7淑女の皮を被ってた
誤字報告に感謝します。
これからもよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。
ブランドンへの愛と信じたいと思っていた気持ちは木っ端みじんとなって、その辺に散らばった。
でも拾い集めるつもりはさらさらない。
だって私にはもう不要だから。
そのまま朽ちてしまえばいい。
乙女の純情を弄んだ罪を償わせてあげる! 首を洗って待ってなさいっ!!
ドスン、とソファに乱暴に座り直した私の前に、ジョディがお茶を入れたカップを置いてくれる。
「ん、のど乾いたでしょ? 熱くないから飲みやすいよ」
「ジョディ……ありがとう。」
カップを手に取り口元に持って来ると甘いリンゴの香りがした。そのままコクリと一口飲む。
思っていた以上にのどが乾いていたらしく、コクッ、コクッとのどを鳴らしながら飲み干してしまう。
「お代わりは?」
「うん、お願い! 今日のお茶も美味しいわ。これもおじいちゃんおすすめなの? 」
「そう。この前のハーブティーを持ってきたから帰りに渡すね。」
「わぁ、ありがとう! 楽しみだわ。」
ジョディは何気ないふうにしてるけど、きっと私を心配してる。
私に『大丈夫? 』って訊かないのもジョディの優しさだ。
それにジョディが纏う空気がいつもより揺れている気がするから、私と一緒に怒ってくれているのかもしれない。
2杯目のお茶をゆっくり味わって飲むあいだ、ジョディと他愛もない会話で笑い合う。
ブランドンのせいでささくれ立った心が、ジョディのおかげで癒えていく。
(共感してくれる友達がいるのって心強いな。
癒してくれる存在でいてくれるのが嬉しいな……。)
いまは怒りで悲しみの感覚がマヒしているけど、きっと悲しさはあとでやって来るはずだ。
でもまだ泣くわけにはいかない。
私にはやることが残っている……。
「美味しいお茶のおかげで元気も出たし、次の報告書を読もうかな。
次はお母様ね。
ブランドンに比べると枚数も付箋も少ないわね。とりあえず読んでみるわね。」
「ん。了解。」
心なしかジョディの表情に影が差したように見えたけど、きっと気のせいではないだろう。
(知りたくないことが書いてあるんだろうなぁ……気が重いけど、読まなくちゃね。)
私は『ルシアナ・レイトン 身上調査報告書』と書かれたお母様の報告書を手元に引き寄せると、勇気を振り絞って付箋の貼られたページを開いた。
******
【ジョディ視点】
キャロは辛そうな顔をして男爵夫人の報告書を読み始めた。
あんな顔、本当は見たくない。
だけど宙ぶらりんのままがキャロにとっては一番辛いよね。
引導を渡すためにもキャロは知らなきゃいけないから。
いまは見守ることしかできなくて本当にごめん。
それにしても、婚約者の報告書を読んだらキャロはどうするかなと思っていたけど、まさか涙の一粒もなく、怒りのほうへ振り切れるとはね。
さすがキャロはすごいよね。
背中を押した甲斐があったよ、思った以上に。
これでもうキャロからあの婚約者の話を聞かずに済むのは嬉しいな。
キャロが後で泣くとわかっていても、ね。
2年近くも好きだったのなら仕方ないけど、キャロがあの婚約者のために泣くのはもったいないと思うな。
だいたい婚約者のあの男は、女を見る目がないよね。
キャロ風にいえば “下半身” で物事を考えるタイプなんだろうな。
本当に理解できない。
でもそのおかげでキャロが婚約破棄を決めたんだから、彼の下半身にはお礼を言わないと、だね。
あはは……。
キャロから婚約者ができたって聞いたときはショックで目の前が真っ暗になったっけ。
すぐにその婚約者のことを調べたら、とんでもないクズだった。
すぐにキャロに教えて婚約解消するように説得しようと思っていたら、男爵が裏で糸を引いていることが続報で入ってきたんだ。
キャロは養父母を慕っていたから……とりあえず動向を探りながら様子を見ることにしたけど、ずっとそのままにしておくつもりはなかったんだよね。
そうしたらキャロから相談があるって連絡が来て、まさに千載一遇のチャンス、これはもう一気に片づけてしまうしかないと思ったんだ。キャロを取り戻すのは今だってね。
キャロは自分では平凡だと思っているみたいだけど、見る目のある者は放っておかないと思う。たしかにキャロよりきれいな令嬢はいると思う。でも、きれいなだけだ。
キャロはきれいなだけじゃない。キャロの薄茶色の瞳は、いつも楽しいなにかを見つけようとしているみたいにきらきらと輝いているし、くるくる変わる表情は飽きるどころか、次はどんな顔を見せてくれるのかなってワクワクする。
キャロが笑うだけで世界が明るくなるようだし、キャロが悲しそうなら世界も暗い。
キャロはこれまではあまり社交をしていないから知り合いも少ないだろうし、着飾る機会も行く場所も少ないから、まだ周知されていないだけ。
キャロが表に出るようになったら、注目を浴びるよ、きっと。
男爵はある意味、先見の明があるよね。
キャロがだれか知らない男と恋に落ちるより先に、あの男を婚約者に据えたんだから。
でももう男爵の思い通りにはさせない。
キャロの自由はキャロのものだから。
キャロが望むなら、いくらでも手を貸すよ。
ただキャロが傷つくのは避けられないのが申し訳なくて……自分自身が情けないよ。
でも今回の件が終われば、その先はずっとキャロの力になるからね。
そうしたらキャロに、もうひとつの秘密も打ち明けてあげるんだ。
ふふっ、その日が待ち遠しいな。
あ……キャロがすごく悲しそうな顔をしてる。
男爵夫人の報告書を読み終わったんだろうな……。
傷つくなっていうのは無理だってわかってる。
だから少しでも傷を癒すのを手伝うよ。
側にいるから。
負けないで……。
******
お母様の報告書は、付箋が貼られた箇所も少なかったわりに内容は……私が想像もしていない方向に濃かった。
上品で見るからに淑女のお母様のイメージからは想像もつかない内容が書かれていて……。
ショックのあまり思わずだれか別の人の報告書が紛れ込んだかと思ったほどだ。
でも報告書に書かれているのは紛れもないお母様の名前だから間違いではない。
読み終わった報告書を膝の上に乗せたまま、背中をソファに預けて天井を仰ぐ。
目を閉じて深呼吸を1回、2回……。よし!
「ジョディ。男爵家がなぜ貧乏だったかわかったわ。」
「ん。」
「お母様ったら、ギャンブル中毒だったのね。
しかも私のお金を盗ってたらしいわ。
さらに若いツバメがいるんですって。」
お読みいただき、ありがとうございます。
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