第32話 わたしは本物になりたい。
広場の時計台の鐘がなった。
きらりは私達の学校にいると思った。根拠はなかったが、うずくまって泣いていたあの階段にいるのではないかと思った。
わたしは学校に走る。
わたしの足では、なかなか辿り着けない。
校門を走り抜け、階段を登る。
階段を3つほど駆け上がると、普段から怠けている私の足はついて来れなくなったらしい。
膝がガクガクして力が入らない。
私は足を踏み外した。
手すりを掴んだが、私の半身は数段を滑り落ち、階段の踊り場にガバンの中身が散らばった。
飛び散る文房具やノートをみて、ちぐはぐな私みたいだと思った。
膝からは血が流れている。
歩くたびに、傷口がジンジンと痛んだが、私は足を引きずりながら、階段を上り続けた。
階段を上り切り広場に辿りついたとき、俯いた少女がいた。
きらりだった。
きらりは顔を上げた。
その目には力が無くて、いつもの彼女とは別人のようだった。
何と声をかければ傷つけずに済むのかは分からない。でも、何を言うべきかは分かっていた。
取り繕って打算的に生きてきたわたし。
謝るよりも、言い訳よりも。
先に言うべきことがある。
「きらり。わたし、自分の気持ちに嘘をついた。颯太のことが大好き!! この気持ちは、あなたにも負けない。でも、あなたのことも大好き!! 颯太と同じくらい大好き。だから、だから、わたしと一緒にいてよ……」
とんでもなく自分勝手なことを言ってるのは分かっている。きらりに、なじられても仕方ないと思ってる。でも、この自分勝手こそが、わたしの偽らざる本心なのだ。
きらりがフラフラと近づいてきた。
わたしは目を瞑り肩をすくめた。
「嘘つき」、「兄妹で気持ち悪い」って言われるのかと思った。
すると、ふわっとした温もりが、わたしを抱きしめてくれた。わたしが憧れた向日葵のぬくもり。
わたしが事情を話そうとすると、きらりはわたしの発言を遮った。
そして、自分の話をしはじめた。
「あのね、わたし、2人にお話しできなかったことがあるよ」
彼女の家は資産家で、幼い時のきらりは、その跡取りとして育てられていたらしい。
「でもね。わたしお昼寝してて、起きたらお母さんいなくて。シャワーの音がしたから、お母さんを呼びに行ったら、お母さん死んじゃってた」
子供目線で語られるその話は生々しく、きらりの口から出る言葉のひとつひとつに、わたしの心はえぐられるようだった。きらりは続けた。
「その日はお父さん試合でいなくて、わたしが泣いて何も出来ないでいると、伯母さんが来てくれたの。でも、警察の人は、お父さんが犯人だって。逮捕されちゃった。わたしはお父さんはお家にいなかったって言ったのに。誰も子供のわたしを信じてくれなかった」
「それって……」
「新聞やテレビにも出たから、しーちゃんも覚えてるかもしれない。判決が確定して、お父さんが犯人になった。それから、皆がわたしを見る目が変わった。わたしイジメられてたの。いつも、学校でみんなに蹴られたり叩かれてた。そしたらね。そしたら……」
きらりは呼吸が浅くなった。
右手を握り、心臓のあたりに押し当てている。
きらりの瞼から、涙が流れ落ちた。
「そしたら。わたし辛くて我慢できなくてイジメられてることお父さんに言っちゃって。そしたら、お父さん下向いちゃって話さなくなった」
きらりは続ける。
その息遣いは更に浅くなり、高熱にうなされる子供のようだった。視点も定まっていない。
「そしたらね、次の日に死んじゃった。だから…。わ、わっ、わ、わたしがお父さんを殺したようなものなの」
ショックすぎて言葉がなかった。
こんなことを、幼いきらりが経験したと思うと、話を聞いてるだけで涙が止まらなかった。
向日葵のように真っ直ぐなこの子が、どれだけ自分を責めたか、……自分を責めて生きてきたのか、想像に難くない。
わたしがきらりを抱きしめると、きらりはトントンとわたしの腕を叩いた。そして、一呼吸おいて続けた。
「それでね。わたし、おばーちゃんのすすめで、おばーちゃんの名字にしたの。山茶花って、本当の名前じゃないんだ」
「そっか。うん、うん……」
「わたしね。今でもその時の夢を見るんだよ? こんなのいつまで続くのかな……」
きらりはわたしの目をみた。
「わたしも2人のこと大好き。でもね、だから、本当のこと知られたら、2人ともいなくなっちゃうんじゃないかって怖くて。ずっと言えなかった。ごめんね」
「そんなわけない。わたしも颯太も、あなたのこと大好きだから」
きらりは目をこすりながら笑った。
「……ありがと」
「あ、今の話、颯太には?」
すると、きらりは少し迷った様子で答えた。
「まだやっぱり、勇気なくて。あと、少しだけ。あと少ししたら、ウチから話すから。いいかな?」
「もちろん。きらりのタイミングでいいと思う」
それから、わたしも事情を話した。
颯太と血が繋がっていないこと。
父親の顔もしらないこと。
颯太は血が繋がっていないことを知らなかったこと。
怖くて辛い時に助けてくれた颯太を好きになったこと。
わたしはいつの間にか泣いてしまったらしく、きらりは、わたしの背中を撫でて抱きしめてくれた。
自分の方がずっとつらいのに、わたしに優しくしてくれる。きらりはやっぱり、向日葵のような女の子だと思った。




