第6話
デュッセルからの攻撃を凌いだ後、俺達は後方から来た援軍のお陰でなんとか持ち直した。
今はすっかりと日が暮れて、何人かは食事をとっている。
「痛ぇな糞……」
「助かってよかったよ全く」
俺達の分隊は手当を受けて、テントと手術用のベッドが1つだけある急ごしらえの救護所でお互いの無事を喜びあった。
一番重症だったアヌックも、今は剥き出しの地面の上ですやすやと寝息をたてている。
モーゼスは……どこかに行ってる、きっと小便だろう。
「アヌック……死んでなくて良かった。ずっと俺に弾を運んでくれたんです。俺が戦えるように」
「俺とモーゼスのほうは二度目の爆撃で駄目だった。やるじゃないか一等兵、24機撃墜だと? 勲章ものだ、弟に合えたら誇れるな」
「そうですね」
エリアンはそう言って褒めてくれたが、心中は複雑だった。
俺の攻撃で味方を守ることはできなかったからだ。
所々破れた軍服にはいまだに自分と仲間の血が付いている。
「……始まったな」
「ええ」
エリアンと俺が救護所の中から外を見ると銃と砲撃の音が響き渡る。
アールス山の方角からだ。
「この戦いは、勝ってるんですかね?」
とてもそうは思えないが、エリアンに尋ねてみた。
どんな意見を言うのか聞きたかったから。
「俺達の戦いは敵かこっちが降伏すれば終わりだ。勝ってるか負けてるかなんて、今は分からん」
「そりゃそうだ」
笑いながら俺は軍服の中をまさぐり、煙草を探した。
が、見つからない。
「モーゼスの野郎、スリやがったな」
俺はその後、帰ってきたモーゼスの顎に一発かましてやった。
朝、出血が止まって意識を取り戻した俺達はすぐさま元の塹壕に放り込まれた。
破傷風にでもなったらどうしてくれるんだと言ってやりたかったが、次々送られてくる負傷者を前にそんなことは言えなかった。
「ああクソ、消えろネズミ共」
頭と顔に包帯を巻いて眠っているアヌックにネズミ共は群がってきた。
重症で動けなくなった奴にネズミが群がって肉を貪っていたなんて話しはよく聞くが、アヌックは生きているしまだ動ける。
そんなことは俺が許さん。
「一等兵、袋持ってきてくれ。土嚢がもっといる」
「了解です軍曹殿」
スコップ片手に土嚢を作っていたエリアンが命令してきた。
昨晩の戦いで、また多くの兵士が息絶えた。
塹壕も、陣地もめちゃくちゃで俺達はここを直す必要があった。
前進なんてほぼできちゃいない。
「……腹減ったな」
空腹だとわめき散らす腹をさすりながら俺は袋をとりに向かった。
「おおっ、英雄殿のお通りだ! いい活躍だったみたいだな」
「どうもね」
たまたま塹壕内で通りがかった兵士が笑顔でそう言ってくれた。
茶化すような口調じゃなくて良かった。
「さて、袋は……」
物資の集積所から俺は袋をとり、自分の分隊がいる場所へと戻る。
汚泥が靴の中に入って大変不愉快だ、あとで確認しておこう。
塹壕足はごめんだ。
「戻りましたよ軍曹殿」
「そこに置いといてくれ。アヌックもそろそろ起こせ。交代だ」
「はい。アヌック、起きろ」
「眠い……」
泥の付いた手で目を擦るアヌックと一緒に俺は土嚢を作り始めた。
土が入っただけのこれが敵の銃弾から実を守る盾になるんだから、分からないものだ。
「おおい、飯とお土産貰ってきたぞ」
アヌックと一緒に土嚢を作っていると、モーゼスが小銃を入れる木箱を担いで戻ってきた。
一体何を持ってきたのか?
俺達は仕事をほったらかしてモーゼスの持ってきた木箱の中身を覗いてみた。
中に入っていたのは缶詰めが4つとニンニクが3つ。
それから煙草と酒、あとは……よく分からないが銃に見える何か。
「缶詰めか……しかもこの糞不味い」
「ニンニクは私が貰いますね。缶詰めはどうぞ」
「ふざけんな平等に分ける。モーゼスはタバコ抜きだ」
「それこそふざけんな!」
エリアン、アヌック、俺、モーゼスの順にやいのやいの言いながらも中身を分けあって食事をとる。
缶詰めは銃剣を刺して無理やり開けた。
中身は……脂肪の浮いたシチューのような何か、黒ずんだ物は元はじゃがいもだろうか?
本来暖めて食べるものらしいが前線でそんなことはできない。
不味すぎて吐き気が止まらなかった。
「おえっ……」
「吐かないで下さいよ」
坊主頭をこっちに向けながら、エリアンは地面に向かって吐きそうになっている。
モーゼスに至っては開けてすらいない、ニンニクだけかじって酒で流し込んでる。
アヌックも同じだったが。
「酒も相変わらずガソリン臭いな。そのくせ酒精は強いのが糞だ」
最悪な食事をとった後、俺達は再び仕事に戻った。
木箱の中の銃は忘れられて。