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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴方の愛おしい膨らみ

作者: 玉大福

柔らかい木の感触と、むせ返るような硫黄の匂い。熱波が体に巻き付く。






「紗代、急いでよ。

お風呂の時間30分しかないんだから!」

怒鳴るようなその声に慌てて貴方の後を追う。ほのかに色づく花々が花弁を落とす光景に見蕩れてしまっていた。

つるんと剥かれたそれが、ただ一色であるのにむしろ美しさを増すのは、花の種のようにこの先彩る姿をそこに見ているからかもしれない。

「ごめんね。」

「いいからはやく。」

貴方の長い爪が髪ゴムをひく。

うん、と呟いた声は布擦れの音に消されてしまった。

視線を落としてジャケットを脱ぐと、学校指定の白濁色のシャツが目に入る。可愛くないと貴方がしょっちゅうボヤいている、にごった色。

それでも、夏の太陽の元、汗で張りつくワイシャツを着た貴方の眩しいことと言ったら。

勝気な眉と赤みがかった髪の毛。はね上げた黒いアイラインが汗で滲んでいる。

照りつけるような日差しがよく似合う貴方。貴方が着ればそれもパキッとした白色に変わるから不思議だった。

私は手を止めてじっとつま先を見つめる。

ジリリ、という硬い音。

熟れた果実は地面に落ちる。視界の端に紺色のプリーツスカートとピンク色の爪が目に入った。

辺りの音が一瞬にして消えたような、熱気の籠ったこの空間に私たち2人だけになったかのような、そんな感覚。

吐き気を催すような甘い毒が徐々に身体へ回っていくのを感じながら、痺れる指でどうにかボタンを外す。

しゅるしゅる、しゅるり

その微かな音が鼓膜を揺らす度に、その毒は喜んで私を犯し、擦りむいた直後の傷跡のようにぐじゅぐじゅと脳みそを溶かしていく。耳元で心臓が鳴る。その一音一音に生命との繋がり、生々しい生を感じる。致死量のチョコレートを流し込まれている。

「あれ、亜莉沙じゃん。」

雑音。

その耳が痛くなるようなキンキン声と共に、貴方が振り向く気配がした。

「えー!なんでアンタらがいんのよ。

1組の時間はとっくに過ぎてるでしょ?」

弾む声。

貴方のその粗暴な振る舞いだけは好きじゃない。

楽しげな笑い声を聴きながら、するすると服を脱ぐ。

脱いだ服を、まとめて、畳んで、分別して、入れて。

それでもキンキン声が止まない。

貴方が気にしないように、忙しい振りをしていなくちゃ。

ビニール製の手提げ袋から入浴セットを意味もなく出して、確認して、入れて、出して、確認して、入れて、出して、

先程までの熱が嘘かのように体が冷え始めてきた。熱波たちは、私だけを避けてこの部屋中を旋回しているようだった。

ぐー、と悲鳴のような声を上げるモーターを見上げると、重たそうな体で必死に部屋の空気を回す。

そんなに必死な顔をされたら文句のひとつもつけられない。

他の場所はもっと綺麗なのに。

最近行われたという改修工事から溢れてしまった可哀想な老いぼれに密かな同情心を寄せた。

身の程、ってやつ。

馴染めてないよ。分かんないの?


「ねえ。」


肌に、指が、吸い付く。

私の肌は貴方の指先の凹凸さえもひろう。


「なにしてんの。時間ないって言ったじゃん。」


思わず顔を上げてしまった。

そこには一糸まとわぬ貴方の姿。

真っ赤な唇が、意外と筋肉質な肩が、繊維の着いたまつ毛が、腰への滑らかな曲線が、顔と首とのグラデーションが、ハリのある形の良い乳房が。

私の中にどっと押し寄せる。

ゴウン、ゴウン、ゴウンと回るモーターの音。

甘い、熱い、毒が、私のなかを巡り回る。

「もぉ」

瞳の奥の太陽が、きゅうと歪む。






「「何見てんのよ、えっち。」」






あの時と変わらない、目を細めるような笑い方。昼から夜へ一瞬だけ姿を変えるかのような貴方の笑顔。

の、平行眉と細いアイライン。

かつて私を焦がした太陽は薄い茶色で覆われてしまっていた。

透き通るような白い肌も、華奢な肩も、栗色のウェーブも、どこかで見た他人の影と簡単に重なる。

「…ごめんね、」

急なカーブのすぐ下、豊満なバストと対になるように、貴方の腹部はなだらかな曲線を描いている。

燦々と輝く真夏の日差しだった貴方は、万物を癒す柔らかな木漏れ日に変わってしまった。

お腹を大事そうに撫でるあなたはまるで絵画のようで。女として完璧な美しさ。これ以上ない、神秘的な美しさ。






「「あーちゃんが綺麗だから、見とれちゃった。」」





8年前の熱にうかされている。

頭の中でモーターの音が響く。

「元気な赤ちゃん産んでね。」

恥ずかしげに顔を覆う貴方の左手がきらりと光った気がした。


おめでとう。

貴方のそんな姿、私は一生見たくなかったよ。

お風呂上がりにファミレスへ行った。


ハンバーグステーキのAセット。


嫌いだったはずの玉ねぎを、貴方は美味しいといって頬張った。


「嫌いじゃなかったっけ?」と聞いたら


「好き嫌いしてちゃいいママになれないでしょ。」と笑った。


「あーちゃんなら絶対いいお母さんになれるよ。」と言って、私も笑った。


それから、貴方とは一度も会っていない。

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