第63話 威力という名の楔(くさび)。
「ひっ、ご、ごめんなさい……」
俺の語気が強かったのだろう。櫻子は、身を縮めて、両手で身を守るような格好になった。
まるで、親に殴られた子供のように震えている。
櫻子は賢い。きっと、俺が何に対して腹をたてたのか、すぐに理解したのであろう。
それにしても、この姿勢は……。
俺は、きらりのことばかり見ていたが、櫻子も同じように辛い子供時代を過ごしたのかも知れない。
俺は一呼吸をおくと、笑顔をつくり、櫻子の頭をポンポンとした。
「ごめんな。俺が悪かった」
すると、櫻子の口元から力が抜け、安堵したようだった。俺の方を見ると、櫻子は、むくれた。
「なに? そのお兄さん気取り……」
「悪い。でも、実際に俺の方が数ヶ月だけど年上だし。なぁ、なんでさっきみたいな……駆け引きするような言い方したんだ? 櫻子らしくなかったぞ」
櫻子は空いた手で肘を抱えた。
「……実際に、駆け引きしようとしたのよ。だって、エッチしたら、きっと颯太くんは、わたしのことを遠ざけられなくなるでしょう? わたしには誰もいないから」
「それって」
「卑怯者らしく、姑息な方法で貴方を引き留めようとしたの」
俺はまた一呼吸おいた。
きっと、俺の質問は、櫻子をリアルタイムに傷つけている。だから、できるだけ優しい声で問いかけた。
「そんなことしなくても、遠ざけたりしないよ。それで、話してくれるか?」
「うん。実はね……」
櫻子は、なかなか口から言葉が出ないようだったが、俺は、急かすことなく待つことにした。
やがて、数分の沈黙の後に、櫻子は話し出した。
「あの日……、きらりのお母さんが亡くなった日、実は、わたし、きらりの家に行ったの。お母さまに聞いてもダメって言われるから、いつものように無断で」
「うん」
「インターフォンを押しても、誰も出てこなかった。それで、わたし裏口なら入れるかなって思って、そっちの方にいったの。そうしたらね……」
櫻子は呼吸が荒くなった。
この後、語られるのは、そんなに致命的な内容なのだろうか。俺も身構える。
「あのね。颯太くん。わたしの手を握って」
「あぁ」
櫻子の右手は震えていた。俺が手を握ると、櫻子は左手を胸の辺りに添えた。
「誰かが裏口から出て行ったの。顔は見えなかったけれど、お母さまとよく似た背格好の女性。香水の匂いも同じだった」
「それって」
櫻子の目から、涙がポロポロと流れ落ちる。
「きらり、ごめんなさい……」
櫻子は嗚咽を漏らしながら言った。
「入ろうとしたら鍵が閉まってて。しばらくすると、警官の人が来てね。「お嬢さん、この辺りで誰かみなかった?」って聞かれたの。わたし、咄嗟に「知らない」って答えてしまった」




