第43話 櫻子さんがデレちゃいました。
櫻子は、俺に気づくと手を振った。
え?
なんで?
俺の頭の中は「?」でいっぱいになった。
店長は俺を見ると言った。
「山西。お前、同じ大学だろ? 神楽坂の面倒みてやれ」
俺は櫻子の教育係になったらしい。
俺は昼休憩があったので、とりあえず葉月に全体の案内を任せた。
昼飯が終わって戻ると、葉月が興奮気味に言った。
「神楽坂さん、めっちゃ物覚え良いですよ。一回言えば何でも覚えちゃうし、さすが一流大学。同じ大学でも山西さんとは大違いですね……。山西さん、学歴詐称ですか? っていうか、同じ人類ですか?」
「うるさい。ほっとけ」
俺はとりあえず、フロアの仕事の流れを教えることにした。他人には厳しい葉月があんなに絶賛していたし、まぁ、楽勝だろう。
ところが、予想は裏切られた。
ドリンクを運ぶと落とす、俺と話すと手が止まる。すぐ転ぶ、注意するとすぐ泣く。
ちょっと口は悪いが。
……かなりのポンコツだ。
神楽坂 櫻子といえば、スポーツ万能、頭脳明晰、品行方正、セレブ、美人、スタイル抜群の完璧女子なのだ。
それが見る影もない。
正直、妹が3人に増殖した気分だ。
「櫻子、どうした? 体調が悪いのか?」
「いやっ、そのっ。んーっ」
これはダメだな。
顔も赤いし、熱でもあるのかも知れない。
「早退するか?」
すると、首を左右に振っている。
断固拒否らしい。
俺は疑問をぶつけてみることにした。
「ココって今はもう募集出してないと思うんだけど、櫻子どうやって応募したの?」
すると、櫻子がようやく言葉を発した。
「お金……」
言葉が足らないことにより、大物感が半端じゃない。とりま、お金の力ってことか。
縁故くらいはあると思ったが、さすがに買収してるとは思わなかった。いくら渡したのか気になるが、労働のモチベが下がりそうなので聞くのはやめた。
「あのな。櫻子。そういうのは、ちょっとは隠そうな?」
すると、櫻子は言った。
「……会いたかったから」
常に言葉が短いな。
「いや、普通にメッセージくれればいいし」
櫻子はスマホの画面を見せた。
すると、おれの返信はスタンプ一個だけだった。
これは、きっと無言のクレームだな。
「……ごめん」
それにしても、櫻子は全然仕事を覚えてくれない。
「もしかして、俺、教えるの下手か? なんなら葉月に頼もうか?」
すると、櫻子は俺の袖のあたりをつまんで、頭をフルフルとした。
「俺がいいの?」
櫻子は頷いた。
その様子をみていたショップ担当の先輩が櫻子に話しかけてきた。遊び人の先輩だ。意外に従順でチョロそうだとでも思ったのかな。
「神楽坂さん。ちょっと頼みたいことあるんだ……」
櫻子は答えた。
その顔は、神楽坂 櫻子に戻っていた。
「いやです」
ちょ、この人。
バイト初日のくせに、相手が頼み事を言い終わる前に断ったよ。
この状況って……もしこれがラノベなら「憧れのお嬢様が、俺だけにデレるんですが?」ってタイトルつけられそうだ。
デレ……。
は言い過ぎか。
でも、この前、2人で会ってから櫻子の態度が変わった気がする。
すごく挙動不審だし。
目が合うと、視線を逸らすし。
でも、不思議なことに、こうしていると、きらりと一緒にいるような気分になる。性格も顔も2人は全然似てないのに、どうしてだろう。
空気感?
もしや、体臭が似てるのか?
今日の俺は、櫻子相手でも強気だ。
なんだか自動的にマウントとれてる気がするし。
そこで俺は、わがままの限界値を調べることにした。
「櫻子」
「な、な、なんですか?」
「ちょっと匂い嗅がせて。首とか。脇でもいいけれど」
すると、櫻子が向こうを向いた。
表情は分からないが、ただ一言、低いトーンで「無理」と言われた。
こえぇ。
どうやら、無限にワガママが通る訳でもないらしい。後が怖いので、ほどほどにしておいた方がよさそうだ。
でも、こんど、きらりに同じお願いしてみよう。きらりならイケる気がする。
結局は、櫻子が全然覚えないので、つきっきりで一緒に作業することにした。
そろそろシアター4の上映が終わる時間だ。
俺と櫻子は、ばら撒かれたポップコーンを片付ける。すると、いつの間にやら俺の頭の上に、何粒かキャラメルポップコーンが乗っかっていた。
櫻子が俺を指さして笑うので、櫻子の髪にも投げつけると、猫じゃらしのようにくっついた。
キャラメルの糖分で、2人とも髪の毛がベトベトになってしまった。
「……やっぱ、颯太くんと……私は普通でいられ……る」
気のせいかな。
ボソッと櫻子の声が聞こえた気がした。
バイトを上がる少し前に、また店長に呼ばれた。1日に何度も集合がかかるのは珍しい。
もしかして、さっそく櫻子にクレームきたのかな。だったら、なんとか庇わなければ。
俺は気合いを入れた。
しかし、ミーティングの目的は全然違った。
店長は声を張り上げた。
「あー、みんな集まったか? 今日、スポンサーから特別援助があってな。来週と再来週に分けて、一泊で慰安旅行に行けることになったぞ」
皆から歓声が上がったが、すぐにそれは心配の声に変わった。
誰からともなく声があがった。
「でも、おれらバイトはいけないんじゃね?」
すると、店長はチケットの束を掲げていった。
「宿泊券は沢山あるからなー。バイトももちろんいけるぞー!!」
再び歓声が上がった。
だが、俺には見えてしまった。
チケットには「旅館 かぐら」と書いてあったのだ。
かぐら……、神楽……、神楽坂?
俺は櫻子の方をみた。
すると、櫻子は、俺と目を逸らした。




