第49話 食卓を囲む気にはなれない。
(紫音視点)
「いや、さすがにそれは。わたし、貴女と遊びにきたわけじゃないし……」
すると、神楽坂は寂しそうな顔をした。
「わたし、夕食はいつも1人なんです。だから、寂しくて」
不覚にもキュンとしてしまった。
おそるべし。神楽坂 櫻子。
甘えん坊の技術までもっているとは。
「そ、そこまでいうなら少しくらい付き合ってあげますよ。でも、さっきみたいな横暴はもうイヤですよ?」
すると、神楽坂は申し訳なさそうな顔をした。
「はい。反省してます。颯太くんに喜んで欲しくてつい……。シャツは大体が10,000円でしたし、一つだけ価格が違うと管理が大変ですもんね。他のも一律で9,000円にさせた方がいいのかしら?」
だめ。
やめてあげてぇぇ。
そんなことしたら、創業者さんひっくり返っちゃうよ。
「いや、なにもしない方がいいと思います」
こいつ、ある意味、人間凶器だ。
危険。たしかに、颯太じゃないとコントロールできないかも知れない……。
窓の外をみると、辺りは薄暗くなっていた。
遅くなっちゃった。
食事の間に、神楽坂に引き下がってもらえるだろうか。
すると、突然、車が止まった。
神楽坂が車から飛び出した。
ドライバーさんに、英語で何か叫んでいる。
わたしも外に出てみると、忘れられない光景が広がっていた。
野良猫が轢かれていた。
母猫が轢かれて、血だらけだった。
神楽坂がそれを抱きしめていた。
すぐ傍には震えた子猫が3匹。
死にゆく母猫を見ていることしかできない。
わたしは猫の言葉はわからないが、「お母さん……」と言っているのが分かった。
神楽坂が声を上げた。
「紫音ちゃん。子猫をお願い。とりあえず、捕まえて、車に連れてきて」
わたしは言われたままにした。
子猫たちは、ショックで硬直していたので、簡単に捕まえることができた。
わたしが車に戻ると、すぐに車は出発した。
神楽坂がハンズフリーで電話をかける。
「芹沢。ここから最寄りの動物病院を探してちょうだい。手術ができる規模のところ」
車の中は猫の血だらけだった。
神楽坂の高級そうな服も血まみれだった。
母猫は内臓も飛び出していて、素人の私の目からも、絶望的だと分かった。
「神楽坂さん。残念だけど……」
神楽坂はこちらを睨んだ。
「いやだ。殺させない。子供の前で、母親を殺させたりしない!!」
10分ほどで病院につき、母猫はすぐに緊急手術を受けることになった。
病院の待合室で、子猫を抱いて待つ。
1時間程して、先生が出てきた。
「先生。どうですか?」
「できるだけの処置はしました。あとは母猫ちゃんの体力と気力次第。今夜が峠だと思います」
神楽坂は帰らず、ずっとそこにいた。
野良猫なんて、どんな病気を持ってるか分からない。それにノミだっているだろう。それを躊躇することなく抱きしめて、ここに連れてきた。
わたしには同じことはできないと思う。
こいつはセレブ気取りの性悪なのではないか。でも、さっきの神楽坂は、演技でもなんでもなく、素の彼女のように見えた。
わたしは心の中でつぶやいた。
『きらり。神楽坂は強敵だよ。わたしたちであんな人に勝てるのかな……。自信なくなっちゃったよ』
待合室には、子猫のミーミーという鳴き声と、時計が時を刻む音だけが響く。
神楽坂は、わたしに帰るように言ったが、さすがにここで子猫達を放って帰ることはできない。
わたしは家に連絡した。
颯太が出たので、わたしは帰れない旨を伝えた。
神楽坂と一緒にいると言ったら、颯太は動揺した様子だったが、すぐに事情を察してくれて、必要なら迎えに来てくれると言ってくれた。
神楽坂も、とてもじゃないが、明日は無理だろう。わたしは、颯太に言った。
「きらりはあんたの彼女なんだから、明日はきらりと遊びなよ。でも、わたしや神楽坂さんには、別日に埋め合わせすること。いいね」
颯太は、穴埋めの件を快諾してくれた。
戻って神楽坂に、勝手に颯太に断ってしまったことを謝ろうとすると、神楽坂が口を開いた。
「紫音さん。颯太くんに連絡して。わたしは明日はいけない、と」




