第39話 神楽坂さんは普通の女の子。
ちょっと予想外の展開すぎて落ち着かない。
映画が終わってから、俺のバイト上がりまで2時間以上あるんだけど、本当に待っていてくれるのかな。
「おつかれさまでした〜」
バイトが終わり通用口から出ると、神楽坂さんが待っていてくれた。
艶々した黒髪が風になびいて美しい。
やっぱり、美人だ。
品が良さそうに小さく手を振ってくれる。
こうしてみると、服も上質なのが分かる。
「山西くんっ」
周りに人が居ないからかな。
いつもの雰囲気とは違う。
「今日は雰囲気違くないですか?」
「それは……、今日は神楽坂 櫻子はオフなので……かな」
よくよく考えたら、お互いに20歳か。
モールの居酒屋に行くことにした。
まずはビールで乾杯する。
「神楽坂さんは今日は……」
すると、神楽坂さんは口に泡をつけたまま、人差し指で俺の口を塞いだ。
「今日は、神楽坂はオフなの。櫻子って呼んでほしいな……。わたし、神楽坂って名前、あまり好きじゃないんだ」
初耳だ。
てっきり、名家の家名に誇りを持っているのと思ってた。
それから焼き鳥を食べて、ポテトを食べて、サワーを飲んで楽しくすごした。
神楽坂さんは、普通の女の子だった。
いや、むしろ、年齢より幼いくらいかも知れない。
焼き鳥を生まれて初めて食べたらしく、とくにぼんじりが大のお気に入りになった。
神楽坂さんは、真顔で言う。
「これ、料理長に頼んだら作ってくれるかな」
「いや、料理長さんひっくり返るかも。やめた方がいいと思います。かぐらざ……櫻子さんは、いつからリリカを好きなんですか?」
櫻子さんの顔はパァッと明るくなった。
さっきから、かなり饒舌だ。
櫻子さん、実はお酒弱いのかな。
「あのね、あのねっ。わたしが保育園の頃……、あのね。1人で留守番してて。でも、リリカたんが変身すると、一緒に踊って、魔法がパァーって」
保育園?
神楽坂家なら、当然に名門幼稚園かと思っていたのだけれど……。
まぁ、どちらでもいいことか。
楽しそうに満面の笑みで身振り手振りする櫻子さんを見て、普通の子なんだなぁと改めて思った。
「へぇ。じゃあ、リリカは櫻子さんのヒーローですね」
「うんうんっ。それと、リリカたんね。呼び捨てはダメっ!! 山西くんもリリカたんダンスできる?」
「いや、おれ本当はあまり詳しくなくて」
「ええーっ。わたしが教えてあげる。こうして右手をだね? そうそう。まあるく。うんっ。うまいっ!!」
俺は櫻子さんと、リリカたんダンスをして笑って過ごした。
だが、俺はどこかで冷静だった。
櫻子さんの腕にはさっきの時計が揺れている。ダイヤが散りばめられた有名ブランドの時計。あれ単体で数百万はするのではないか。服も同じくらいするのだろう。
仮に、俺が、こんな子と付き合ったとして、彼女を喜ばすことができるのかな。俺が必死にバイトした1万円かそこらのアクセサリーで、喜んでくれるんだろうか。ガッカリさせるだけではないのか。もしかしたら、笑われるかも知れない。
やっぱり、俺なんて釣り合わないよな。
卑屈な自分がイヤになって、話題を変えた。
「ところで、櫻子さん。お酒は弱いの?」
櫻子さんは、とろんとした表情で答えた。
「うーん。分からないけれど、お母様に、わたには飲んじゃダメっていわれてる。もう大人なのに……。きっと、わたしの人生、全部、親に決められて、お母様が連れて来た人と結婚して……、望まれるがままに子供産んで、それで終わっちゃうの」
それって……。
お金持ちも、庶民には分からない苦労があるんだな。
やはり、お酒は弱いのか。
話題的にも、これ以上は大荒れになりそうだ。
あまり飲ませるとマズいな。
「そろそろ出ましょうか?」
「えーっ。いやだ。いやだぁ」
駄々をこねる櫻子さんを引っ張って、店を出る。すると、櫻子さんが目がウルウルさせて言った。
「わたし、ゲームセンター行ってみたいです。子供のころ、みんな行ってるのが羨ましくて……」
おれは頭を掻いた。
「わかりました。ゲーセン行ったら帰りますよ?」
櫻子さんは、子供のように大きく頷いた。
すると、さっそくUFOキャッチャーの前で立ち止まった。
見ると、リリカの人形だった。
「欲しいんですか?」
櫻子さんは頷く。
「……仕方ありませんね」
人形は微妙な位置にあって、なかなか取れない。だが、櫻子さんの期待に満ちた顔をみると、諦めることも許されず、二千円を投じてゲットした。
「どうぞ」
櫻子さんはリリカを抱きしめると、口を大きく開けて笑った。
「……ありがとう。ずっと大切にするね。ね。少し話せない?」
ベンチに座ると、櫻子さんが話し始めた。
まだ話し足りないことがあるのかな。
「わたし、神楽坂の名前が嫌い。わたしを縛り付ける神楽坂が嫌い。神楽坂はわたしからわたしを奪っていくの。誰も分かってくれない。誰も見てくれない……」
櫻子さんは、手を何度も握り合わせた。
「……わたしの中には、もう何も残ってない。って、いきなりこんな話、引くよね。ごめん」
……はあ。
仕方ないな。
俺は、櫻子さんの前に立って、さっき教えてもらったばかりのリリカダンスをした。
やるなら徹底的に。
半端に恥じてはいけない。
それがモットーだ。
そして、手のひらを上から額に当てる決めポーズで言った。
「神楽坂 櫻子っ。きみは世界を救うんじゃないのか?! 自分も救えなくて世界を救えるのか?! 君を救うのは君自身だ。どんな名前で呼ばれても君は君だっ。神楽坂の重みに負けるなっ。ルルララ、リリララ、幸せの魔法顕現っ!!」
そして、俺は櫻子さんの頭をポンポンとした。
死ぬほど恥ずかしい。
……誰かに見られてないよな?
まぁ、俺の恥ずかしさで、少しでも元気になってくれるなら、安いものか。
櫻子さんの反応がない。
ん、なんか突っ込んで欲しいんだが。
「ちょっとは笑えた? 元気でた?」
そう俺が聞くと、櫻子さんは、じっと俺の方を見ていた。
櫻子さんの頬が、名前の通りに桜色にみえる。
その目は大きく見開かれ、1ミリのブレもなく俺を真っ直ぐに見つめていた。
お話は、ようやく神楽坂さんパートです。
これからも頑張って更新していきますので、是非是非、ブクマや★★★★★をいただけると嬉しいです!!




