8所詮はお金がつないだ縁
誤字報告に感謝します。
これからもよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。
「ジョディ。男爵家がなぜ貧乏だったかわかったわ。」
「ん。」
「お母様ったら、ギャンブル中毒だったのね。
しかも私のお金を盗ってたらしいわ。
さらに若いツバメがいるんですって。」
「ん、盛りだくさんだね。」
「まったくだわね。
ツバメは置いておくとして、男爵家が貧乏だったのはお母様のキャンブルのせいだったのね。
私、ぜんぜん気付かなかったわ……。」
引き取られた直後の男爵家の屋敷を思い出してみる。
邸は明らかに手入れがされていなくてあちこちボロボロで、壁紙は色あせ、ソファや椅子は貼り替えが必要で、彫刻や絵画などの美術品も古臭いものばかりだった。
使用人の数が少ないから掃除も行き届いていなかったし、食事内容も質素だった。
(それでも孤児院に比べれば天国だったけどね。)
私が引き取られて、“アイデア” で商売をするようになってからはだんだん裕福になっていった。
邸を修繕して古い壁紙を全部取り換えたし、ソファや椅子の張り替えや新調もした。
美術品も流行のものを仕入れて邸内の見栄えをよくした。
使用人の数も増えて、邸はいつもピカピカになったし、専属シェフも雇えるようになったので食事内容も充実した。
それだけ収入が増えたはずなのに、男爵家の資産はそれほど増えていない。
なぜか? お母様がギャンブルにつぎ込んでいるからだ。
報告書には、お母様がキャンブルに行くのは週に1回程度と書いてある。
ほぼ毎日なら私も気付いたかもしれないが、週に1回程度なら単なる外出だと思って気にも留めないだろう。
だから本当に知らなかった。
「ねえ、ジョディ? 素朴な疑問なんだけど、どうして負けてばかりなのに賭け事をしようと思うのかしら? お金を失う確率の方が大きいわけでしょう? 」
「ん、諸説あるけど、過去に大勝ちしたことのある人はギャンブルに依存しやすいって聞くよ。
勝ったときの幸福感や快感を再度得ようとするらしいよ。
それから大勝した人は負けても、『勝てば負けた分を取り戻せる』って考えに取り付かれてやめられなくなることもあるんだって。
怖いよね。
あとは不安を抱えている人や心が疲れている人も依存しやすいらしいよ。」
「なるほど……。」
報告書によると、お母様がギャンブルにハマりだしたのはお父様と結婚して5年ほど経った頃らしいが、きっかけについては明らかにされていない。
ただあらためて報告書を見ると、同時期にお父様の両親が男爵家に滞在していたと書かれている。
しかしそれを最後にお父様の両親は一度も男爵家を訪れていない。
(私にとっては義理の祖父母に当たるのに会わせてもらえないのは私が孤児だからだと思ってたけど……お母様と舅姑となにかあったのかな?
考えられるとしたら……跡継ぎ問題かな? )
お父様とお母様のあいだに子供はいない。
だから私が引き取られたのだろうと思っていた。
まあ、実際は違ったけど……。
貴族夫人の重要な役割のひとつが後継者を産むことだ。
結婚直後に『早く後継者を! 』と急かされることも多いと聞く。
それに貴族は結婚後3年経っても子供ができなければ離縁されることもあるほど、跡継ぎ問題には敏感だ。
女性の立場からみれば実に腹立たしいけれど、貴族社会では一般的な考え方だろう。
お母様は結婚して5年経っても子供ができなかった。
そんなときに舅姑が訪れて、跡継ぎについてあれやこれや口を出したらどうだろう?
もし離婚を引き合いに出されたとしたら?
心労や不安に押しつぶされそうになっても不思議じゃない。
(もしかしたら、ずっと子供ができないのを気に病んでいたのかしら?
跡継ぎ問題で深く悩んでいるときに、たまたまギャンブルで大勝ちして一時的にでも悩みを忘れられたら……嵌まるかもしれないわね………。
お父様は、そんなお母様をどう思っていたのかしら?)
いつも仲睦まじくしている男爵夫妻の姿を思いうかべる。
父は母のために私を……金の生る木を引き取ったのだろうかと考えると、物悲しい気分になってしまった……。
そんな思いを振り切るように会話をつづける。
「理由がなんであれ、お母様がギャンブルに依存していてお金をドブに捨てているのは事実なのよね。
で、調査員の聞き込みによるとお母様は、『我が家には大きな財布がある』って周りに吹聴していたのね……。
みんなそれはお父様のことだと思ってたみたいだけど、それってやっぱり私のことよね……。」
「キャロ……。」
ジョディの心配そうな声に、ふっと笑って小さくうなずく。
「しかも、お母様は私のお金を盗んだのよね。」
私は、ついさっきまで自分のお金を持っていないと思っていた。
先日ジョディに言ったように、私は毎月決まった額のお小遣いをもらっている。
自分で買うのは本とか文房具とか、ちょっとしたアクセサリー程度だ。
お小遣いを使い切ることは少ないので、毎月余ったお小遣いは貯金箱代わりにしているきれいな小箱の中に貯めている。
お母様が手を出したのは、もちろんそんなお小遣いの残りのはした金ではなく、もっとまとまった額のお金だ。
私の “アイデア” で男爵家の商会の売上はうなぎ上りに増え、その後も破竹の勢いで成長していった。
私自身は男爵家の財政が潤えばそれでよいと思っていたが、なぜか父は私名義の口座をつくり、この2年間、売り上げの一部を貯金してくれていたらしいのだ。
“らしい” と言うのは、私自身はお父様からそんな話は聞いていないから。
「ねぇ、ジョディ。本当に私の口座があってお金が入っていたの?
そんな口座のこと聞いたことないのよ。」
「ん、キャロ名義で口座があるには間違いないよ。
男爵にサインを求められたことなかった? 」
「あったかも、しれない……けど覚えてないの。
男爵家に引き取られた直後は慌ただしかったし。
サインの前に内容を読むようにはしてるんだけど……。」
「そっか。でも口座があるのはたしかだよ。
一時期はかなりの額が預金されてたし。」
「でもそのお金、今はないのね? 」
「ん、口座はほぼ空っぽ。」
「で、引き出したのがお母様だった……」
「そう。これはね、犯罪だよ。」
「うん、報告書にもそう書いてある。
でも私の知らないお金だし、私は未成年でしょ?
それなら保護者であるお母様が私名義のお金を使っても問題はないような気がするんだけど?
ちがうの? 」
「ん、親が子供の口座からお金を引き出しても、多くの場合は問題にされない。
でもそれはお金が子供のために使われた場合だよ。
ギャンブルに使うのはダメ、絶対。
しかもキャロのお金は不正な手段で引き出されたんだ。」
「ああ……それがこの、お母様のツバメだっていう銀行の職員の仕業ね? 」
「そう。本当ならキャロの口座のお金を引き出せるのはキャロか男爵だけ。
それ以外の人がキャロの口座からお金を引き出すには男爵の署名入りの委任状が必要だけど、男爵夫人はそれを偽造したんだ。
サインは照合されるから、違うとわかるとお金が引きだせないだけでなく、男爵に連絡がいくんだよね。
だから男爵夫人は銀行職員を買収して、口座のお金を不正に引き出させたんだよ。
だから横領だし詐欺。」
「そのお金をお母様は……」
「全部ギャンブルでスったんだと思う。」
報告書に書かれた私の口座に入っていたと思われるお金の額は、それなりに大きかった。
それをギャンブルで使い切ってしまうなんて……。
いままでにいったい、いくらくらいのお金がギャンブルとその借金の返済に充てられたのだろう? 想像すると怖い。
報告書によるとお母様がカジノ通いを始めて以来、大きく勝ったこともあるけれどほとんどが負けているそうだ。
ジョディによると、賭け事をする場所は絶対に胴元が勝つようになっているのだとか。
だからお母様もたまには勝つけどトータルでは大きく負けているはず。
問題は、負けが込んで手持ちのお金が無くなっても、お金を借りて賭けをつづける点だ。
当然だけど賭けに負けたら借りたお金は返せない。
最初の頃は少なかった借金も積み重なるうちに大きな額になるし、利息だって付く。
気が付くと思っていた以上に大きな借金になっていることはめずらしくないんだとか。
お母様はつねにこの状態だそうで、そのたびにお父様がきっちり返済していたようだ。
しかし最近になって、さすがのお父様もお母様の借金癖をどうにかしなくてはならないと今さらながら気付いたらしい。
そこでお母様の毎月の “お小遣い” の金額を決め、それ以上お金は一切渡さない、借金も払わないと宣言したそうだ。
正直、お小遣いと呼ぶには多すぎる額だ。
「でも、お母様にはそんな額じゃぜんぜん足りなかったのね……。」
天井を見上げたまま私は呟く。
お母様は、お小遣いでは足りない分を私の貯金から引き出してギャンブルにつぎ込んだ。
それでもまだ借金はあるらしい。
でももう私の預金口座も空っぽだし、お父様も払わないとなると、お母さまはどうするだろう?
やはりお父様が払うんだろうか……。
「いまはまだお金があるからいいけど、もし男爵家に今後お金が入らなくなったら、お母様はギャンブルをやめるのかしら?
もっとお金がなくなっても、元の貧しい生活に耐えられるのかしら……? 」
ボロボロの邸。
薄汚れた室内。
質素な食事。
いまの贅沢な生活に慣れきっているから、きっと昔の慎ましい生活には戻れないだろう。
でも、私にとっては来た当時の男爵家は天国だった。
贅沢はできなかったけど、嬉しいことや楽しいことがたくさんあった。
「私が男爵家に来たばかりの頃、お母様が私の髪を梳いて結んでくれたの。
あの頃の私って、やせっぽちで肌も髪もボロボロで、どう見たって “可愛い” 要素なんてひとつもなかったのにね、お母様は『可愛い可愛い』って何度も頭をなででくれてね……。
洋服を買いに行ったときだって、かぎられた予算しかないけど、そのなかでも一番よいものを、ってものすごく時間をかけて選んでくれたの。
そのとき選んでくれた淡いブルーのワンピースを今でも持ってるの。
すっかり小さくなったけど、捨てられない思い出だから……。」
いつの間にか私はうつむいてしまっていたらしい。
瞳からこぼれた涙が頬を伝うことなく、膝の上に置いた報告書の上にぽたぽたと落ちて丸い染みを作る。
「お父様だってお土産にお菓子やぬいぐるみを買ってきてくれたこともあった。
本当に本当に優しくしてくれたの、ふたりとも。
だからね、私、ふたりに愛されていると思っていたけど……財布かぁ……ははっ、大事にしてくれるわけだよね……。」
私が記憶喪失のふりをして “アイデア” を教えることができなくなってしまったら……。
「お母様は、私がお金を稼げなくなったら…… お金もろくに稼げない役立たずって、追い出すかしら……? 」
目を閉じていても涙は次々と溢れていく……。
「キャロ……。」
頭のてっぺんがふわりと温かくなった。
温もりが私の髪を優しくなでる……ゆっくりゆっくり。
ジョディの手の温もりが頭のてっぺんから心に染み込んでいく……。
しばらく無言でジョディの手の温かさを堪能して、心がすっかり温まった頃、私の涙も止まった。
「ジョディ、ありがとう。おかげで落ち着いた。」
「ん。ハンカチ、いる? あ、ごめん持ってなかった。」
「ぷっ! あはは。このあいだ私にハンカチくれたからじゃない? 返そうか?」
「いいよ。今日はたまたま忘れただけ。」
「えー、今日こそ必要だって気付きそうなものでしょ?」
ジョディのとぼけた返事に思わず笑ってしまった。
よかった。
私、ちゃんと笑える。
まだ、笑える。
「ジョディ、ありがと。」
「ん。」
頭のてっぺんに置かれたジョディの手に私の右手を重ねて、きゅっと握る
。ジョディももう片方の手で私の右手をポンポンと押さえるように優しく叩き返してくれた。
「お茶、飲む? 」
「うん、欲しい! 」
ジョディの手が離れると頭のてっぺんがなんとなく物足りない……。
(もう少しなでてもらいたかった、かな。)
そんなことを思いながら、私はお母様の報告書をテーブルに戻し、お父様の報告書のページの隅をパラパラとめくってみる。
ブランドンの報告書よりさらにボリュームがある。
ジョディが私にお茶の入ったカップを手渡してくれたので、両手で受け取る。
「最後はお父様の報告書ね。
分厚いし、付箋の数も多い~。
なんだかもう、ブランドンとお母様の報告書だけで結論が出た気がするから、お父様の報告書は読まなくてもいいんじゃないかなぁ? 」
わざと軽い口調で言ってみる。
「ううん。
読んだ方がいいと思う、絶対に。」
真顔で言うジョディをみて、私は口に含んでいたお茶をゴクリと音を立てて飲みくだした……。
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字やおかしな表現がありましたらご指摘ください。
よろしくお願いします。