2夢ならいいのに
誤字報告に感謝します。
これからもよろしくお願いします。
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(ああ、お父様は、私の前世の記憶が欲しかっただけなのね。私、騙されてたんだ、ね?)
3年前。
孤児だった私はレイトン男爵夫妻の娘になった。
『『今日から私たちがキャロルの両親だ(よ)。』』
物心ついたときから孤児院にいて、親の愛を知らない私は自分の幸運に感謝した。
男爵夫妻は、すぐに私を馬車に乗せて男爵邸まで連れて行ってくれた。
男爵家の古い邸は手入れが行き届いていなかったし、調度品や装飾品も古びたものがほとんどだった。
使用人は必要最低限の人数しかいない。
“貴族 = お金持ち” だとばかり思っていた私は少しだけ驚いたけれど。
『新しい家族が増えて嬉しいよ。』
『ええ、ええ。ずっと、あなたのような娘がほしかったの。だから本当に嬉しいわ。』
男爵家は裕福ではなかったけれど、孤児院育ちの私には十分以上だった。
それに子供のいない養父母は私にはとても親切で優しかった。
『ほらキャロル、これも食べなさい。美味しいぞ。』
『この色のドレスはキャロルにぴったりね! 可愛いわ。』
私に美味しい食事を与えてくれて、これまで着たことのないきれいなドレスを買ってくれた。
『キャロルは勉強もしたいのかい? なら家庭教師を頼もうか。』
『キャロルは可愛いから社交界でも人気者になるわよ。マナーだってすぐに覚えられるわ。』
そう言うと、すぐに家庭教師とマナー講師がやってきた。
『キャロルは覚えがものすごくいいと、先生が褒めていたぞ。』
『キャロルは筋がいいって、マナーの先生が感心していたわ。』
『『キャロルはすごいな(わ)。』』
養父母は、私がなにを言っても、なにをやっても、怒ることは一切なかった。
たった数日で、じつは私は彼らの本当の娘だったのではないかと錯覚しそうになった。
それほど愛情たっぷりだったのだ。
そんなある日。
私が男爵家に引き取られてしばらくした頃、借金取りが男爵邸にやってきた。
数人で現れた男たちは皆、人相が悪くて乱暴そうだった。孤児院にいたこ頃、下町でよく見た金で雇われるチンピラたちだ。
男たちは男爵夫妻に借金の返済を迫っているらしく、男爵夫妻は頭を下げていた。
男爵家に借金があることを知った私は、自分にできることはないか尋ねてみた。
『キャロルは気にしなくていいのよ。』
『そうさ、気持ちだで十分だ。』
『『なにも心配しなくてもいいんだよ。』』
困っているのは自分たちなのに私を気遣ってくれる男爵夫妻を見て、私は、私の秘密を明かそうと心に決めた。
こんなに優しい人たちの娘として、できることをしたいと思ったからだ。
私の秘密。
それは私が、“こことは違う世界の記憶を持っている” ことだ。その記憶が時々 “ふわっ” と頭の中に浮かんでくる。私はそれを “アイデア” と呼んでいる。
私のこの前世の記憶は、ここにはない物だったり、知識だったり、とにかくめずらしい類のものらしい。
『だから、このことはだれにも言わないほうがいいよ。信じられる相手以外にはね。』
私がこの秘密を打ち明けたとき、親友のジョディにそう言われた。
(ジョディ、私、信じてみようと思う。)
心の中でジョディにそう言うと、私は男爵夫妻に私の秘密を話しはじめた。
男爵夫妻は私の話を黙って聞いてくれて、聞き終わったあと、私に尋ねた。
「だれかにこのことを話したことはあるかい? 」
「ううん。」
親友のジュディに話したことを咎められるかもしれないと思って内緒にしておいた。
「ではこれからは私たち以外には決して言わないこと。もしかすると危険な目にあうかもしれないからね。でも、これからは私たちが君を守るから安心するんだよ。」
ジョディと同じようなことを言われて、しかも守ると言われて私は素直に喜んだ。
それから私はいくつかの “アイデア” を男爵に教えた。
一風変わった調味料や調理法、家事が楽になる道具、化粧品に美容用品……。
私の “アイデア” を基に開発された商品は、どれもこれも、とにかく売れに売れた
私が男爵家に引き取られて1年後、男爵家は少し裕福になっていた。借金も返せたようで、借金取りの男たちを邸で見ることはなくなった。
男爵夫妻を “お父様、お母様” と呼ぶことにもすっかり慣れた2年後にはかなり裕福になった。邸は外側も内側もすっかり見違えて美しくなったし、使用人も増えた。
そして現在、父の商会は “大商会” として広く知られるようになっている。
『『キャロルは私たちの自慢の娘だ(ね)。』』
お父様とお母様は今も優しくしてくれる。
ふたりが喜んでくれると私も嬉しい。もっともっと喜んでもらいたいと思っていた。
これまでは。
(私の前世の記憶が目当てだったとしても、私を引き取ってくれたのは偶然だわ。だって、私の秘密を知っているのはジョディだけで、ジョディは絶対に喋らないもの。
私の前世の記憶でお金持ちになったから、私を手放すのが惜しくなった? だからブランドンを婚約者にして家に縛ろうとしたの? )
いろいろ考えても正解はわからない。
(でも私、お父様とお母様を信じたい……。あんなに優しくしてれたのが、嘘だったなんて思いたくない……。
私のことを、前世の記憶とは別に、私を愛してくれているって、信じたい……。)
それでも疑惑を持ってしまったからにはこのままでいられない。聞かなかったことにはできない。
(それにブランドン……。)
ブランドンとは2年前、私の13歳の誕生パーティーで初めて会い、その1週間後に婚約の申し込みを受けた。
ブランドンは金髪に青い瞳を持つ王子様のような容姿をした男性で、そんな素敵な人から婚約を申し込んでもらえるなんて夢にも思ってなかった私は、嬉しかったけれど驚きもした。
あとになって、『ひと目惚れしました! どうかご息女と婚約させてください! 』と、ブランドンがお父様に直談判したと聞いて再び驚いた。
ブランドンは私が孤児だと知っても『かまわない』と言ってくれた。
『僕のことを知ってほしい』と言って、私と会う機会をたくさん作ってくれた。
お茶を飲んだり、観劇をしたり、美術展にいったり、公園を散策したり、いろんなところに連れて行ってくれた。
『キャロルに似合うと思って。』と言って、いろいろなプレゼントをたくさんくれた。
小さな髪飾りとか、きれいな栞とか、こまかな刺繡が入ったハンカチとか、高価ではないけど趣味の良いものばかりだった。
申し込みを受けてから半年後、正式に婚約する頃には私もブランドンを好きになっていた。
3年後、私が18歳になったら結婚してブランドンが男爵家を継いでくれる。
はずだった。
あれほどブランドンに抱いていた温かい感情が、いまはびっくりするほど冷めている。
(あんな姿を見ちゃったし、私に対する気持ちも聞いちゃったし、ね………。
私にひと目惚れだなんて、そんなことあるわけないのに……ははっ……。
きっと、上司でもあるお父様に頼まれて、仕方なく引き受けたのね……。)
正直、婚約者がいながら別の女性と、あんなことするなんて許せない。
でも、ブランドンといて楽しかった。それは本当だ。
(初恋……だったのかな……。)
胸がチクチクするけど、ブランドンが私を好きじゃないなら仕方ない。
穏便に別れるだけだ。
(でも私、これからどうしたらいいんだろう? お父様とお母様と、どんな顔して会えばいいんだろう? )
鏡に映る私を見る。いつの間にか涙は止まっている。
(ジョディ、私、失敗しちゃったみたい。
ジョディがせっかく助言してくれたのに、ごめんね、って……そうだわ!
ジョディに相談すればいいんだわ! )
ジョディは私が孤児院にいた頃に知り合った数少ない友達で、孤児院の近くで古書店を経営しているお祖父さんと暮らしている。
ジョディは私が孤児だと知っても差別しなかったし、それどころか対等に扱ってくれた。
私は私の “アイデア” のことをジョディに明かしたし、私もジョディからジョディの秘密を教えてもらった。
『どちらかが相手の秘密をもらしたら、もらされた方も相手の秘密を暴露する』
そういう約束した。だから私は絶対にジョディを裏切らないし、ジョディも私を絶対に裏切らない。
だから。
(ジョディならきっと助けてくれる。家に着いたらジョディに手紙を書かなきゃ! )
そうと決まればできるだけ早く家に帰りたい。それにこのままここにいたらブランドンを鉢合わせしかねない。
私はきちんと化粧を直すと、何食わぬ顔で養父母のもとに戻り、具合がよくないから家に帰りたいと告げると、父が入口付近にいる従僕に男爵家の馬車を呼ぶよう指示する。
馬車が着いたので、すぐに乗り込む。母はひざ掛けをかけてくれ、父は私が横になれるようにと席を譲ってくれた。すごく気遣ってくれる。
「キャロル、大丈夫?」
「寒くはないか?」
邸に着いてからも、両親が医者を呼ぶというのを『寝ていればよくなるから』と必死に断った。
「夜中に気分が悪くなったら呼んでちょうだいね。」
「朝になっても治っていなかったら、医者を呼ぼう。」
(この優しさが全部嘘かもしれないと思うと辛いわ……。)
私は無理に笑顔を作って『はい』とだけ答えて自室に入ると、大急ぎでジョディに手紙を書いた。
『相談したいことがあるから内密に会いたい。明日の午後2時にシダー公園の噴水前のベンチで待つ。都合が悪ければ会える日を知らせてほしい。』
便箋を封筒に入れて封し、封筒の表に”ジョディへ”、裏に “キャロより” と書く。
“キャロ” はジョディだけが使う私の愛称だから、私本人からだとわかってくれるはずだ。
そしてメイドを呼ぶと、ジョディ宛に書いた手紙とジョディの住所を記したメモを渡す。
「遅い時間に悪いけど、大至急で手紙を届けてほしいの。手紙はこれ、住所はここね。それからこれは届けてくれた人へのお駄賃よ。」
少なくない額のお駄賃を見せるとメイドの目が輝いた。
邸の使用人、特にメイドは給金以外で現金を手に入れる機会は少ないから、きっとお駄賃目当てにこの子が手紙を届けに行ってくれるだろう。
お駄賃のことはほかのメイドに内緒にしておきたいだろうから、私のお遣いのことはほかの人たちにも話さないはずだ。
ジョディに手紙を書いたら、少しだけホッとした。
簡単に寝る支度をしてベッドに潜り込む。
(男爵家を出ることになるのかなぁ……。)
ほんの数時間前の私は、ブランドンと結婚して、ここ男爵邸で、お父様とお母様と、楽しく暮らしていくことになんの疑いも持っていなかった。
それなのに今は、まるっきり迷子だ。
(明日、ジョディに全部話して、これからどうしたらよいか相談さえすれば、きっと道が見えてくる……。)
それでも思わずにはいられない。
「今日が夢だったらいいのに……。」
また涙が零れてくる。
「うううっっ……くぅっ……ふぅっ………愛されていると思ってたのに! 私、幸せだと思ってたのに! なんでぇ……! 」
声が漏れないよう布団を被る。知らずに身体が丸くなる。横向きに膝を抱えて、声を押し殺して、泣いた。
泣き疲れて眠るまで、泣いた。
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