第68話 きらりと櫻子。
「イタタタ」
崖上を見上げる。
そうくんが叫んでいた。
「2人とも大丈夫か!? 待ってろ。助けを呼んでくる」
目の前には、櫻子さんがいる。
ウチが落ちる瞬間に、手を引いてくれたのだ。
もし、それがなかったら、もっとずっと下まで落ちていたかも知れない。
櫻子さんは、くるぶしのあたりを押さえている。膝下からは血が流れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いたた。大丈夫……。きらりちゃんは平気?」
わたしは頷いた。
櫻子さんは立ちあがろうとしたが、膝を立てると、また座り込んでしまった。
足から……、赤と……白いものが見える。
骨だ。骨折している。
そんなに暑くないのに、櫻子さんは、大量に汗をかいている。きっと、すごく痛いんだ。
わたしのせいで……、なんてことになってしまったのだろう。
気づいたら、口から言葉が出ていた。
「ごめんなさい。わたしのせいで……」
櫻子さんは微笑むと、わたしの頭を撫でた。
「きいちゃんのせいじゃないよ。大丈夫」
きいちゃん。
その言葉を聞いた時、お母さんとの会話を思い出した。
あの日、お母さんも、わたしの頭を撫でてくれた。あれは……、わたしが近所の子供達に意地悪されて、泣いていた時だった。
「きいちゃん。何かあったら、櫻子ちゃんを頼りなさい。あの子、あなたのこと好きだから、きっと味方してくれるわ」
今日はなんだか、お母さんのヒールを履きたい気分になって、そして、わたしの足元のヒールは踵が折れている。
櫻子さんがわたしの足の方をみた。
「きいちゃん。その靴。叔母さんのだよね?」
「……うん。よく覚えてましたね」
「信じてもらえないかもだけど、わたし、叔母さんに憧れてたんだよ? 強くて優しくて、綺麗で。わたしのお母様と全然違うから……」
櫻子さんは足首のあたりを押さえながら話した。その間にも血はどんどん出ていて、辺りの地面は真っ赤になっていた。
櫻子さん。……櫻子ちゃんは、肘を抱えて震えている。今度は寒いのかな……。
「櫻子ちゃん。血が、血が沢山でてる。いまは、静かに助けを待った方が……」
「う、うん。でも、もしかしたら、もう機会がないかも知れないし。……わたしのせいなんだ。わたしが「知らない」って言ったから。きいちゃんに辛い想いさせてしまった。その後も、お母様とお父様のことを考えたら、嘘だったとは言い出せなくて」
櫻子ちゃんは、眉間に皺を寄せている。辛そうに、肩で息をしながら続けた。
「これは、……きっと、罰だと思う。ハハ。それにしては、軽いか。ごめんね。こんな言葉じゃ足りないけれど、ごめんなさい」
櫻子ちゃんは、涙を沢山流した。
この人は、わたしと同じなのかな。
わたしだって、ほんとうは分かってるんだ。櫻子ちゃんは悪くないって。
そう言ったのは仕方ないし、……お父さんが自殺したのは、わたしが弱音を吐いたからなんだ。
すると、櫻子ちゃんはわたしの考えなんてお見通しみたいだった。
「きいちゃん、……は……、なにも悪くない」
櫻子ちゃんに抱きしめられた。
その身体は氷のように冷たいのに、わたしは温かくなった。
……お母さん。
櫻子ちゃんは、今でも。
自分が大怪我してても、わたしの心配をしてくれているよ。
お母さんの言った通りみたいだよ。




