アイン
ほぼ同時刻、ミーアはクルスタワーの屋上で空を眺めていた。
何もすることがなく、ほうけていたのだ。
「海斗……大丈夫かなぁ」
神に祈るような性格ではなかった。少し心配して、時間が経つのを待つばかり。
クルスタワーの屋上は静かで落ち着く場所だとミーアは感じていた。前からそうだ。
嫌なことがあった時はいつもここに来ていた。
「どうしましたか？お嬢さん」
振り向くと声の主は壁の陰から姿を現した。精悍な男性。直感からミーアは少し後ずさった。
「友達待ってるんです」
「君もかい？僕も同士を待ってるんだ」
「同士……ですか？」
「うん。人間じゃないし」
「え？……」
黒い翼を羽ばたかせた悪魔がクルスタワーの屋上に舞い降りた。
腕には血がつき、臭いが漂っている。
「おい、あれはここの地下だとよ。今から行くからどっかに避けてろ」
悪魔は男に話しかけて腕についた血を舐めた。
「それよりアイン。君はその男の相手をしてなよ」
クルスタワーの屋上にたどり着いた海斗が大剣を構えてミーアの近くに立っていた。
「ミーア、すぐに逃げるんだ。でも、城にはまだ行かないで。後で捜すから」
「パパは？」
海斗は何も言わなかった。そしてアインと呼ばれた悪魔を睨みつける。
「話は後。早く！」
何も話してくれない海斗に腹が立ったが緊迫した状況にあることは理解できていた。
ミーアは扉からクルスタワーの中に入り、階段を駆け降りていく。
「僕も巻き込まれる前に行こうかな」
ズボンのポケットに腕を突っ込む、扉からゆっくりと降りていった。
海斗はその男が気になったが、今は感知していられない。
アインの強さはまだわかっていない。油断は死に繋がる。
「しっかり守れよ。早々に終わっちまったらつまんないから……さぁ！」
アインは右手をにぎりしめ、大剣を殴り付けた。海斗を吹き飛ばし、クルスタワーの屋上から落とした。
海斗は魔力で身体を強化し、知らない家の屋根に着地した。
「もっと抵抗しろ！さあさあさあ！」
アインが屋根のコンクリートを殴ると割れ目が入った。
「時間がないんだ！」
大剣で一閃、かわされたが遠心力で回し蹴りを放った。
「おっと」
回し蹴りもかわされ、舌打ち。大剣を突き刺すつもりで刃を立てた。
「さっさと消えろ！」
焦っていた。ギルドの仲間は皆、城の地下に悪魔の涙があると思っている。
クルスタワーに来る仲間はまずいないと考えるべきだ。そしてさっきここにいた男。
アインの姿を見ても全く恐怖していなかった。まごうことなく人間だった。
「闘いだけに集中しろ！じゃないとつまんねぇだろうが！」
鋭い爪が海斗の身体に切り傷を増やしていく。海斗は後ろに跳び、右腕に魔力を込めた。
「風牙」
指を真っすぐ伸ばし、アインに衝撃波を繰り出す。
アインの右足の股を衝撃波がスパンッと音を立てて切り裂いた。
足を切断するには浅過ぎる。人間の血とは違い、緑の液体が股の傷から流れ出た。
「それだ！もっと来い！もっと俺を楽しませろやあぁぁぁ！！」
「何だよ！こいつ！」
苦虫かみつぶしたような顔をしながら海斗は距離を取った。
（樹里と大牙は大丈夫だよな……）
敵にアインのような強さを持ったやつがいるのは厄介だった。
今回の依頼、クルス王国の防衛はギルドマスターが信頼をおいている数人が担当している。
アインのような敵が複数いた場合、手が回らなくなる可能性が出て来る。海斗はそれが気になってしょうがなかった。
