第39話
泥まみれの塹壕の中で、モーゼスは力尽きた。
煙草が足りなきゃ俺からくすねたり、ニワトリが動かなきゃキレて地面に叩きつけたり、黄色い歯を見せて笑っていたおっさん。
それが今、死んだ。
いや、殺された。
「何をしやがるんだ!! この糞野郎が!!」
声の限り叫んださ。
戦場ではいつ死ぬかなんて分かったもんじゃない、弱った奴は基本的に見捨てる。
だが俺は許せなかった。
目の前にいる腐れ外道が。
「そ、そいつは既に足手まといで、私の命令も聞かな──」
「意図的に無視してる訳じゃないのくらい分かってただろうが!!」
俺が声の限りに吠えると、いまだ拳銃を握りしめたままのベンヤミンはたじろいだ。
何故?そう言いたげなベンヤミン、その表情が俺の怒りを更に増幅させてくれる。
戦友をよく知りもしない人間にぶち殺されて黙っていられるか!
「……一等兵殿、ここは抑えてください。そんな暇はありません」
アヌックが怒り狂う俺の耳元でそんなことを言ってきた。
「ふざけるな! 黙っていられるか!」
「ここは戦地です。砲弾が雨あられと降ってきます。ひとまずは逃げるんです」
「そ、そうだ! 早く行くぞ! おまえ達を助けるためにも私は撃ったんだからな!」
は?
意味不明だ。
「そいつはもうお荷物で、いずれ我々を殺すことになる! だから私は殺したんだ!」
「行きましょう、一等兵殿。今ここで死んでは何もなりません」
次第に強くなる砲弾の雨、もう時間がないことは馬鹿な俺でも分かる。
だが許せない。
「……一等兵殿」
「なんだッ!?」
苛立ち、その場から離れられない俺に対して、アヌックはこう耳打ちしてきた。
「死因は爆死、いいですね?」
「は?」
アヌックは流れ出た血でモーゼスの額に十字を書いた後、俺の手を引いて走り出した。
「アヌック! どういうつもりだ!?」
アヌック……お前がそれほど冷たい奴だとは思わなかったよ。
失望し、手を引くアヌックを睨み付ける。
「貴様ら! 私を置いて先に逃げるな!」
後ろから走ってくるベンヤミン、走りながらモーゼスの遺体を踏みつけたのを見て、また叫びそうになる。
「3……2……1」
「は?」
突然数を数えだしたアヌック、これの意味が分かったのは次の瞬間だった。
「へ?」
ベンヤミンが間抜けな声をあげる。
奴が見たのは自分の足元に転がる柄付きの手榴弾。
既に火が付いた状態のそれだった。
「ギャアアアアッ!!!」
聞くに堪えない無様かつ汚い悲鳴と共に手榴弾は炸裂、泥とベンヤミンの肉を巻き上げた。
「アヌック……お前……」
前を走っていた俺達は無事だったが、ベンヤミンは足元が吹き飛ばされ瀕死の重症を負った。
一応生きちゃいるがあれじゃ助からない。
「助け……て」
そんな声がベンヤミンの方から聞こえてきたような気がするが多分気のせいだろう。
「一等兵殿、貴方は上官殺しなんて汚名背負うことはありません。軍法会議で裁かれるのはもう何も背負っていない私こそがふさわしい」
「……ベンヤミンは敵に手榴弾を投げようとして、時間を間違えて爆死した。それで間違いはない」
モーゼスを殺したベンヤミンは死んだ……
仲間を意図的に殺す……間接的にお前の死に様を見た俺ですらこのザマだ手が震える。
ベンヤミン、お前はなんでこんな真似が平然と出来たんだ?




