第3話
俺達の陣地はアールス山の麓にある平原にあり、敵のデュッセルはアールス山に陣取っていた、まぁ山と言っても国境を半円状に囲む山脈だが。
俺達は敵の砲弾が山から降って来る平原で汚泥と腐った血が溜まった塹壕の中で、小銃を背中に背負いながらスコップで塹壕を掘り進める傍ら死体を後方に送り埋葬する。
その際だが、俺とモーゼスはついでにあることをしていた。
「おい煙草屋、どうだ?」
「あったよ。ザクザク出てくる」
モーゼスと一緒にネズミが群がる死体から様々な物を回収していた。
早くしないとネズミとゴキブリの餌になるからな。
目当ての物は弾薬、使えそうなブーツや携行食糧、配給されている煙草や酒の残りなんかだ。
軍服も変えたいがこれは回収したあと使えそうなのは洗浄して本国に送るらしい。
「そっちはあったか?」
俺がモーゼスに尋ねるとニコニコしながら食べかけの黒パンを取り出した。
「この煙草と交換してくれ」
「あいよ」
俺がモーゼスに煙草を渡すと、俺の手には食べかけの黒パンが乗った。
戦争初期はまともなパンが配給されていたが現在では様々なものが混ぜられている。
カブなんかが混ぜられていればまだいいほうで、時にはおがくずまで混ぜている粗悪なパンもあった。
だがそんなものでもないよりはましだ。
俺はだれにも見られないように冷めきって固くなったパンにかじりつく。
「腹が減ったな」
モーゼスではなくパンを食べたはずの俺がそんなことを言っていた。
「ああ、今日の配給はなんだろうな……また糞不味い缶詰めじゃないといいが」
「故郷のお袋が作ってくれたシチューが懐かしいよ全く」
愚痴をこぼしながら、俺達はエリアンの所へと戻っていく。
丁度弾薬も回収できた。
これでしばらくは戦える。
「遅いぞ2人とも、一体どこで道草食ってた?」
俺とモーゼスが帰ってくると、坊主頭のエリアンが塹壕の壁に背中を預けアヌックと共に休憩していた。
食ってたのは食べかけのパンだ。
そう言いたくなるのを抑え、俺は休息をとる。
「エリアン軍曹、俺達はこのままここで待機するのですか?」
僅かな期待を込めて、モーゼスはエリアンにそう聞いていた。
情けない話だが俺も期待していなかったと言えば嘘になる。
「……今日も夜襲をかけるそうだ。正面からな」
「そうですか……」
エリアンの言葉には希望も糞もなかった。
また大勢仲間が死ぬことになるだろう。
自分も生きているか分からない、弟もいつ見つけられることやら、だ。
「とはいえ今回は上官殿も多少考えたらしい。作戦があるそうだ」
「作戦?」
嫌な予感しかない。
「我々の分隊含む小隊で右側面に回り込み、敵陣地に奇襲をかけるそうだ」
な?
嫌な予感は当たっただろ?
「たかだか30名程度で陣地の攻略が出来るんですか?」
「正面からはまたいつものように突撃がある。そうやって引き付けている間に我々は敵陣地に奇襲、混乱させたところで正面から攻撃をかけて一気に占領するんだそうだ」
アールスの敵陣地に続く道は正面しかない。
他は崖を登ることになるのだが、上官殿はそこのところを理解しているのだろうか?
「無謀なのは百も承知だ。だが我々は兵士、やりとげなければならない」
エリアンは栗色の頭に付いた泥を払いながら、そういってきた。
何が兵士だクソッたれ。
「一等兵殿は何か他の作戦があるのですか?」
心の中で悪態をついているとそれまで黙っていたアヌックが青い瞳を真っ直ぐに向けて口を開く。
「いいや? 生憎と俺に戦場を見る目は無いんでな」
「ならば黙って従うしかありません。敵の一番の急所目掛けて弾を叩き込んでやるんです」
そう言ってアヌックは自分のこめかみに手で銃を表現した。
「……俺には別にやりたいこともあるんでな。生き残りながらそれをさせて貰うよ」
アヌックの金髪を撫でながら、俺は隣に座った。
「別のやりたいこと? なんですか?」
「……弟を探してるのさ」
隣で不思議そうな顔をしているアヌックに、俺は懐に入れておいたペンダントを見せる。
「しけたツラしてるのが俺、隣のしっかりしてるのが弟さ」
ペンダントに入った白黒写真には2人の男が写っていた。
1人は俺……まぁぼやけてるが、そしてもう一人が弟。
弟の方は整った顔立ちと清廉そのものな性格の……まぁ一言で言うならいい男だ。
「こいつをもし戦場で見かけたら教えてくれ。礼はする」
「大事なんですね」
「たった1人の弟だからな」
アヌックは微笑んでいたと思う。
馬鹿にしたような口調でもなくて、それが少しだけ俺も嬉しかった。
「ですが……かなり難しいと思います。この写真の通りだとしたら」
「だろうな、それは軍曹殿にもおんなじことを言われたよ」
俺がアヌックを見ていると、エリアンにペンダントを渡した。
「優秀な弟さんだろう? 『腕章付き』だ」
エリアンは弟の腕に巻かれている腕章を指さしてそう言った。
腕章付き、ペイル共和国が誇る勇猛果敢な精鋭の兵士達、その別名だ。
「腕章付きはこの戦いで初期の頃に投入されてるがほぼ全滅している。それでも探すというんだから筋金入りだ」
普通なら馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、アヌックはこのことを笑いはしなかった。