12破滅への道【お父様編①】
誤字報告に感謝します。
これからもよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。
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【フランツ・レイトン男爵視点】
ダン!
私は自分の拳で机の天板を思い切り殴りつけた。
拳が痛んだが、いまはそれどころじゃない。
「……いったいどうなっているんだ!?
商品を全回収した上に、購入者には全額返金しただと?
そんなことをしたら大損ではないかっ! 」
「そ、そう言われましても……。
我々は、この『顧客対応マニュアル』に従って処理しただけですので……。」
オドオドしながら説明しているのは、男爵家で経営している『レイトン商会』の顧客支援部門の責任者イバンだ。
「顧客対応マニュアルだと? 」
「はい。2、3年ほど前に会長ご自身がお持ちになって言ったじゃないですか。
今後は顧客対応マニュアルに沿った顧客サービスをおこなうと。」
「私がか!? 」
イバンはそう言うが、私はまったく覚えがない。
「はい。そのとき会長は、『これからは顧客の満足度が商会の未来を左右する。』とおっしゃいまして……覚えてませんか……。」
……言った、かもしれない。
うん、なんとなく思い出した。
言ったな、たぶん。
しかしこれは、キャロルが考えたものだ。
私はそれほど重視していなかったから、スピーチも適当にしたせいか忘れていた。
「……言った、な。」
「はい。ですから今回はマニュアルに記載されている手順に従って処理したわけです。
ただ、規模が大きかったため、損失も大きくなってしまいまして……。」
「どのくらいだ? 」
「……前年よりは大幅な減収になるかと……。」
イバンが口にした金額を聞いて、頭がクラクラした。
クソっ! よりによってキャロルが使い物にならない今、どうしてこんなことに!!
奥歯をギリリと噛みしめる。
「わかった……。下がっていいぞ。」
イバンが出て行ったあと、ドサリと椅子に腰をおろす。
机の上には、今回問題となった商品の苦情をまとめた報告書が載っている。
先ほどイバンから状況の報告を受けたが、商会で販売した美容薬を購入し使用したところ、肌に発疹が出たりかぶれたりしたとの苦情が各支店に寄せられたらしい。
顧客対応マニュアルには、いかなる商品も一定数以上の問題事項が出た場合は、顧客への安全性の確保と原因解明のために商品の全回収及び返金をおこなうと記されているらしい。
まったく、そんな奴らは放っておけばいいのに。
なにが顧客対応マニュアルだ。キャロルも厄介なものを作りおって、まったく忌々しい!!
キャロルの "前世の知識" は、まったく役に立つ。
潰れる寸前だったレイトン商会を救ったのは、たしかにキャロルだ。
キャロルの”前世の知識”とやらがなかったら商会はとっくになくなっていただろう。
あのときオットーの話を聞いて本当によかった。
あの酔っ払いから『儲け話がある』と聞いたときは眉唾ものだと思ったが、わざわざ孤児院から引き取っただけのことはあった。
オットーも、あそこまで欲をかかなければ今も身の丈にあった暮らしができていただろうに……。
なにが『オレに喋られると困るのはお前だろう? 』だ。
私を脅そうなどと、あの愚か者め。
まあ、タイミングよく厄介払いできたのは幸いだったがな。
まったく馬鹿な奴だ。
しかし、キャロルの奴め……記憶喪失とやらで、私たち夫婦もことをまるっきり忘れてしまうとは!
いままでのご機嫌取りの成果が全部パーだ!
それどころか、私たち夫婦を相当警戒しているらしく、一向に心を開こうとしない。
しかも前世の知識もまったく思い出せないときた!
もっと絞ろうと思ってた矢先に……間の悪いことだ。
みすぼらしい孤児だったキャロルを令嬢に見えるように教育したのは私たち夫婦だ。
それにはかなりの金がかかったし、いまだって記憶喪失で役に立たないキャロルの面倒をちゃんと見てやっている。
キャロルを男爵家に縛り付けるために用意した婚約者に毎月払う金だって馬鹿にならない。
ルシアナの借金の支払い期限も近づいている。
なにより、先日の投資の損失分も補填しなくては、商会の金を使い込んだことが父上にバレてしまう……。
とにかく金が足りないのに、キャロルの記憶が戻らないから商品も開発できない。
しかも最近できた新しい商会が。
次々と目新しい商品を売り出したため、レイトン商会の売上が落ちている……。
そろそろキャロルの記憶が戻らないと、商会の存続すら危うくなってしまう。
まったく頭が痛い……。
……バタバタバタ!
……コンコンコン!
慌ただしい足音が聞こえたと思ったら、直後にノックが響いた。
「入れ」
「か、会長! 大変です!!
例の美容薬の噂が広まったらしく、大口の小売店から化粧品と美容品の注文が取り消されました! 」
「なんだと!? どこの店だ? 」
「それが……契約店舗の約半数が……。」
「なっ!? いやだが、そいつらだって、レイトン商会の商品がないと困るだろう?
うまく交渉できないのか? 」
「それが、すでに別の商会からの仕入れが決まっているらしく……。
どうしましょうか? 」
「どうしようって……。」
どうしたらいいんだ?
どうしてこうなった?
***
―――一方その頃。
「ふふふっ。
今頃、お父様は頭を抱えているでしょうね。
まさか、商会の商品が売れなくなるなんて夢にも思ってなかったでしょうから。
さぁどうするのかしら?
お手並み拝見ね? 」
「キャロは、男爵がこの問題を解決できると思ってないでしょ? 」
ダニエル・アーサー医師こと、ジョディがおかしそうに言う。
私とジョディは、男爵邸の私の部屋でお茶を楽しんでいるところだ。
側にはヘレンも控えている。
「まあね。だって、全部私たちで仕組んだことですもの。
解決は無理よね? 」
そう。
今回の商品回収と商品キャンセル騒動は私が立案して、ジョディが手配してくれた。
「ですが、化粧品で肌に異常が出たと聞きましたが大丈夫なのですか? 」
心配そうにヘレンが訊く。
ヘレンはここ数ヶ月で、立派な共犯者、もとい協力者になってくれた。
ヘレンは気の利く子で、目の付け所もよい。
とても助けになっている。
「ふふっ、じつは肌に異常が出たと苦情を言ってるのは全員こちら側の協力者なの。
だから、実際の被害者はいないよね、ジョディ? 」
「うん、そう。
全員関係者。しかも口の堅い、ね。
だからバレる心配はないよ。」
なに系の関係者か言わないあたりがジョディらしい。
「それなら安心ですね! お茶のお代わりはいかがですか? 」
「うん、いただくわ。」
「僕も。ヘレンの淹れるお茶はおいしいねぇ。
それにしても顧客対応、マニュアル?
そんなのよく準備しておけたね。」
「マニュアルはね、本当に商会のために以前作ったものなの。
マニュアルの存在を思い出したから、今回の仕掛けを思い付いたってことね。」
「へえ、そのマニュアルの内容、すごく興味あるね。
今度教えてくれる? 」
「もちろん!
ジョディの商会にもきっと役立つわ。」
「 "僕たち" の商会ね。
間違えちゃだめ。」
「あはは、そうね。」
今回の計画は、お父様の商会にダメージを与えて、金銭面と精神面でお父様を揺さぶることが目的だ。
そのためにジョディにライバル商会を作ってもらい、私の "アイデア"をいくつか提供した。
ただ、ジョディも私も未成年なので名義は別人で登録し、便宜上”私たち”の商会と呼んでいるのだ。
あれからジョディはお父様たちの周辺をさらに詳しく調査した。
その結果、ブランドンの元彼女の情報が2件増え、お母様の借金の詳細が判明した。
そしてお父様に関しては、商会のお金を使い込んでいることが新たにわかった。
いまはまだ、それほど大きな金額ではないし、商会の収益は減少しているがまだ余力はある。
しかし、商会の収益が急激に下がったらどうなるだろう?
レイトン商会はお父様が商会長だが、じつは前レイトン男爵(お父様の父親)が共同経営者に名を連ねている。
お父様が会社のお金を横領していることを知ったら、前男爵はただではおかないだろう。
「お父様の私に対する態度も少し変わった気がするの。ね、ヘレン? 」
「はい。
以前に比べてお嬢様への態度が冷たくなっているように感じます。
奥様もですが……。」
ヘレンが痛ましそうな顔で私を見る。
「私に気遣いは不要よ、とっくに割り切ったし。
そもそも、わざとだし。」
いまこの男爵家には、かつて素直で従順で朗らかだったキャロルはいない。
いるのは、記憶を失くした不安と孤独から他者に心を開かず、だれにも懐くことができない陰気なキャロルだ。
最初の内はお父様もお母様もブランドンでさえも、私の心を開こうと必死だった。
その姿は傍から見ているとすごく可笑しくて、何度笑いそうになったことか!
(もちろん、そのくらいじゃ絆されないけどね。)
私が一向になびかないので、最近ではかなり対応がおざなりになってきている。
もう一息だろう。
「そういえば、アレのほうも順調だよ。」
「ほんと? ちょっと自信がなかったんだけど、よかったわ。」
「キャロのあれ、捜査関係者が興味津々でね。
みんな、実用化を目指して真剣だよ。」
「ふふ、それは "アイデア" を教えた甲斐があるわ。」
私が記憶喪失になって3ヶ月が過ぎ、ちょうど折り返し地点でもある。
ここからクライマックスまで一切気が抜けない。
(そういえば、お母様とブランドンはどうしてるかしら?)
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字やおかしな表現がありましたらご指摘ください。
よろしくお願いします。




