第78話 それから、
あれから数週間が過ぎた。
紫音は、前と同じように接してくれている。紫音はきらりとも、話したり遊びに行ったりしているらしい。
櫻子も順調に回復し、予定より早く退院できることになった。
あと数日で櫻子の退院の日だ。
だから、今日は最後のお見舞いに行こうという話になった。
病室に入ると、櫻子が手を振ってくれた。
「来てくれてありがとう。座って」
しばらく世間話をして過ごしたが、会話が止まったタイミングで櫻子が切り出した。
「あのね。うちの両親のことなのだけれど……」
きらりの顔色が曇った。
「いいよ。今更、蒸し返したら櫻子ちゃん困るでしょ。それにウチのお父さんが生き返る訳じゃないし……」
「そうはいかないよ。それに、きいちゃん、今でも辛い思いしてる」
「でも、でも。ウチの中では、もう昔のことだし、でも。やっぱり悔しい……し、許せないっていう気持ちもある。お父さん、きっと無念だったと思う。だから、せめて、伯母さんが、お父さんとお母さんのお墓で謝ってくれれば……」
櫻子は顔を歪めた。
「わたしね。お母様に話したんだ。あの日、わたしがお母様を見てしまったこと。だから、『きいちゃんに謝って』って言ったの。でもね、あの人は『そんなみっともないこと、できるはずがない』の一点張りだった」
「そっか……」
きらりは、そう言うと俯いて自分の肩を抱いた。少し震えているように見えた。櫻子は続けた。
「たぶん、お母様にとって、謝罪は叔母さんに膝を折ることだと思っていて、プライドが許さないんじゃないかな。……自主的に謝ってもらうのは無理なんじゃないかなと思う」
きらりが肩に添えた手に力が入り、肌に爪が食い込んだ。
櫻子は続けた。
「それでね。わたし調べたら、死後再審という制度があるらしいの。亡くなった人の裁判をやり直せるんだって」
きらりが椅子から立ち上がった。
「でも、そんなことしたら、神楽坂の家が大変なことになっちゃうよ?」
「うん。でも、元々はわたしが原因だし。ちゃんとケジメをつけたいの。それにね、ごめんね。わたしの中では、まだ、お父様とお母様を信じたいっていう気持ちがあるの。だから、捜査してもらって、全部調べて欲しいと思ってる」
死後再審については、実はおれも調べたことがあった。法学部のやつに聞いた感じだと、実際にそれで冤罪が晴れた事例は何件もあって、判決が覆るような新しい証拠があればできるらしかった。
今回だと、櫻子が証言してくれれば、できるのかも知れない。
でも、もし、それをしたら、神楽坂家は大変なことになる。櫻子のご両親は経営から外されるだろうし、もしかしたら、櫻子も、犯人を庇ったということで何かの罪になるかも知れない。
きらりのお父さんが健在ならともかく、もう亡くなっている。故人の尊厳と、生きた櫻子の生活。死者の墓を掘り返して争うことが正しいのか、俺には分からなかった。
この場では結論は出ないだろう。
俺ときらりが帰るというと、櫻子は目尻に涙をためて見送ってくれた。
扉を閉めようとすると、ただ一言。
「きいちゃん。わたし、証言する覚悟はあるからね。叔父さんの名誉を回復すべきだと思う……」
部屋をでて廊下を歩く。
きらりも話さないし、おれもかける言葉が見つからなかった。
廊下の角を曲がって、階段が見えた時、女性が視界に入った。
櫻子より少し背が高い女性。
50代くらいだろうか。俺らを睨みつけている。
きらりが俺の腕を掴んだ。
その手は震えていた。
きらりは膝に力が入らないらしく、俺に体重を預けている。きらりの顔は蒼白だった。
きらりは震える唇を必死に動かして、言葉を発した。
「……叔母さん。どうして……」




