第41話 神楽坂 櫻子のその翌日。
「お嬢様、お嬢様。ご朝食の準備が整いました」
芹沢か。
彼は執事として、神楽坂家に仕えてくれている。
って、頭が痛い。
昨日、お酒を飲んだからかな。
……きのう、何が……。
あぁ。そうだ。
好きになっちゃったんだ。
そんなつもりはなかったのに、彼を好きになってしまった。
わぁーー!!
わたしはリリカ枕を抱えて、バタバタした。
なんだか頭がぼーっとして、よく思い出せない。でも、勢いで色々と話しすぎた気がする。
颯太くんのことを思い出すと、頬が熱くなってドキドキする。
どうしよう。
メッセージしようかな……。
だめ。手が震えちゃう。
むーりー。
だめだ。彼の顔が浮かぶたびに、心臓がドキドキドキドキして、どうしていいか分からない。
男の子を好きになったのなんて初めてだから、対処方法も分からない。
段々と昨日のことを思い出して来た。
彼がリリカのダンスを踊って、わたしは彼への好きが抑えきれなくなって、ホテルに誘ったような。あれっ、颯太くんの子供が欲しいって言ってた気もする……。
キャー。
わたしは何てことを……。
わたしはまた、ベッドで足をバタバタした。
今でも颯太くんの子供欲しいよ。
だって、産むなら好きな人の子供がいいもん。わたしはそんな自由がないから……。
でも、うまく気持ちが伝わらなくて、そのあと、彼に怒られてしまったんだよね。
悲劇のヒロイン気取りで、痛い子だと思われてしまったかも……。
昨日、あのままホテルに行っていたら、今頃は彼の腕の中だったのかな。それとも、朝から仲良くしていたかな。
初めてでおねだりしたら、はしたないと思われちゃうかしら。
想像しただけでも、頬が熱くなる。
でも、もしそうなったら、わたしは彼に抱かれた後に、神楽坂への落胆と絶望で、わたしを終わりにして欲しい……彼に殺されたいと思ってしまったかも知れない。
だから、断ってくれて良かった。
もしかして、彼は……、そんなわたしをお見通しだったのな。
わたしが惚れた男の子だ。
きっとそうに違いない。
それにしても、わたしが男の子を好きになるなんて、今考えても信じられない。
あっ。
キスしたんだっけ?
それも2回も。
それって、さすがに女の子として意識されたよね?
「お嬢様、お嬢様。お部屋の中からイヒヒヒッと聞こえましたが、ご無事ですか?」
ドアの外で芹沢が叫んでいる。
そろそろ返事をしないと、部屋に突入されそうだ。
「ごめんなさい。すぐに下におります」
ガウンを羽織り、ダイニングに向かう。
寝室から一歩でも出たら、神楽坂の女だ。
気は抜けない。
朝食をとりながら、物思いに耽る。
だだっ広いダイニングルームにわたし1人。
だから、考える時間だけは沢山ある。
颯太くんを初めて意識したのは電車だった。
その日は、なぜか電車に、きらりが乗っていた。わたしは、きらりが苦手だし、大嫌いだ。
わたしに神楽坂を押し付けて、普通の女の子をしている彼女が大嫌い。
わたしに気づいているのに、見えないフリをしてるのも大嫌い。
わたしは、きらりと同じ電車にいるのが嫌で、いつもより手前の駅で降りることにした。降り際に振り返ると、目を瞑って告白する男の子がいた。
その前には、きらりがいて。
きらりが告白されていた。
ほんとうは、あの場所には、わたしが居るはずだった。
もし、わたしが彼に告白されていても、きっと断ったと思う。颯太くんの第一印象は「つまらなそうな冴えない男」だった。
でも、電車の去り際に、きらりの嬉しそうな顔が見えた。それを見ると、なんとも言えず疎ましく妬ましい気持ちになった。
彼の顔は大学で何度か見たことがあった。
だから、彼を探して、ちょっかいを出そうと思った。ちょっとした、きらりへの嫌がらせのつもりだった。
でも、彼は他の男の子とは違った。
連絡先を教えても、メールの一つもくれなかった。部室まで押しかけたのに、スタンプ一個しかくれない。そんなこと生まれて初めてだったから、どうにかわたしを意識させたいと思った。
それが……、こともあろうか、気づけば、わたしの方が恋してしまった。
……はぁ。
こんな性格の悪い女、きっと好きになってくれる訳がない。でも、もしかしたら、彼なら。そんな私ごと包み込んでくれるのではないか。
もし、そうだったら、わたし、彼の前でだけは、世界一素直な女の子になる。世界一彼を大切にする。約束する。
……わたしは諦めていたんだよ。
ある日、お父様が神楽坂家を継ぐことになって、わたしは、公立の小学校から、選ばれた人だけが通うという私立の小学校に転校した。
気づけば手続きは終わっていて、お友達にお別れを言うことも許されなかった。
お父様は長男だけれど、養子で、お祖父様と血が繋がっていない。だから、お母様は、わたしの子供に家督を継がせることに、すごく執着している。
高校生の時にお母様に言われた。
「貴女の役目は、血筋の良い種をみつけて、子をなすだけよ」
わたしは、両親にとって子供を産む機械にすぎない。
だから、わたしにとって恋愛は、意味のない寄り道としか思えなかった。わたしが歩くのは、無価値な結婚への一本道なのだから。
でも、リリカダンスを踊る彼をみて、期待してしまった。彼なら意味のある寄り道をさせてくれるのではないか。
だから、わたしは彼が欲しい。どうしても欲しい。どんなことをしても欲しい。
……いままで、神楽坂に全てを捧げて来たのだ。少しくらい神楽坂を利用してもバチは当たらないだろう。
食後のコーヒーを飲み終わり、メイドさんに食器を下げてもらう。
さて、まずは何をしようか。
まずは、……颯太くんに毎週会いたい。
ふははは。
わたしは、自分の脳裏に浮かんだ恐ろしい計画に高笑いするのだった。




