第60話 旅のお供はお饅頭。
「……そっか。やったぁ」
櫻子は、グーを握り小さくガッツポーズをすると、俺の目を見つめて笑った。
俺は櫻子の手首を掴んだ。
「櫻子、甘いもの……饅頭は好き?」
「う、うん」
俺は櫻子を連れて裏路地に入った。
「颯太くん。さっきの湯畑のところに大きい店あったよ?」
「ああいう、目立つところにある店はダメなんだよ。ほらここ。このボロい感じ。目立たない店構えが真の名店なんだよ」
「……てっきり、裏路地で壁ドンとかしてくれると思ったのに……なぁ」
櫻子は口を尖らせている。
って、俺はどんだけキザ男だと思われているんだろうか。
俺は茶饅頭を一つ買って、櫻子に渡した。
櫻子は一口で食べてしまった。
「……これモチモチで美味しい! もうないの?」
大層、お気に召したらしかった。
饅頭を3個ほど食べて、櫻子が落ち着いたところで沈黙が訪れた。
そろそろ、聞いてみるか。
ある意味、それが、この旅の目的なのだ。
「なぁ、櫻子。きらりって知ってるよな? 神楽坂 きらりって名前」
櫻子は一瞬、目を見開いたが、少しすると俯いた。下駄をのつま先を、すり寄せるようにしている。
「……うん、知ってるよ。颯太くんの本当の彼女でしょ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……きらりの事情っていうか」
「そっか。あの子、きっと誰にも話さないと思ったんだけどなぁ。それだけ、颯太くんと親密ってことか……な?」
櫻子はしばらく逡巡した様子だったが、こちらを向くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あのね。神楽坂家の当主……わたしの父には、妹がいたの。わたしの叔母にあたる人。そして、祖父が亡くなった時、家督は長男の父を差し置いて、その叔母が継いだんだ」
「あぁ。ニュースにもなってたからな。おれも覚えてる」
「わたし、その頃は本当に普通の生活してたんだよ。お父さんとお母さんは多忙で、ほとんど家にいなかったけれど、母方の祖父母の家で、それなりに幸せに過ごしてたんだ」
「……それで?」
「きらりとは、年が離れてたから、妹みたいな感じで。よく遊んでたんだ。うちの母は、すごく叔母が嫌いだったから、内緒で遊びに行ったりもしてた」
俺は頷いた。
「それでね、ある時、きらりのお母さんが亡くなって、お父さんも亡くなっちゃって。急に、父が、家督をつぐことになったんだ」
ここまでは、ニュースや新聞で見聞きした内容と変わらなかった。
俺はその先の話……。
櫻子が、きらりに酷く接した理由を知りたいのだ。
「それで、急に両親の家に戻されたんだ。『あの子に負けることは許さない』って、すごく勉強させられて。急に転校になって、お友達にお別れも会えなかったの。わたし、辛くて毎日泣いてた。……ね。きらり、勉強は得意?」
「ん。いや。普通だと思うけれど」
「そっか。あの子ね。実はIQがすごく高いんだよ。お勉強も運動もすごくできて。っていうか、そんな子に勝てるわけないじゃん。わたしはその分、お母さまに辛く当たられて。『無能だ、生きている価値がない』って。親にそんなこと言われる気持ちがわかる?」
「いや、きっと辛いよな」
「それでね。自由に生きている、きらりが妬ましくて。嫌いで。酷い事いっちゃったの」
俺はその話を聞いていて、すごく違和感を感じた。たしかに、そうなのかも知れない。まだ子供だった櫻子には辛かったのだろう。
でも、きらりは親を失ったんだ。それについての配慮がなさすぎる。親猫を失った子猫に涙を流すような櫻子が、そんなことを忘れるとは思えない。
だから、俺は聞いた。
「なぁ、その話。何か大切なことが抜けてないか?」
すると、櫻子は両肘を抱えて、黙ってしまった。肩が微かに震えている。
櫻子は俺の顔を見上げた。
「どうしても……言わないとダメ?」




