第80話 颯太のお願いごと。
様子に見に来た看護師が、すぐに医師を呼びに行ってくれた。
駆けつけた医師は、きらりの口のあたりに手をかざすと、看護師に応援を呼ぶように指示をし、すぐに人工呼吸をはじめた。
俺も手伝うように指示され、医師の掛け声にあわせて、きらりの口に息を吹き込む。
息を吹き込んでも、吹き戻しは僅かだった。
きらりは息をしていなかった。
病院の中だったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
すぐに多数のスタッフが駆けつけてくれて、きらりはストレッチャーに乗せられた。そして、そのまま処置室に運ばれて行った。
きらりの腕はストレッチャーからダラリと垂れ下がっていた。おれはその光景が瞼に焼き付いて離れなかった。
あれから数時間後。
俺はICUの前の椅子に座っている。
隣では、紫音が泣いている。
少し離れたところでは、うちの両親も来てくれていて、きらりのおばあさんに声をかけていた。
櫻子は、少し離れたところで、身体を丸くしていた。足に障るのではないかと思ったが、そんなことは気にしていない様子だった。
櫻子の母親は、……あのままどこかに行ってしまった。警察に通報したので、いずれ見つかるのだろうと思う。
俺は警察官に事情を説明しながら、視界に入る光景をどこか他人事のように、ぼんやりと眺めていた。
……きらりがいない現実味のない世界。
きらりが運ばれて数時間が経った頃、ICUのランプが消えて、医師がでてきた。
薄いゴムの手袋を外しながら、状況を説明してくれた。
「山茶花さんは、とりあえずは一命を取り留めました。心停止していましたが、救命措置も早く、低酸素による障害の心配はありません」
その場にいた皆が安堵の息を吐いた。
だが、医師の言葉は続いていた。
「ですが、脳挫傷による脳浮腫がみられます。脳の損傷からくるリスクついては、余談を許さない状況だと思われます。もし、他にご親族がいれば、ご連絡をしていただいた方がいいかもしれません」
遠回しでよく分からない。
いまは、謎かけを楽しむ気分にはなれない。
俺は医師に聞いた。
「それって、きらりが死ぬかも知れないって意味ですか?」
医師は目を伏せた。
「……そういう意味と考えてもらって構いません」
俺は、足に力が入らなくなって、その場に膝をついた。
なんで?
なんで、きらりがこんな目に遭わないといけないんだよ。
俺より何万倍も頑張ってるのに。
俺なんかより、ずっとずっと幸せになるべきなのに。
……俺が死んだら良かったのに。
ほんと、意味がわからねーよ。
神様。もしいるなら……。
きらりを助けてやってくれよ。
そうしたら、おれ……、色々ちゃんとするから。これから一生、きらりだけを大切にするから。




