第5話
太陽の日差しの真下で、俺達は戦った。
爆弾の雨が降り注ぎ、苦労して作った鉄条網や土嚢は吹き飛び、下にいる人間は爆撃に怯えていた。
「アヌック! 弾をくれ!」
「こっちにもだ!」
空を舞う赤い戦闘機に向かって、対空機関砲をぶっぱなす。
唸りを上げて通りすぎていく戦闘機になんとか俺は照準を合わせ、弾丸をぶちこんでいく。
弾は着弾し、木の破片が飛び、黒煙を巻き上げて蚊のように戦闘機は落ちていった。
「アヌック! 弾だ! 弾をくれ! 弾!!」
アヌックに弾の催促をしながら、俺は戦闘機を落とし続けた。
我ながらこのときの自分は教科書にでも載るくらいの活躍だったと思う。
「くたばりやがれ!! デュッセルのカマ野郎共!!」
10機を落としたとき、俺は汚い言葉を敵に浴びせながら弾が補充されるのを待った。
「アヌック、もし20機落とせたら俺と結婚してくれ! 式で祝砲代わりにこいつをぶっぱなしてやる!」
「……30機なら……考えて、いい……ですよ」
冗談を言いながら、俺は弾を戦闘機に向かって叩き込み続ける。
羽虫のように次々落ちていく戦闘機に、俺は興奮していた。
俺こそが戦場の王だと、兵士の生き死にを決める死神なのだと、そう信じて疑わなかった。
周囲の音が聞こえなくなり、自分の放つ機関砲の音だけが聞こえた。
「かかってきやがれ!! クソッタレの! どうしようもない! このウジ虫野郎共!!」
何機落としたのか数えるのを忘れたころ、爆撃は止みデュッセルの戦闘機は反転し逃げていった。
晴れ晴れした気分。
誰かに自分の戦果を自慢したくてたまらない。
「どうだアヌック、約束通り30機落としたんじゃないか? ざまぁみやがれ」
「24機……ですよ。足りませんね……私も結婚できなくて、残念です」
アヌックの妙に途切れ途切れの言葉に俺は茶化そうと振り返った。
きっと爆撃でビビってまともに声も出ないんだろう。
タマがどうたら言っていた奴が情けない。
そう思っていた。
「アヌッ……ク?」
振り返った先に居たのは、頭から血を流しているアヌックの姿だった。
いや、頭だけじゃない。
腹部や肩、足からの出血も見える。
金の髪は赤黒く染められ、軍服は泥と血が混じって死体と見た目が変わらない。
「アヌック、なんで?」
「後方から……味方が来てます。今更……です……が──」
自分の方へと倒れ込んでくるアヌックを受け止めて顔色を見た、血の気がない。
「一体何で……え?」
この時俺は自分が戦場で麻痺していたんだと気が付いた。
周囲を見れば何でアヌックが負傷していたのかがわかる。
味方陣地はデュッセルからの攻撃で散々な有様だったからだ。
付近に落ちた戦闘機が炎と煙を吐き出し、爆撃で抉り返された穴の近くには真新しい死体が粉々になって散らばっていた。
俺とアヌック以外に動いている人間はごく僅かで、そいつらは俺の目には幽鬼のように見える。
「無事か……お前等」
声のする方を見るとモーゼスが居た、肩を貸されてはいるがエリアンもいる。
2人とも血まみれで満身創痍の状態だった。
「アヌックが負傷した! 助けてくれ!」
「煙草屋、お前もズタボロだぞ……」
「は?」
モーゼスに言われて自分の身体に視線を向けてみる。
下腹と太ももに木の破片が突き刺さっていた。
「嘘だ」
冗談に思えるかもしれないが自分の身体がこんな風になっているにも関わらず俺は全然気が付かなかった。
よく見れば俺が操作していた機関砲の近くには爆弾が着弾した跡があった。
普通気が付くだろうが……俺はきっと頭がおかしくなっていたんだろう。
「まぁ……死ぬことはなさそうだな。後方から援軍が来てる。行こう。アヌックはお前が担げ」
「ああ……」
今更になって痛みだした体を無理やり動かし、俺達は歩いた。
俺はモーゼスと共に重症のエリアンとアヌックを連れて後方から来る援軍の方へと向かった。