子を成長させようとする愛。
どちらも必要なんだろうけれど、父親はなんとも損な役周りだ、と思ったことがある。
話を聞いていて、櫻子の母親は、後者なんだろうなと思った。それはそれで、櫻子への愛に他ならない。
少なくとも、いま、目の前にいるこの女性の言葉は本心に聞こえた。
おれは泣き顔を見てられなくて、なんとなくポケットに手を入れた。すると、さっき買った飴が入っていた。
「あめちゃん。いりますか?」
すると、すみれさんは「おおきに」と言って笑った。鼻をすすりながら受け取ってくれた。
話題が櫻子のことになった。
きらりのことを聞くなら今しかない。
「あの。実は、教えて欲しいことがありまして……」
俺がそこまで言うと、すみれさんが言葉を被せた。
「君が聞きたいことは分かってるつもり。あのね、信じてもらえないかも知れないけれど、わたし、きらりちゃんのお母さんのこと、嫌いだけど、尊敬してたんだよ?」
「それって、どういう……」
「きらりちゃんのお母さん、……義妹は、貧乏だった私と違って恵まれてた。恵まれた最高の環境で勉強して、みんなに尊敬されて。だから、私は羨ましかった。でもね、義妹は、実際に有能だったんだよ。悔しいけれど、私なんかより全然美人で、気立てもよくて、頭が良かった」
すみれさんは、俺の肩に寄りかかった。左手でグラスを掲げて、カウンターの向こうを見ている。
「……うちの旦那が当主を継げなかったのは、才覚不足。私と旦那をあわせても、義妹に及ばないんだもん。わたしが義父さんでも、きっと、そうした。神楽坂家のためには、当たり前の結論なんだよ」
すみれさんは、思い出すようにどこかを見つめながら話している。その瞳には、どこか優しさを感じた。
「だからね、義妹を恨んではいなかったんだ。弁護士として働いていれば、なにも神楽坂に拘らなくても、夫婦と子供で暮らすくらいなら不自由はなかったしね」
これは言うべきではないと思ったが、つい言ってしまった。
「だって、警察もすみれさんのことを疑っていたって」
すみれさんは、掲げていたグラスを俺のグラスにコツンとぶつけた。
「そう。義妹が殺された現場で、わたしにそっくりな人影が目撃されたの。櫻子は黙っててくれたみたいだけれど、他にも何人も目撃者がいたのよ。でもね、その日、わたしは、とある重要案件で極秘の会議をしていたの。そのことは、参加者が証言してくれた。だから、わたしは、すぐに捜査戦上から外れたの」
「じゃあ、誰が……」
「これ、話して良いことなのかな……。わたし、飲み過ぎかも。それか、君のことを気に入っちゃったのかな」
すみれさんは、言葉を続けた。
「これからする話は、誰にも言わないで。言ってはダメ。きらりちゃんにも、櫻子にも」
すみれさんの口から語られたその後の内容は、俺の予想を遥かに超えていた。
「……あのね、当時、きらりちゃんのお父さん、不倫してたのよ」
すみれさんは、穏やかに溶けていくグラスの氷を眺めていた。
「不倫相手と義弟が謀ったのかは分からない。でも、その不倫相手が、痴情のもつれで義妹を手にかけたんじゃないかと思ってる。神楽坂に復讐したいって気持ちもあったのかもしれない。私は、義妹と仲が悪かったからね。犯人に仕立てるには、絶好の相手だったんじゃないかしら」
すみれさんは、遠くを見るようにして、ウィスキーの水割りを一口飲んだ。
「当時の警察もその線は疑ってたみたい。その後、不倫相手は自殺。だから、義弟が逮捕されたのは、それなりの根拠があったのだと思ってる」
すみれさんは、俺の顔を覗き込んで続けた。
「ここからは、わたしの勝手な想像なのだけど、義弟は、義妹に嫉妬したんじゃないかな。義妹は、ずーっと必死に勉強してきた私ですら嫉妬するほどの天才だったのよ」
「動機は嫉妬ってことですか?」
「義妹は公私混同するタイプではなかったし、現に義弟は、経営には殆ど参加させてもらえていなかった。スポーツばかりしてきた旦那さんが、その扱いに何も不満を感じないハズはないんじゃないかな」
「だったら、すみれさん。警察にも、そう言えば良かったじゃないですか」
すると、すみれさんは俺の目をみつめた。
寂しそうな目だった。
「そんなこと言える訳ないじゃない。きっと、きらりちゃんの耳にも入る。父親が母親を殺したと思うより、私のことを恨んでる方が、幾分もマシだもの」
「じゃあ、せめて櫻子さんだけにでも……」
すみれさんは、首を横に振った。
「それもダメ。もし、知ったら、あの子は、きらりちゃんに嘘をつかないといけなくなる。『あなたの父親が犯人』って知りながら、『きっと違う』って言わないといけなくなるの」
すみれさんは、グラスの氷をからからと回しながら続けた。
「それか、もしかしたら、櫻子は、きらりちゃんに正直に伝えるかもしれない。でも、きっと、きらりちゃんはそれを受け止めきれない。櫻子が嘘をついている、きっと『なんでそんな酷いこと言うの?』と思う。そんなの2人に酷すぎると思わない? だから、私が嫌われているのが、きっと、一番マシなのよ」
そうなんだろうか。
俺にはよく分からない。
でも、大体の事情はわかった。
この話が本当なら、この人は、とんでもなく不器用で、ほんと、櫻子にそっくりだ。
「……、すみれさん、櫻子さんにそっくりですね」
「そう? あまり言われたことないなぁ」
そう言ったすみれさんは、少しだけ嬉しそうだった。
すみれさんの話は続いた。
なんだか愚痴っぽい口調になった。
「それでね。うちの旦那、浮気してるのよ。あのボケナス。なめとったら承知せぇへん」
すみれさんは、ぷーっとなった。
神楽坂グループを仕切る女性の可愛らしい表情は、見ていて、とても面白かった。
「それでね。私、もう色々どうでも良くなっちゃって。しばらくしたら、旦那も強制的に引退させて、会社は櫻子やきらりちゃんに任せようと思ってるの」
すみれさんは、俺の顔をみるとニコッとした。
「まだ、櫻子には話してないんだけどね。あの子は、何年か海外に留学させるつもり。世襲はバカにされるのよ。だからせめて、MBAはとらせないと。颯太くん。本当に櫻子のこと好き?」
「はい」
「命にかえても、まもれる?」
「そのつもりです」
すみれさんは、経営者、いや、子を思う親の目になった。
「つもりじゃなくて、……できる?」
「できます」
「じゃあ、櫻子と一緒に留学しなさい。わたしが貴方を認める条件は、櫻子より優秀な成績をおさめること。必要なら費用は私が出すわ」
……留学か。
思いもよらない話だが、俺は口先では櫻子を守れるようになりたい言いながら、実際には何をすればいいのか分からなかった。
すみれさんの話を聞いていて、分かった気がした。少なくとも、櫻子と生きていくなら、櫻子以上の実力をつける必要があるだろう。
「……わかりました。必ずやりとげます」
すみれさんは、俺の頬をつつくとニッコリとした。
「ええ返事や!!」
すみれさんは、俺の返事に満足したらしかった。もしかしたら、俺の決意を引き出したくて、旦那さんの話や、きらりのお父さんの話をしたのかも知れない。
だとしたら、好ましい策士だ。
「……ほんなら、帰ろか」
飲み過ぎなのだろう。そう言いながら席から立ち上がろうとして、すみれさんはよろめいた。
俺が咄嗟に支えたら、膝にすみれさんの胸が当たった。ぷにっと、柔らかくて大きかった。すると、すみれさんは、口を尖らせた。
「……えっち」
怒られるかと思ったが、あまり気にしている様子もなく、立ち上がって歩き出した。すみれさんは、全然まっすぐ歩けないので、支えているうちに、俺と腕を組む感じになった。
気づくと、ホテル街にいた。
すみれさんは、俺の方を覗き込むようにして言った。
「うちら、カップルに見えるんかな?」
きっと、見えると思う。
美人お姉さんと付き合う、ガキんちょってところか。
「はは。どうですかね」
すると、すみれさんは手足をバタバタさせた。
「あのあほんだらばっかし、ずるい。うちも、少しくらい遊びたい」
そう言いながら、すみれさんは立ち止まった。そこは、ラブホテルの入り口だった。ネオンがチカチカついていて、ご休憩◯◯千円と書いてある。
俺は生唾を飲んだ。
すみれさんは、俺の腕をギュッと近くに寄せると、甘えたように俺の目を直視してきた。
「寂しいから、まだ帰るのはイヤや……」
すみれさんは、俺の手をひいてホテルに入ろうとした。
「ち、ちょっと、まずいですって」
すみれさんは可愛い。
若い子とは違う可愛さだ。今なら、優しい年上彼女に夢中になるやつの気持ちが理解できる。
でも、櫻子のお母さんだ。
ここで流されるのはまずい。
すみれさんは、ぷーっとふくれた。
「これくらい、大人の男女なら普通のことや。ウチのこと、こんなおばはんやし、女としてみれへん?」
「いや、すみれさん。普通に可愛いですけど、無理なんです」
すみれさんはニッコリした。
「可愛いって、ほんま?」
「はい。その、そういうことして、……好きになっちゃったら、俺が困ります」
すみれさんは、嬉しそうな顔をした。
「うんうん。颯太くん。櫻子の彼氏として、及第点」
「えっ。冗談だったんですか?」
「うーん。半分は冗談で半分は本気やで。女としては残念やけど、まずまずの返事や」
「もう。俺のことからかって楽しんでますよね?」
(チュッ)
予想だにしない感触に、俺は頬を押さえた。
頬にキスされた。
すみれさんは、拗ねたように言った。
「……少しくらい、ウチも恋しててん」
「そんなこと言って、俺が本気にしたらどうするんですか!!」
「そやったら、昼ドラみたいにドロドロになるだけや」
「いやです。いやすぎます!!(笑)」
すみれさんをタクシーに放り込んで、俺は家に帰った。聞きたいことも聞けたし、すみれさんの人となりも分かって、有意義だったと思う。
さっきのすみれさんの言葉を反芻した。
たしかに、もし、本当に、きらりのお父さんや不倫相手が犯人だったとしたら、きらりの拠り所が根本から崩れてしまう。とても、正気でいられないだろう。
おれも伝えるべきではないと思った。
その週末、俺はきらりに会った。
そして、別れ話をした。
ただ「他に好きな人ができたから別れたい」といった。きらりは泣いたが、好きな相手の名前を聞こうとはしなかった。
最後は「ありがとう」と言ってくれた。
本当に幸せになって欲しいと思う。
でも、その相手は俺じゃない。
それから、半年後。
俺と櫻子は、成田空港にいた。
櫻子の荷物があまりに大量なので、中を確認したら、でかいクマのぬいぐるみが入っていた。
俺がとりあげると、櫻子は「いややぁ」と騒いだが、箱に詰めて、神楽坂家に返送することにした。
留学の費用は、結局は両親が工面してくれた。
本当にありがたいことだと思う。
きっと、老後の資金を崩してくれたのだろう。だから、かかった費用は明細まで残して、きちんと返したいと思ってる。
それに、なによりも。
相当の成果を出さないといけない。
だからこれは、櫻子の旅でもあって、俺の旅でもあるのだ。
帰ってきたら、生みの母親のお墓参りに行きたいと思っている。その時には胸を張って「母さんの息子は、最高の伴侶を見つけて、充実した人生を送ってますよ」と伝えたい。
俺は難しい顔をしていたのだろうか。
櫻子は、心配そうに俺の手を握った。
そして、ニコニコしながら言うのだ。
「あめちゃん、いる?」
(完)
みっつめのルートは櫻子でした。
せっかくのIFなので思いっきり話を膨らませてみました。矛盾等があっても、温かく見逃してくれますと幸いです。
それと、関西弁が適当ですみません。
まわりに関西弁ネイティブがいないんで、非常に怪しいです。テレビとかでよく耳にするのに、全然分かってないものなんですね。
ご指摘いただけたら直しますので、何かありましたら、こそっと教えていただけますと幸いです。
では、また。
別の作品でお会いしましょう。




