第4話
エリアンは解説を終えると俺にペンダントを渡し、壁に背中を預けて鉄帽で目を隠した。
もうこれ以上喋る気は無い、エリアンの顔にそう書いてある。
「それで一等兵殿は弟さんをどうしたいんです?」
「知りたいだけさ。生きてるのか死んでるのか、まだ戦っているのかどうなのかな」
本音は国に連れ戻すのが目的だが、そんなことを話して密告でもされようものなら俺は弟に会う前に首を括られる、だから俺は本心を誰にも話しちゃいない。
「他の兵士にも弟のことは聞いてたよなお前」
煙草を吸いながらモーゼスが茶化してきた。
「悪いかよ? これでもたった一人の弟なんだよ。大事なんだ」
「分かりますよその気持ちは。私も弟が居ましたから」
「……居ました?」
「……死んだんです。デュッセルからの砲撃で」
アヌックの表情が曇る、まだ俺の方が死んだと確定していないだけマシなのかもしれないな。
希望がもてるから。
「一等兵殿の弟さんが無事でいるよう神に祈ってますよ」
「神様ね。たまには祈ってみるか」
出会って間もないが、ちょっといい奴だということは分った。
「さて、そろそろ休憩も終わりか偵察に──」
突然起き上がったエリアンが言い淀んだ、その時だった。
アールス山の方角から、黄緑色の煙が降りてくるのが見えた。
「全員ガスマスク着用! 毒ガスだ!」
エリアンが叫ぶ。
どうやらデュッセルの奴等は俺達をゆっくりさせてくれるつもりは毛頭ないらしい。
「グァッ──」
銃を構えようとしていると、隣の分隊が塹壕と一緒に丸々吹き飛ばされた。
それを皮切りに俺達の頭上からドンドン砲弾が降り注いでくる。
俺達の分隊は反撃をやめて後方に行くことを決めた。
「おいていかないでくれぇっ!!」
「まて! 助けて!」
重症だがまだ生きている仲間を見捨てて俺達は下がる。
助ければ俺達が死ぬから。
「すまない……すまない」
「神様……」
エリアンとアヌックは仲間を見捨てるのに僅かな抵抗を見せていたが、そんな想いは砲弾の音でかきけされる。
「おい煙草屋! 生きてるか!?」
「不思議とな!」
俺達の進む先、味方陣地からアールス山に向かって砲撃するのが見える。
前と後ろから砲撃の音が聞こえてきて頭がおかしくなりそうだった。
塹壕の中では一体どこに隠れていたのかと思うほど大量のネズミとゴキブリが汚泥の中を泳いでいる。
こいつらも新鮮な餌をほったらかして仲良く逃亡だ。
「見てください軍曹! 仲間の戦闘機が助けに来てくれました!」
ガスマスクを着用している状態でアヌックが叫ぶ。
だがきっと何か悪い幻覚でも見ているんだろう。
デュッセルの陣地には対空砲が大量に配置されている、戦闘機がこれるわけがない。
「この馬鹿野郎! あれは敵の戦闘機だ! 立ち止まるな死ぬぞ!」
立ち止まるアヌックにエリアンは叫んだ。
俺達の頭上には空を舞う赤い羽を付けた戦闘機が唸りをあげて飛んでいた。
どいつもこいつもご丁寧に腹には爆弾を抱えて。
「味方陣地に対空機関砲がある! それを使って一等兵とモーゼスはあいつらを叩き落とせ!」
陣地になんとかたどり着いた俺達はデュッセルの戦闘機に向かって機関砲をぶっぱなした。
俺達が陣地にたどり着いた時点で、既に味方に向かってデュッセルの戦闘機は爆弾を投げ込んでいて、被害は拡大中。
対して味方の対空はほぼ出来ていなくて、当たってもデュッセルの戦闘機は飛行に支障が無いような状態だった。
「モーゼス! こんなときに煙草なんて吸うな!」
「こんな時だから吸うんだよ煙草屋! あの世じゃ吸えねえからな!」
グダグダと文句をたれながら、俺達は空の驚脅威に立ち向かった。