第50話 それでもわたしは諦めない。
目の前では、神楽坂が子猫2匹を抱きしめている。
わたしは、わたしの膝の上にいる子猫を撫でながら答えた。
「神楽坂さん。どうして、見ず知らずの野良猫をそこまでして……?」
「わたし、昔。ある子の母親を助けることが出来なかったんです。そのせいかな、震える子猫をみたら、身体が自然に動いてた……」
「……それって」
すると、看護師さんが処置室から顔を出した。
「子猫ちゃん、連れてきてあげてください」
処置室に入ると、母猫が目を開けていた。
私達が子猫を近づけると、母猫は必死に顔を持ち上げ、子猫と鼻をチョンっとくっつけた。3匹と鼻をつけると、母猫はまた顔を床につけ、目を閉じた。
わたしはその様子をみていて、母猫は最後の力を振り絞っているのだと思った。
神楽坂は母猫に話しかける。
「……お母さん、子供達は、わたしとあの子(紫音)で責任を持って面倒を見ます。だから、後のことは、心配しないで」
いつのまにか、わたしもお世話メンバーに加えられてしまったが、つっこむ気にはなれなかった。
わたしたちは、また待合室に戻る。
結局、母猫の目が再び開くことはなかった。
「紫音さん、子猫のことだけれど……」
いくら冬ではないと言っても、こんなに小さな子猫3匹で生き残れる訳はない。それは、わたしにも分かったので、わたしは頷いた。
結局、子猫は、神楽坂が2匹、わたしが1匹を引き取ることになった。
ママに話をした時、「あんた連れてくるだけで世話しないじゃない」と、かなり渋られたが、颯太が口添えしてくれて、なんとか飼えることになった。
母猫は、後日、神楽坂家の菩提寺で弔ってもらうことになった。
わたしは、きらりに電話をした。
随分前に日にちは変わり、空は明るくなっていた。
「うん。朝からごめん。今日はちょっと都合が悪くなっちゃって。あ、体調悪いとかじゃないから安心して。プレゼントは用意できた? うん。よかった。いや、わたしも、きらりが楽しんでくれた方が嬉しいから。今日は、楽しんできて」
きらりには、わたしの都合が悪くなってしまったことだけを伝えた。子猫の一件を伝えたら、きっと、わたしのところに来てしまう。
だから、詳しい事情は伝えなかった。
きらりは気にしている様子だったが、気にせず楽しんできて欲しいと伝えた。わたしとしても、その方が気が楽だ。
颯太のことを考えても、誕生日にこんな暗い気持ちになって欲しくなったし、きらりにお祝い係を押し付けたのだ。
待合室に戻ると、神楽坂が受付でお会計をしていた。
わたしはその様子を見ながら、幾らかかったんだろうと俗な事を考えていた。先生と看護師さんを一晩、拘束したのだ。かなりの金額であることは想像に難くなかった。
神楽坂は戻ってくると、ニコッとした。
「紫音さん。おうちは大丈夫? よかったら、もう少しだけ付き合ってもらえませんか?」
それから神楽坂家に立ち寄り、着替えてペットショップに行き、ペット用品一式を揃えた。
わたしにも着替えを貸してくれた。神楽坂が私くらいの歳の時に着ていた私服らしい。
とても上品で可愛い服だったが、胸がスカスカだった。
……悲しい。
わたしは勝手に、大学3年になったら、わたしも神楽坂くらいの巨乳になるのかと思っていたが、どうやら既に同じ成長曲線には居ないらしい。
わたしは、神楽坂とバストを見比べた。
わたしが男でも、神楽坂の胸を選ぶと思う。
わたしは思った。
自分で言うのもなんだが、わたしはそこそこ可愛い。学校ではお嬢様系ということになっていて、スタイルも決して悪い方ではないと思う。
颯太の好みのタイプなハズだ。だが、なまじっか神楽坂とキャラが被っているだけに、このままでは……。
このままでは、神楽坂櫻子のジェネリックになりかねないっ!! やばい!
ペットショップにいくと、神楽坂は、わたしにも色々と買ってくれようとしたので、断った。猫を飼っていたことがあるので、家に一通りのものは揃っているのだ。
すると、神楽坂は、餌やペットシートなどの消耗品を持たせてくれた。
「じゃあ、今日はこれで」
結局、神楽坂と別れたのは、昼前だった。
神楽坂が手配してくれて、ドライバーさんが自宅まで送ってくれることになった。
車の後部座席で子猫を抱きながら、昨日のことを思い出した。
数時間で帰るつもりだったが、思いがけず長くなってしまった。結果としては、まぁ、刺し違えることはできたってところか。
それにしても、神楽坂櫻子という人が分からなくなってしまった。さっき話していた『ある子の母を助けられなかった』というのは、きっと、きらりのお母さんのことなのだろう。
神楽坂家の人たちは、きらりに酷いことをした人達で、神楽坂櫻子もその中の1人であることには違いない。そして彼女も、きっと、きらりのことを嫌いなのだと思う。
でも、少なくとも。
昨日からの神楽坂櫻子を見る限り、悪人とは思えなかった。
そんな人が変わってしまうくらい、2人の間には、色んな事情があるということなのかも知れない。
……考えても仕方のないことか。
まぁ、わたしが、きらりの味方であることには変わりはないし、神楽坂と2人で会うことも、もうないだろう。
5分ほどすると、神楽坂からメッセージがきた。
「お付き合いさせてしまってすみません。ところで、子猫ちゃんも兄弟でバラバラになってしまったので、たまに会わせてあげたいです」
……たしかに。
メッセージは続く。
「ですので、時々でいいので、颯太くんにお願いして、そちらの子猫ちゃんを、我が家まで連れてきていただけませんか?」
いやいや。
なぜ颯太という言葉が沸いて出る。
颯太、この一件に関係ないし。
油断できない。
やっぱ、こいつは泥棒猫だっ!!




