散歩に出かけたその後で
誰も信じてくれない、ボーという音が1日中鳴り響き部屋がガタガタと揺れているのに、そんな音は聴こえない振動って? と返されるだけ。
110番して来て貰った警察官もマンションの管理会社の社員も、隣や上下の部屋に住む奴等も誰も信じない。
中には私が見てないと思ってなのか? 自分の頭を指差してクルクルと回したあとパッと広げる動作をする奴もいる。
ネットで低周波騒音を調べると、騒音を出している機器を特定してその所有者にその機器を鉄板やコンクリートで囲って貰えとしか表示されない。
相手を特定出来ない時はどうすれば良いんだ?
私はマンションの中ほどの階に住んでいる。
隣や上下の部屋に低周波騒音の元になっている機器は無い。
エアコンの室外機などは置いてあるけど、稼働している時間帯と騒音や振動を感じる時間に誤差がある。
多分だが、1キロ程先の工場のボイラーが騒音の元じゃないかと思う。
無職の私は朝や昼に散歩に出かけては工場とそこで働く従業員を睨む。
私に出来るのはそれだけだから。
でも、もう耐えられない。
ある晩散歩から帰って来た私は雪が舞う中窓を開けて工場に目を向ける。
工場のそこかしこから紅蓮の炎が立ち上り夜空を焦がしていた。
朝昼に散歩に出かけて工場に侵入出来るところや可燃物が置かれている場所を見つけておいた。
だから今さっき夜の散歩に出かけて工場に侵入し、可燃物にガソリンを掛けて火を放って来たんだ。
「ハハハハ、燃えろ、燃えろ」
工場が無くなれはボイラーも無くなって静かになる筈だ。
燃え上がる工場を見つめている私の耳にマンションの下の方から、「火事だぁー!」と言う叫び声が聞こえた。
今さっき夜の散歩から帰って来た私は、序にマンションの出入り口や1階の階段やエレベーターの周囲にもガソリンをバラ撒き火を放って来たからな。
工場に侵入して火を放ったのは私だと遅かれ早かれバレるだろう。
それで逮捕されるなんて真っ平だ。
だから私の事を信じず馬鹿にした奴等も道連れにしてやろうと思っての事。
窓を開け燃え上がる工場を眺めてる私のところにも、マンションの階下から火の粉が舞い上がって来る。
でもそんな物に気を取られる事も無く私は燃え上がる工場を見つめ続けていた。