1天国から一気に地獄へ
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――7ヶ月前
私はいま、ものすごくショックを受けている。
なぜなら、婚約者のブランドンと知らない女の熱烈なキスシーンを化粧室のドアの隙間から覗き見ているからだ。
別に見たくて見ているわけではない。まったくの偶然だ。
これまで婚約者の浮気を疑ったことは一度もなかった。それどころか私は彼に愛されていると思っていた。
そもそものはじまりは、いまから約10分前。このパーティー会場に着いた時点からはじまる。
***
ここはお父様の取引相手の伯爵が主催するパーティー会場……の2階にある化粧室の中。
このパーティーの出席者のほとんどが父の仕事つながりなので、私の知り合いはほとんどいない。
私にとっては退屈なパーティーだけど、『ぜひ家族同伴で 』と主催者に言われしまったらしく、仕方なく参加している。
(あー、やっぱり出席者の年齢層、高めよねー。)
父と母は会場に着いた瞬間から知り合いの人たちに囲まれてしまったし、私は会話を楽しもうにも、知り合いどころか話し相手になりそうな同年代の出席者すら見当たらない。
結局暇を持て余してしまった私は、こうして化粧室にこもって鏡とにらめっこ、ではなくお化粧を直しているところだ。
鏡には、栗色の髪と薄茶色の瞳の私、キャロル・レイトンが映っている。平凡な容姿だけど、日頃のお手入れと化粧、流行のデザインのドレスと高価なアクセサリーのおかげでそれなりの美しさに見える。
(私を手放しで褒めてくれるのはブランドンだけね。)
ブランドンのことを考えると自然に微笑みが浮かぶ。
ブランドンは私の婚約者で子爵家次男の19歳。いまは私の父の商会で副支店長を任されている。
周りから将来有望と言われているようで、婚約者の私も鼻が高い。
(そういえばブランドンも仕事の関係者だけど来ているのかしら? 探してみようかな? )
ふと思いついた私は、小ぶりのパーティーバッグの口をパチンと閉じる。
化粧室から出ようと扉を開けて廊下に1歩出たところで、何気なく廊下の奥を見た私は思わず足を止めた。
私の視界に入ったのは一組の男女で、思わず足を止めたのは、男性がブランドンに似ていたからだ。女性に見覚えはないがスタイルのよい美女だ。
遠くて会話は聞こえないが、恋人同士だと言われれば信じてしまうくらい、やけにスキンシップが多い……。
(えっ、ブランドン!? いやいや、きっと他人の空似よ。もしブランドンだとしても女性と一緒にいても不思議じゃないわ。仕事仲間とか取引相手の奥様とか……。)
頭の中では必死に否定しているのに、私は化粧室に引き返すと半開きにした扉から覗くようにしてふたりの様子を観察した。特に男性をよくよく観る。
(やっぱりブランドンだわ! 私が見間違えるわけないもの! )
そのブランドンはいま、向き合った女性の頬や髪、肩をなでている……ブランドンは女性を引き寄せると両頬を両手で挟み顔を寄せて……。
(うそ……キス……してる……?)
ここまでリップ音が聞こえてきそうなくらい何度も唇を寄せ合う男女……しかも男性は私の婚約者だ。
見たくないのに視線をはずせない。頭が真っ白になった。
ようやく身体を離したふたりは私のいる化粧室とは反対側、奥に向かって歩いていく。私は化粧室から出ると、ふたりの後をふらふらと付いて行った。
(知りたくないけど、知らなくてはいけない気がする……。)
ふたりは私に気付かないまま廊下の角を曲がったので、私も急いで角まで行き、ふたりの姿を確認する。
ふたりは休憩室にあてられているらしい1室に入って行くところだった。部屋のドアが閉まり、扉に鍵をかける音が廊下に響いた。
私はふらつく足でふたりが入った部屋の前で行くと足止めた。
(このまま扉をノックする? そうしたらブランドンはどんな顔をするだろう? そのあと私はどうすればいいの? )
心臓の鼓動がうるさいくらい鳴るなか、私はドアの前で立ち尽くしていた。
そのとき。ドアの内側から声が聞こえてきた。
『ねぇ、ブランドン。あなたの可愛い婚約者はいいの? あなたが浮気してるって知ったら泣いちゃうんじゃない? 』
『ああ、キャロルなら俺に夢中だから大丈夫だ。キャロルと結婚するのは男爵との取り決めみたいなものでね。キャロルを嫁に行かせないために婿入りするだけさ。俺は結婚さえすれば、あとは好きにしていいって言われてるし。
それにたいして可愛くもないし、ガキっぽくて俺には釣り合わない。俺が好きなのは君みたいな大人の女性なんだよね。』
『あら、悪い人ね。でもそういうことなら……楽しみましょ……。』
踵を返すと私は休憩室の前から逃げ出した。
(ブランドンが浮気? お父様との取り決め? 嫁に行かせない? それっていったいどういうことなの!? )
頭の中ではブランドンの言葉がぐるぐると回っている。
気が付くとついさっきまでいた化粧室の鏡の前に座っていて、ひどく真っ青な顔をした私がこちらを見返していた。
(いま聞いたこと、夢じゃないよね? )
鏡の中の私に問いかけてみる。
うん、夢じゃない。たしかに聞いたし、たしかに見た。聞いた内容も覚えている。
だよね。だけど、その内容が理解できない!
目を閉じて深呼吸をして気を静める。
スーハ―、スーハ―……。
ゆっくりと目を開けると、そこには泣きそうな顔をした私がいて……涙が1粒ポロリと落ちた。
ぽたぽたぽた……
涙をこぼす自分を鏡越しに見ているうちに、私の内でもなにかがストンと落ちた。
(ああ、お父様は、私の前世の記憶が欲しかっただけなのね。私、騙されてたんだ、ね?)
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