第10話
決戦当日、日中はほぼ戦況に変わりなどはなかった。
お互いが塹壕を掘りあって、近くの塹壕の中に手榴弾攻撃を加える程度で俺達の損耗はほぼ無かった。
動き始めたのは日が暮れて間もなくだった。
「なんだよ、こんだけの兵士がいるんなら最初から出せってんだ」
「ぼやくな一等兵、言っておくがほとんど学校あがりの新兵か老兵だ。あまり期待はするな」
俺達の後方から、どこからかき集めてきたのか二個連隊程の歩兵が野砲と小銃を担ぎ、声すら出さずに夜の闇に紛れてこのアールスの地へと集結した。
彼等の中には腕に黒い布を着けた、所謂『腕章付き』の奴等もいた。
俺はそんな奴等の中にもしかしたら弟がいるかもしれないと思ったが、あいにく探しに行くことは出来そうになかった。
「一等兵、お前の気持ちも分からなくはないがやめてくれ。脱走兵は死刑になる」
俺の気持ちが分かっているエリアンがそう釘をさしてきた。
目の前の戦いが終わらなければ弟の捜索はできない。
小銃を持つ手に力が入った。
「神よ、あなたに背くことを御許し下さい。私の指に勇気を下さい」
「…………ふぅ」
俺の周りにはアヌックとモーゼスがいた。
武器の手入れが終わったあと、準備を整え、来るべき時間に備えていた。
アヌックは神に祈りを捧げ、モーゼスは最後に残った煙草をふかしている。
皆、覚悟を決める為、恐怖を覆い隠すために儀式を済ませていた。
「軍曹殿、貴方は怖くないんですか? この戦いで死ぬかもしれませんよ」
「死ぬかどうかはやってみなければ分からん。というかいつも死の危険が付きまとうのが戦場だ。入った瞬間から覚悟くらい決めておけ馬鹿者」
そういうエリアンの手は、震えていた。
「……震えてますよ」
「ほっとけ、そんなことより……来たぞ」
震える手で空を指差すエリアン。
見えてきたのは空の彼方からエンジン音も高らかに飛来してきた爆撃機の群れ。
そして後方には月明かりにうっすらと見える巨大な影……
「おいふざけるなよ! 『クジラ』まで連れてきたのか!? あんなもんただの的だ!」
俺達の頭上には『クジラ』と呼ばれる巨大な飛行船が空を飛んでいた。
大型の飛行船が2機、爆撃機よりも遅く、的が大きいために対空機関砲や戦闘機が発展した結果廃れていった……いわば時代の流れに取り残された存在だ。
「一等兵、お前は飛行艇に乗ったことはあるか? 操縦したことは?」
「俺は陸軍です。そんなことはしたことがない」
「……だったら一つ言っておく。くれぐれもあの空の兵士達の犠牲を無駄にするな。俺達がふがいないからあいつらが出て来たんだ」
言っている意味が分からない。
「夜間の飛行は命がけだ。味方と接触する可能性、地表が見えず落ちる可能性、仮に生きていたとしても基地に戻って着陸するのは至難の業だ」
「……だったら尚更、こんなことをさせるのは」
「他にどんな方法がある? 陸軍はアールスを取れず、海軍は来れない、対空機関砲があって日中でも航空支援は出来ず、こっちの野砲は届かない。もうこれしかないんだ」
俺の言葉に答えたエリアン、表情は暗くてよく見えないがきっと俺に怒っていたんだと思う。
何も言い返せず、俺は空を舞う飛行船を見ていた。
暗い闇の中、デュッセルの物と思われるサーチライトが飛行船を照らしだし、攻撃が始まった。
山の方角から機関砲の音が鳴り響き、被弾した飛行船が炎をまき散らしながら進んでいく。
血を流しながらでも泳ぎ続ける鯨のように……
「行くぞ。爆撃が終わり次第、突撃だ」




