第57話 バイトの旅行です。
「ウチ帰るね」
きらりは、話がひと段落つくと帰って行った。
話を聞いて、どうするべきか分からなかった。
むしろ、何もしない方が正しいのかもしれない。
「紫音、どう思う? 俺は櫻子がそんな悪い人だとは思えないんだが……」
紫音も悩んでいるようだった。
「わたしも、ちょっと分からない。セレブ気取りの性悪かと思ってたんだけど、この前会って、少し印象が変わったんだ」
「そうだよな。俺もそうは思わない。やっぱ、何か誤解があるんじゃ……」
紫音は腕を組んで、身体を揺すっている。
「だとしてもさ。うちらが引っ掻き回すべきじゃないよ」
「でも、きらりは親族がおばーちゃんしかいないだろ? どうにかしてやりたいっていうか。櫻子、お金持ちだし」
「わかった。颯太くんに任せるよ」
お節介なんだとは思う。
だが、きらりと櫻子の今の状態はあるべき姿ではない気がした。
「とりあえず、タイミングみて櫻子の方にも聞いてみる。ところで、いつまで颯太くん呼びなの?」
紫音はニヤニヤした。
「うーん。その方が雰囲気でるじゃん? 変態さんは、エッチの時は、お兄ちゃんって呼んで欲しいのかなぁ? んじゃあ、そういうことで、今朝の続きしよっか」
「しないから」
紫音は、俺の言葉など聞いていないという様子で、俺の股間を触ってきた。
手慣れた手つきだ。
今朝に何されたか、想像がつきすぎる。
でも、きらりのことが心配で、そんな気にはならなかった。
「ちょっとぉ……」
俺は紫音を遠ざけた。
それから1週間がたち、バイトの慰安旅行の日になった。それなりの人数がいるので、大型のワンボックス数台に分乗して、移動することになった。
車では、なぜか櫻子ではなく、葉月の隣になってしまった。櫻子の隣は大人気で、ジャンケンで負けてしまったのだ。
席に座ると、葉月がお菓子をくれた。
葉月は俺を名前で呼んだり、先輩と呼んだりする。気分によって変えているようだった。
「これどうぞ。先輩。この前は大丈夫でしたか? お買い物いつ行ってくれるんですか?」
「ごめん。誰かに何かあげたいとか言ってたよな? 買い物、まだ大丈夫そうか?」
すると、葉月は手を膝の上で重ねて、身体を左右に振るような仕草をした。俺を見上げて、ペロッと舌を出した。
「あげたい人の誕生日過ぎちゃったし、もう、1人でいっちゃいましたよーだ」
「ごめん、約束したのに悪い」
「ほんとですよ。お願い聞いてくれたら許してあげます」
「俺にできることならな……」
「2人の時は、陽菜って呼んで欲しいです」
こいつと知り合ってから、2人の時なんて殆どない。2人きりで出かけたこともないし。
「それくらいなら別にいいけど」
すると、葉月の口元が緩んだようにみえた。
「先輩。さっそく呼んでください」
「……陽菜。これでいいか。お前の名前、可愛いよな」
「可愛いって言われるのは慣れてるけれど、先輩に言われるのは格別です」
なんだか微妙にひねくれてるなぁ。
陽菜がこちらを覗き込んだ。すると、陽菜の艶のいい黒髪が頬の辺りに落ちた。
「可愛いのは名前だけ……ですか?」
「あ、ごめん。あそこもキレイだったな」
俺は以前、偶然にこいつのアソコを見てしまったことがある。だから、軽い気持ちでそう答えた。
すると、陽菜は目に涙を浮かべた。
いつも軽口ばかりのコイツが、こんなことで泣くとは思わなかった。
「……ひどいよ。隣になれて楽しみだったのに」
俺は、自分が酷いことを言ってしまったと気付いた。
「ごめん。その。ほんとは顔も可愛いと思ってるよ。声は世界一可愛いと思う」
すると、陽菜は足を子供のようにバタバタさせた。
「声のこと。先輩に褒められると嬉しいな。あっ、これ」
陽菜はバッグから、紙袋を出した。
中には30センチ程の箱が見えた。
箱はリボンでラッピングされている。
「これ、どうぞ。誕生日プレゼントです」
「あ、ありがとう」
まさか、陽菜がくれるとは思わなかった。
「もしかして、この前の買い物って、これを……?」
陽菜は、頬に人差し指を当てた。
「だって、本人に聞くのが一番じゃないですか。先輩が買い物行ってくれなかったんだから、クレームは無しですよ?」
あれ。こいつ、気になる人のプレゼントを選びに行くとか言ってなかったっけ。
「それって……、もしかして」
「まぁ、いいじゃないですか。それよりも箱を開けてください」
陽菜は俺の言葉を遮った。
箱を開けると、黒いシャツが入っていた。
襟がピンとしていて、コットンシルクの艶のいいワイシャツだった。
「これ、高かったんじゃないか?」
陽菜は少しだけ照れくさそうな顔をした。
「いいんです。いつもお世話になっているし、お礼です。……気に入ってくれそうですか?」




