第23話 名門神楽坂家のご令嬢。
神楽坂 櫻子。
名家である神楽坂家の長女にして、俺が初告白をし損なった女性。
いわゆる、超お嬢様だ。
うちにいるエセ令嬢とは格が違う。
神楽坂家は、由緒あるホンモノの名家だ。そして、日本有数の資産家でもある。俺が神楽坂家を知ったのは、彼女に出会う何年も前だった。
今ではうろ覚えだが、何年か前に当時の当主が殺されて新聞沙汰になったのだ。たしか、犯人は婿養子の夫で、新聞などのマスコミは「財産目当ての偽りの家族関係」などと、名家の醜聞を面白おかしく書き立てた。
まぁ、しかし。
現当主は、その兄妹だった神楽坂さんのお父さんになり、その経営手腕も評価されている。家名に大きな傷を残すことはなかった。
今では、……少なくとも俺らの世代では、その出来事を覚えている者は少なく、神楽坂さんの育ちの良さそうな雰囲気も相まって、彼女を色眼鏡でみる人はいない。
そんな超お嬢様が、我が弱小部を見学にきている。
それを迎えるのは、副部長の俺と、ゴム被せが特技の後輩(女)と、さっきまでゴムをしていたクマのぬいぐるみの精鋭3名だ。
ちょっと、かなりピンチかも知れない。
「狭苦しい部室ですが」
とりあえず、紙コップでコーヒーを出した。
「ありがとうございます」
神楽坂さんは、コップを受け取るとニコッとした。
「お口に合うか分かりませんが」
「いえいえ、そんなことは……、美味しいです。まぁ、かわいいぬいぐるみ」
神楽坂さんは、クマの手を握った。
そのクマの手には、さっきまで得体の知れないゴムが被されていたのだが、言えるわけもない。
……なにかプレイだと思えば、アリな気もするが。
椎名の方を見ると、ニヤニヤしていた。
『さては、こいつがクマに被せた犯人だな』
俺は確信した。
そのあとは、部活のアルバムなどで、今までの活動内容を説明した。
うちの部活は、美術館等にいき美術品を鑑賞したり、体験するのが主な活動内容だ。設立当時は、同じ趣味の仲間ができるという点で、意義もあったが、SNSがある昨今、ぶっちゃけ個人でもできる内容だとは思う。
神楽坂さんは、そんな薄っぺらい活動内容にもかかわらず、頷きならまじめに聞いてくれた。
それにしても、この汚い部室は、神楽坂さんと合わなすぎる。神楽坂さんが入部したら部員たちは狂喜乱舞するだろうが。紅一点を通り越して、むしろ、ゴミ山に投げ込まれた綺麗な花の方に申し訳ない。
なので、興味はもってくれたが、入らないんだろうなとは思ってた。
「で、どうしますか?」
そう俺が聞くと、神楽坂さんは少し考える素振りをして答えた。
「んー。素敵な活動だとは思いますが、どうしようかな。この部室に来たら、副部長の山西くんには、いつも会えるんですか?」
俺は首裏のあたりを掻いた。
「いや、最近、(妹2人の相手で)色々とあって、あまり顔は出せてないっすね。他の者なら、誰かしらはいると思いますが……」
神楽坂さんは、少しだけ口を尖らせた。
「そうですか。山西くんには会えないのですか……。不慣れな部員のために来てくれたりしないのですね……」
神楽坂さんのために部室通いするなんて言ったら、妹(実妹の方)が発狂するわ。
それに、きらりとの待ち合わせもある。
あの子、我慢しちゃって何も不平を漏らさないから。悲しい思いをさせたくない。
きらりが1人で寂しく帰る姿を想像しただけで、俺が辛い。
「んー。ちょっと色々あって。俺はきついかも。でも、他の部員はいますし。ね?」
椎名は、無言で頷いた。
なにか気まずい。
おれは神楽坂さんのカップが空いていることに気づいた。
「それ捨てますよ。新しいの淹れますね」
「あ、わたし、自分でできます」
神楽坂さんは、それをゴミ箱に入れようとした。
その瞬間、俺の脳裏には、コンドームをゴミ箱に投げ入れる椎名の姿が浮かんだ。
あのゴミ箱を見られるのはマズい。
おい。椎名。
なんとかしろよ。
お前が原因だろ!!
おれは椎名の方を見た。
すると、椎名は口にバッテンをしていた。
マホトーン中ということらしい。
アホな上に役立たずだよ。この人。
「あ、いや。俺がやりますから!」
俺は思わず、神楽坂さんの手を握ってしまった。神楽坂さんはこちらに振り返り、髪の毛がフワッと俺の顔にかかった。
いかにも品のいい、
香水のような匂いがした。
そして、髪の毛が通り過ぎると、神楽坂さんの顔が目の前にあった。
間近でみる彼女は、まつ毛がながくて、なにかキラキラしていて、……さらに数段、綺麗だった。
——マジで、おれのタイプのど真ん中ストレートだわ。
一瞬、時が止まった。
再び時が動き出すと、神楽坂さんは視線を逸らした。
俯いて、ちょっとだけアヒル口になった。
神楽坂さんの頬は赤くなっていた。
「山西くん。そんな近くで見つめられると、……恥ずかしいよ」




