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第1話

 初夏の頃だった。


 俺達の国、ペイル共和国に隣国のデュッセル王国が攻めこんできた。


 デュッセルはもともと同盟関係にあった国だったが、なぜ攻めこんできたのか、理由はわからない。


 どっかの国の王様が撃たれたから、失われた国土を取り戻すため、領土拡大のため……ラジオでそんな風に言ってたがお偉いさんの真意なんて分かりっこない。


 俺は戦争なんて参加するつもりは無かったが、参加しなけりゃならない理由ができた。


 弟だ。


 『それじゃ兄さん。僕はもう行くから』


 俺の弟はそう言い残し、兵士としてペイルの国境付近にある領土、アールスへと向かった。


 『兵士としての責務を果たす』とそう言い残して。


 だが戦争は予想に反して長引いた。


 戦地じゃないはずの本国では食料は配給制になり、ラジオから垂れ流される情報はやけに戦果を強調した言い方に変わって行った。


 恐らくペイル側は苦戦か、それか負け続けている。


 戦地から送られてくる弟からの手紙も途絶えてしまった。


 俺は決めた。


 軍に志願し、戦地にいる弟を連れ戻す。


 俺の命を賭けた一世一代の大博打だ。






 雨の中、俺はまどろみの中にいた。


 重い瞼はそのままに周囲を見れば夜の闇の中に炎と死体が目に入る。


 地獄のような景色。


 えらく景気の悪い夢だが一体これはなんなのか?


「おい一等兵! 立て! 逃げるんだ!」


 すぐ近くで怒鳴り声がする。


 どうやら両脇を抱えられたまま引きずられているようだ。


 耳がよく聞こえないし、頭がぼぅっとする。


「目を覚ませ! 起きろ! 起きるんだ!」


 遠くのほうで声が聞こえた気がする。


 一体何なんだ?


「え?」

 

 不意に覚醒すると、一気に自分の置かれた状況が分かってきた。


 ここは鉄条網に囲まれた塹壕の中だ。


「あ、ああああっうわああああああっ!!」


「それだけ叫べたら上等だ。逃げるぞ」


 脇を抱えられたまま、俺は暴れながら叫ぶ。


 思い出した、俺は敵からの砲撃で気絶していたんだ。


 目も耳もよく利くようになり、周囲の状況が良く見える。


 山の方角から降り注ぐ砲弾と唸りをあげて銃口から吐き出される機関銃の弾、味方の叫び声やうめき声、塹壕の泥に浸かった自分の腸を手繰り寄せている奴もいる。


 砲弾が着弾し、巻き上げられた土砂が降り注ぎ顔にかかった。


 俺がいる場所は戦場のど真ん中だ。


「そら自分で立て! 逃げるぞ!」


「ま、待ってくれ!」


 先程から声をかけてきていたのは上官だった。


 そしてだらしないことに、この時の俺は失禁していた。


 まぁそもそも軍服は元々泥まみれでバレやしないだろうが。


「味方陣地まで撤退しろ! そして着いたら機関銃で仲間の撤退の援護をするんだ!」


 砲撃の音にも負けない声で、上官は叫ぶ。


 身体が重い、塹壕の泥水を被った軍服が冷たくてたまらない。


 塹壕に作られた木製の柵には手足がありえない向きで曲がった死体が引っ掛かっていたり、主人を失った銃が落ちている。


 俺は今腰の拳銃しか銃を持っていない、だから拝借することにした。


「どうした一等兵! 早くこい!」


「了解! ああ糞!」


 小銃を取ろうとすると助けを求めて負傷した兵士が足を掴んできた。


 だがその兵士は下半身が吹き飛んでいてとても助かりそうもない、だから顔面を蹴り飛ばした、そうでもしないと生き残れないから。


 助けを呼ぶ声に耳を塞ぎ、出来る限り負傷している奴らに視線を向けないようにしながら上官の呼び掛けに従い俺は重い足を動かす。


 そのお陰でなんとか味方陣地までたどり着くことに成功した。


「俺は味方に支援砲撃を要請する! お前は機関銃で仲間の撤退の援護をしろ! 撃て!!」


「味方も巻き込みます!」


「それしか生き残る道はない!」


 陣地内では既に撤退する仲間を支援する目的で機関銃が稼働していた。


 暗闇の中で稼働していない機関銃を見つけた俺はサーチライトの灯りを頼りに敵に向かって……いや、敵に見える奴等に向かって引き金を引く。


「どうしたかかってこい!! かかってこいよ!!」


 人の命を奪うとは思えないような、小気味のいい銃声を響かせ機関銃は弾を吐き出し、向かってくる敵を倒していく。


 腸をぶちまけながら、脳味噌を垂れ流しながら倒れていく敵。


 顔も軍服も判別がつかないくらい汚れていて、ひょっとすると俺が撃った奴等の中には味方も混じっていたかもしれないが、いちいち判別もできない。


 そうして俺達の戦いは支援砲撃が終わる早朝まで続いた。


 今回の夜戦による死者はおよそ千人、たった数メートルの前進だけが戦果だった。


  

 

 

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