第31話 紫音と憧れ。
わたしは、きらりの方を見た。
「きらり、ち、違うの……」
だが、わたしの顔には、聡太への恋心の余韻が残っている。それを自覚していたが、否定するしかなかった。
きらりはわたしの顔と颯太の顔を交互にみて、何か呟くと、身体を翻して走り去ろうとした。
「きらり、待て」
颯太がそう叫んだ。
しかし、わたしは颯太を遮った。
「わたしが行った方がいい」
「そうか。ごめん、紫音」
ごめんはわたしだ。
ごめん、颯太、きらり。
わたしが、好きなのを我慢できなかったから。
わたしは、きらりを追いかける。
わたしも体育は得意だが、きらり相手に追いつける気はしなかった。
だが、追いつくしかない。
できなければ、きっと、きらりは私達の元を去ってしまう。
走りながら、きらりのことを考えていた。
きらりとの出会いは、中3の時だった。
彼女を初めて見たのは、バスケ部の友達に誘われて観に行った試合だった。
一年なのにチームの中心になって活躍する彼女に、わたしの心は『もっていかれた』。
彼女のプレイは美しく、そして、その美は、膨大な練習に支えられた機能美だと思った。
わたしは、なんでもそつなくこなせるけれど、本物をもっていない。要領のいい偽物だ。だから、私には彼女が、燦々《さんさん》とした太陽を追いかける真夏の向日葵のように眩しく見えた。
そしてわたしは、桜心学園高校に入った。きらりと同じ高校だと分かった時には、本当に嬉しかったんだ。
学年は違ったけれど、たまに校内で見かけることがあった。いつか話しかけたかったが、そのうち、わたしは深窓の令嬢などと祭り上げられ、周りに人が絶えなくなった。
そして、次第に、きらりが遠い存在になった。
そんなある日、階段でうずくまって泣いているキラリを見かけた。彼女の苦しみは分からない。だが、何かから放たれたくて足掻いているように見えた。
そして、わたしは悟った。
向日葵も苦しんで足掻いて、そして、あんなに背を伸ばして、太陽に手を伸ばしているのだ。
だけれど、わたしはわたしの周りの人達のように、彼女の鮮やかさだけに目を奪われていた。
その日から彼女は、わたしの憧れになった。
辛くて苦しいのに他人に優しくできる彼女を、わたしにはない本物だと思った。
わたしは容姿にも恵まれ、勉強も得意だ。スポーツもできる。でも、私は自分の心が分からない。
唯一、わたしを見てくれて、自由にしてくれるのが、兄の颯太だった。
わたしは彼を男性として好いている。
彼は覚えていないかも知れないが、小学生の終わりの頃、わたしが、本当の家族じゃないと気づいてしまったとき、わたしは、ただただ泣くことしかできなかった。
すると、彼は私の頭を撫でて、砂糖が沢山ついた大きなソーダの飴玉をくれた。
「甘いの食べると元気がでるぞ」
それは、たわいもない言葉だったが、彼はわたしに絶対的な安心感を与えてくれた。
そして、わたしは自分がどこの誰かも分からない男の子供だと知って、消えてしまいたい気持ちになったときも、颯太は、何も聞かずに、わたしの手を引いて土手に連れて行ってくれた。
土手にあがると、わたしが住んでいる街が小さく見えて、わたしの悩みも小さくなった気がした。
颯太は言った。
「紫音は大切な僕の妹。君もあの向日葵のように前を向いて」って。
ほんとキザなお兄ちゃん。
そんなこと言われたら、君のこと、否が応にも男の子に見えてしまうよ。
冬に咲いた季節外れの向日葵。
君のくれた、海の色の飴玉。
あの光景を、今でもハッキリおぼえてるよ。
あるとき、そんな彼に彼女が出来た。
最初は嫉妬で狂いそうになった。でも、相手が山茶花きらりだと知ったとき、わたしの好きな男性が、彼女の価値を理解できる男性であることが嬉しかった。
それからしばらくして、きらりが話しかけてくれた。彼女も颯太のように、わたしを真っ直ぐに見てくれる。
わたしは生まれて初めて親友を得たと思った。
でも、だから。
彼のことは諦めようと思った。それは仕方のないことだと思った。
でも、でも。
ごめんね。きらり。
わたしは自分が思っているよりも、彼をずっとずっと好きだったみたいだ。好きが風船のように膨れ上がってしまって、自分でも止められない。
わたしは彼を諦められないよ。
だから、わたしの今までの生き方のように、要領良くしようと思った。本物ではなく、2番手の偽物でいようとした。わたしが少しだけ我慢して誰も欠けないのなら、それでいいと思った。
親友なのに、嘘で彼女を納得させようとした。
親友を裏切った。
ごめんね、きらり。




