第7話
人間の進化は緩慢なのに対し、科学の進化は早いものだった。
俺はそのことをこの戦争で思いしらされた。
戦争が始まった初期には一発撃つごとに弾を装填しなけりゃならない銃が主流だった。
無論現在でもそんな銃は使われてる。
「俺のニワトリが装弾数20発に対してこっちは30発、ニワトリが10kgあるのに対してこっちは5kgもない。もうニワトリなんざ要らねぇだろ」
モーゼスが自分の銃と見比べて嘆いている。
持っているのは食料と一緒に木箱の中に入っていた銃でペイルが開発した新型の銃、短機関銃というらしい、小銃を短くして横に弾倉をポン付けしたような見た目だ。
使うのは拳銃の弾だが、引き金を引けば弾が切れるまで撃ち続けられる代物だとか……確かにニワトリは不要だな。
「だが威力では小銃の弾を使うニワトリの方が上だ。加えて射程もな」
一応エリアンがニワトリの擁護をしてくれているが、気休め程度だ。
「俺のニワトリは言うこと聞いてくれませんよ。すぐに弾詰まりを起こしやがる」
「まだ分からんぞ。実戦経験はこれがはじめてらしいからな」
ペイルもデュッセルも、この戦争で試作の兵器を次々と投入してきていた。
だがたまに『当たり』の兵器を引ければ御の字で、実際はゴミのような武器を掴まされて心中することが殆どだった。
「さて……一等兵。この武器はお前が使え。扱い方は説明書を読んで覚えるように。もしもの時に備えていつもの小銃も装備しておくように」
「重いんですがね……」
背中に背負った小銃がおよそ4kg、そしてこの短機関銃が4kgちょっと。
計8kg、他に装備品も入れればかなり重くなる。
「さて、仕事に戻ろう。有刺鉄線を──」
エリアンがそう言った瞬間、後ろで偵察をしていた仲間が叫んだ。
「毒ガスだ! 全員ガスマスクをつけろ! 死ぬぞ!」
アールス山の方角から黄色い煙が雪崩のように降りてくるのが見えた。
だが俺達はその煙に違和感を覚えていた。
いつもと違う黄色い色をしていたからだ。
「いつもの色じゃない。新型の毒ガスの可能性もある。後退しろ!」
「「「了解!」」」
エリアンの指示で、俺達の分隊は後方に下がった。
だが一部の分隊はガスマスクを装備して敵の突撃に備えていて、それが悲劇につながった。
「あああクソ! 目が!!」
「ガスマスクが効かねぇ!」
敵陣地から最も近い場所に居た奴等、逃げなかった奴等、逃げ遅れた奴等。
そいつらは毒ガスによる攻撃をもろにくらい、マスクをつけるのが遅れた奴らは塹壕内でのたうち回った。
恐ろしいのはガスマスクをつけていた連中にも症状が出ていたことだろう。
「新型のガスってわけか! デュッセルの奴等め!」
モーゼスがガスマスクをつけながら吠える。
黄色い煙はこちらに向かってきている、あれの中に入ってしまえば俺達の命も危ない。
「走れ走れ! 金がもらえると思って全力で走れ!」
ぬかるんだ塹壕内を全速力で走り回る俺達、他の仲間と肩をぶつけながら一心不乱に走り回った。
中には転んで他の仲間に踏みつぶされて死んだ奴もいたが、謝ってやる暇も、弔ってやる暇もない。
「重い! やっぱり銃は一丁で十分ですよ軍曹殿!」
「仕方ない一丁こっちによこせ!」
俺は新型の短機関銃の方をエリアンに渡し、走り抜けた。
とにかく無我夢中だった。
後ろを見れば逃げ遅れた奴らの咳き込む声、そして不自然な痙攣を繰り返すネズミがいる。
俺も逃げ遅れればああなってしまう。
「おい煙草屋! ここから逃げきれたらお前の煙草で一服やろうぜ!」
「お断りだモーゼス!」
ただ走った。